91 / 312
第2章
第91話
しおりを挟む……!?
唐突に脇腹に走る強烈な痛み。
ようやく【危機察知】が猛烈な勢いで警鐘を鳴らし始めた時には、既に傷を負っていたような状況だ。
それでも、かろうじて避けようという意識が働いたのは、単なる幸運なのか、それとも盛運の腕輪の効力か……不意に脇腹の肉を抉られながらも、どうにか内臓などの急所は外れてくれたらしい。
強烈な痛みに何とか耐えながらポーションを飲み、それでも油断無く眼を凝らして攻撃された方を見ると、小川の中に子供の様な小さな人影が見えた。
ようやくにして、暗闇に眼が慣れて来たということも有るのだろう。
この小川の水深は、さほど無い。
オレなら腰まで水が来るか、来ないかというところだろうか。
しかし、この狡猾な襲撃者はその小さな背丈をも利用して、水の中に潜んでいたのだ。
パッと見だと、年の頃6歳かそこらの男の子に見えるが、それでいて姿を現した今となっては、ハッキリとオーガ並みの圧力を感じる。
頭部は昔の時代劇で、乳母車に乗せられて凄腕の浪人(サムライ)と旅をしていた、有名な子供のような髪型なのだが、筆か何かのように残された僅かな前髪を除けば、あとはツルっと剃り上げられているのが違いだろうか。
じっと見つめ合うような時間……僅かな膠着。
モンスターなのは間違いない。
ただの子供が、こんなに恐ろしい気配を放つわけがないのだ。
それでいて、僅かにでも眼を離そうものなら、また見失ってしまいそうなほど、存在感が希薄に感じられる瞬間がある。
サイレントローパー(イソギンチャク)のような、気配を隠す特殊な能力を持っていると見た方が良いだろう。
膠着を打破するため、こちらが魔法を放とうとすると、ヤツは明らかにそれを察知して、眼にも止まらぬ高速で、左腕を振り抜いて何かを投擲してくる。
先ほどオレの脇腹を抉ったのは、コレだろう。
万が一にも当たらないよう、大袈裟なほど大きく動いて避ける。
そして、回避動作に絡めるような形で、僅かに後退。
当然ながら、こうした大きな動きをしてしまうと、集中が途切れて魔法は放てない。
眼は常にヤツから離さずにいないと見失ってしまう恐れがある。
たとえ動きながらでも、モンスターの姿は視界の内に収めていなければならないため、どうしても行動が制限されてしまうのが、酷くもどかしかった。
無理な独力での討伐は控えるべきか……。
オレは発想を切り換えて、じわじわと後退することを選ぶ。
すると、ヤツは途端に嘲笑うかのような表情を浮かべ、自ら川原へと上がって来た。
背丈や仕草は幼子のようでいながら、その顔からは何とも言えない、大人びた醜悪さを感じる。
そして足は1本……まるでツルの様な足だ。
時代劇に出て来そうな前時代的な、つぎはぎだらけの着物を着ているが、背中に不自然な膨らみがある。
恐らく背負っているのは、海亀の様な甲羅だろう。
これらの特徴から導き出される正体……それは、カシャンボとか、カシャボと呼ばれている妖怪だ。
カッパに特徴が似ているが、その小さな体長に反して、カッパよりも上位のモンスターだという。
元々が伝承の中でも、カッパが進化したとされているのが、このカシャンボなので、それも当然かもしれない。
日本最大級の規模を誇る、水道橋ダンジョンで、初見殺しな階層ボスとして、一躍有名になったモンスターだ。
迂闊なことに、その特徴的なツルの様な足を見るまで、頭の中で結び付かなかった。
まさか、こんなところで遭遇すると思っていなかったというのもあるが、闇夜に奇襲されたことで冷静さを欠いていたのかもしれない。
これが、あのカシャンボだとすれば、先ほどオレを傷つけたモノの正体は、単なる石コロ。
カシャンボが投げれば、何の変哲も無い石コロが銃弾にも勝る凶器に化けるという噂は、決して大袈裟な話ではなかったことを、身をもって思い知ってしまったことになる。
カシャンボの攻撃手段は、投石以外にも、接近戦では猛毒の唾液を飛ばしてくるというものが有るらしい。
今は初動の迅速さを重視したため、簡易の装備でインベントリーや、上位の状態異常を癒すポーションは持ってきていないのもマズい状況だ。
投石や、猛毒を含む唾液を食らいたくなければ、ヤツが好む相撲(現代的なスポーツ化された相撲では無く、殴打や蹴りもアリの古式なもの)勝負に持ち込むため、こちらから四股を踏んで挑発する(アホみたいに見えるかもしれないが、過去の実績上は極めて効果的……)という手もあるのだが、カシャンボに勝利を収めるのは相当に難しいらしい。
ダンジョン発生の初期……今から20年前に、レスリングのオリンピック選手だった経歴を持つ自衛官が、酷くアッサリと負けた上に、右腕を引きちぎられ、命をも奪われたというのは、当時ダンジョンに興味を持っていた連中の間では有名な話だ。
高位探索者の中には、それでも相撲勝負でカシャンボを圧倒していた猛者も居たという話だが、さすがにオレがその水準まで達しているなどと自惚れてはいない。
度重なるダンジョン探索やドーピングに加え、大力のブレストプレートの腕力補正を受けているオレだが、だからと言って必ず勝てるという保証はないのだ。
魔法対投石の遠距離戦では分が悪く、接近戦で猛毒の唾液を喰らうのも命取りになりかねず、かと言って相撲勝負を挑む気にもなれない。
