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第二章
2-31 覇女の草むしり?
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早速、とばかりに何かを始めようとしたジョカだったのだが一度俺へと振り返る。
何だか穏やかな雰囲気を感じるのは、少しずつ心が落ち着いてくれているからだろうか?
「この屋敷……敷地内を掃除すれば良いでありまするな? 中には人は……おりませぬか?」
見たところ誰もいない、というより中は全く見えやしない。
窓はついているが蔦が絡まりまるで中の様子は伺えないのだ。
「ハーツェルさん、念のため……ですが中には人は……?」
「人はおらん、おらんはずだ。だが……そんなことを聞いて一体何を……?」
確かにその通り。
ジョカは一体何をしようとしているのか。
再度、顔の見える距離でジョカに人がいないということを伝達――というより、絶対聞こえているはずなんだが――してやると敷地へ顔を向ける。
直後、囲う壁から光のカーテンのような物が上へと昇っていく。
乳白色をした優し気な光の壁。それが四方を囲った瞬間、ジョカが親指と人差し指をくっつけ口元へと運んだ。
ぎくりと首筋が震え、俺のこめかみを冷たい汗が流れる。
その動作は見たことがある。盗賊たちやフランシスたちの装備を瞬時に消し去った極悪魔法。
まさかというか、やはりというか、掃除と言うのは屋敷ごと全て消し去ってしまうということなのか!?
そんな思いから俺は手を伸ばしかけ口を開こうとしたのだが、ジョカの速度に敵うはずもなく……。
『壱式・万物を雲散霧消させる滅びの波動』
刹那とも言える一瞬で白い靄のようなものが光の壁で囲われた空間を覆いつくし……俺は思わずギュッと目を閉じていた。
この屋敷は放置されていたといはいえ、俺たちのものではない。借りものなのだ。
壊せば当然弁償しなくてはならない……つまり、俺の借金が増える。
涙がこぼれそうになるのを、クッと抑え眼を開けると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
敷地内の草も蔓も花も全てが消え失せ、すっかり綺麗になった屋敷が顔を覗かせていたのだ。
敷地内には草一本残っておらず、石や岩が転がっているだけ。虫も一匹たりとも動いたりする様子はない。
先ほどまではバッタが飛んでいたり、甲虫の類が地面を動いていたというのに。
少し殺風景ではあるし、自然が完全になくなってしまったのはどうかとおもうが、確かに掃除は完了したと言えるだろう。
「ねぇ、何やったの? てっきり全てを消しちゃうのかと思ってたのに」
「くくッ。主殿、妾も流石にそこまで愚かな真似は致しませぬ。領域内の生命の存在を否定したのでありまする」
口に手を当て上品に笑うのも物凄く様になっている。
しかし、さっき門を破壊したのも結構愚かだったような……。
いや、こんなことを言ったら怒りそうだから黙っておこう。
「生命の存在を否定って何?」
「言葉の通りでありまする。領域内の命あるモノを全て消滅させた、ただそれだけでありまする。先ほど使用したものはその逆、なんとも掃除に便利でありましょう?」
「ただそれだけって……。もしかしてどっちも掃除用に作っちゃった魔法だったり?」
「そうでありまする。妾の邪魔になる物を消し去るために作りだした魔法でありまする。主殿のお役に立てましたでありましょうか?」
平然と、淡々と、邪魔になる物を消し去ると言い切ったジョカの顔には生命を尊ぶ気持ちは微塵も感じられない。
おそらくは命があろうがなかろうが同じこと。邪魔か邪魔じゃないか、その二択でしかない。
