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第二章

2-32 住処

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 リンガルさんたちはもう慣れてきたのか乾いた笑いを漏らし、ハーツェルさんたちは驚愕に身を染めていた。
 そしてフランシスはジョカがいなくなった途端、俺の腕をギュッと掴んでくる。

「と、とりあえず中へ入りませんか? 折角片付いたことですし」

 俺は誤魔化すように言いながら足を進めると、ハーツェルさんが感心した様子で声をかけてきた。
 あまり追及されたくないというのに……。

「ディル君でしたな……。お若いというのにこれほどの力を持つ従魔を連れて。先ほどのカエル侍も凄まじい強さだった。一体……」

「あ、いや、あはははは。別に大したことはないですよ。はい。それより埃やゴミは積もっているようなので掃除しちゃいませんか?」

 逃げるように玄関のドアに手をかけたが当然のように鍵がかかっていた。
 そりゃそうだ。いくら放置されていたからと言って開け放しているわけはない。

 ガチャガチャをドアを開けようとする俺の様子を見て「やはりまだ子供なのか……?」と小さく呟いたのち、俺に鍵を手渡してくれた。
 当然俺は子供だ。
 でも、普通はドアを開けようとするだろう? 鍵は……ちょっと忘れてたけどさ。

 屋敷の中は玄関を抜けると少し大きめのホールが広がり、そこから廊下と階段で各部屋へと繋がっているという割とオーソドックスのタイプの作りだ。
 客間のような部屋が六部屋、ダイニングルームや応接室、書斎、キッチン、風呂場やトイレと本当に不自由を感じることのない設備だ。

 しかも!

 家の中にガラスで囲まれた庭のような場所があった。
 うちの屋敷にはこんなのはなかった。なんとなくロマンを感じる。
 だって家の中に庭があるんだから。
 もっともこの中もジョカの力ですべて消え去ったのか、残っていたのは土と大きな岩が一つだけだったのだが。

 でも、別に構わない。自分たちで飾っていくことができるのだから。
 水道も通っているし下水設備も完備しているようだしな。

「いやはや、中々に立派な建物ですな。本当にあの家賃で借りても良いのですか?」

 リンガルさんは中を見渡しながらハーツェルさんに話しかけた。
 ここの家賃は一ケ月で4万ティル。しかも、お金ができ次第の支払いで良いと言ってくれたのだ。

「ええ、勿論です。元々は母方の兄、レビン男爵家で使っていたものでしたが、戦争に駆り出され跡取りを含めた一家全滅の憂き目に……」

「そ、そうでしたか。いや、すみません。辛い記憶を思い出させてしまって……」

 なぜ跡取りも含めて全て派兵してしまったのかと疑問に思ったが、口にはしないことにした。
 というよりこんな立派な家が空き家になっていたのは、そういった曰くがついているからかもと思うと少し冷たい風が流れていく。
 それはフランシスも同じだったのか、俺の腕を掴む力がきゅっと強まった。

「ちょ、ちょっと怖いね。お化けとかでないかな?」

「流石にそれはないんじゃない? お化けって……。アンデットやレイス系のモンスターは街中には来ないだろうし」

「そんなんじゃないわよっ! 知らないの? 人や生物の魂ってその辺りをさまよってて……時に悪さをしたりするんだって……」

 込められる力がどんどん強くなり、俺との距離もぐんぐん近付く。
 声を発すると同時に耳元に息が吹きかかる、そんな距離で且つ薄暗い屋敷にいると何だか俺の恐怖心も煽られる。
 でも流石にその辺を彷徨っているというのは信じられない。
 だって死んだ人がさ迷ってるとしたら、その辺り全部埋まっちゃってるはずだ。

 押し退けて歩いているとしたら……。

 と考えると、体がぶるっと震えそれが伝わったフランシスが小さく悲鳴を漏らした。

「きゃっ」

「ご、ごめん。なんでもないから……」

「ほんとに……? 驚かせないでよ」

 フランシスは俺から離れると、屋敷に備え付けられていたランプに手を添え明かりをつけた。
 煌々と揺らぐ炎が屋敷の薄暗さをかき分けていく。
 火属性の力を内包する焔輝石が活性化したオレンジ色の光だ。

