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二十八.堕ち神
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ソレも、昔は神であった。
名もあったはずだが、瘴気に飲み込まれた際に記憶からは失われてしまい、今はただ、かつて山深い里で守り神として祀られていた、そんな微かな記憶しか残っていない。
堕ちてすぐの頃は衝動の赴くままに、ただ生きていた。小動物や弱った人間を呑み込み、次第に大きく力を付けると、やれる事も増えていった。
堕ち神として力を増せば、その分、糧として他の生き物の命も必要とした。
分身を作り出し、人に擬態することを覚えたのもこの頃だ。
そうして、近寄ってきた生き物に瘴気を取り込ませ、弱った所を取り込んできた。
一通りの生き物を食べ終えた頃、ふと思う。
「なんとかして、神も食べてみたいものだ」
そうしたら、もっと力を付けることもできるだろう。
人も食べてみたが、思ったより食べ応えはなく、力も増えなかった。
でも、神であれば、より強い力を得られるはずだ。
力を得て、どうしたいという理由はない。
あったかもしれないが、忘れた。
ただ生きるために食べ、体が大きくなれば、より食べる量が増える。
肥大した体を維持するために、より効率的に、他の生き物を食べる必要があった。
だが、神を食べるには、それには今のままではだめだというのはわかっていた。
欲求のままに動くだけでは、通りすがりの生き物位しか食べることはできない。
堕ち神として力を増すにつれて知恵もついてきたこともあり、ソレはどうしたらよいか考えるのだった。
そいつを見つけたのはたまたまだった。
人に紛れ、標的を探していた時に、偶然見つけた。
祭りだろうか。
白い狼の姿をした神は人々の前に姿は現してはいないものの、楽しげに彼らを見守り、尾を振っていた。
村人も皆、笑顔で、神を敬い、心から彼らの守り神を慕っているようだった。
その姿に、憎悪が湧いた。
殺意だったかもしれない。
(あの場所は、かつて私が居た場所だった……)
刺すように胸が痛んだ。
策を練らなければとあれだけ考えていたにも関わらず、ソレを突き動かしたのは衝動だった。
人混みに紛れて近づき、わざと体をぶつける。ぶつかった瞬間、抑えていた瘴気を出して一気に外に出し、白狼に取り込ませる。
計画も何もない動きだったが、上手くいった。
取り込んだ瘴気によって白い毛皮は黒く染まり、呪いを受けた白い狼はその場から姿を消した。
神域に逃げ込んだのだろう。
神は瘴気を浄化する力も持つが、許容量を超えた瘴気は神の身を蝕む。ソレの持つ瘴気は、すでに神すらも堕とすことが出来る程に増大していたようだ。そのほとんどを取り込んだあの白狼の神が、無事でいるとは思えない。
(瘴気に身を蝕まれ、お前も堕ちれば良い)
そして、堕ちきったたところを取り込んで、ソレはより大きな力を手に入れる。
だが、期待に反して、白狼はなかなか堕ち神にならなかった。
あの白狼のものと思われる屋敷の様子を何度も見に行ったが、何度見ても門扉は固く閉じている。
白狼が地上に姿を見せることはなくなり、雨が降らないという天候の異常はあったものの、しぶとく神として、存在を維持し続けているようだ。
(あの量では、神を堕としきるには足りなかったのか)
確実に弱っているだろうから、あいつが結界から出てくる隙を狙って様子を見よう。
そうして、閉じた屋敷の入り口を、ソレは見つめ続けた。
どのくらい時間が経っただろうか。
白狼の屋敷の中の様子はわからないが、ある日、屋敷の扉が開いた。
(何だあれは……?)
