スイさんの恋人~本番ありの割りきった関係は無理と言ったら恋人になろうと言われました~

樹 史桜(いつき・ふみお)

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本編

121 手作りレースのベール

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 新たな男神が二人誕生したことをパブロ王国中に伝達したシュクラ神殿は、各地方から祝いの手紙や奉納品が届いたり、祝福にあやかろうと参拝客が引きも切らない状態になっていた。
 スイまでシュクラの愛し子として、そして双子神の姉として参拝客らに祝福の言葉を受けたりして、何かと忙しかった。

「結局、あのときのクアスさんの叫びが、インちゃんとヤンちゃんを呼び戻したのかな」
「そうかもな。医療班の聖人様たちの見立てだと、あの時のイン様とヤン様は、仮死状態だったみたいだから」

 こう言っては不謹慎だが、と先に言い置いてから、エミリオは言う。死にたての者を呼び戻すには、肉親の呼び掛けが一番良く効くと聞いたことがある、と。

「あのときのシュクラ様は意気消沈しちゃってうっかり消えちゃいそうで何もできないくらいだったし、クアスさんじゃなきゃできなかったよね」

 シュクラは絶望していたし、かといって聖人聖女らでも、スイでも駄目で、クアスでなければならなかった。
 それを考えたら、エミリオはお節介と言われようとも無理して王都へ向かって良かったのだ。おかげでインとヤンは無事だった。

 ちなみに、インとヤンが死ぬかもしれないと思ったシュクラの絶望感で、土地の加護が一時的に途絶えたので、自動発生する巨大で凶悪なダンジョンが三つ四つとぼこぼこ現れたらしく、そこから飛び出してくるモンスターたちの対応に、冒険者ギルドがわちゃわちゃしていたそうだ。まあそれも、インとヤンの誕生の瞬間にそのモンスターの勢いは弱まったらしいのだけれど。生まれながらにして土地神の力を発揮するとは、なかなか優秀な双子たちだ。

 一時はどうなることかと思ったが、あれから早一ヶ月、スイの弟たちであるインとヤンはシュクラとシュクラ神殿の聖人聖女のおっちゃんおばちゃんらに守られながらすくすく育っている。
 スイも子育ての勉強として、オムツ替えやミルク、お風呂などのお世話を聖女のおばちゃんたちに教えてもらいながら、年の離れた可愛い弟たちの面倒を見させてもらっている。
 ミルクを飲みながらじっとスイのことを見上げてくる青い瞳と金色の瞳が眩しくて可愛くてたまらないのだ。

『スイずるい! 我輩が抱き上げると何故か二人ともギャン泣きするのじゃ』
『シュクラ様おっかなびっくり抱っこしてない? ほら、クアスさんみたいにしっかり安定させて抱っこしないとさ』
『い、いや、普通に抱き上げているだけですが……』
『カイラード卿もずるい! 毎回オイシイところを持っていきよってからに~!』

 生んだのは我輩なのに! とシュクラはインとヤンに早くも懐かれているスイとクアスに嫉妬したりしている。

 クアスはというと、なんとあれから彼も王都騎士団を退団し、今ではシュクラ神殿の聖人、僧兵隊の一員となっていた。シュクラ神殿で洗礼を受け、晴れて聖人のおっちゃんの仲間入りだ。
 騎士だった経験を生かしてだが、かなり思いきった転職だった。

 騎士団を辞めるほどではなかろうとシュクラも宥めたらしいが、彼自身が図らずも授かった息子達から、そしてシュクラから離れたくなかったからということだった。

 その際、エミリオとスイの「愛する人と離れていたくない」という気持ちが良く分かったと、まるで憑き物が落ちたようになり、改めてスイとエミリオに「あの時はすまなかった」と謝ってくれたのだった。

 今ではシュクラと二人並んで談笑などしている姿を良く見かけるし、連れ立ってスイの家に晩酌に来る様になった。もっとも、シュクラがべろんべろんに酔っ払った時の介抱要員のような役割だ。
 まあ、子まで成した仲ではあっても、シュクラは普段から男神の姿がディフォルトだし、クアスとは夫婦や恋人というよりも、非常に仲の良い主従関係、もしくはインとヤンを一緒に育てる役割を持つ良き相棒、といった関係のようだ。

 とてもこざっぱりとした関係であり、ドロッドロのメロメロで常にイチャイチャしていたいバカップルなスイとエミリオとは全く正反対で、思わず笑ってしまうくらいだ。

 そんなスイのほうは、妊娠三か月とちょっと経った頃。まだお腹は目立たないけれど、ちゃんと成長しているのがわかると、あの「視える」聖女のおばちゃんのお墨付きだし、シャガ中町のやる気のない医者も「順調ですよー」と言ってくれている。
 この時期の妊婦というと、悪阻だの情緒不安定だの食欲不振だのといった話をよく聞くけれど、シュクラの愛し子チートのおかげか、そういったものも全くなくて、スイは拍子抜けしている。食事だって美味しくモリモリ食べているので体重がちょっと心配なくらいだ。

