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41.マティアス王子の叱責
思えば、予兆はあった。
学園に向かう馬車から降りた時に向けられた視線や、ひそひそ声。
学生達の様子から、何か新しい噂が広がっているのだろうとはわかっていたものの、私は気にも留めていなかった。
(また何か噂が広がっているのかしら)
巻戻り前もだが、私はあまり噂などそういった方面に詳しくない。
何か噂が広がっているくらいのことはわかるが、悪意ある話をわざわざ知らせてくる人が居ない限り、自分から聞きに行くこともなかった。
ただ、今回は、話をしている様子の学生が多いので、ランチの時間にどんな噂が広がっているのかナタリア様に聞いてみようと思うくらいだった。
講堂へ入ると、クラスメイト達からトゲトゲしい視線が向けられ、そこでようやく今広まっている噂が自分に関係していると気がついた。
そんな視線を向けられる覚えが無く、戸惑っていると、何故かパトリシア様が近づいてくる。
「ジュリアさん、ちょっとこちらへ」
一見私を心配しているようにも見えるが、その瞳には愉悦の色が滲んでいて、私は嫌な予感を覚えながらパトリシア様について行った。
講堂の後ろの端に着いたところで、ようやくパトリシア様は口を開いた。
「ジュリアさん、その、申し上げにくいのですが」
「はい」
「マティという最高の婚約者がいらっしゃるのに、他の方によそ見なさるのは、私、酷いと思うのです」
「え? よそ見? どういうことですか?」
パトリシア様が何を言っているのかいまいち理解出来ずに尋ねると、パトリシア様は口元を扇子で隠して言う。
「あら、そんな誤魔化されなくって大丈夫ですわ。昨日の放課後、あるお方と手を握られているのを、私、拝見しましたのよ」
「手を握る……?」
そんなことはしていないと思いながら記憶を振り返ると、放課後クロード様に結界魔術の使い方を教わった時の事が思い出された。
だが、あれは結界魔術のための指導で、やましいことなど決してない。
「何か誤解があるようですが、決してパトリシア様がおっしゃるような事実はありません」
「まぁ」
きっぱり否定をすると、信じられないというような瞳でパトリシア様が私を見る。
「やはりあれは見間違いではなかったのね。元筆頭魔術師といっても今はただの平民。魔術は得意でも、平民が貴族令嬢の手に触れるのがどんなに罪深いか、その辺りのことをご存知ないのね」
「いえ、魔術の指導をしていただいただけです」
「私には理解ができないのだけれど、わざわざ手を握られるような指導がどうして必要だったの?」
パトリシア様が顔を寄せ、私の耳に囁く。
「もしかして、ここでは言えないような楽しいことかしら?」
「っ! 先生はそんな方ではありませんっ」
「あら、そうなの?」
私の言葉を受け流すと、パトリシア様は憂うような表情を作った。
「マティは王太子。王族の中でも陛下の次に注目されるお方なのだから、気を付けて欲しいわ。あなたの失態でマティに迷惑がかかるのよ」
「……はい、申し訳ありません」
流石にその言葉には反論が出来ず、頭を下げるとパトリシア様は満足げに頷いた。
そうしているところで、他のクラスメイト達の声が一斉に静かになり私は顔を上げた。
丁度マティアス殿下が講堂に入ってきたところだった。
マティアスは私とパトリシア様を見つけると、足早にこちらにやってくる。
「マティ、おはよう」
「……殿下、ご機嫌麗しく存じます」
私達の挨拶に頷くと、マティアス殿下は言う。
「ジュリアとパトリシアが話しているのは珍しいな」
パトリシア様が殿下に言う。
「ジュリアさんに、マティの婚約者としての振る舞いに気を付けた方がよいと少々助言を」
「あぁ、あれか」
マティアス殿下にも知られていたのかと、私は破滅を覚悟した。
「ジュリアには自由にするよう伝えていたからな。それを言うなら、私だっていつもパトリシアと共に居る」
「ですが、私達は親族ですわ」
だからおかしいことはないのだろうと言うパトリシア様の言葉を受け、マティアス殿下が真っ直ぐに私を見つめる。
