異端の調合師 ~仲間のおかげで山あり谷あり激しすぎぃ~

こたつぬこ

文字の大きさ
40 / 61
第二章

2-23 少女と上着

しおりを挟む
 フランシスがゆっくりと歩き出すのに合わせて俺も歩き出す。
 俺とフランシスが先を歩き、リンガルさんとシュネムさんが馬を連れながら後方を歩いている。
 するとフランシスは俺のかけてやった上着をくんくんと嗅ぎ匂いを確かめ始めた。

「何これ、臭いわよ。私に……こんな汚い……」

 よくよく考えてみれば屋敷を出てからは一度も風呂になんて入っていないし、滝壺でどぼんしたのが最後の行水といえる。
 そりゃ確かに臭い。
 臭いはずだ。

 だが。

 折角の俺の好意に、そんな言い方しなくてもいいんじゃないだろうか。
 それに女の子に臭いと言われるとはっきり言って悲しい。
 ジョカは何も言わないようだけど、何か言って欲しいくらいに。

「じゃあいいよ、そんな風に言うなら返してくれよ。俺だって上着がいらないってわけじゃないんだ」

 そう言いながら上着に手をかけようとしたが、フランシスはキュッと上着を握り俺から逃げるように避ける。
 俺の手は空を切り、一体なんなのだと頭を疑問符が埋めつくす。

「貸してくれたのに何よ! ううん。貸しとは言ってないわ。これは貰ったの。私があなたから借金のカタとして!」

「は、はぁ!? 何訳のわから……」

 言って手を再度伸ばしかけたところで、フランシスが再度くんくんと俺の上着の匂いを嗅いでいるのを見て固まる。
 当然のように「くさい~」と言ったのだが、なぜかその頬は緩んでいた。

「これはもう私のものなの! 取ろうとしたらあなたが泥棒なんだからね!」

「いや、意味わからんし……」

「じゃあ借金、今すぐ耳をそろえて返してよ! はい、200万! 無理なんでしょ? この上着はその利子の分よ!」

 なぜ俺は200万の借金を抱えたことになっているのだろうか。
 いや。確かに剣の事は悪いと思っている。悪いと思っているからこそその言い分を切って捨てれない。
 まるで悪徳商法のようだ。
 後ろの二人は何やら話をしているようで、俺に助け舟を出してくれそうにはない。

 なので、俺は観念することにした。ジョカが怒らなければ、まぁ構わない話だ。
 服くらい買えばいいからな。

「はぁ~。分かった。分かったよ。借金はともかくとしてその上着はフランシスにやるよ。その代わり大事にしてくれよな」

「こ、こんなの用が済んだらゴミ箱行きに決まってるじゃない……」

「んだよそれ……」

 そう吐き捨てた時、再度くんくんと匂いを嗅ぎ「くさい~」と言ったのを見て腹が立ちそうになり俺は足を速めた。
 どう考えてもおちょくられてるし、馬鹿にされている。なんで臭いのに三回も匂いを嗅ぐんだ! と言いたかったけど俺が感情をたかぶらせるとジョカが暴れてしまう。
 やはり俺はフロードやピギュンたちのような仲間以外を作ると、胃がキリキリ痛むのが確定している。

 さっさと別れて俺は俺の道を行くべきだ。

「ねぇ」

 しかし、リンリアに着いた後どうするのがいいだろうか?
 冒険者になりたいとは思っていたが、それは15歳になってからの話。12歳の俺では冒険者登録をすることができず冒険者にはなれない。
 保護者がいれば大丈夫だという話も聞いたことがあるが、当然俺は実家の後ろ盾がないために保護者はいない。

「ねぇってば」

 冒険者のシステムも冒険者ギルドのシステムも領内にはなかったわけで、伝え聞いた話くらいでしか知らない。
 王都に言った時も別の用事だったし、随分と小さいころだったしな。
 その辺りを調べてみるか、それとも…………。

 だが。

 何をするにせよ所持金が少ないということは正直言ってまずい。
 ピピン草を採集して売ってもいいのだが、大した金にはならない。実家という住処があった時とは違うのだ。
 薬草採集だけして生きていくことができるのは家があってこその話。

「ねぇ!」

 キュッと俺の服が掴まれ何かと思い振り返って見ると、フランシスが俺の顔をじっと見つめながら頬を膨らましていた。
 しかもちょっと睨まれてる?

