上 下
3 / 18
1巻

1-2

しおりを挟む
「ロミ、嫌いな物はあるか?」
「えっ? あ、ううん。私は好き嫌いなく何でも食べるよ。大丈夫」
「そうか、じゃあそこのテーブルで少し待ってろ」

 ジュリアンはそう言って屋台のほうへ買い出しに行ったので、ロミは広場の奥にある立ち飲み用の簡易テーブルで彼を待つことにした。
 高台のある広場からは、帝都アルタイルを一望できる絶景が広がっている。
 イーグルトン宮殿を中心に放射状に広がる城下の夜景は、魔石照明が一般家庭にも普及している裕福な国を象徴しており、とても優雅で美しい。ローゼンブルグの城下町と比べたら、こちらはとても都会的な感じがする。
 あの光の一つひとつにイーグルトン国民の営みがあるのだと思うと、なんだかとても感慨深い気がした。
 その絶景に見惚れていると、ジュリアンに後ろから声をかけられた。
 振り返ると彼は片手に何種類かの料理を乗せたトレイを持ち、もう片手に逆さまにした木製のゴブレット二つとその脇にワインの瓶を挟んでいた。器用である。
 ロミが夜景を見ている間に後ろでやっている屋台を回って買い付けてきてくれたらしい。
 この高台には夜景を見ながら立ち飲みできる簡易テーブルがいくつも置かれているようで、ジュリアンはロミが席を取っていたそこにそれらを置いた。立って食事も騎士ならよくあることなので、ロミは特に何も思わない。
 ――逆に座ったらこの美しい夜景が見えなくなってしまうものね。この絶景ももちろん酒の肴だ。
 トレイの上には、タレのかかったあつあつの串焼き肉、きのこのオイル煮、揚げた芋、薄切りの燻製肉を挟んだ固めの黒パン、ピクルスが乗っていた。
 どれもボリュームたっぷりで、見た瞬間に生唾を飲み込んでしまう。素晴らしいチョイスだ。

「すごい。美味しそう」
「こっちもどうだ」

 ジュリアンがゴブレットに赤ワインを注いでいく。そのうちの一つをロミの目の前に置き、自分も一つ手に持って軽く掲げた。ロミもそれに倣いゴブレットを掲げて乾杯する。木製なので器を合わせたところでポコッという音しか出ないのが味わい深くてまたいい。
 赤ワインは熟成の浅いもののようだが渋さは少なくて酸味があるので、このいかにもこってりしたジャンクな屋台料理にまた合う。

「うん、美味しい! 屋台の食べ物がここまで美味しいとは驚いたな」
「だろ? こっちも旨いぜ」
「んー、本当だね。やっぱりイーグルトンは南方の国だから素材が豊富で美味しいのかもしれない。羨ましいなあ」
「ん? そういうアンタはどこから来たんだ?」
「私は、ローゼンブルグだよ」
「おお、あの女神に愛された『麗しの国』ってやつか。美女ばかりって噂は、まんざら間違いじゃないらしいな」

 ロミを眺めやりながらゴブレットを傾けてそんなことを言うジュリアン。美女と称されてロミは嬉しいやら恥ずかしいやらで、頬が熱くなるのを、ゴブレットを傾けるふりをしてなんとか隠して話を振った。

「……ふふふ。そういえば」
「何だよ」
「君はジュリ坊なんて呼ばれているんだね」
「あ~、クソッ。そこ聞き流してくれよ。この年でジュリ坊はないだろ。あの人ら、子ども扱いひどいんだよ。俺はもう二十五だぜ?」
「あはは。でもああいった世代の方には私たちなんてまだまだ子供だよね。私ももう二十一歳だけど未だに母からは『ロミちゃん』ってちゃん付けだもの」
「まあ、そりゃそうだけどさあ……あ、それよりほら、こっちも旨いぜ」

 ――何だろうな、このむず痒さ。
 ローゼンブルグにも一応男性はいるけれど、彼らと接触がない女だらけの生活をしていたせいか、ここでこんな美しい男性と食事をしている自分が信じられない。
 でも居心地が悪いかといえば、そうでもない。むしろ心地良いくらいだ。
 先ほどの店でのいさかいとあのナンパ男に対しての嫌な気分が今ではすっかり晴れてしまった。これが面食い効果ってやつなのだろうか。
 何だか食も酒もついつい進んでしまう。気が付けば結構盛りの良かったトレイの上はすっかり空の皿だけになってしまった。