 ランプもあるし、ベッドや机、棚なんかの家具は一通りある。
 シャンデリアだけはガラスが外され金属の土台だけになってしまっているが。

「リンガルさん、とりあえず掃除しますか? フランシスもちゃんとやってくれよ」

「や、やるわよ。私だってそういう修行くらい……」

「しゅ、修行て! 大袈裟な……。ま、いいや。さっさとやってご飯食べようよ」

 言った瞬間俺のお腹がグゥと鳴り、釣られるようにフランシスのお腹がキュルルと鳴り顔を背けた。
 もうお昼時はすっかり過ぎてしまっている。お腹が空いているのは当然のことだ。
 それでもそういう音は女の子は聞かれたくないものだと、フォーカス兄さんが以前教えてくれた。

 俺はそれにはあえて突っ込まず聞かなかったふりをして、屋敷の玄関に立てかけられていた木の箒を手に取った。

 長年の汚れを全て綺麗にするというのは、短時間では難しい。
 四人で――流石にハーツェルさんとブレストに手伝ってもあるわけにはいかないので断った――1時間ほどの時間をかけて、ザザッと掃除を終えて街へと繰り出していた。
 調合台にはまだ食料がいくらかあるが、四人で食べる分にはまるで足りない。
 幸い調理設備は整っていることだし、シュネムさんが料理が得意ということで材料を買い揃えさえすれば食事は用意できる。

 勿論、三人の服がそのままだと言うのは可哀想なのでそれも買っておいた。
 地味で安いモノ。フランシスは結局俺の上着を返してくれることはなかったが。

 俺は当然料理なんてできないので、三人と共に住むことになってよかったのかもしれない。
 ジョカのことを考えさえしなければの話だけど。

 現在はダイニングで食事を摂り終え、今後の方針について話そうとしていた。

 ちなみに食事は細長いライ麦パンに、フレッシュトマトとオレガジャという香草を混ぜ合わせたソースと燻製にしていたバレードベアの肉を挟み込んだもの。
 サクリとした食感の中に柔らかな甘みと酸味、そして清涼感を感じさせる香りが混じり合い中々のハーモニーを奏でていたと思う。

「いや、とても美味しかったです。シュネムさんって男の人なのに料理ができていいですね」

「ははは。簡単なものしか作れませんが。それよりディル様には食材から調味料から提供していただき本当に感謝の念を……」

「あ、あ、別にいいですよ。というか様付けはやめてください。これから一緒に生活するんですし」

 シュネムさんが律儀に立ち上がって腰を折ったので、俺もあわてて立ち上がる。
 命は助けたかもしれないが、服も荷物も全て消したのも俺。正直言って複雑な心境なのだ。
 そんなことを思っていると俺の服がキュッと引っ張られ、フランシスがジッと見つめてきていた。
 食事の時も当然のように隣に座ってきていたのだ。

「ねね、ディルくんは女の子は料理ができたほうがいいと思うの? というよりその方が嬉しい?」

「嬉しいってのはよく分かんないけど……俺ができないからできる人は男女関係なく凄いと思うよ」

 俺がやったことがあるのはバレードベアの肉を燻製にしたことと、つくねにしたことだけ。
 でもそれも道具にいれて丸めるだけの話だったし、料理と言える代物ではまるでない。
 まぁあれはあれで美味しいんだけどな。

「へ、へぇ、そうなんだ……。ふぅん。シュネム! 私にも料理のやり方教えてよ!」

「これは一体どういう風の吹き回し! もしや明日はソールから槍でも降るのではありませんか!?」

「しっつれいね! リンガルのあほぉっ!」

 フランシスの言葉にリンガルさんが勢いよく立ち上がり揶揄うように口にした。
 それに反応するようにフランシスはリンガルさんの元に駆け寄って小さな手でパンチを放った。軽く受け止められていたけれど。
 やはりフランシスの本質は暴れ馬なのだ。

 でも。

 俺が料理できた方がいいって言って、頑張ろうと思ってくれたのなら良かったのかな?

 そう思いながらリンガルに食って掛かっているフランシスに目を向けていた。
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