上 下
55 / 61
第二章

2-38 女の子二人

しおりを挟む
 屋敷に近付くにつれリンガルさんたちの会話が聞こえてくる。

――はぁ~。疲れた。ディルくん喜んでくれるかなぁ?

――はは。そんなに彼の事が気に入ったのか? リ……フランシスが頑張ってたらきっと認めてくれるぞ。

――フランシスが男の子の事を気に入るなんて珍しいですねぇ。土下座させられたりで見ててこっちの胃がキリキリしましたが。

――シュネム殿、フランシスは逆に気を使われるのが嫌なんだろうよ。

――なるほど、そういうもんですか。

 な、なんだか、俺の事を噂してる?
 入りづらいなぁ……。
 アトレールさんを見ると首を傾げ不思議そうに俺を見つめていた。
 ここで立ち止まるわけにはいかない。

「今、戻ったよ~」

 わざとらしいかもしれないが手を振りながら門を入っていく。
 どうやら畑はリンガルさんが主導で作成しているらしく、喋りながらでもフランシスがよっこいせと石の入ったバケツを持ち運んでいた。
 正直言って見直したよ。ブー垂れて座ってみてるくらいかと思っていたから。

「あ! ディルくん! …………ッ!!!! 誰、その隣の女の子!」

 フランシスは持っていたバケツをガシャンと放り出し、こちらへと駆け寄ってくる。
 当然石は散乱した。まぁ、すぐに集まる範囲だろうけど。

 しかし。

 なぜフランシスは鬼のような形相を浮かべているのだろうか?
 とりあえず紹介しないといけないかなと思いアトレールさんに手を差し向けた。

「ええと、アトレールさん。古書店で知り合って住んでいるところを教えて欲しいって言うから連れてきたんだ」

「な、な、な、なんですって!? 会っていきなり住んでるとこを教えて欲しいって尋ねてきたの!?」

 フランシスは俺の肩をギュッと掴みながらアトレールさんにチラチラと目線を向けている。
 一体なんだというのだろうか。
 アトレールさんも訝しむような目線を向け、ぽつりと口にした。

「ねぇ。ディル。何この暴れ馬?」

「ディ、ディ、ディ、ディルーーーーー? それに、暴れ馬ですって!? 何よ、あんたなんてあんたなんて…………」

 アトレールさんからみてもやっぱり暴れ馬なんだなと思うと吹き出しそうになってしまったが、ちょっとこの場を収めないといけない。

「ちょっとストップストップ! 紹介するから!
 えーと…………この子はフランシス。一緒の家で暮らしているんだ」

「一緒の家……? 妹? ごめん。暴れ馬だなんて言って」

「妹なんかじゃあないわよ! ええと、ディルくんとは…………って! なんであんたは呼び捨てにしてんの!?」

「私、年上。あなた、妹じゃないのに一緒に暮らしてる? なんだか卑猥。それにうるさい」

「ひ、ひ、ひ、ひわい!? って、何それ?」

「そんな言葉も知らないの? おこちゃま」

「むきーーーーーー! ディルくん! この人なんなの!? 私、聞いてないんだけど!」

 二人を出会わせてしまった俺が悪かったのだろうか?
 普通に仲良くなってくれるかと思っていたのに……。

「ええと……俺というか……まぁフランシスも分かると思うけど、…………が本を消滅させちゃってさ。それで弁償ってことに……」

「そ、そうなの? 今お金稼がないといけないのに……弁償っていくら?」

「言いづらいんだけど、ええと、23万ティル程……」

「にじゅうさんまんー!? いや、でも、私は200万貸してるわけだから! ディルに! 勝った!」

 フランシスはそう言いながら俺の腕をぎゅーっと掴んでくる。
 別に痛くはないのだけど、女の子ってこんな感じなの?
 もっと大人しいものかと思ってたよ。スレイブンにいた時はみんな結構静かだったし。

「ディルも大変。ま、私はお金返してくれたらそれでいいから。じゃ、もう行く。ばいばい」

「あ、ああ、なんだかごめん。またな」

 アトレールさんはそれだけ言い残して一人背中を向けてしまった。
 俺は睨みつけるような目を向けているフランシスの額を軽く小突く。

「あたっ」

「初対面でいきなり失礼だろ? そういえば……フランシスは俺との時も失礼だったっけ」

「う……、最初のは忘れてよ……。私も反省してるんだからさ……」

 アトレールさんがいなくなった途端シュンと項垂れる。
 何だか可愛い気がするけれど、一体なんなんだというのだろうか?

「はぁぁぁぁ。フランシスはもうちょっと落ち着きなよ。最初の時の事は……もう気にしないことにするから」

「ほんとに? …………いや、落ち着こうとは思ってんだけどさ……いきなり可愛い女の子連れて戻って来るんだもん」

「それの何が悪いのかは分かんないけど……。ま、反省してんならいいや。それより早くやりたいことあるから」

「え、もうちょっと私に興味を持ってよ……って中に入るの?」

 当然調合を人目につくところでやるつもりなんてない。
 そう思い屋敷に向かって歩いていたのだが……。

「リンガル―。私もディルくんと中に入るから畑の事はお願いねー」

「あんまりディル殿の邪魔するんじゃないぞ!」

「大丈夫、大丈夫、大人しくしてればいいって言ってくれたから」

 いや、俺はそんなことは言っていない。
 しかも調合を見られたくないというのに……!

 だが、困ったな。

 目をらんらんと輝かせているフランシスを無理に置いていくのはちょっと面倒なことになりそうな気がする。

「んじゃあ……フランシス、中で見ることは絶対誰にも言わないって約束できるなら付いてきてもいいよ」

「え、なにそれ! 二人だけの秘密ってこと? いいね、それ! 絶対誰にも言わないよ。言ったら二人だけの秘密じゃなくなっちゃうから」

 本当は誰にも見せたくはなかったのだけど、一緒に暮らしてて全て隠し通すことなんて不可能だと思う。
 なら最初に釘を刺しておいた方がいい。
 いざとなればジョカにでも頼んで……そんな黒い考えが沸くが、勿論、ちょっと怖い目を見てもらうだけだ。

 うん。

 でも、流石にジョカに頼むのはやばいかな?
 秘密を守ってくれることを祈ることにしよう。

 そんなことを思いながら俺はフランシスと自室まで歩いていくのであった。
 勿論、腕は繋がったまま。嬉しそうなので良しということにするかな。
しおりを挟む

処理中です...