拗らせた恋の行方は

山田太郎

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偶然の出会い

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 雨でも降ればいいと思っていたが、結婚式はあいにくの晴天で、参列席からは幸せそうに微笑む新郎新婦の姿がよく見えた。いつもはあまり身を構わず、無精髭を生やしていたりする亮介もこの日ばかりはきちんと身を整えられ、癖のある髪も整髪料で綺麗に撫でつけられていた。普段とはあまりにも違う友人の姿に、浩司はなんだか別人を見ているような気持ちで拍手を送った。
 亮介のことを好きだったとはいえ、初めから付き合えるとか結婚できるとかそんな希望は抱いていなかったから、そういう意味で新婦に嫉妬したりすることはなかった。ただ、今まで亮介の一番近くを許されていたのは浩司で、自分がそのことにかなり優越感を抱いていたのだということは、亮介の隣で微笑む新婦を見て嫌でも自覚させられた。亮介は今まで誰にも束縛されなかったし、誰のものにもならなかった。だからどれだけ彼女を作ろうがいろんな女と寝ようが、さほど気にならなかったのだということを思い知らされた。
「えー、ただいまご紹介にあがりました、大澤浩司と申します。私は亮介さんとは大学時代からの友人で、お互いサークルの飲み会では後始末係として駆り出された仲でした」
 結婚式の後は披露宴が待っていて、浩司は新郎側の友人代表のスピーチをさせられた。何を好き好んで、片想いしていた男の結婚式で祝辞を述べなければならないのかと思ったが、亮介に頼まれると断れるわけもなく、かといって二人の思い出といえば結婚式で話せないようなエピソードばかりで、浩司はかなり頭を捻って当たり障りのない内容を絞り出さなければならなかった。
 疲れるばかりの宴が終わっても、浩司は亮介によってさらに二次会への参加が強制されていて、帰るに帰れず、会場の隅の方で一人グラスを傾けていた。亮介は会社の同僚やサークルの先輩達に囲まれていて、浩司とは最初の方で少し言葉を交わしただけだった。新婦は新婦で女子大学時代の友人と話に花を咲かせており、亮介に紹介してもらう暇もなかった。まあ顔を見たところで到底良い気持ちにはなれないので、どうでもいいといえばどうでもよかった。
「大澤じゃん、相変わらずだなあ」
「先輩こそ、全然変わらないですね。今日は潰れないでくださいよ」
「今日は大丈夫だってー。また後でな」
 たまに話しかけてくる大学時代の友人に適当に挨拶をしながら、浩司は亮介には悪いが20時を過ぎたら帰ろうと決心を固めた。義理は十分すぎるぐらい果たしたし、もう帰っても文句は言われないだろう。そう思いながらグラスを空けたところで、聞き馴染んだ声に名前を呼ばれた。
「大澤?」
 浩司は一瞬、亮介が自分を呼んだのだと錯覚した。だが亮介は浩司のことを名字では呼ばない。びっくりして振り返ると、そこにいたのは浩司にとってかなり見覚えのある人の姿だった。
「大澤だろ? 営業の」
「か、加賀さん」
 浩司は驚きのあまり持っていたグラスを取り落としそうになった。やっぱりなと微笑みながら向かいの席に腰掛けてくる男は、浩司の勤める会社のチーフエンジニアで、社内一の有名人だった。
 部門が違うので浩司は今まで直接話をしたことはほとんどなかったが、加賀秀一という名前は社内に轟きわたっている。彼が非常に優秀なエンジニアであり、傾きかけていたうちの会社を立て直した立役者であるということや、その類稀なる美しい容姿もその一因ではあるが、何よりその名を響かせているのは、彼がゲイであるということをオープンにしているからである。浩司はその時点で加賀に苦手意識をつのらせていて、部門を跨いだ飲み会などが企画されても、なるべく加賀の近くには寄らないように心がけていた。
 加賀は浩司の反応に構うことなく、グラスを傾けて、チンと浩司の手の中のグラスに縁を当てて音を鳴らした。
「いや、可愛い従兄弟の結婚式だから慶弔休暇だって言ってんのに、納品にトラブルがあったとかで呼び出されてさ。二次会からしか出席できてないんだ。大澤は? どっちの知り合い?」
「俺は新郎の友人で…あの、従兄弟ってどちらの」
「ああごめん、俺も新郎の方だよ。亮介の従兄弟。母方の従兄弟だから、名字は違うけど」
 そう言うと、加賀は榛色の瞳を会場の中心で人に囲まれている亮介へと向けた。日本人的な容姿の亮介と比べて、加賀はどちらかというと異国の血の強い、色素が薄く彫りの深い顔立ちをしている。亮介と従兄弟なのだと言われてみても、世間って狭いなとか、全然似ていないなという感想しか覚えなかったが、よくよく見てみれば、パーマを当てたようなゆるく癖のある髪であるとか、低く響きのよく似た声であるとか、血縁を感じさせる部分はいくつか見受けられた。
「あいつと加賀さんが親戚だったなんて、初めて知りましたよ。従兄弟ってことは、加賀さんもクォーターなんですか? 俺、ハーフなんだと思ってました」
「はは、よく言われる。従兄弟の中でもここまで祖父に似てるのは俺だけだよ。性格は亮介が一番似てるんだけど」
 加賀は浩司の不躾ともいえる質問に、気を悪くした様子はなかった。苦笑してそう答えると、持っていたグラスを傾け、一気に酒をあおった。亮介もザルを通り越してワクだが、加賀も随分と酒には強いらしい。
「あいつもあんな脳味噌お花畑みたいな女のどこがいいんだろうな」
 ポツリとこぼされた言葉に、浩司はぎょっとして加賀の方を振り返った。加賀は新婦の方に向けていた視線をこちらに向け、悪戯っぽく微笑んだ。
「俺、女が嫌いなんだよな。ゲイだから。大澤も、あの女嫌いだろ」
「は…」
 一瞬、何を言われているのかわからなかった。固まってしまった浩司に、加賀は微笑を浮かべたまま、浩司の人生史上一番と言っていい、爆弾発言を投下したのだった。
「世間って狭いよな。大学時代に亮介と何回かセックスしてた男って、お前だろう」






