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六十三.生贄娘、想いを伝える
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白麗と二人、紫水の屋敷に一足先に戻ると、白麗の屋敷から手紙が届いていた。
「楓か」
白麗が読み進めるのをじっと待つ。
「何が書いてありましたか?」
「そろそろ、あちらも豊穣祭の準備が佳境のようだ。そろそろ戻ってきて欲しいと書いてあった」
そして、白麗は手紙を渡してくれる。
「もう、そんな時期なのですね」
「早かったな」
白麗の言葉に、香世は頷く。
「はい。思ったほど、薬師の勉強が進みませんでした。また、こちらに伺うことはできますか?」
尋ねると、白麗は微笑む。
「もちろん。また、二人で来よう。来年の、夏。田植えの時期が終わったらいいのではないか」
「夏ですか?」
てっきり、祭が終わればまたすぐにこちらにお邪魔するのかと思っていたが。
「冬は、色々やることがある」
何だろうか。思いつくことがなく、白麗の顔を見上げるが、白麗は微笑むだけで答えなかった。
その晩、紫水達に辞去の挨拶を述べ、翌日早朝、香世達は紫水の屋敷を出立した。
日を追うごとに、山は色づきを濃くし、田畑は黄金色に変わっていく。
紫水の家を出た当初はまだ秋の気配は遠かったのに、気が付くと刈り入れが終わっている田んぼも見られるようになっていた。
来た時と同じだけの時間をかけ白麗の屋敷への道を辿り、あと、半日もしたら白麗の屋敷に着く、そんな場所へと来た時のことだった。
珍しく、白麗が背に乗る香世の方を振り返って尋ねる。
「少し、寄り道をしたいのだが、ついてきてくれるか?」
頷くと、白麗は道を逸れ、山の方へと向かった。白麗は一気に山頂まで駆け上がると、香世を下ろす。
そこには小さな祠があり、その手前にはまだ若い楓と桜の木が植えられていた。
地上は白麗を祀る村が見え、遠くに、香世が暮らしていた村も見える。
「ここは……?」
香世が振り返って問うと、白麗はいつの間にか人型に変わっていた。
「私の祠が祀られている場所だ。村にも社はあるが、ここは奥宮になる」
「ここが……」
白麗に言われて改めて見回すと、ふと、祠の前に植えられている楓と桜の木が気になった。
「もしかして、この木は……」
「香世の想像の通りだと思う。楓と桜が宿った木だ」
まだ木自体が若いためか枝は細い。色づいた葉は半分ほど散っているようだが、岩場にしっかりと根を張っている二本の木はとても健やかに育っているようだ。
頭上の枝を見上げる香世に、白麗が言う。
「折角の機会だから寄ってみようと思ったのだが、気に入ってくれたか」
「はい。とても」
そして、躊躇いの後、言葉を付け足した。
「……春に、また来たいです」
「そう言ってくれるのは嬉しいが……」
白麗の言葉は歯切れが悪いものだった。
(もしかしたら、契約を終わりにと言われるのかしら……)
そんな不安に苛まれる香世に、白麗が静かに問う。
「香世は、このまま私の妻でいることに不安はないか?」
「不安、ですか……?」
「堕ち神の姿を見ただろう。幸い、私の呪いは消えたが、今後、私が絶対に堕ち神にならぬなど言い切れぬ」
はっとして白麗の方を見ると、白麗は寂しげに香世を見つめていた。
「真白殿は、香世のおかげで黄泉の国に行くことができたが、私が堕ち神となれば、香世も巻き込むことになるのだ……。人として死ぬよりも、辛い思いをすることになるかもしれぬ」
「……白麗様は私がお側にいては、ご迷惑ですか?」
白麗の屋敷に戻れば、契約の終了を切り出そうと思っていたはずなのに、どうしてかそんな言葉が零れていた。
白麗は香世を見て首を振る。
「迷惑だなど。ただ、今ならば、まだ人の世に戻ることもできる。もし、今の話を聞いて、それでも私の側にいてくれるというのなら、香世に、私の妻に、本来の意味としての妻に、なって欲しいのだ――」
真摯に香世を見つめる白麗に、香世は自分の気持ちを口にする。
「……白麗様のことを、お慕いしています。私は、ずっと、白麗様の妻でいたいです」