「ふむ、もしや我らに嫉妬したのか?」
殿下の言葉に頷けば、私は殿下とパトリシア様の仲を嫉妬し、クロード様を巻き込んだ愚かな女として見られることになる。
だが、違うと言えば、クロード様まで巻き込んだ問題となるだろう。
魔術の指導と伝えたところで、軽々しく手を触れてしまった私にも非がある。
侍女もいたし、扉も開いていた。
だから問題ないと思っていたが、ここまで話が大きくなると不貞と言われ、最悪はクロード様と共に処刑もありうる。
そんなことに、クロード様を巻き込むわけにはいかない。
「ジュリア、答えよ」
考えを巡らせる私に、マティアス殿下の厳しい言葉が突き刺さる。
私は、覚悟を決めて口を開いた。
「……はい。私は、殿下とパトリシア様に嫉妬致しました」
私の言葉に、マティアス殿下は途端にそれまでの厳しい表情を一変させた。
「やはりそうだったか。本当に、仕方が無いな」
嬉しげに微笑み、声色も普段よりも甘くなる。
「私はちゃんと伝えたではないか。学園に居る間は、お互いに人脈を築こうと。忘れていたのだな?」
「……はい。申し訳ありません」
頭を下げようとしたところで、マティアス殿下の手が顎にかかり、無理矢理に上向かされた。目の端に浮かんでいる涙を拭うことも出来ず、私はされるがままだ。
殿下の笑みが深くなる。
「ジュリア、お前は誰の婚約者だ?」
「……マティアス殿下です」
「うん、わかっているのなら良い。今回は、自覚が足りなかったということで許してやろう」
殿下の指がそっと私の涙を拭い、彼の顔が耳元に寄る。
「だが、次はないと、覚えておくように」
ぎょっとするような冷たい言葉が耳に注がれ、私はびくりと体を震わせる。
そんな私を満足げに見下ろして、ふっと殿下が離れていく。
「パトリシア、行こうか」
呆然とする私を残し、マティアス殿下とパトリシア様は腕を組んで席に向かう。
二人の後ろ姿をただ見送るしかできない私に、パトリシア様が振り返ったと思うと口元が私を嘲るようにつり上がった。
その表情を見ても、何も思えないくらいに私の心臓は凍りついていた。
学園に向かう馬車から降りた時に向けられた視線や、ひそひそ声。
学生達の様子から、何か新しい噂が広がっているのだろうとはわかっていたものの、私は気にも留めていなかった。
(また何か噂が広がっているのかしら)
巻戻り前もだが、私はあまり噂などそういった方面に詳しくない。
何か噂が広がっているくらいのことはわかるが、悪意ある話をわざわざ知らせてくる人が居ない限り、自分から聞きに行くこともなかった。
ただ、今回は、話をしている様子の学生が多いので、ランチの時間にどんな噂が広がっているのかナタリア様に聞いてみようと思うくらいだった。
講堂へ入ると、クラスメイト達からトゲトゲしい視線が向けられ、そこでようやく今広まっている噂が自分に関係していると気がついた。
そんな視線を向けられる覚えが無く、戸惑っていると、何故かパトリシア様が近づいてくる。
「ジュリアさん、ちょっとこちらへ」
一見私を心配しているようにも見えるが、その瞳には愉悦の色が滲んでいて、私は嫌な予感を覚えながらパトリシア様について行った。
講堂の後ろの端に着いたところで、ようやくパトリシア様は口を開いた。
「ジュリアさん、その、申し上げにくいのですが」
「はい」
「マティという最高の婚約者がいらっしゃるのに、他の方によそ見なさるのは、私、酷いと思うのです」
「え? よそ見? どういうことですか?」
パトリシア様が何を言っているのかいまいち理解出来ずに尋ねると、パトリシア様は口元を扇子で隠して言う。
「あら、そんな誤魔化されなくって大丈夫ですわ。昨日の放課後、あるお方と手を握られているのを、私、拝見しましたのよ」
「手を握る……?」
そんなことはしていないと思いながら記憶を振り返ると、放課後クロード様に結界魔術の使い方を教わった時の事が思い出された。
だが、あれは結界魔術のための指導で、やましいことなど決してない。
「何か誤解があるようですが、決してパトリシア様がおっしゃるような事実はありません」
「まぁ」