心が落ち着いているだなんてとんでもなかった。
いや、だが……。
「もしかしてさ、両方同時に作用させちゃったりもできる……? や、役には立ったよ、うん。綺麗になったからさ、ありがとう」
ジョカは顔の前で手を叩くと顔を綻ばせた。
一体どの顔が本質なのだろうかと思うが、おそらくは全てがジョカの本質。裏表と打算がなく素直にこれでいいと思っている。
純粋無垢。
頼もしいし嬉しいとも思うけど、やはり制御してやらないと危険だ。
「もちろんできるでありまする。零式で万物を、壱式で生あるもの全てを、弐式で生なきもの全てを。対象物の存在概念を否定し消滅させる。
それがミスト・エクスティンクションでありまする」
「やばいよ……それはやばいって。ミスト・エクスティンクションは俺が使っていいって言った時以外は封印してよ。全て消えていってしまう気がする……」
俺はごくりと唾を飲み込み、体内をサッと冷たいものが流れていくのを感じていた。
個の命も己の尊厳も何もない。
ジョカに存在を許されたものしかこの世には存在できない。
おそらくそこまで深くは考えていないとは思う。
ただ自分にとって邪魔なものを消し、そうでなければ関心を持つことすらしない。
俺のものは俺の物、お前の物も俺の物。
それを問答無用で実現してしまう。
その力を有しているというだけなんだろうとは思うのだが。
「ふむ……。邪魔なものは消し去ればよいと思っていたでありまするが……。主殿がそうおっしゃるのでしたらそうすることに致しましょう」
「うん、ありがとう。俺はジョカが俺の頼みをすぐに聞き入れてくれるとこ好きだよ。ええと……じゃあ……」
「あぁ……。勿体なきお言葉。妾は感慨無量でありまする。……妾の力が必要になった時か、何かありましたらすぐ…………」
恍惚の表情から放たれる妖艶なオーラが皆を怯ませ……そしてなぜか上空を見上げた。
鋭い目線。まるで全てを射貫き通してしまうような、そんな気配を放つ。
「何かあった……?」
「いえ……主殿はお気になさらずに。しかし……ふむ……。それでは……」
意味深な言葉を呟き腰へと消えていったジョカを確認し、俺は敷地へと目を向ける。
もう光の壁も消えているし、おそらくは長い時間をかけて掃除しないといけなかったことが極々短時間で片付いてしまっている。
(ジョカ、ありがとな)
【いえ、主殿の望むべきがままの道を作り上げるのが妾の生きがい故に】
なんだか色々な感情が渦巻いたが、結局本心から感謝の気持ちを感じて俺は思わずジョカに二度目となるお礼を言っていた。
何だか穏やかな雰囲気を感じるのは、少しずつ心が落ち着いてくれているからだろうか?
「この屋敷……敷地内を掃除すれば良いでありまするな? 中には人は……おりませぬか?」
見たところ誰もいない、というより中は全く見えやしない。
窓はついているが蔦が絡まりまるで中の様子は伺えないのだ。
「ハーツェルさん、念のため……ですが中には人は……?」
「人はおらん、おらんはずだ。だが……そんなことを聞いて一体何を……?」
確かにその通り。
ジョカは一体何をしようとしているのか。
再度、顔の見える距離でジョカに人がいないということを伝達――というより、絶対聞こえているはずなんだが――してやると敷地へ顔を向ける。
直後、囲う壁から光のカーテンのような物が上へと昇っていく。
乳白色をした優し気な光の壁。それが四方を囲った瞬間、ジョカが親指と人差し指をくっつけ口元へと運んだ。
ぎくりと首筋が震え、俺のこめかみを冷たい汗が流れる。
その動作は見たことがある。盗賊たちやフランシスたちの装備を瞬時に消し去った極悪魔法。
まさかというか、やはりというか、掃除と言うのは屋敷ごと全て消し去ってしまうということなのか!?