「腹は満たされたか?」
「ああ、おかげさまで。そういえば先ほどの店、私が原因で迷惑をかけたのに、何も言わずにお金だけ置いて出てきてしまったから、申し訳ないと思ってるんだ。何かお詫びしないと」
「気にすんな。酒場なんてみんなあんな感じだ。あの店は俺の行きつけだから、あとで俺からよろしく言っといてやるよ」
「何から何まで申し訳ない」
「いや、俺が余計な手出ししたもんだからややこしくなっただけだって」
「そんなことはないよ。助けてもらったのは事実だし、私が原因なのも――」
「いや俺が」
「いや私が」
「……」
「……」
「ぷっ……」
「はは、あはははっ」

 何が面白いわけでもない、ただ二人して答えの出ないことで謝り合っているのが、何だかとても笑えてしまう。
 ひとしきり笑ったあと、痛み分けと言うことでとこぶし同士を合わせてから、瓶に残ったワインを継ぎ足して二人でまた乾杯した。
 それからは他愛もない話ばかりして、ただ笑い合う。それが非常に楽しかった。
 からかい話に苦笑し、はあーっとため息をつきながらゴブレットを傾けるジュリアンの、その仕草の悩ましいこと。
 そんな風に思ってついじっと見つめていると、その視線に気が付いたらしいジュリアンにふわりと微笑まれてしまった。若干赤面しているように見えるのは光の加減か、それとも酒のせいか。図らずもロミが熱い視線を送ってしまっていたことに対しての羞恥心なのか。
 でもそのやや桃色に染まった頬が美貌をさらに引き立てている。
 ――ああ、なんて綺麗な人なのだろうか。この人は、本当に人間? 男神の間違いでは?

「……何だよ。俺の顔に何かついているか?」
「ううん。君は本当に美しいなと思って」
「あー、良く言われるけど、それは男に対する誉め言葉じゃなくないか」
「そうなのかなあ。今日美術館に行ってきたのだけれど、そこにあった戦神の彫刻が素晴らしくてね。そして先ほど君に会ったとき、その戦神の化身が現れたかと思ったんだ」
「ふうん……。なあ……それって、俺のこと口説いてる?」
「へっ? え、えええっ? あっ……えーっと、いや、本当に心から美しいものは美しいと思っただけで。あの、き、気に障ったら申し訳ない……」

 ――何を言っているんだろう私は。酔っているんだ、きっとそう。アルコールのせいで顔がほんわか熱いし、何だか心臓もドキドキする。
 男性と接したことはほとんどないのに、初対面の男性を美しいと褒めたたえて、これじゃあ本当に口説いているみたいだ。
 気が付けば、テーブルに肘を突いたジュリアンが覗き込むように見つめている。その瑠璃色の瞳にとろんとした自分の情けない赤い顔が映っているのが恥ずかしい。でも視線を絡め取られて逸らせなかった。

「……俺のこと知りたい?」

 否定されることなど全くないと自信に溢れ、それでいて蠱惑こわく的な微笑みで見つめられたら抵抗などできるはずもなく、手を重ねられていたことにも気付かないまま、ロミは頷こうとして……

「おい。さっきはよくもやってくれたな。俺を追い出しておいて、いいご身分じゃねえか」

 不意に背後から声をかけられた。そちらを見ると、先ほどのナンパ男が立っていた。彼の後ろには同じように剣呑けんのんな顔をした男たちが数人いる。
 ジュリアンは彼らを横目で一瞥いちべつしたあと、面倒くさそうにそちらに向き直る。

「……懲りない奴だな。お友達連れて仕返しにきたのか?」
「てめえこそ俺が目ぇつけた女とよろしくやってんじゃねえよ」
「そりゃまあ、俺のほうがいい男だからな。いい女にはいい男が横に並ばないと、だろ?」
「はっ。じゃあ二目と見られないような顔に整形してやる。……おい、てめえら!」

