のんびりダンジョン経営してたら億万長者になりました。

こたつぬこ

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001.ダンジョンマスターになりました。

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 窓から差す黄金色の降帯、夏の訪れを囁いでくる湿り気を含むヴェール、多重奏を奏でる天よりの使者の囀り。
 
 そんな高尚なものを感じる余裕は僕には存在しなかった。
 過剰比喩する大言壮語を咀嚼するような気も端からなかった。

(うぅ、嫌だな。学校なんか行きたくない……)

 僕はセットしていた時間になる前に目覚ましのアラームを止め、布団をかぶる。
 それは僕の心を守る唯一の砦。

 学校に行けばいじめられる、どやされる、からかわれる。
 それらから僕の身体を守ってくれる唯一の鉄壁。

 昨日は女の子の前でズボンを脱がされた。
 一昨日は掃除ロッカーの中に閉じ込められて鍵をかけられた。
 その前は財布のお札を全部抜き取られた。

 全てに殴られるという行為が付随しているこれらは本当に地獄そのものだ。
 勿論これらはその一部でしかない。
 便器に溜まる水に無理矢理顔を突っ込まれ、汚水で溺れさせられかけたこともある。

 どうして僕がこんな目に合わされるのだろうか?
 辛い思いをしなくてはいけないのだろうか?
 一体僕が何をしたというのだろうか?

 小学校でもいじめられ、中学校ではエスカレーターのように上がってきた奴らにいじめられ、高校に入ると、まるで獲物を見つけた蛇の如くいじめられた。
 誰かがいじめられる人間は、いつまで経っても、どこまでいってもいじめられると言っていた。

(なら、希望は? 行きつく先は? これって死ぬまで続くの……?)

 そう思いながら、昨晩読んでいたお気に入りの小説を手に取りパラパラめくる。

 古紙の匂いとインクの香りが描き出されたストーリーと混じり合い、僕の心を僅かに綻ばせる。
 いじめられていた人が、今とは違う世界に行って無双してハーレムを築き上げる、そんなストーリーと。

(別にハーレムは興味ないけれど、そんなことが実際に起きて、僕にも自由と力を手にすることが出来たのなら……)

 でも、そんなことは僕には無理だろうなと考える。
 体も小さいし頭も良いって訳じゃない。
 特別な能力どころか人並みの能力を備えているかすら怪しい。

 本当に何もない。異世界に行ったとしてもいじめられるんじゃないかと思う程に何もない。

 チートとか貰えたらいいけど、と思うと乾いた笑いが零れてしまう。
 そういうものが貰えるのは運が良い人。
 僕は別に運もよくはない。
 むしろ、悪い。だからいじめの標的に選ばれた。

「武蔵ー、早くしないと朝ご飯冷めちゃうわよー」

 両親は僕がいじめられてることなんて知らない。
 言ってないから当然なのかもしれない。
 言えるわけなんかない。
 だって、いじめられてるのを言えるような性格なら、最初からいじめられてなんかない。
 でも、武蔵って名前は強そうだから気に入ってる。
 宮本武蔵と同じ名前、全然強くなれないけど。苗字も相川だから違うけれど。

(あ~あ、本当に学校なんか行きたくない……。このまま引きこもりに慣れたらいいのに……)

 そう思い、渋々。本当に渋々布団から出ようとした時だった。
 まるで脳の中で反響するように木霊する声が、どこからともなく聞こえてくる。
 到底人間の物とは思えないほど低くしゃがれた、不安を掻き立てるような声が。

『その願い、確かに届いたぞ』

 僕の頭の中は混乱した。
 音楽をかけているわけでもなければ、テレビをつけているわけでもない。
 両親の声ともまるで違う。

 幻聴かと思った。
 けれど、その声はまるで僕の鼓膜に焼き付いたかのように耳にまとわりつき離れない。
 それを理解することも落ち着く時間も僕には与えられず、気付いた時には浮遊感を感じる白い空間に佇んでいた。

「これって、もしかして小説の白い部屋……?」

 思わず口にし辺りを見渡す。本当に白い、白亜とも思える広大な空間。

 どこまで続いているのかも分からないし、自分がどこに立っているのかも分からない。
 それに僕は死んでもいないし、魔法陣に包まれてもいない。

 湾曲するような浮遊感も感じ、あまりにも自分がどこに立っているか分からず、眩暈と共に嗚咽が漏れる。

 胃液が逆流しそうになるのを堪えた後、困惑し立ち尽くしていると目の前に突如現れる、コウモリのような漆黒の翼を生やした猫。
 ふわふわ宙を浮かび、灰色と白のしま模様がこじゃれている。

「ご主人様、ようこそなのです!」

 目を細めてパクパクと口を開け、可愛らしさを誘う高めの声で確かにそう口にした。
 そう、猫なのに確かに人語を解したのだ。

「僕の名前はピュイーリアって言うのです! ピュイってお呼びくださいなのです! ご主人様!」

「な、名前は分かったんだけどさ、君は誰? ご主人様って? ここはどこ?」

「ご主人様、質問がいきなり多いなのです! でもピュイがちゃーんとご説明するのです!」

 そう言ってからピュイ……は、パタパタと翼をはためかせながら、今の状況について説明してくれた。

 その話によると、どうやら僕は今から異世界『ディルアニア』という場所に行くことになり、そこの世界初のダンジョンマスターに選ばれたという事らしい。

 多分、引きこもりになりたいというのを、ダンジョンで引きこもりたいという事と勘違いされた。
 意味は違わないような気もするけど、ニュアンス的に絶対的な齟齬があると思う。

 けれど、別に構わない。これこそ小説の展開。僕が心の底から渇望し、待ち焦がれていた時間。
 
 家族には当分会えない。
 ピュイの話ではダンジョンが成長すれば地球と繋がった時空転移門も開けるという。

 もっとも、戻ればまたいじめられる生活に逆戻りなのは目に見えている。
 それは絶対に嫌だ。

 異世界に行く。

 それはある意味では今の生活から逃げるようなもの。
 でも、そんなことはどうでもよかった。

 今の状況から逃げられるなら何処へでも行きたい。なんにでもなりたい。
 そんな気持ちが僕の心の中にはある。確かにある。
 一度今の状況から離れれると思ってしまえば、もう後に戻る道はない。
 頭の中にそんな考えは砂塵の欠片ほどにも湧いてこない。

 でも、チートはもらえないし、ピュイは神様でもなかった。
 ただのナビゲーターのような存在。
 僕が貰い、手にしたのはダンジョン用コンソールというものだけ。
 本当にただそれだけ。他は何もない。職業や武器もない。

 ただ一つ嬉しいことがあり、それはピュイが僕にずっとついてきてくれる事。
 可愛い空飛ぶ猫のお供なんて最高だなと思って、あごの下をなでてやると、嬉しそうにピュイと鳴いて目を細めた。

 特にノルマなんてモノはないようだし、異世界ダンジョン経営スローライフというモノを謳歌することができる。

 そう思ったとき、僕の身体は歓喜の心で震えていた。
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