そんな思いから俺は手を伸ばしかけ口を開こうとしたのだが、ジョカの速度に敵うはずもなく……。
『壱式・万物を雲散霧消させる滅びの波動』
刹那とも言える一瞬で白い靄のようなものが光の壁で囲われた空間を覆いつくし……俺は思わずギュッと目を閉じていた。
この屋敷は放置されていたといはいえ、俺たちのものではない。借りものなのだ。
壊せば当然弁償しなくてはならない……つまり、俺の借金が増える。
涙がこぼれそうになるのを、クッと抑え眼を開けると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
敷地内の草も蔓も花も全てが消え失せ、すっかり綺麗になった屋敷が顔を覗かせていたのだ。
敷地内には草一本残っておらず、石や岩が転がっているだけ。虫も一匹たりとも動いたりする様子はない。
先ほどまではバッタが飛んでいたり、甲虫の類が地面を動いていたというのに。
少し殺風景ではあるし、自然が完全になくなってしまったのはどうかとおもうが、確かに掃除は完了したと言えるだろう。
「ねぇ、何やったの? てっきり全てを消しちゃうのかと思ってたのに」
「くくッ。主殿、妾も流石にそこまで愚かな真似は致しませぬ。領域内の生命の存在を否定したのでありまする」
口に手を当て上品に笑うのも物凄く様になっている。
しかし、さっき門を破壊したのも結構愚かだったような……。
いや、こんなことを言ったら怒りそうだから黙っておこう。
「生命の存在を否定って何?」
「言葉の通りでありまする。領域内の命あるモノを全て消滅させた、ただそれだけでありまする。先ほど使用したものはその逆、なんとも掃除に便利でありましょう?」
「ただそれだけって……。もしかしてどっちも掃除用に作っちゃった魔法だったり?」
「そうでありまする。妾の邪魔になる物を消し去るために作りだした魔法でありまする。主殿のお役に立てましたでありましょうか?」
平然と、淡々と、邪魔になる物を消し去ると言い切ったジョカの顔には生命を尊ぶ気持ちは微塵も感じられない。
おそらくは命があろうがなかろうが同じこと。邪魔か邪魔じゃないか、その二択でしかない。
心が落ち着いているだなんてとんでもなかった。
いや、だが……。
「もしかしてさ、両方同時に作用させちゃったりもできる……? や、役には立ったよ、うん。綺麗になったからさ、ありがとう」
ジョカは顔の前で手を叩くと顔を綻ばせた。
一体どの顔が本質なのだろうかと思うが、おそらくは全てがジョカの本質。裏表と打算がなく素直にこれでいいと思っている。
純粋無垢。
頼もしいし嬉しいとも思うけど、やはり制御してやらないと危険だ。
「もちろんできるでありまする。零式で万物を、壱式で生あるもの全てを、弐式で生なきもの全てを。対象物の存在概念を否定し消滅させる。
それがミスト・エクスティンクションでありまする」
「やばいよ……それはやばいって。ミスト・エクスティンクションは俺が使っていいって言った時以外は封印してよ。全て消えていってしまう気がする……」
俺はごくりと唾を飲み込み、体内をサッと冷たいものが流れていくのを感じていた。
個の命も己の尊厳も何もない。
ジョカに存在を許されたものしかこの世には存在できない。
おそらくそこまで深くは考えていないとは思う。
ただ自分にとって邪魔なものを消し、そうでなければ関心を持つことすらしない。
俺のものは俺の物、お前の物も俺の物。
それを問答無用で実現してしまう。
その力を有しているというだけなんだろうとは思うのだが。
「ふむ……。邪魔なものは消し去ればよいと思っていたでありまするが……。主殿がそうおっしゃるのでしたらそうすることに致しましょう」
「うん、ありがとう。俺はジョカが俺の頼みをすぐに聞き入れてくれるとこ好きだよ。ええと……じゃあ……」
「あぁ……。勿体なきお言葉。妾は感慨無量でありまする。……妾の力が必要になった時か、何かありましたらすぐ…………」
恍惚の表情から放たれる妖艶なオーラが皆を怯ませ……そしてなぜか上空を見上げた。
鋭い目線。まるで全てを射貫き通してしまうような、そんな気配を放つ。
「何かあった……?」
「いえ……主殿はお気になさらずに。しかし……ふむ……。それでは……」
意味深な言葉を呟き腰へと消えていったジョカを確認し、俺は敷地へと目を向ける。
もう光の壁も消えているし、おそらくは長い時間をかけて掃除しないといけなかったことが極々短時間で片付いてしまっている。
(ジョカ、ありがとな)
【いえ、主殿の望むべきがままの道を作り上げるのが妾の生きがい故に】
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