 男の掛け声でその仲間がロミとジュリアンを取り囲んだ。ジュリアンはそれらを横目で面白くもなさげに一瞥いちべつする。
 ジュリアンも一応剣を帯びているとはいえ、このならず者たちもそれぞれ角材やら何やら物騒な物を持っている。
 数に物を言わせて取り囲むなど、卑怯にもほどがあると、ロミはふつふつと怒りが湧いてきた。
 少々個人的な怒りもあった。彼らはロミのモヤモヤする気持ちの原因でもあるし、先ほどまでのジュリアンとのなかなか甘美な雰囲気をぶち壊され、怒りが湧いてきたのである。
 ちょっとそれは多勢に無勢で卑怯ではないのか、とロミが「ちょっと」と言いかけた次の瞬間、ジュリアンに身体をグイッと引き寄せられてしまった。
 突然のことで咄嗟に抵抗もできず、気が付けば男たちに見せつけるかのように、ジュリアンはロミを胸板に押し付ける感じで抱き寄せてきた。

「……えっ? ええええええっ?」

 ――一体何をされてるんだろう。何で抱き寄せられているの?
 そんなロミの混乱をよそに、ジュリアンは片腕でロミを抱いたまま、もう片方の掌を上に向けてクイクイッと男たちを煽った。

「悔しければ、力づくで取り返してみせな。言っとくが、俺は強いぜ?」

 煽られて逆上した男は、怒号とともにジュリアンに飛び掛かってきた。

「クソがぁっ! ふざけんなあああああっ!」

 向かってくる男に対し、ジュリアンはロミを抱いたまま、長い脚を振り上げて思い切り蹴って押し戻した。
 予備動作もない咄嗟の動きだったというのに、向こうから突進してくる勢いもあってか、蹴りで押し戻したとは思えないほど吹っ飛んでいく男。一度地面にバウンドしてからゴロゴロと転がり、向こうにある屋台ギリギリで止まった。

「おいジュリ坊! こっちに飛ばすんじゃねえ」
「悪い、大将。ってかジュリ坊っていうな」

 屋台の主人がジュリアンに対して怒鳴り散らすし、それに対してジュリアンも軽く返している。

「次はどいつだ?」

 いきなり体格の大きい男を蹴り倒したというのに、息も乱れていないジュリアン。しかも片腕にロミの腰を抱いたまま。
 体格差のある相手には、力ではなく技が必要不可欠だ。
 ただの町人風情じゃないのは数時間前の店でのやりとりでわかっていたけれど、この体さばき、このジュリアンという男はかなり腕に覚えのある傭兵なのかもしれない。
 だがこの態勢はいくら何でも戦うには不向きなのではないだろうか。女を腕に抱き寄せたまま戦うなんて。

「ジュリアン、離して。私も腕に覚えはある。戦うよ」
「ん~? そりゃ勇ましいけどな、こういう時はおとなしく守られとけ。な?」
「でも、こんな、態勢じゃ……っ」
「嫌?」
「い、嫌とかじゃなくて……」

 こんなに密着していたら、戦う前にこちらの心臓が持たない。男性とこんなに密着することなんて組手ですらしたことがないというのに。
 気が付けば屋台の場所にいた酔客たちがこちらを見て口笛を吹きながら囃し立てている。さっきの酒場でもそうだったが、酔客たちにとっては乱闘騒ぎなど完全に見世物なのだろう。
 二人のやり取りが、アハハウフフこいつう、みたいに乳繰り合っているように見えたらしい男たちが、焦れに焦れて再び怒声を上げて襲い掛かってきた。
 ジュリアンは角材を持った男の腕に蹴りを入れて取り落とさせ、そのまま男の鳩尾に蹴りをもう一発放った。男は唾液を吐き出しながらずるずると膝をついた。その後も華麗な足技で男たちを吹っ飛ばしていった。
 ジュリアンのその体さばきは、男たちのような無頼な型ではなく、しっかり訓練された型であったため、ロミは目を見張る。片腕にロミを抱えたまま咄嗟に動けるなんて本当に器用な男だ。