そうなると打つ手が無いように思えるかもしれないが、実はオレがジワジワと後退しながら、既に稼ぐのに成功している、ヤツとの距離……これが勝算を生む結果に繋がるハズだった。
カシャンボが魔法に反応していたのは、飽くまで自分に対しての攻撃の意思……オレの殺気のようなものに対してだったのだろう。
それが証拠に、オレが先ほどから行使している、フィジカルエンチャント(風)にも、エンチャントウェポン(風)にも、何らリアクションを起こさないで、ニヤニヤしている。
奇襲とカウンターこそが、本来カシャンボの真骨頂。
いわば後の先とでもいうべき高度な離れ業を可能にしているのは、カシャンボの並外れた反応速度とそれを支えている特殊な能力なのだが、もはやそのアドバンテージは通用しないものだとヤツに教えてやらなければならない。
そして、ここまで時間を掛けてオレが後退してくれば…………
「ヒデ! 大丈夫か!?」
……あの兄が、それに気付かないハズは無いのだ。
カシャンボは、兄の鬼気迫る恐ろしい形相(本人は単にオレを心配しているだけ……)と声とに驚き、兄に向けて石を持った左腕を振り抜く……が、そんな行き当たりばったりの攻撃が、兄に当たるハズも無い。
兄の回避と移動を兼ねた【短転移】も距離が足らず、オレの側に文字通り飛んで来ただけだったが、それだけでもオレへの援護としては充分過ぎる。
この機を逃さず、一気にカシャンボに駆け寄らんとするオレに気付いたヤツは、どうやら利き腕では無いらしい右腕を振り抜き、それでも恐ろしい速さの石礫を放って来たが、今のオレには当たらない。
ここしばらくダンジョンで鍛えて上げて来た能力の上昇に加え、敏捷向上剤でのドーピング、そして【敏捷強化】……更には蒼空のレガース、極め付きにフィジカルエンチャント(風)まで使っているのだ。
ともすれば、つんのめって転びそうな程の加速に振り回された感こそあるが、投石は難なく避けたし、唾液も見当外れな方向に飛んでいく。
あっという間にカシャンボの側面にまで迫ったオレは、緑色の魔法光を灯した鎗を全力で振るい、ヤツの細首を月牙で叩き落とした。
しばらく痙攣した後、白い光が離ればなれになったカシャンボの首と胴体とを包み込み、ドロップアイテムに変えていく。
筆のように残された前髪が乱れたカシャンボの頭には、そのおかしな前髪以外にも、特徴が有った。
後頭部に乳白色の小さな皿……オレはそれを眺めながら、薄氷の勝利を噛み締めていた。
1
あなたにおすすめの小説
勤続5年。1日15時間勤務。業務内容:戦闘ログ解析の俺。気づけばダンジョン配信界のスターになってました
厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
ダンジョン出現から六年。攻略をライブ配信し投げ銭を稼ぐストリーマーは、いまや新時代のヒーローだ。その舞台裏、ひたすらモンスターの戦闘映像を解析する男が一人。百万件を超える戦闘ログを叩き込んだ頭脳は、彼が偶然カメラを握った瞬間に覚醒する。
敵の挙動を完全に読み切る彼の視点は、まさに戦場の未来を映す神の映像。
配信は熱狂の渦に包まれ、世界のトップストリーマーから専属オファーが殺到する。
常人離れした読みを手にした無名の裏方は、再びダンジョンへ舞い戻る。
誰も死なせないために。
そして、封じた過去の記憶と向き合うために。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!
IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。
無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。
一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。
甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。
しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--
これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話
複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~
シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。
目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。
『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。
カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。
ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。
ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる