異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

第3部：ゆるふわスローライフは守られるべき！ ～ちょっぴり騒がしい、お客様と秘密のお手紙～

第58話：『祝福空間』の快適さに訪問者も堕落！？ 「もう王都には戻れない…」アスターテ永住計画（主に美食目当て）が進行中！？

　アスターテ領での滞在が、当初の予定を大幅に超過しつつあるアルフレッドさんとレオナルドさん。
　表向きは「アスターテ領の特異現象に関する詳細な調査のため」ということになっているが、その実態は、日に日にこの『祝福された土地』の快適さと、クライネル家の『規格外の美食』の虜になっている、というのが正しいだろう。
　もはや、彼らの間には、王都へ帰るという選択肢は存在しないかのようだった。

　特にレオナルドさんの『堕落』っぷりは、目を見張るものがあった。
　あれほど王都の華やかな社交界を好み、辺境を「退屈な田舎」と見下していた彼が、今ではすっかりアスターテ領ののんびりとした時間の流れに身を委ねている。
　日中は、庭の木陰でお気に入りの小説を読んだり（大抵は数ページで寝落ちしているが）、ルークの淹れる（あるいはルークがそばにいるだけで奇跡的に美味しくなる）ハーブティーを堪能したり、そして何よりも三度の食事を人生最大の楽しみとしている。

（ああ……今日も今日とて、この鶏肉のソテーは絶品だ……皮はパリパリで香ばしく、肉は驚くほどジューシーで柔らかい……一体どうすれば、こんなものが作れるのだ……？ 王都の三ツ星レストランのシェフですら、この味には遠く及ばまい……）

　レオナルドさんは、夕食の席で、恍惚とした表情で鶏肉を味わいながら、内心でそんなことを考えていた。
　もはや彼の頭の中は、アスターテ領の食事のことと、どうすればこの生活を一日でも長く続けられるか、ということしかない。

「……なあ、アルフよ。正直に言うがな……もう、王都の食事など、砂を噛むようなものにしか思えんのだ。あの退屈な社交も、見栄と欺瞞に満ちた会話も、全てが億劫でならん。いっそのこと、ここに永住してしまおうか……。例えば、そうだな……クライネル子爵家に、食客としてでも転がり込むというのはどうだろう？」

　食後のお茶を飲みながら、レオナルドさんがぽつりと本音を漏らす。
　その目は、意外なほど真剣だった。

「ヴァイス殿……！ あなたは一体何を……！ 我々はあくまで調査のためにここに……」

　アルフレッドさんは呆れたように言ったが、彼自身もまた、このアスターテ領の『魔力』に抗えなくなりつつあった。
　アスターテ領の清浄な空気は、彼の疲弊した精神を癒やし、そして何より、ルークの周囲にいるだけで、頭脳が驚くほど明晰になり、研究への意欲が（なぜか）湧き上がってくるのを感じていたのだ。
　それは、まるで彼の知性が、この土地の『祝福』によってブーストされているかのような感覚だった。

（この環境……！ まさに研究者にとっての理想郷だ……！ ルーク様のそばにいれば、私の長年の研究テーマである『古代魔法における生命力の増幅と転移』に関する、世紀の大発見も夢ではないかもしれない……！ そのためには……そう、例えば、この屋敷の一角に、ささやかな『研究室』を持たせてもらうとか……いや、それはあまりにも虫が良すぎるか……？）

　アルフレッドさんは、真剣な顔で、クライネル家の空き部屋の間取りなどを脳内でシミュレーションし始めていた。
　もちろん、ルーク様ご本人を直接的な研究対象にするなどという非倫理的なことは考えていない。ただ、この『祝福された空間』で研究に没頭したい、という純粋な（？）学術的欲求が高まっているのだ。

　そんな二人の内心の葛藤（という名の欲望）を知ってか知らずか、ライオネル子爵とアラン兄様は、彼らの長期滞在を（内心ではその影響力を計算しつつも）温かく歓迎していた。

「いやはや、ヴァイス殿、シュトラウス殿。お二方のように将来有望な若者が、このアスターテを気に入ってくださるとは、我々も嬉しい限りですな。どうぞ、気が済むまでご滞在ください。何かお困りのことがあれば、遠慮なく」

「ええ、特にシュトラウス殿の研究は、我が領の発展にも繋がるやもしれませんしな。もしよろしければ、我が家の書庫の古い文献なども、自由にご覧になって構いませんぞ？ まあ、大したものはございませんが」

　アラン兄様のその言葉に、アルフレッドさんの目がカッと見開かれたのは言うまでもない。
　レオナルドさんも、「ふむ、文献調査も悪くない。特に、この地方の伝統料理のレシピなどが記されていれば最高だな」などと、完全に目的がすり替わったことを口走っている。

　こうして、王都からの訪問者たちは、それぞれの思惑（主に美食と研究環境とゆるふわライフへの渇望）を胸に、なし崩し的にアスターテ領での滞在を延長していくのだった。
　彼らの「アスターテ永住計画」は、もはや冗談ではなく、現実味を帯び始めているのかもしれない。
　それが、次にアスターテ領を訪れるであろう「小さな来訪者」の騒動と、どう関わってくるのかは、また別のお話である。