駆けていく白狼の使いに、ソレは目を細める。
そして、少し考えて追いかけることにした。
屋敷の扉は閉じてしまったし、変化のない白狼の屋敷を見守り続けることに少し飽きてしまっていた。
白狼の使いは、他の神の屋敷へと向かったようだ。
ソレは当然ながら中に入れないが、白狼の屋敷とは違って人の出入りが多い。
耳をそばだてていれば、白狼の使いが何のためにやってきたのかも知ることができた。
(なるほど。薬師を呼ぶのか)
そいつを使って、白狼の屋敷に入り込むことは可能だろうか。
ソレは、身に纏う瘴気を小さな核にまとめ上げ分身を作ることにした。
そこからは、賭けのようなものだったが、上手くいった。
ソレは薬売りの体を乗っ取り、白狼の元に向かう薬師の神の眷属に分身の核となる瘴気の塊を取り込ませた。
格は、そいつの中で芽を出して、徐々に体を乗っ取っていく。
眷属の目を借りることで、白狼がどうやって瘴気の浸食を食い止めたのかも理由がわかった。
(贄を使って、瘴気を食い止めたのか)
白狼の神格を贄に移すことで、その場しのぎをしているらしい。
(ならば、結界の外に誘い出し、贄を瘴気に染めてやろう。それが無理なら、瘴気の入った毒を飲ませ、白狼の器を壊してしまえばいい)
いくら神格を分離しているとはいえ、そこまですれば神も堕ちるだろうと、取り付いている眷属の体を十分に支配できるその時を待った。
だが、結果は失敗に終わり。
分身が切られ、神による浄化を受けて、ソレは目を伏せた。
(あの量の瘴気を浄化していたとは、な)
それほどまでに、あいつとは力量差があっただろうかと、ソレは考え、考えても仕方が無いと首を振った。
ここまで来ると、明らかに別の獲物を狙った方が瘴気を食らう効率がよいとはわかっているのだが、最早、そんなことどうでもよかった。
あの日見た、村人に囲まれ、村人を慈しんでいた白狼の姿が忘れられない。
諦め悪く、瘴気に染まってても尚、神として在ろうとする、白狼の存在が憎かった。
ソレは、逃げ込んだ暗い穴の中で、ここまで逃げて来る際に見つけた獲物を見下ろす。
すっかりと瘴気に染まった獣が伏し、足下で荒い息を吐いていた。
息絶えた獲物をただ食らうより、瘴気に堕として取り込む方が、そうしない場合よりも力が増す。
獣の首元に、迷わずソレは歯を立て、獣がまとう瘴気ごと血をすすった。
空腹は癒えるが、不快な気分は消えない。
(アイツを狩るのは、私だ)
一度、分身を屋敷に送り込んだが、同じ手は使えないだろう。
それに、白狼に取り込ませる瘴気の量もまだ足りない。
今度は逃げる間もない位に一気に瘴気を取り込ませて、堕ちたところを取り込むつもりだ。
「あぉぉぉん……!」
その時を想像して、ソレは衝動のままに遠吠えした。
名もあったはずだが、瘴気に飲み込まれた際に記憶からは失われてしまい、今はただ、かつて山深い里で守り神として祀られていた、そんな微かな記憶しか残っていない。
堕ちてすぐの頃は衝動の赴くままに、ただ生きていた。小動物や弱った人間を呑み込み、次第に大きく力を付けると、やれる事も増えていった。
堕ち神として力を増せば、その分、糧として他の生き物の命も必要とした。
分身を作り出し、人に擬態することを覚えたのもこの頃だ。
そうして、近寄ってきた生き物に瘴気を取り込ませ、弱った所を取り込んできた。
一通りの生き物を食べ終えた頃、ふと思う。
「なんとかして、神も食べてみたいものだ」
そうしたら、もっと力を付けることもできるだろう。
人も食べてみたが、思ったより食べ応えはなく、力も増えなかった。
でも、神であれば、より強い力を得られるはずだ。
力を得て、どうしたいという理由はない。
あったかもしれないが、忘れた。
ただ生きるために食べ、体が大きくなれば、より食べる量が増える。
肥大した体を維持するために、より効率的に、他の生き物を食べる必要があった。
だが、神を食べるには、それには今のままではだめだというのはわかっていた。
欲求のままに動くだけでは、通りすがりの生き物位しか食べることはできない。
堕ち神として力を増すにつれて知恵もついてきたこともあり、ソレはどうしたらよいか考えるのだった。
そいつを見つけたのはたまたまだった。
人に紛れ、標的を探していた時に、偶然見つけた。
祭りだろうか。
白い狼の姿をした神は人々の前に姿は現してはいないものの、楽しげに彼らを見守り、尾を振っていた。
村人も皆、笑顔で、神を敬い、心から彼らの守り神を慕っているようだった。
その姿に、憎悪が湧いた。
