異端の調合師 ~仲間のおかげで山あり谷あり激しすぎぃ~

こたつぬこ

文字の大きさ
56 / 61
第二章

2-39 フランシスと

しおりを挟む
 とりあえず調合台や道具を出すところは見られたくないので、フランシスに部屋を片付けると言って中に先に入る。
 ベッドと棚、小さな鏡や窓からの眺めをモチーフにした絵画などが置かれているだけの部屋。
 コーラム家の自室よりも少しばかり小さいが、あの時よりも自由を感じられて気分は悪くない。

「っと、さっさと準備しないと」

 調合表を見ながら必要になりそうな道具を準備していく。
 ドアの外からは「まだ~?」というフランシスの声が聞こえてくるのだ。
 焦らせないで欲しいが愚痴を言っても仕方がない。

 必要なのは乳鉢乳棒、電熱加熱機やチューブに容器など…………いつもとそれほど変わらない感じかな。
 まぁジョカの時の調合がちょっとおかしかっただけだし、普通はこんなもんなのかもしれない。

 準備を整えた俺はフランシスを中に入れてやる。少しさび付いたドアノブが軋む。
 少し緊張した面持ちのフランシスが隙間から顔を覗かせた。

「もういい? って、なにそれ! まるで研究所みたい!」

「いや、それは大袈裟だと思うけど……うん、調合師だからね、俺は」

「へぇ。その持ってるのが調合のやり方の本? ちょっと見てもいい?」

 意外なことにフランシスは目を輝かせていた。
 女の子がこう言うのが好きというイメージはなかったのだが、フランシスは好きなんだろうか?
 調合書をパラパラと捲り軽く目を通した後、タタッと調合台に駆け寄っていく。
 キョロキョロと道具類を見渡した結果台の上にある電熱加熱機がもっとも興味を引いたようで、それに触れた時であった。
 いや、正確に言えば電熱加熱機の作動ボタンを押したときだ。

「なにこれ、押してもいいのかな?」

 まるで気流のようにシュンっとフランシスの体から何かが抜け出たように見えて、そのまま崩れ落ちるように倒れ込む。
 同時に俺は駆け出していた。覇道廻廊様様といった俊敏な反応。

「あぶないっ!」

 間一髪フランシスの体を抱き留めその状態を確認する。
 温かな体温が腕を通して伝わってくる。

「フランシス! フランシス! どうした? しっかりしろ!」

 が、しかし。

 フランシスは意識を失ってしまっているのか、ピクリとも動く様子はない。
 脈も小さいような気がするし、呼吸も浅い。
 俺はベッドまでフランシスを運び、布団をかけてやった。

 一体何がどうなったのか意味が分からない。まさか、調合台の道具は俺しか使えない?

 考えているとジョカの穏やかな声が耳に届く。

【おなごは重度の魔力酔いを起こしておりまする。主殿の道具、それに触れた瞬間茫漠な魔力の奔流がおなごの体から吸い出されたでありまするな】

(魔力が吸い出された……そうか、そういえば俺も使い続けていてふらついたことが……)

【主殿はその道具を使い続けることができるでありまするか。見たところそのおなごも他の人間に比べて多い魔量を持っている様子。
 ですが妾の見立てからすると、主殿の魔力量はおなごの一万倍を軽く超えておりまするな】

(い、いちまんばいっ!? 何それ! そんなの感じたこともなかったよ!?)

【おそらくはその台や道具に内包魔力の大半を割いているのでしょう。妾の見立てに間違いはないでありまする】

(そ、そうなの……)

 よく分からない。よく分からないが俺はフランシスの小さな手を握っていた。
 俺のせいで申し訳ないことをしてしまったという気持ちからだったのだが、その手から感じるものに俺はギョッとする。

「冷たいっ!? 脈も……弱い!」

【おなごは道具にその魔力容量全てを吸いつくされ、さらに足りない分を生命力を強制的に魔力に変換させて吸ってしまっておりまする】

(それって大丈夫なの!? 魔力酔いはどんなに激しくても死んだりはしないって聞いたことがあるけど……)

【それは通常の場合でありましょう。おなごはこのまま放っておくと死にまする】

(そ、そんな……。どうしたらいいの!? 何か手はない?)

 俺はフランシスの額に当て回復魔法を試してみた。
 だが、まるで意味はなかった。
 いや……分かっていたことだ。魔力酔いを回復する手段は時間の経過しかない。
 貴重な魔力回復系の薬を使うこともできるとフォーカス兄さんは言っていたが、そんなものはない。

 いや。

 まてよ。

 俺は調合師だ。

 思いながら調合冊子をパラパラと捲るが見つからなかった。
 そりゃそうだ。魔力回復系の薬は相当に貴重なものと聞く。
 それをおいそれと調合できるわけはないのだ。

【主殿、妾が最初に主殿にやったのと同じことをすれば助かるかと思いまする】

(本当!? 最初って言うと…………ま、まさか!? 覇導廻廊を開くってこと!?)

【そうありまする。やり方は簡単でありまする。口腔接触を行い覇気を送り込むだけ。妾は主殿以外、それもおなごとなんかするのは嫌でありまする故に】

「こうくッ……」

 フランシスの桜色の唇。しかし……少しずつ血の気が失われて行っているのが分かる。
 迷っている暇はない……けれど、良いのか!?
 女の子に……いや、だが……人命が優先されるところだろ!

 俺は意を決してフランシスの唇に俺の口を当てた。
 やり方はよく分からない。けれど、覇気を……。
 柔らかな感触、ジョカの時の頭が訳分からなくなってた時と違って俺の意識は覚醒している。

…………

 ゆっくりとフランシスの瞳が開いていく。なんだかフランシスの体全体が靄のような物で包まれているような……。
 そのまま口を開き……ハッとしたような表情で口元に手を当てた。

「ディルくん……私…………。!? まさか! ディルくん、私が寝てる間にチューした!?」

「あ、え、は、い、いや……ええっと……はい。しました」

「な、な、な、な、な、な」

 顔がぼんっと赤くなり布団を大きく被るフランシス。
 途方に暮れた俺は頭を掻くしかない。

 しばしの静寂が部屋の中を埋めていく。

 そして、ゆっくりとフランシスが布団から顔を……いや、目元までを覗かせた。

「……き……ん……って……」

「え……何? なんていったの?」

 口は布団に覆われているため当然声は俺の耳まで届かない。
 そのため顔を近付けて聞き返したのだが、再度布団をがばっとかぶり中に潜り込んでしまった。
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...