異世界でも働きたくないので、辺境貴族の末っ子としてもふもふと昼寝します

おまる

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第3部:ゆるふわスローライフは守られるべき! ~ちょっぴり騒がしい、お客様と秘密のお手紙~

第66話:『天使の祝福クッキー』再び! 昨年超えの大行列&即完売! 噂はついに王都の『あの人』の耳へ!?

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 収穫祭の賑わいが最高潮に達する頃、広場の一角に設けられたクライネル家のチャリティー出店には、今年もまた、信じられないほどの長蛇の列ができていた。
 お目当ては、もちろんアレだ。
 メイド長マーサさん特製、そして我が家の天使ルーク様の『祝福』がたっぷりと込められた、伝説の焼き菓子たちである。

 今年は、昨年の『幸せ運ぶ焼きりんごクッキー』に加え、春に評判となった『春の妖精の祝福クッキー』、さらには新作の『太陽と月の恵みマフィン』や『とろける幸せフルーツパイ』など、ラインナップも大幅にパワーアップしていた。
 しかも、収穫祭の準備期間中、僕が毎日厨房で『お味見係』という名の『最終魔法仕上げ』を担当したおかげで、その味と効果(主に多幸感)は、昨年を遥かに凌駕する『神の領域』に達していると、マーサさんは太鼓判を押していた。

「さあさあ、お並びください! クライネル家秘伝、ルーク様祝福の『奇跡のお菓子』、本日は数量限定でございますよー!」

 マリーが元気いっぱいの声で呼びかけると、開店と同時に、人々が雪崩を打つように店へと殺到した。
 領民たちはもちろんのこと、噂を聞きつけて遠方からやってきた商人や旅人、そしてお忍びで視察に来ていた他の貴族家の者や、王都から派遣された役人らしき姿もちらほらと見える。
 彼らは皆、半信半疑ながらも、その『奇跡の味』を求めて必死の形相だ。

「一口食べれば、日頃の疲れが吹き飛んで幸せな気分になれるんですって!」

「病がちだったうちの婆様が、これを食べたら元気を取り戻したって話だよ!」

「いやいや、それだけじゃない! 商売が上手くいくとか、恋が成就するとか、もはや万能薬レベルの評判だぞ!」

 もはや、お菓子の評判というよりは、何か得体の知れない『伝説の秘薬』か『幸運のアイテム』のような扱いである。
 僕がそんな騒ぎを遠巻きに「わー、すごい人だねぇ。みんなお腹すいてるのかなぁ?」なんてのんきに眺めていると、アルフレッドさんとレオナルドさんが、いつの間にかその行列に並び、しっかりと自分たちの分を確保しようと奮闘していた。研究のため、と言い訳しつつ。

 その味は、当然ながら筆舌に尽くしがたいものだった。
 口に入れた瞬間、脳天を直撃するような圧倒的な美味しさと、身体の奥底から湧き上がってくるような温かい幸福感。
 食べた者は皆、一様にうっとりとした表情を浮かべ、しばし言葉を失い、そして次の瞬間には「こ、これは……! まさに天上の味だ! 生きててよかったー!」と感動の涙を流す者すらいる始末。

 そんな中、ひときわ異彩を放つ一団がいた。
 彼らは、質素ながらも上質な衣服を身にまとい、その立ち居振る舞いからは明らかに高貴な身分であることが伺える。
 その中心にいるのは、いかにも老獪そうな、しかしどこか人の良さも感じさせる細身の老紳士と、常に無表情で口数の少ない、しかし美しい佇まいの若い女性だった。彼らは、王都から派遣された、エリオット・アシュフォードの報告を検証するための調査団の一行である。

 老紳士が、おそるおそる『太陽と月の恵みマフィン』を一口。
 その瞬間、彼の鋭い観察眼が見開かれ、長年忘れていた子供のような純粋な驚きの表情が浮かんだ。

「……こ、この風味……そして、食べた後のこの満ち足りた感覚……! まさか、数百年前に失われたとされる、宮廷最高のパティシエが生み出した『太陽神の祝福マフィン』のレシピが、こんな辺境の地で……いや、これは、それすらも超えている……! この子供は、一体何者なのだ……!?」

 老紳士は、わなわなと震えながら、マフィンの包み紙を握りしめる。
 一方、若い女性もまた、『春の妖精の祝福クッキー』を一片口にし、その美しい柳眉を微かにひそめた。そして、誰も見ていないことを確認すると、そっともう一枚クッキーを手に取り、懐にしまう。その無表情の裏で、彼女の心にどんな感情が去来したのかは、誰にも分からない。ただ、彼女の口元に、ほんの僅かな、しかし確かな笑みが浮かんだように見えたのは、気のせいだろうか。

 用意されたお菓子は、当然のように午前中でほぼ完売。
 追加で作るも、その人気は衰えることを知らず、午後には「本日の分は全て売り切れました!」というマーサさんの申し訳なさそうな声が響き渡った。
 買えなかった人々からは、悲鳴に近い落胆の声が上がる。

 アスターテ領の、クライネル家の三男坊ルーク・クライネルが生み出す(本人は無自覚だが)『奇跡のお菓子』。
 その噂は、この収穫祭を訪れた王都の使者たちを通じて、より具体的かつ重大な情報として、王都の中枢――そして、ある『特別な人物』の耳へと、確実に届くことになるのだった。
 ルークのゆるふわスローライフに、また新たな波紋が広がろうとしていた。もちろん、本人はそんなこととは露知らず、次は何を食べようかな、と目を輝かせているのだが。
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