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55.鳥籠
平民の牢に入れられて以来、騎士が事情聴取に訪れることもなくなった。
「このまま、前回と同じく斬首されるのかしら……」
供される食事は一日に一回あるかどうか。
薄汚れていく私を気に懸ける人も居ない。
空腹を耐え、牢の壁の上の方に作られた明かり取りの窓を見上げる。
(こんなことになるのなら、あの時なんとしてもクロード様に記憶を返しておくべきだった)
クロード様は私を助けると約束してくれたけれど、こうなってしまえばラバール侯爵家から圧力もかかるだろうしそれも難しく思える。
(せめてもう一度、会いに来てくれたら)
覚えておいて欲しいというクロード様の望みを叶えることは出来そうにないのだ。今度こそ記憶を受け取ってくれるだろう。
二度目の奇跡は望まないから。
(一目だけでもいいから、会いたい……)
マティアス殿下との婚約がなくなったのだ。
心に浮かんだ思いを素直に抱き締めた。
気がつけば眠りに落ちていたようだ。
珍しく時間通りに差し入れられた食事を一口二口食べたところで、急激な眠気に襲われたのを覚えている。薬が入っていたのだろうか。そんなことを疑うほどに、異様な眠気だった。
だが、今はそれよりも、体を包む柔らかな感触を堪能するのに忙しかった。
柔らかな寝具に体は沈み込むようで、目を閉じたまま滑らかな布に頬ずりする。天国にいるような心地に、目を開ければ牢屋の中だとわかっているからこそ、少しでもこの幸せを味わいたいと目を閉じ続けた。
ふと、近づいてくる目覚めの気配に抗って自分を誤魔化していたのに、優しく繰り返される声に私は渋々目を開けた。
「――リア、ジュリア、起きよ」
ありえない人の声を聞き、飛び起きる。
そうして、一番に目に入ってきたのは、プラチナの輝きを宿した硬質な輝きと、とろけるような眼差しで、私を見つめるマティアス殿下の顔だった。
「えっ?」
思わず起き上がり周りを見回すと、シャラリと澄んだ音が響く。
音をたどると、足首には銀色の枷がはめられ鎖がどこかへと繋がっていた。
「なに、これ……」
絶句する私を、ただマティアス殿下は微笑んで見ている。
「殿下、その、これは一体」
説明を求める私に、殿下は言う。
「あぁ、それか。ジュリアに似合う物をと思って選んだが、思った以上に似合っているな」
「ひっ」
うっとりした眼差しで言う殿下に得体の知れない不気味さを感じ、シーツをたぐり寄せベッドの上を後ずさるる。
「元は婚約者だったというのに、ジュリアはつれないな」
「元……?」
「あぁ。あんなことをしでかした娘を王家には嫁がせられないとラバール侯爵家より婚約白紙の申し出を受け、王家はそれを受け入れた。さすがに異母弟への毒殺未遂は王家でも庇いきれない」
当然のように私がエリクさんを毒殺しようとしたと信じている殿下に、思わず尋ねた。
「殿下も私が毒を盛ったと思われているのですか?」
「さぁ。どちらでも私は気にしないよ」
「どちらでも、いい……」
返ってきたのは想像の上を行く答えで、呆然とする私に殿下は言う。
「君が毒を盛ったのだとしても、ここにいれば毒を盛るような人間とは会うことはないし、毒を盛っていないとしても、そんな嘘でジュリアをはめようとする者はここには近づけない。どちらでもいいだろう?」
「『私』の中身は、どうでもいいのですか?」
「ジュリアの清廉さは私はよく知っているが?」
「けど……」
何かが、違う。マティアス殿下の思考についていけない。
どう言えばわかってもらえるだろうと悩む私に殿下が言う。
「ジュリアこそ、私との婚約がなくなったことを悲しんではくれないのかい?」
「……この鎖は、その罰なのですか?」
尋ねると、マティアス殿下は穏やかに首を振る。
「違うよ」
「なら今すぐこの鎖を外してください」
「それはできない」
「なんでっ」
「まさか、あの場所から君を連れ出したのは君を助けるためだと思っているの?」
戸惑う私に、マティアス殿下は言う。
「そんなはずはないだろう? 私を待って、私だけを見て。ジュリアは、ここで私だけのために生きるんだ。穢れた外の世界になんて出すわけがない。ここに居たら、君は憎悪や嫉妬のような醜い感情を知らず、美しいままでいられる。そして、そんな君の全てを知っているのは僕だけだ。素晴らしいと思わないかい?」
殿下の言うことが理解できず、距離を取ろうと後ずさる。だが、天蓋を支える柱にぶつかってこれ以上距離を置くことは出来なかった。幸い、マティアス殿下は私の様子に無頓着で話し続ける。
「聞いただろう? ジュリアは表向き死んだということになっているんだ。もう帰るところもないんだよ」
「そんな……」
絶句する私に、マティアス殿下はふと真顔にかえる。
「ねぇ。ジュリア。ところで、なんで君は牢の中に入れられても、私に助けを求めなかったの? そんなに私との婚約が嫌だった? 私だったら助けてあげたかもしれないのに」
「マティアス、殿下――」
問われても、私に答えることはできなかった。
なぜなら、最初から殿下が助けてくれるという希望は持っていなかったからだ。学園でも一度目と変わらず距離を置かれ、牢の中に入れられた後は、もう助けを求めても無駄だと思ってしまっていた。
答えない私に、殿下は微笑む。
「答えなんてどうでもいいけどね。ジュリアはもう私のものなのだから。君が身も心も素直になれるように時間をあげよう」
