ダンジョン発生から20年。いきなり玄関の前でゴブリンに遭遇してフリーズ中←今ココ

高遠まもる

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第2章

第92話

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「カシャンボかよ……この辺りで、あんなんまで出やがるのか」

 兄が渋面のまま、ボソリと呟く。
 やはり兄は学生時代しょっちゅう水道橋ダンジョンに潜っていただけあって、カシャンボのことを知っていたらしい。

 オレはカシャンボの落としたスキルブックを拾い上げる。
 そして特に意識して、いかにも何でも無いことのように振る舞いつつ、殊更に明るい声を出した。

「スキルブックは有難いけどね。真夜中は勘弁だよなぁ……」

 実際、微弱なモンスターの気配ぐらいなら、無視して睡眠続行してしまいたいほどの、ド深夜だ。

「確かになぁ……。亜衣ちゃんは寝たままか?」

「うん、起こさないように出てきたからね」

「そっか……それにしても、だ。親父までグッスリとはな」

 ……うーん、それは確かに。
【危機察知】スキルの警報は、それなりにうるさく感じる筈なのだが、父はよく寝ていられるものだと変な感心をしてしまう。

「まぁ、歳も歳だからね。この時間帯だと熟睡中だったんじゃない?」

「かもな。……そろそろ戻るか?」

「うん。少しでも寝ないとだし」

 ◆

 結局その後は特に危険が迫ることなく、オレ達は束の間の眠りを堪能した。

 いや、オレは少し堪能し過ぎたぐらいだ。

 妻に優しく揺り起こされた時には、既に普段なら午前探索が開始されている時間。

 深夜の戦闘の疲れから寝過ごす危険性を考慮して、寝る前にスタミナポーションまで飲んだというのにだ。
 もしかすると、脇腹の傷こそポーションで癒えたものの、少なくない血液を失ったのが良くなかったのかもしれない。
 その考えが正しかったのかは分からないが、実際いつもより強い空腹感を感じている。

 兄は普通に起き出して来たらしく、既に朝食を終えていて、甥っ子達やオレの息子を相手に、古ぼけた絵本を読んであげているところだった。

 ケーキ作りの得意なライオンが、ひょんなことから子猫達に好かれてしまったばかりに、微笑ましい悩み事が出来てしまう……そんな絵本。
 それはオレ達が幼い頃に、好んで読んでいた絵本だった。
 子供好きなのにコワモテな兄が、どこか絵本の中のライオンに重なって見えてしまう。
 ケーキこそ作らないが、オレ達家族の中で、料理の味付けが最も上手いのが、実は兄だったりもする。

 すっかり寝坊したオレだったが、ここは前向きに捉えることにした。
 柏木さんが休みの日でないならば、ダン協併設の武具販売所の開店時間に合わせる形で出掛け、新しく人数分の鎖帷子を発注しようと思ったのだ。

 大力のブレストプレートの特殊能力や、防御性能には何の不満も無いが、脇の下や上腕部には装甲の無いところがあったりする。
 昨夜、オレが負傷したのも、この無装甲部分だった。
 兄が持って帰ってきたミスリルや魔鉄の使い道として、ブレストプレートと重ねて着用可能な薄手のチェインメイルというのは、実はアリな気がするのだ。

 朝食を食べながら、まず父と兄……次いで、妻にも確認を取ったが、特に反対意見は無く、各自が柏木さんに相談したうえで、特に重量的な問題が出なさそうなら、発注しようという話になった。
 他にも、予備の武器だったり、防具類も材料が許す限り、どんどん作成していこうという案が出たので、併せて相談することにする。

 そうなると今度は逆に、少しばかり時間が余るので、昨夜スキルの警報に気付かず爆睡していたせいか、どこか居心地の悪そうな父を外に連れ出し、杖術の手解きを受けて過ごす。
 また集中していたせいか、あっという間に時間が来てしまう。
 オレに稽古をつけたことで、父も多少はいつもの調子を取り戻したように見えた。

 装備を整え、ダンジョンに向かう。

 国道を通る車の数が、以前と比べ格段に減っている。
 道中、目にする個人経営の店舗も、半分以上はシャッターが降りて臨時休業を告げる貼り紙が貼ってある始末だ。
 床屋の星野さんは、今日からド田舎ダンジョン
 に通うらしい。
 比較的、安全なハズのこの辺りでさえも、日常は既に壊れていると言って良いだろう。

 ◆

「この辺りで、どこか手頃な空き家は無いかな?」

 一通り、チェインメイルや防具、オレの新しい予備武器の注文を終えると、柏木さんは割りと切実な様子で聞いてきた。
 通勤に不自由を感じるほど、距離があるわけでも無いだろうに……不思議に思ったのが、表情に出ていたのか、柏木さんはオレが答えを口にする前に、再び口を開いた。

「いや、最悪アパートとかでも良いんだ。今の所よりは、この付近の方が仙台駅から遠いからね。それに君たち家族の側に居る方が、どうにも安全に思える」

 なるほど……それならば理解出来なくもない。
 そして、都合の良いことに、ウチの向かいに空き家がある。
 さほど古い家でも無いのだが、近所に新しい家を建てて引っ越した家族が居て、そこは今のところ解体するでもなく、売りに出すでもなく、宙ぶらりんの状態だ。
 他にもマンションや、アパートなど、再開発事業が始まってから、にわかに林立した賃貸物件も有ることだし、柏木さんが引っ越してくるのは、どうやら確実な話になりそうではある。

「ウチの向かいが空き家ですね。父の知り合いが持ち主なので、割りとスムーズに話が出来るとは思います。マンションやアパートも、空き状況は分かりませんが、けっこう有りますよ?」

「それは有難い。お向かいの家のオーナーさん、良かったら紹介して貰えないかな?」

 了承し、メッセージアプリを利用して兄に連絡する……と、ほどなくして問題なく借りられそうだという返事が来た。
 昼の探索時に迎えに行って、同行して来てくれるらしい。
 ……借り手か、買い手を探していたのかもしれないな。
 既にリフォーム済みだというのだから、その可能性は高いだろう。

 柏木さんは、オレの注文した予備武器とチェインメイルを携えて戻って来たが、その知らせを聞くと非常に嬉しそうな表情を浮かべて、オレに握手を求めて来た。

 い……痛い。

 まだ現役でもいけそうだな、柏木さん。
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