きっぱり否定をすると、信じられないというような瞳でパトリシア様が私を見る。
「やはりあれは見間違いではなかったのね。元筆頭魔術師といっても今はただの平民。魔術は得意でも、平民が貴族令嬢の手に触れるのがどんなに罪深いか、その辺りのことをご存知ないのね」
「いえ、魔術の指導をしていただいただけです」
「私には理解ができないのだけれど、わざわざ手を握られるような指導がどうして必要だったの?」
パトリシア様が顔を寄せ、私の耳に囁く。
「もしかして、ここでは言えないような楽しいことかしら?」
「っ! 先生はそんな方ではありませんっ」
「あら、そうなの?」
私の言葉を受け流すと、パトリシア様は憂うような表情を作った。
「マティは王太子。王族の中でも陛下の次に注目されるお方なのだから、気を付けて欲しいわ。あなたの失態でマティに迷惑がかかるのよ」
「……はい、申し訳ありません」
流石にその言葉には反論が出来ず、頭を下げるとパトリシア様は満足げに頷いた。
そうしているところで、他のクラスメイト達の声が一斉に静かになり私は顔を上げた。
丁度マティアス殿下が講堂に入ってきたところだった。
マティアスは私とパトリシア様を見つけると、足早にこちらにやってくる。
「マティ、おはよう」
「……殿下、ご機嫌麗しく存じます」
私達の挨拶に頷くと、マティアス殿下は言う。
「ジュリアとパトリシアが話しているのは珍しいな」
パトリシア様が殿下に言う。
「ジュリアさんに、マティの婚約者としての振る舞いに気を付けた方がよいと少々助言を」
「あぁ、あれか」
マティアス殿下にも知られていたのかと、私は破滅を覚悟した。
「ジュリアには自由にするよう伝えていたからな。それを言うなら、私だっていつもパトリシアと共に居る」
「ですが、私達は親族ですわ」
だからおかしいことはないのだろうと言うパトリシア様の言葉を受け、マティアス殿下が真っ直ぐに私を見つめる。
「ふむ、もしや我らに嫉妬したのか?」
殿下の言葉に頷けば、私は殿下とパトリシア様の仲を嫉妬し、クロード様を巻き込んだ愚かな女として見られることになる。
だが、違うと言えば、クロード様まで巻き込んだ問題となるだろう。
魔術の指導と伝えたところで、軽々しく手を触れてしまった私にも非がある。
侍女もいたし、扉も開いていた。
だから問題ないと思っていたが、ここまで話が大きくなると不貞と言われ、最悪はクロード様と共に処刑もありうる。
そんなことに、クロード様を巻き込むわけにはいかない。
「ジュリア、答えよ」
考えを巡らせる私に、マティアス殿下の厳しい言葉が突き刺さる。
私は、覚悟を決めて口を開いた。
「……はい。私は、殿下とパトリシア様に嫉妬致しました」
私の言葉に、マティアス殿下は途端にそれまでの厳しい表情を一変させた。
「やはりそうだったか。本当に、仕方が無いな」
嬉しげに微笑み、声色も普段よりも甘くなる。
「私はちゃんと伝えたではないか。学園に居る間は、お互いに人脈を築こうと。忘れていたのだな?」
「……はい。申し訳ありません」
頭を下げようとしたところで、マティアス殿下の手が顎にかかり、無理矢理に上向かされた。目の端に浮かんでいる涙を拭うことも出来ず、私はされるがままだ。
殿下の笑みが深くなる。
「ジュリア、お前は誰の婚約者だ?」
「……マティアス殿下です」
「うん、わかっているのなら良い。今回は、自覚が足りなかったということで許してやろう」
殿下の指がそっと私の涙を拭い、彼の顔が耳元に寄る。
「だが、次はないと、覚えておくように」
ぎょっとするような冷たい言葉が耳に注がれ、私はびくりと体を震わせる。
そんな私を満足げに見下ろして、ふっと殿下が離れていく。
「パトリシア、行こうか」
呆然とする私を残し、マティアス殿下とパトリシア様は腕を組んで席に向かう。
二人の後ろ姿をただ見送るしかできない私に、パトリシア様が振り返ったと思うと口元が私を嘲るようにつり上がった。
その表情を見ても、何も思えないくらいに私の心臓は凍りついていた。
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