殺意だったかもしれない。
(あの場所は、かつて私が居た場所だった……)
刺すように胸が痛んだ。
策を練らなければとあれだけ考えていたにも関わらず、ソレを突き動かしたのは衝動だった。
人混みに紛れて近づき、わざと体をぶつける。ぶつかった瞬間、抑えていた瘴気を出して一気に外に出し、白狼に取り込ませる。
計画も何もない動きだったが、上手くいった。
取り込んだ瘴気によって白い毛皮は黒く染まり、呪いを受けた白い狼はその場から姿を消した。
神域に逃げ込んだのだろう。
神は瘴気を浄化する力も持つが、許容量を超えた瘴気は神の身を蝕む。ソレの持つ瘴気は、すでに神すらも堕とすことが出来る程に増大していたようだ。そのほとんどを取り込んだあの白狼の神が、無事でいるとは思えない。
(瘴気に身を蝕まれ、お前も堕ちれば良い)
そして、堕ちきったたところを取り込んで、ソレはより大きな力を手に入れる。
だが、期待に反して、白狼はなかなか堕ち神にならなかった。
あの白狼のものと思われる屋敷の様子を何度も見に行ったが、何度見ても門扉は固く閉じている。
白狼が地上に姿を見せることはなくなり、雨が降らないという天候の異常はあったものの、しぶとく神として、存在を維持し続けているようだ。
(あの量では、神を堕としきるには足りなかったのか)
確実に弱っているだろうから、あいつが結界から出てくる隙を狙って様子を見よう。
そうして、閉じた屋敷の入り口を、ソレは見つめ続けた。
どのくらい時間が経っただろうか。
白狼の屋敷の中の様子はわからないが、ある日、屋敷の扉が開いた。
(何だあれは……?)
駆けていく白狼の使いに、ソレは目を細める。
そして、少し考えて追いかけることにした。
屋敷の扉は閉じてしまったし、変化のない白狼の屋敷を見守り続けることに少し飽きてしまっていた。
白狼の使いは、他の神の屋敷へと向かったようだ。
ソレは当然ながら中に入れないが、白狼の屋敷とは違って人の出入りが多い。
耳をそばだてていれば、白狼の使いが何のためにやってきたのかも知ることができた。
(なるほど。薬師を呼ぶのか)
そいつを使って、白狼の屋敷に入り込むことは可能だろうか。
ソレは、身に纏う瘴気を小さな核にまとめ上げ分身を作ることにした。
そこからは、賭けのようなものだったが、上手くいった。
ソレは薬売りの体を乗っ取り、白狼の元に向かう薬師の神の眷属に分身の核となる瘴気の塊を取り込ませた。
格は、そいつの中で芽を出して、徐々に体を乗っ取っていく。
眷属の目を借りることで、白狼がどうやって瘴気の浸食を食い止めたのかも理由がわかった。
(贄を使って、瘴気を食い止めたのか)
白狼の神格を贄に移すことで、その場しのぎをしているらしい。
(ならば、結界の外に誘い出し、贄を瘴気に染めてやろう。それが無理なら、瘴気の入った毒を飲ませ、白狼の器を壊してしまえばいい)
いくら神格を分離しているとはいえ、そこまですれば神も堕ちるだろうと、取り付いている眷属の体を十分に支配できるその時を待った。
だが、結果は失敗に終わり。
分身が切られ、神による浄化を受けて、ソレは目を伏せた。
(あの量の瘴気を浄化していたとは、な)
それほどまでに、あいつとは力量差があっただろうかと、ソレは考え、考えても仕方が無いと首を振った。
ここまで来ると、明らかに別の獲物を狙った方が瘴気を食らう効率がよいとはわかっているのだが、最早、そんなことどうでもよかった。
あの日見た、村人に囲まれ、村人を慈しんでいた白狼の姿が忘れられない。
諦め悪く、瘴気に染まってても尚、神として在ろうとする、白狼の存在が憎かった。
ソレは、逃げ込んだ暗い穴の中で、ここまで逃げて来る際に見つけた獲物を見下ろす。
すっかりと瘴気に染まった獣が伏し、足下で荒い息を吐いていた。
息絶えた獲物をただ食らうより、瘴気に堕として取り込む方が、そうしない場合よりも力が増す。
獣の首元に、迷わずソレは歯を立て、獣がまとう瘴気ごと血をすすった。
空腹は癒えるが、不快な気分は消えない。
(アイツを狩るのは、私だ)
一度、分身を屋敷に送り込んだが、同じ手は使えないだろう。
それに、白狼に取り込ませる瘴気の量もまだ足りない。
今度は逃げる間もない位に一気に瘴気を取り込ませて、堕ちたところを取り込むつもりだ。
「あぉぉぉん……!」
その時を想像して、ソレは衝動のままに遠吠えした。
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