「ば…馬鹿言わないでくださいよ」
 飛び上がりそうな気持ちを抑え、やっとの思いで発した言葉は切れ切れで、かすれていて、動揺しているのが見え見えだった。加賀はふっと笑みを深くして浩司から目を離した。
「その反応はアタリか」
 カマをかけられていたのだ、と気がついてももう遅かった。加賀は確信したように笑っていて、その酷薄そうな光をたたえた瞳は亮介ととてもよく似ていた。獲物を狩る肉食獣の瞳だ。
 浩司はごくりと唾を飲み、何が言いたいんですか…と幾分覇気のない声で問いを発した。加賀は愉快そうな顔でちらりと浩司の顔を見た。
「いや、何も? 社内で堅物で通ってる大澤君にも可愛いところがあるんだなと思ってさ。好きな男の結婚式に健気にも出席したりとかさ」
「ばっ…」
 浩司は今度こそ飛び上がって目を白黒させた。脇の下にはどっと汗をかいていて、周囲で誰か聞き耳を立てていないかきょろきょろと見回す。幸いにも周囲には人影はなく、近くにいた人たちも主賓の方に気を取られていて、浩司たちの会話を耳にした人はいないようだった。予想以上の反応を見せた浩司に、加賀はおかしそうに笑った。
「誰も聞いてないって」
「頼むから、変なこと言わないでください…」
 浩司は冷や汗をかきながら懇願したが、加賀は片眉を上げて反駁する。
「本当のことだろ。見てりゃわかるよ」
 浩司は言葉に詰まって上げていた手を下ろした。すとんと椅子に座り込み、ため息をつく。
「俺、そんなにわかりやすいですか…」
「まあ、同類から見ればかなりわかりやすい方だな。お前、ゲイ慣れしてないだろう。亮介以外と寝たこともないんじゃないか」
「う…」
 図星を突かれて浩司は顔を赤くした。やっぱりなあ、と頷く加賀はしたり顔で亮介の方を指差した。
「だからあんなのに捕まるんだよ。あいつ、俺から見れば可愛い弟分だが、世間的に見ればただのクズだぞ。大方お前のこともわかってて振り回してたんだろうな」
 それはなんとなくわかっていた。複数人でセックスする時にいちいちこちらの反応を確かめるような仕草をしたり、揶揄うようなキスをしてきたりするのは、そういうことなんだろうなと感じていた。それでも、溺れかけた人が最初に掴んだものを手放せないように、浩司も最初に見つけた拠り所である亮介から離れることができなかった。そして今頃になって急に手を離されて、迷子の子供のようにどうしていいかわからなくなっている。
 加賀は声を潜め、浩司の鼻先に指を突きつける。
「お前、このまま亮介の側にいたら、いつか壊されるぞ。視野を広げてみろ。世の中ゲイなんてアホみたいいっぱいいるんだぞ」
 浩司はぎこちなく頷いた。わかってはいるのだが、20代のまだ世間もなにも知らない頃ならまだしも、30を超えて今さら新しいコミュニティに飛び込もうというのはなかなか勇気がいる話だった。今いる居場所が心地よければなおさら。
 加賀は浩司のそんな反応を難しい顔で見ていたが、やがてふっと笑って浩司の頭に手を置き、わしゃわしゃと撫で回す。驚く浩司に、加賀はなんでもないことのように言葉を発した。
「俺と寝てみるか?」
 揶揄うような口調だったが、それが本気だということは加賀の目を見ればすぐにわかった。榛色の瞳が心配そうな色を浮かべて、浩司の方を見ていた。
「恋人にはなってやれないけどな。俺はめちゃくちゃセックスが上手いぞ。亮介のことなんか一回で忘れさせてやる」
 浩司は困惑した。なんというか、これは浩司ばかりに利があって、加賀には何もメリットのない話だ。
「なんで…そこまで…」
「まあ亮介の尻拭いもあるが、一番は大澤が気に入ったからかな。どうする? この後抜け出してセックスするか?」
 茶化すような口調で、加賀が逃げ道を用意してくれているというのはわかった。浩司が首を横に振れば、冗談だと言って無かったことにして、会社でも普通に接してくれるのだろうなと思わせられた。それでも、この機会を逃してしまったら、自分はきっと永遠に変われないだろうと浩司は思った。それに、好きだった相手の結婚式で、多少ヤケになっていたというのは否定できない。
 小さく頷いた浩司を見て、加賀はニヤリと微笑んだ。
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