 まだお腹が目立たないうちにと、結婚式の準備をエミリオとシュクラと神殿の皆と相談して決めた。
 ドレスはお腹に負担のかからない、胸のところで切り替えになっているエンパイアラインのドレスを、シュクラ神殿の聖女のおばちゃんらが作ってくれた。
 というか、スイがエミリオと結ばれたと聞いたときからこっそり用意していたらしい。あのドラゴネッティ子爵家へ挨拶へ行く際のドレスはその副産物だったようだ。
 手編みのレースをふんだんに使ったもので、サプライズとして見せられたとき、スイは思わずボロボロ泣いてしまった。

 最初はエミリオは、ジェイディのドールドレスを手掛けた王都のドレスメーカーに発注するつもりだったらしいのだが、今後子供も生まれることだし、冒険者という自由業になったエミリオにあまり金を使ってほしくないのと、個人的にもうジェイディはこりごりだった。エミリオはそうスイに言われて断念したようだ。

 ジェイディ大好きな姪っ子のシャンテルには申し訳ないのだが、あのバビちゃんキャッスルにおける初代ジェイディ騒動はもう思い出したくもないものになってしまったのが原因だ。

 それに、大手メーカーのドレスよりも、こうして愛情の籠った手作りのドレス、みんなでああでもないこうでもないと相談しながら一緒に作り上げる結婚式のほうが、スイにとっては断然上である。
 シャガ地方の結婚式は、当然土地神であるシュクラの前で行うのだが、楽しいものが大好きなシュクラの意向か、その際に宣誓文を面白おかしく加工してもよいのだそうだ。

「エミさん、宣誓文考えてきた?」
「もちろん。でもシュクラ様にご満足いただけるような面白いものじゃないけどな」
「ははは」
「スイは?」
「あたしのほうはもうバッチリだよ。元の世界で人前式の面白おかしい宣誓文、何回か見たことあるから」
「あ、それずるくないか」
「さあね~?」

 そんな風に笑いあう二人は、今正装してシュクラ神殿の控えの間で談笑していたところだ。スイは件のウエディングドレス、エミリオは魔術師の婚礼衣装である白地に金糸の刺繍が施されたローブを身に纏っていた。

 そう、今日この日、二人は晴れて夫婦となる。

 柔らかく見つめ合って嬉しそうに微笑む二人のところへ、控室のドアがノックされ、応えのあとにそっと入ってきたのはシュクラ神殿の聖女のおばちゃんたちだ。このウエディングドレスを仕立ててくれた皆だ。
 聖女たちは数人掛かりで何やら長いレースを持って入ってきた。

「スイ様、そろそろお仕度を。こちらのベールをどうぞ」
「わ、すごい綺麗なレース! これも作ってくれたの? ありがとう!」

 ドレスに使用されたレースよりかなり装飾織りの細かい美しいレースに、スイは目が釘付けとなってしまった。
 そんなふうに目を輝かせるスイに、聖女たちはふふふと笑った。なんか含み笑いしてるみたいに見える。

「スイ様。お礼を言うべき方は私たちではありませんわよ」
「え?」
「このレースのベール、お作りになった方は私たちじゃなくて……ねえ?」
「ええ、その方にお礼を言って差し上げてくださいな」
「……え、だ、誰が……?」
「お分かりになりませんの? ふふふ、今貴方様のお隣にいらっしゃる方ですわよ」

 言われてくびをぐぐぐ、と動かして横を見ると、頬をぽりぽりと掻いて赤くなっているエミリオが居た。

「えっ……えっ? エミさん? え、どういうこと、このレース、エミさんが?」
「…………う、うん…………まあ……」
「え、え、えええええええええっ!」

 そういえば、とスイは思い出した。
 あの王都のドラゴネッティ家に訪問したとき、庭園に出たスイとエミリオだったが、エミリオが衝動的にスイに迫った結果として、スイの着ていたドレスのレースを破いてしまったのだ。
 その時、レースの構造をよく知らなかったために、魔法で修復することができなくて、聖女様たちに習おうかな~なんて冗談言っていたけれども。冗談だとスイは思っていたのだけれど。

 エミリオは、あの後シュクラ神殿の聖女たちに師事してもらい、レース編みを頑張ったのだそうだ。そして何度かの失敗のあと、このレースのベールが完成したのだそうだ。

「……マジでか。冗談だと思ってたのに」

 この魔術師にしてはごっつい体つきをした男が、聖女たちに習ってごっつい指でちまちまとレースを編んでいたなんて。魔術師という研究職のエミリオであるから、レースの細かな装飾やらを学ぶことがきっと楽しくなってしまったに違いない。そういえば最近やたらと神殿での何かの作業して遅く帰ってくることが多かったなとスイは思った。
 まさか、これを作っていたなんて。

「スイに喜んでもらいたかったんだ。驚かせもしたかったし」
「いや、言葉が出ないよ。こんなすごいの……もうプロじゃない」
「まだまだ未熟だよ。でも、これをどうしても結婚式で使って欲しかったから」

 エミリオはそのベールをさらりと広げてから、「スイ、これをつけてくれるか?」と、あの確信犯的な上目遣いでスイに強請るものだから、スイには断るなんて選択肢があるはずもない。

 はにかみながら、こくりと頷いて頭を下げるスイに、エミリオはそっとその手作りのペールを被せた。そして顔を上げたスイに微笑むと、そっと手を差し出した。

「じゃあ、そろそろ行こう、スイ。俺たちの、結婚式に」
「……はい!」

 エミリオの手に自分の手を重ねて、スイは目尻に涙をちょっとだけ浮かべながら、満面の笑みでエミリオに応えた。
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