「取った! 死ねえええっ!」

 と、背後から鉄の棒を振りかぶって襲い掛かってきた男がいた。前方に目を向けていたジュリアンは反応が一瞬遅れたけれど、彼の片腕に抱かれていたロミのほうが早く気付いた。
 危ない、そう言うより早く体が動いていた。
 ロミはジュリアンの腕をほどいて、後ろの男に回し蹴りを放って武器を弾き飛ばし、追い打ちでもう一発蹴りを放ってから、ジュリアンの背後に着地する。
 男は地面に倒れ、持っていた鉄の棒がカラカラと転がっていった。

「やるな!」
「感心してる場合じゃないよ! 今危なかったんだからね!」

 思わず説教をしてしまった。とはいえ、何だか胸に熱いものがこみ上げてくる感じがする。結構な量のワインを二人で酌み交わしたはずなのに、戦いの興奮は酔いを上回るのかもしれない。
 ロミに蹴り飛ばされた男が、たたらを踏んで近くの酔客のテーブルに突っ込んでしまった。テーブルの上の酒肴を台無しにされた酔客は、酒の勢いも合わせてその男に殴りかかる。

「おいてめえ! 俺の酒をどうしてくれる!」
「う、うるせえ! そんなところで呑気に飲み食いしてるのが悪いんだろ!」

 反論したが最後、男は酔客に殴りかかられた。ゴロツキどもの振る舞いに苛ついていたらしい他の酔客も参戦し、取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

「てめえら、さっきから聞いていればろくでもねえな!」
「ジュリ坊に喧嘩売るなんざ、てめえらよそ者だな!」
「大体なあ、人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえってんだよ!」
「俺らのジュリ坊の大事な恋路を邪魔すんじゃねえぞ!」

 安全な場所に避難した娼婦たちも金切声でまくし立てる。

「そもそもあんたらみたいなろくでなし、女だって願い下げよ」
「そうよそうよ。顔も生き方も不細工な男って、金積まれたってごめんだわ」

 ここらの酔客は皆ジュリアンの知り合いなのか、理不尽な因縁をつけて大人数でジュリアン一人に絡んでくるゴロツキどもに業を煮やしていたらしい。

「おとなしく飲み食いできねえやつは、一発かましてやるぞ!」

 そのうち屋台の店主たちまで乱闘に加わってしまった。
 もうこの状態ではゴロツキたちはジュリアンに絡むどころではない。
 しかし、その状態で大乱闘となってしまったあと、けたたましい警笛の音にその張り詰めた空気が変わった。

「貴様ら、何をしている!」
「往来で立ち回りをやらかしているのはここか!」

 屋台の店員や客などが呼んだのだろう、王都の衛兵隊がやってきた。一同に怒鳴りつけるように尋問を始める衛兵隊を見て、やらかしてしまったことを改めて悟った。
 旅先で問題を起こすのを恐れていたくせに、結局はこうなってしまった。するとロミの手を取ったジュリアンがニカッと笑った。

「ジュリアン?」
「逃げよう」
「え?」
「いいから。逃げるが勝ちってこともある」
「え? えっと、ちょ、ちょっと……わあっ」

 ロミの腕を取って肩を抱き寄せるようにして、ジュリアンは駆け出した。訳も分からないまま一緒に逃げ出すロミ。
 騎士として実直に生きてきて、後ろめたいことなどしたことのないロミだが、乱闘騒ぎに参加していたくせに衛兵の尋問から逃げ出すことになるなど思いもしなかった。
 先ほどの店で衛兵が来ないうちに逃げ出したことよりも背徳的な気がした。
 ――こんな悪いことしをしたら、女神様から天罰が下るのではないだろうか?
 そんなことを考えていると、頭上からジュリアンの笑い声が聞こえてきた。

「はっ……はははははっ!」
「な、何で笑って……」
「これでロミも共犯な! くくっ、ははははっ!」
「共犯って……あ、あはははは、もう、君ってやつは!」

 美形の満面の笑みと爆笑に、つられて笑ってしまうロミだが、戦闘の興奮と逃げ出した背徳的な気持ちのしょうもなさから、お腹が痛くなるまで笑ってしまった。
 はたから見たら爆笑&爆走する青春バカップルに見えたかもしれない。


