【完結】だって、今度こそ愛されたい ~巻き戻った世界で、 侯爵令嬢は自分だけを見てくれる人を探します~

乙原ゆん

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43.クロード視点+パトリシア視点

 ラバール侯爵令嬢の侍女からの伝言を受け取ったのは、いつもなら侯爵令嬢の訪問を受けている時間帯だった。
 研究室の扉をノックされる音に出迎えに向かうと、侯爵令嬢に付き従っている侍女が一人で立っていた。
 驚くオレに、侍女は淡々と言う。

「本日はお嬢様からの伝言を持って参りました」
「伝言?」
「はい。『申し訳ありません。今後、直接先生からご指導いただくことは差し控えさせていただきます』とのことです。では、確かにお伝えしましたので」

 そのまま立ち去ろうとする侍女をオレは思わず引き留めた。

「待ってください。その、どうして急に」

 尋ねたオレを侍女は強い眼差しで睨み付ける。

「これはお嬢様のお言葉ではありません。私個人として申し上げても?」
「……はい」

 侍女の圧に頷くと、侍女は言う。

「お嬢様は王太子殿下との婚約を結ばれた侯爵家のご令嬢です。いくら少し前まで筆頭魔術師を務めていたとはいえ、今は平民の貴方が気軽に触れて良い御方ではないのです」

 その言葉に、昨日の出来事が思い出される。

「……」

 言葉に出来ないオレに、侍女は続ける。

「幸い、ご婚約者様はお許しくださいましたが、二度目はないと。どうぞお心にお留めおきください」

 呆然とするオレに、侍女は「失礼致します」と声をかけるとさっさと背を向けて去って行った。


 気がつくとオレはいつのまにか研究室の中の椅子に座っていた。
 いつもなら、この正面にラバール侯爵令嬢が座っている。
 空っぽの椅子を見て、頭を抱える。

「何をやっているんだ、オレは」

 せっかく上手く行きかけていた彼女の足を引っ張って、こんな失態を犯しては時を巻き戻した意味が無い。
 オレにはもう、あまり多くの時間は残されていないというのに。

「貴族の身分があればよかったのか……?」

 何度か、師匠からは爵位を持て、それがイヤならせめて自分の養子になれと声をかけてもらっていた。
 師匠自身も貴族だったし、将来的にこういうことが起こることを見越していたのかもしれない。
 だが、それらについて、全て不要だと断ってきたのは自分だ。
 筆頭魔術師時代、身分を必要とすることがなかったし、身分を気にする者が居ても、実力で黙らせてきた。
 爵位を貰ったり、養子に入る事で付随する式典や夜会なんかの面倒ごとの方が嫌だった。

「……自業自得ということか」

 あれだけ師匠がうるさく言っていたのだ。聞いておいた方がよかったのかもしれない。
 だが、今から師匠に頼んだとしても、手続きが終わる頃にはオレの寿命は尽きているだろう。
 椅子にもたれ、天井の装飾をぼんやりと見上げる。


 ラバール侯爵令嬢には知られていないようだが、オレが使った他人の記憶も保持する場合の時戻りの魔術には、もう一つの代償がある。
 それは、時戻りの魔術を行った日時に到達した時点までに記憶を保持する魔術を完了させておかないと施術者の命が消えるというものだ。
 魔術書に記載されていなかったのは、魔術師には常識として扱われる『世界の理』の一種だからだろう。
 だが、オレには侯爵令嬢から記憶を消すつもりはない。
 オレが死んだ後、何か予測不能な出来事が起きたとしても、一度だけ身代わりとなり命を守る術式を込めた指輪も準備しているし、今の様子ならオレがいなくなっても問題は無いはずだ。


 思い出されるのは十年以上も前、青空の下、驚いて泣き出してしまった少女の姿。
 最初は泣いていたのに、師匠に貰った飴を分けたらすぐ、にっこり笑いかけてくれた。


 当時、オレは筆頭魔術師である師匠の唯一の弟子だということで、他の魔術師見習いから嫉妬され酷い扱いを受けていた。
 孤児だということで、見習いを止める人間もおらず、オレもちっぽけなプライドから師匠に相談なんてしなかった。
 やられた分当然やり返しもしたが、見習いのローブの下はいつだってアザだらけだった。
 貴族なんてクソしかいないと思っていたオレに、笑いかけ、あまつさえ「すごいですね」という言葉さえかけてくれた彼女は、本当にどれ程の衝撃だったか。
 きっと誰にもわからないだろう。


