【完結】だって、今度こそ愛されたい ~巻き戻った世界で、 侯爵令嬢は自分だけを見てくれる人を探します~

乙原ゆん

文字の大きさ
55 / 70

55.鳥籠

しおりを挟む
 平民の牢に入れられて以来、騎士が事情聴取に訪れることもなくなった。

「このまま、前回と同じく斬首されるのかしら……」

 供される食事は一日に一回あるかどうか。
 薄汚れていく私を気に懸ける人も居ない。
 空腹を耐え、牢の壁の上の方に作られた明かり取りの窓を見上げる。

(こんなことになるのなら、あの時なんとしてもクロード様に記憶を返しておくべきだった)

 クロード様は私を助けると約束してくれたけれど、こうなってしまえばラバール侯爵家から圧力もかかるだろうしそれも難しく思える。

(せめてもう一度、会いに来てくれたら)

 覚えておいて欲しいというクロード様の望みを叶えることは出来そうにないのだ。今度こそ記憶を受け取ってくれるだろう。
 二度目の奇跡は望まないから。

(一目だけでもいいから、会いたい……)

 マティアス殿下との婚約がなくなったのだ。
 心に浮かんだ思いを素直に抱き締めた。


 気がつけば眠りに落ちていたようだ。
 珍しく時間通りに差し入れられた食事を一口二口食べたところで、急激な眠気に襲われたのを覚えている。薬が入っていたのだろうか。そんなことを疑うほどに、異様な眠気だった。
 だが、今はそれよりも、体を包む柔らかな感触を堪能するのに忙しかった。
 柔らかな寝具に体は沈み込むようで、目を閉じたまま滑らかな布に頬ずりする。天国にいるような心地に、目を開ければ牢屋の中だとわかっているからこそ、少しでもこの幸せを味わいたいと目を閉じ続けた。
 ふと、近づいてくる目覚めの気配に抗って自分を誤魔化していたのに、優しく繰り返される声に私は渋々目を開けた。

「――リア、ジュリア、起きよ」

 ありえない人の声を聞き、飛び起きる。
 そうして、一番に目に入ってきたのは、プラチナの輝きを宿した硬質な輝きと、とろけるような眼差しで、私を見つめるマティアス殿下の顔だった。

「えっ?」

 思わず起き上がり周りを見回すと、シャラリと澄んだ音が響く。
 音をたどると、足首には銀色の枷がはめられ鎖がどこかへと繋がっていた。

「なに、これ……」

 絶句する私を、ただマティアス殿下は微笑んで見ている。

「殿下、その、これは一体」

 説明を求める私に、殿下は言う。

「あぁ、それか。ジュリアに似合う物をと思って選んだが、思った以上に似合っているな」
「ひっ」

 うっとりした眼差しで言う殿下に得体の知れない不気味さを感じ、シーツをたぐり寄せベッドの上を後ずさるる。

「元は婚約者だったというのに、ジュリアはつれないな」
「元……?」
「あぁ。あんなことをしでかした娘を王家には嫁がせられないとラバール侯爵家より婚約白紙の申し出を受け、王家はそれを受け入れた。さすがに異母弟への毒殺未遂は王家でも庇いきれない」

 当然のように私がエリクさんを毒殺しようとしたと信じている殿下に、思わず尋ねた。

「殿下も私が毒を盛ったと思われているのですか?」
「さぁ。どちらでも私は気にしないよ」
「どちらでも、いい……」

 返ってきたのは想像の上を行く答えで、呆然とする私に殿下は言う。

「君が毒を盛ったのだとしても、ここにいれば毒を盛るような人間とは会うことはないし、毒を盛っていないとしても、そんな嘘でジュリアをはめようとする者はここには近づけない。どちらでもいいだろう?」
「『私』の中身は、どうでもいいのですか?」
「ジュリアの清廉さは私はよく知っているが?」
「けど……」

 何かが、違う。マティアス殿下の思考についていけない。
 どう言えばわかってもらえるだろうと悩む私に殿下が言う。

「ジュリアこそ、私との婚約がなくなったことを悲しんではくれないのかい?」
「……この鎖は、その罰なのですか?」

 尋ねると、マティアス殿下は穏やかに首を振る。

「違うよ」
「なら今すぐこの鎖を外してください」
「それはできない」
「なんでっ」
「まさか、あの場所から君を連れ出したのは君を助けるためだと思っているの?」

 戸惑う私に、マティアス殿下は言う。

「そんなはずはないだろう? 私を待って、私だけを見て。ジュリアは、ここで私だけのために生きるんだ。穢れた外の世界になんて出すわけがない。ここに居たら、君は憎悪や嫉妬のような醜い感情を知らず、美しいままでいられる。そして、そんな君の全てを知っているのは僕だけだ。素晴らしいと思わないかい?」

 殿下の言うことが理解できず、距離を取ろうと後ずさる。だが、天蓋を支える柱にぶつかってこれ以上距離を置くことは出来なかった。幸い、マティアス殿下は私の様子に無頓着で話し続ける。

「聞いただろう? ジュリアは表向き死んだということになっているんだ。もう帰るところもないんだよ」
「そんな……」

 絶句する私に、マティアス殿下はふと真顔にかえる。

「ねぇ。ジュリア。ところで、なんで君は牢の中に入れられても、私に助けを求めなかったの? そんなに私との婚約が嫌だった? 私だったら助けてあげたかもしれないのに」
「マティアス、殿下――」

 問われても、私に答えることはできなかった。
 なぜなら、最初から殿下が助けてくれるという希望は持っていなかったからだ。学園でも一度目と変わらず距離を置かれ、牢の中に入れられた後は、もう助けを求めても無駄だと思ってしまっていた。
 答えない私に、殿下は微笑む。

「答えなんてどうでもいいけどね。ジュリアはもう私のものなのだから。君が身も心も素直になれるように時間をあげよう」

 それだけ言うと、マティアス殿下は私に背を向け、部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。 この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

処理中です...