 現場から二人揃って逃げ出したロミとジュリアンは、もう誰も追って来ていないことを確認してようやく立ち止まる。
 息は上がっているけれど、それが何だか心地いい。一緒に悪戯をして逃げる仲の良い子供みたいだと、心の底から笑いがこみ上げてきて、街路樹にもたれかかって二人一緒に大爆笑した。
 時間も相当遅いのにこんなに大声で笑ってさらに悪いことをしている気がする。

「あはははっ……もう、こんな悪事をはたらいたのは初めてだよ」
「ははは、悪事って何だよ」
「乱闘したり警備隊の尋問から逃げ出したり」
「酔っ払いの喧嘩なんて日常茶飯事だろ。けどそれも後で俺が話つけといてやるよ。結構衛兵らにも顔がきくんだ」

 彼は一体どういう人なのかと思ったけれど、旅の最中にそんな個人的なことを根掘り葉掘り聞くのも無粋だ。ロミは敢えて聞かないことにした。
 ひとしきり笑い合ったあと、ジュリアンはロミをじっと見つめて妖艶な笑顔を見せたので、その視線にロミは鼓動が一つ波打つのを感じる。

「な、何かな」
「アンタ、強いな」
「それは君もだろう」
「俺よりよっぽど強いんじゃないか」
「そんなことはないよ。……でも、強いって言われるのは正直嬉しいな」

 一応騎士であるからには、強いと言われるのは誉め言葉だ。強くなると心に決めた幼少時代からの信念を貫いてると褒められた気分になって嬉しい。
 しかし、はたと思い浮かんだのは、イーグルトンの男性には強い女より、か弱くて守ってあげたい女性のほうが好まれるのではないかということだ。
 ――あれ……? もしかして私はイーグルトンの男性にとっては好ましくない女性なのではないだろうか? ジュリアンも、もしかして強い女は好きじゃない?
 自分が今までしてきたことを思い出して、しとやかさとは無縁だった自分が恥ずかしくなってしまう。
 ロミが額を押さえて悶々としていると、ジュリアンの手がロミの顎に伸びて上を向かせた。

「そして綺麗だ」

 すぐ目の前に素晴らしいジュリアンの美貌がある。急に恥ずかしくなって頬にカアッと熱が籠った。

「あ、あははは。急にな~に言ってるんだ」
「嘘じゃない」
「え?」
「アンタは綺麗だ」
「……あ、あの」
「惚れた。アンタを本気で口説いていいか?」
「ジュリアン……?」

 ジュリアンの親指がロミの半開きの下唇をそっと撫でつけた。思わず目を逸らして顔を背けようとしたが、ジュリアンの手がそれを許さなかった。
 相変わらず目の前には絶世の美男子の悩ましい微笑みがあり、見つめているだけで酩酊めいていしたみたいな気分になってしまう。
 ――これは、まだお酒が抜けてないのかな。そこまでお酒に弱いわけではないんだけれども。
 ジュリアンの夜空のような瑠璃色の瞳は情欲にけぶるように潤んでいる。ロミは、本能でこの男に求められているのを悟ってしまった。

「ジュリアン、私を抱きたいのか?」
「ふっ、ストレートに聞くよな。すげえ抱きたい。なあ、さっきの話だけど、ロミは俺のこと知りたくないか?」
「知りたいような、知りたくないような……だって私は旅人だし、一期一会というだろう? それにもう遅いし」
「なあ、一期一会なら、俺はこのチャンスを逃したくないんだ。帰るなよ。今夜はおとなしく俺に口説かれて?」

 魔法をかけられたみたいにその言葉に魅了されて抗えなくなったロミは、そっと無言で彼の首に腕を回した。それを合図に、ジュリアンはロミの腰に腕を回し、ロミの何か言いたげな悩ましくも半開きになったその唇に己のそれを重ねた。
 旅の恥はかき捨てとも言うが。行きずりの情もまた、そんなこともあったと流してしまえるものだろうか。
 貴族の子女として、年頃になるとねや教育は一通り受けるものである。ロミもまた、男女の身体の仕組みを座学では勉強したものの、要は「殿方に身を任せなさい」という丸投げにも等しいことを言われたのみで、詳しいことはその時にならないと分からないと思っていた。まあなんとかなるだろうと楽観的に考えていたのだ。
 あんな淫らな行為だったなどとは思いもせずに。
 その部屋にどうやって来たのかを、ロミはあまり覚えていない。気が付けばどこかの安宿の一室で、狭いベッドに並んで腰かけた状態でジュリアンに噛みつくようなキスをされている。