 それから、なんとなく彼女が来ていないか、時計塔のメンテナンスの作業の際に彼女の姿を探すようになって。
 次に彼女の姿を見たのは、王太子妃教育で彼女が王宮に通うようになってから。
 気がついた時にはもう、オレが救われたあの輝くような笑顔は見えなくなってしまっていたけれど、王宮で頑張る彼女の姿に、勝手に同士のような感情を持つようになっていた。
 厳しすぎるのではないかと思うような授業に涙を流す彼女を、何度自分が慰めることができればと思ったことか。
 だが、どんなに蔑ろにされようと、王太子の婚約者である彼女に、オレが触れることなど絶対に出来ない。
 だからこそ、魔術の指導という名目の元、彼女と親しく話すことができて、それが彼女にとってどんなに危険かに考えが至らない程に、浮かれてしまっていた。

「もう、来られないのなら。せめて、用意した菓子を持って行ってもらったらよかったかな」

 あの侍女が受け取ってくれるかは別にして、勧めるだけ勧めてみればよかった。
 オレの人生は、今も昔も、こんな後悔ばかりだ。
 今更思いついても、もうどうしようもない。
 オレは立ち上がると明日の授業の準備に向かう。
 彼女が放課後ここに来れないのなら、少しでもわかりやすい講義をするよう時間を割くべきだろう。

「彼女がオレを覚えていてくれるなら、それでいいんだ」

 誰が両親かすらわからない、こんな人間が貴族の彼女と結ばれようだなんて浅ましい夢は見ない。
 オレは、胸の痛みをわざと無視して、講義用のレジュメを手に取った。



  *  *  *



 私はバシュレ公爵家の自室に戻るなり、乱暴に目に付いた全ての物を放り投げる。

「あり得ない、あり得ない、あり得ないっ……」
「お、お嬢様……!」

 侍女がおろおろしているが、ぎろりと睨み付けると真っ青になって口をつぐむ。
 ふん、その位で黙るのなら何も言わなければ良いのに。
 そうして、再び八つ当たりに没頭する。
 部屋に飾られている花瓶を引き倒し、テーブルクロスを濡れた床に引きずり落として足でぐちゃぐちゃに踏みしめる。
 そうして、ある程度落ち着いた所で、離れた所にあったために被害を免れたソファに腰を下ろす。
 私が落ち着いたところを見てから、侍女達が一斉に乱れた部屋を片付け始めた。
 その姿を見ながら、私は爪を噛んだ。

(信じられないわ。マティがジュリアを許すなんて。マティも一体何を考えているの!)

 私の知っているマティなら、不貞とも取れる行動をした彼女を咎め重い罰を下すことはあっても、許すことなんて絶対にないはずだった。
 だからこそ、ジュリアに婚約破棄を告げ、私がマティの婚約者に成り代わろうと考えていたのに。

(ジュリアを許すなんて。まさか、本当にこのまま彼女と結婚するつもり……?)

 あのマティが?
 私以外の過ちを許している姿なんて見たことがない彼が……?
 つまりは、それだけジュリアが特別だということで。
 私は自分で考えた内容に真っ青になる。

(イヤよ! マティ以外の誰かと結婚するなんて絶対にイヤ!)

 ずっとマティと結婚するのだと思って生きてきたのだ。
 マティに比べたら他の男なんて皆、地を這う虫と同じ存在としか感じられない。
 だからこそ、いくら魔術の指導のためとはいえ平民に手を触れることを許したジュリアも、本当に貴族令嬢なのか疑わしく思えてしまう。
 私なら、絶対にイヤ。
 鳥肌の立った腕をさすっているところで、思いついた。

(そうよ。今回は手を繋ぐ位だっただから、駄目だったのよ。次はもっと致命的な所を見られれば良いのでは……?)

 もう一度、今度は決定的な所を見てしまえば、マティも婚約を破棄せざるをえないはずだ。

「二度目はないと言っていたもの」

 ふと、もうすぐ学園で学芸祭があることを思い出す。

「丁度良いわね」

 私は、片付けが終わり静かに退室していく侍女達を見て、薄く微笑んだ。
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