それだけ言うと、マティアス殿下は私に背を向け、部屋を出て行った。
「このまま、前回と同じく斬首されるのかしら……」
供される食事は一日に一回あるかどうか。
薄汚れていく私を気に懸ける人も居ない。
空腹を耐え、牢の壁の上の方に作られた明かり取りの窓を見上げる。
(こんなことになるのなら、あの時なんとしてもクロード様に記憶を返しておくべきだった)
クロード様は私を助けると約束してくれたけれど、こうなってしまえばラバール侯爵家から圧力もかかるだろうしそれも難しく思える。
(せめてもう一度、会いに来てくれたら)
覚えておいて欲しいというクロード様の望みを叶えることは出来そうにないのだ。今度こそ記憶を受け取ってくれるだろう。
二度目の奇跡は望まないから。
(一目だけでもいいから、会いたい……)
マティアス殿下との婚約がなくなったのだ。
心に浮かんだ思いを素直に抱き締めた。
気がつけば眠りに落ちていたようだ。
珍しく時間通りに差し入れられた食事を一口二口食べたところで、急激な眠気に襲われたのを覚えている。薬が入っていたのだろうか。そんなことを疑うほどに、異様な眠気だった。
だが、今はそれよりも、体を包む柔らかな感触を堪能するのに忙しかった。
柔らかな寝具に体は沈み込むようで、目を閉じたまま滑らかな布に頬ずりする。天国にいるような心地に、目を開ければ牢屋の中だとわかっているからこそ、少しでもこの幸せを味わいたいと目を閉じ続けた。
ふと、近づいてくる目覚めの気配に抗って自分を誤魔化していたのに、優しく繰り返される声に私は渋々目を開けた。
「――リア、ジュリア、起きよ」
ありえない人の声を聞き、飛び起きる。
そうして、一番に目に入ってきたのは、プラチナの輝きを宿した硬質な輝きと、とろけるような眼差しで、私を見つめるマティアス殿下の顔だった。
「えっ?」
思わず起き上がり周りを見回すと、シャラリと澄んだ音が響く。
音をたどると、足首には銀色の枷がはめられ鎖がどこかへと繋がっていた。
「なに、これ……」
絶句する私を、ただマティアス殿下は微笑んで見ている。
「殿下、その、これは一体」
説明を求める私に、殿下は言う。
「あぁ、それか。ジュリアに似合う物をと思って選んだが、思った以上に似合っているな」
「ひっ」
うっとりした眼差しで言う殿下に得体の知れない不気味さを感じ、シーツをたぐり寄せベッドの上を後ずさるる。
「元は婚約者だったというのに、ジュリアはつれないな」
「元……?」
「あぁ。あんなことをしでかした娘を王家には嫁がせられないとラバール侯爵家より婚約白紙の申し出を受け、王家はそれを受け入れた。さすがに異母弟への毒殺未遂は王家でも庇いきれない」
当然のように私がエリクさんを毒殺しようとしたと信じている殿下に、思わず尋ねた。
「殿下も私が毒を盛ったと思われているのですか?」
「さぁ。どちらでも私は気にしないよ」
「どちらでも、いい……」
返ってきたのは想像の上を行く答えで、呆然とする私に殿下は言う。
「君が毒を盛ったのだとしても、ここにいれば毒を盛るような人間とは会うことはないし、毒を盛っていないとしても、そんな嘘でジュリアをはめようとする者はここには近づけない。どちらでもいいだろう?」
「『私』の中身は、どうでもいいのですか?」
「ジュリアの清廉さは私はよく知っているが?」
「けど……」
何かが、違う。マティアス殿下の思考についていけない。
どう言えばわかってもらえるだろうと悩む私に殿下が言う。
「ジュリアこそ、私との婚約がなくなったことを悲しんではくれないのかい?」
「……この鎖は、その罰なのですか?」
尋ねると、マティアス殿下は穏やかに首を振る。
「違うよ」
「なら今すぐこの鎖を外してください」
「それはできない」
「なんでっ」
「まさか、あの場所から君を連れ出したのは君を助けるためだと思っているの?」
戸惑う私に、マティアス殿下は言う。
「そんなはずはないだろう? 私を待って、私だけを見て。ジュリアは、ここで私だけのために生きるんだ。穢れた外の世界になんて出すわけがない。ここに居たら、君は憎悪や嫉妬のような醜い感情を知らず、美しいままでいられる。そして、そんな君の全てを知っているのは僕だけだ。素晴らしいと思わないかい?」
殿下の言うことが理解できず、距離を取ろうと後ずさる。だが、天蓋を支える柱にぶつかってこれ以上距離を置くことは出来なかった。幸い、マティアス殿下は私の様子に無頓着で話し続ける。
「聞いただろう? ジュリアは表向き死んだということになっているんだ。もう帰るところもないんだよ」
「そんな……」
絶句する私に、マティアス殿下はふと真顔にかえる。
「ねぇ。ジュリア。ところで、なんで君は牢の中に入れられても、私に助けを求めなかったの? そんなに私との婚約が嫌だった? 私だったら助けてあげたかもしれないのに」
「マティアス、殿下――」
問われても、私に答えることはできなかった。
なぜなら、最初から殿下が助けてくれるという希望は持っていなかったからだ。学園でも一度目と変わらず距離を置かれ、牢の中に入れられた後は、もう助けを求めても無駄だと思ってしまっていた。
答えない私に、殿下は微笑む。
「答えなんてどうでもいいけどね。ジュリアはもう私のものなのだから。君が身も心も素直になれるように時間をあげよう」
それだけ言うと、マティアス殿下は私に背を向け、部屋を出て行った。
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