「んっ……ふ、んぅっ……」
「はあ、ああ、ロミ、ん、んん……」

 キスも初めてのロミは、唇を触れさせるだけのものだと想像していたのに、どんどん深くなっていくジュリアンの唇と舌先にあっという間に翻弄ほんろうされた。
 薄目を開ければ目の前に広がるのは、悩まし気に眉根を寄せて、熱に浮かされたみたいにむさぼるジュリアンの非常に整った顔がある。

「んっ……!」

 歯列を割って侵入してくるジュリアンの舌に、あっという間にロミの舌は絡め取られる。じゅるじゅると吸い上げられて、息が苦しいのに気持ちいいような気がして混乱した。

「ん、んん~~~~~っ!」

 突如身体をせり上がる何かの力を感じてロミはビクリと震えた。何が起こったのか、初めて迎える絶頂がキスだけで起こったことなど、知識もろくにないロミにはわからない。
 ぷはっと荒い息を吐きながら唇を離すも、名残惜し気にお互いの唾液が糸を引く。

「はぁっ、はぁっ、あ、あぁ……」
「はあ、キス、気持ちいいな、ロミ」

 ――気持ちいいキスと普通のキスってどう違うんだ?
 これが気持ちいいキスなのかどうかロミにはわかっていなかった。ただ、ちゅぱちゅぱと音をたてて、普段なら絶対に触れ合わない別の人の舌と自分の舌を絡ませることに、非常に淫らさを感じて、恥ずかしいのにその淫らさに酔ってしまいそうな気分だ。
 そのままベッドに押し倒されたのもわからなかった。キスだけで身体がすっかり弛緩しかんしてしまっている。
 いくら身体を鍛えたところで、たったのこれだけで全身の力が抜けてしまうなんてロミは思いもしなかった。
 ――これってもしかして魔法なのかな。ジュリアンは本当に男神の化身なのかな。我ら女神の末裔のローゼンブルグの民がいるくらいだし、もしかして本当に……?
 男神の抗えない魔力にさらされたら、いくら騎士でもただの無力な女でしかないとロミは思う。
 ――今こうなら、この先一体どうなってしまうんだろう?
 ロミは目の前の瑠璃色の瞳を改めて見てから、はあ、と悩ましく息を吐いた。

「……ジュリアンの目は夜空みたいだ」
「夜空、好きなのか」
「そうだね。好きかな。ローゼンブルグの山に登って見た夜空は空気が澄んでいてそりゃあ美しいんだよ。君の目はそれを彷彿とさせるんだ」
「そうか……ならこの目の色に生まれて良かった」
「……あっ……」

 ジュリアンがロミのシャツの前をはだけ、あらわになった鎖骨に顔を埋めて舌を這わせてきた。時々チュッと吸われるそのくすぐったさにロミは喉奥でぐふふと色気のない声で笑いを漏らしてしまう。キスマークを付けられたことも気付いていない。それどころじゃないのだ。
 ジュリアンは鎖骨にキスをしながら器用にロミのシャツのボタンを外していき、ついに全て外し終わると、あっという間にはぎとってしまった。帯もほどいてトラウザーズも取り払われて、ロミはついに生まれたままの姿をジュリアンの前にさらけ出すことになった。
 鍛えているので細身ではあるが、その割に胸の膨らみは大きいロミの身体を見下ろし、ジュリアンは熱いため息を漏らす。

「ロミの身体も綺麗だ」


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

母になります。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,294pt お気に入り:1,799

重婚なんてお断り! 絶対に双子の王子を見分けてみせます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:724pt お気に入り:44

快楽の虜になった資産家

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:184pt お気に入り:8

【R-18】呪われた令嬢と寡黙な護衛騎士

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:128

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。