「ん、どうしたの?」

「なんでずっと呼んでるのに無視するのよ! ずっとずっと呼んでたのに!」

「あ、ああ……そうなの? ちょっと考え事してたから全然聞こえてなかったよ。別に無視したわけじゃないから……んで、なに?」

 考え事をしてるうちに先ほどの怒りも薄れていた。
 なんだかぎゅっと俺の上着を握りしめていて、ぞんざいに扱っているという訳でもないし。

「な、名前……教えてよ……。あなたの名前が知りたいの」

 さっきリンガルさんが口にしてなかったかな、と思いつつも教えてやることにした。
 別に減るもんでもないし構わないだろう。

「俺の名前はディル。えーと……12歳だよ」

 名前、しかも貴族としての名前じゃないのでなんとなく寂しい気持ちがして年もつけてやった。
 ディルレアン・ド・コーラム。嫌いじゃなかったんだけどなぁ。

「ディル……くん……? この上着結構上等な生地だから貴族かと思ったけど違うんだ……。ふぅん、でも12歳か。私より一つ年上なのね」

「あー別に上等って訳でも……。ま、悪いもんでもないけどさ。フランシスは11歳か。性格はともかくとして見た目は大人びてるね」

 上等な服かどうかで言えばそこそこの服だと思う。一応伯爵家として身なりは整えるように言われてるし。
 ただ貴族ということはバレてはいけない事。それにおそらくだけど王都にでもいけばこのくらいの服はいくらでもある。
 なので誤魔化しつつ答え、フランシスの年齢を聞いての正直な意見を言ったつもりだったのだが。

「ちょ、ちょっと性格はともかくとしてって何よ! 性格だって落ち着いてるわよ」

「ど、どこがぁ~……? 暴れ馬みたいな性格だと思うけど」

 フランシスを見て落ち着いていると言う人は十人いて十人いないだろう。
 いや、確かに最初よりかは落ち着いた雰囲気を出してるかもしれないけれど、俺には土下座を強要された時の記憶が頭に焼き付いている。

「あ、あ、あ、暴れ馬ぁ。しっつれいね! そんなこと言われたの初めてよ! 普段なら私は…………はぁ。とにかく暴れ馬はやめて」

 言い得て妙だったとは思うがフランシスには不満だった様子。
 物凄い剣幕で言った後、少し肩を落として呟いた。

 だが、確かに女の子相手に暴れ馬はなかったかな?
 じゃじゃ馬とかのほうがよかったんだろうか?

 しかし今更じゃじゃ馬と言い換えてもさらにヒートアップしそうな気がする。
 なので逆に尋ねかけてみることにした。

「分かった分かった。じゃあ何だったら良かったの?」

「そうね……。しろ……じゃなくて…………可愛い子リスとか……?」

「子リスぅ!? どこの、だれが、子リスなの? フランシスが? それ何の冗談……」

 キュッと目を一度つぶり、周囲をキョロキョロと見回してから飛び出してきた言葉に、俺は反射的に声をあげていた。
 いや、だって子リスは流石にないだろう?

「ばかばかばかばか。ディルくんのばかっ!」

「あ、だめだめ。叩かないで。俺の事叩いたらまた土下座させないといけなくなるから」

「あぅ……」

 拳を振り上げていたフランシスの顔の前に手を向けて制止をかける。
 プルプルと唇を震わせているのは、あの時の事を思い出しているのだろう。目をウルウルと滲ませると先へと向けて足早に進みだす。
 なんだかちょっと可哀想な気もしてそれを追いかけ前方を向いた時、リンリアの巨大な円型外壁と閉じている赤褐色の重厚な門が目に入った。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...