そして、香世は躊躇なく白麗の胸元に飛び込んでいた。
驚きながらも受け止めた白麗の腕が、ぎゅっと香世を抱き締める。
「後から嫌がっても、もう離すことはできんぞ?」
「手放さないでください」
囁かれる声に、首を振る。
「契約もいらなくなり、白麗様のお屋敷に戻ったなら、私は出て行かなければいけないのだと思っていました。神であられる白麗様に、私では釣り合わない。本当は、もっと相応しい方がおられるのかもと。ですが、嫌です。選ばせてもらえるのなら、私は、ずっと白麗様の側にいたいです」
白麗が噛みつくように香世の唇を奪う。
「夫婦になるからには、私とこれ以上のこともするのだが」
頬を染め、こくりと頷いた香世に、白麗は金色の瞳を輝かせ微笑んだ。
「そうか。同じ気持ちであったか」
壮絶な色気を湛えた白麗を見ていられず目を伏せると、白麗が機嫌よく笑う声が耳朶を打つ。
「冬の間に祝言の準備を整えよう」
「あっ、それで」
白麗は紫水の屋敷を出るときに冬の間にやることがあると言っていたのか。
「折角、一生に一度の祝いなのだ。式は色とりどりの花が咲く、春がいいと思っていた。香世がいいなら、そのように進めよう」
「私も、春が良いです」
「なら、帰ったら、少しずつ準備を始めねばな。でもその前に、秋の祭だ」
そう言うと白麗は白狼の姿に変わり、香世を乗せると白麗の屋敷に向かうのだった。
「楓か」
白麗が読み進めるのをじっと待つ。
「何が書いてありましたか?」
「そろそろ、あちらも豊穣祭の準備が佳境のようだ。そろそろ戻ってきて欲しいと書いてあった」
そして、白麗は手紙を渡してくれる。
「もう、そんな時期なのですね」
「早かったな」
白麗の言葉に、香世は頷く。
「はい。思ったほど、薬師の勉強が進みませんでした。また、こちらに伺うことはできますか?」
尋ねると、白麗は微笑む。
「もちろん。また、二人で来よう。来年の、夏。田植えの時期が終わったらいいのではないか」
「夏ですか?」
てっきり、祭が終わればまたすぐにこちらにお邪魔するのかと思っていたが。
「冬は、色々やることがある」
何だろうか。思いつくことがなく、白麗の顔を見上げるが、白麗は微笑むだけで答えなかった。
その晩、紫水達に辞去の挨拶を述べ、翌日早朝、香世達は紫水の屋敷を出立した。
日を追うごとに、山は色づきを濃くし、田畑は黄金色に変わっていく。
紫水の家を出た当初はまだ秋の気配は遠かったのに、気が付くと刈り入れが終わっている田んぼも見られるようになっていた。
来た時と同じだけの時間をかけ白麗の屋敷への道を辿り、あと、半日もしたら白麗の屋敷に着く、そんな場所へと来た時のことだった。
珍しく、白麗が背に乗る香世の方を振り返って尋ねる。
「少し、寄り道をしたいのだが、ついてきてくれるか?」
頷くと、白麗は道を逸れ、山の方へと向かった。白麗は一気に山頂まで駆け上がると、香世を下ろす。
そこには小さな祠があり、その手前にはまだ若い楓と桜の木が植えられていた。
地上は白麗を祀る村が見え、遠くに、香世が暮らしていた村も見える。
「ここは……?」
香世が振り返って問うと、白麗はいつの間にか人型に変わっていた。
「私の祠が祀られている場所だ。村にも社はあるが、ここは奥宮になる」
「ここが……」
白麗に言われて改めて見回すと、ふと、祠の前に植えられている楓と桜の木が気になった。
「もしかして、この木は……」
「香世の想像の通りだと思う。楓と桜が宿った木だ」
まだ木自体が若いためか枝は細い。色づいた葉は半分ほど散っているようだが、岩場にしっかりと根を張っている二本の木はとても健やかに育っているようだ。
頭上の枝を見上げる香世に、白麗が言う。
「折角の機会だから寄ってみようと思ったのだが、気に入ってくれたか」
「はい。とても」
そして、躊躇いの後、言葉を付け足した。
「……春に、また来たいです」
「そう言ってくれるのは嬉しいが……」
白麗の言葉は歯切れが悪いものだった。
(もしかしたら、契約を終わりにと言われるのかしら……)
そんな不安に苛まれる香世に、白麗が静かに問う。
「香世は、このまま私の妻でいることに不安はないか?」
「不安、ですか……?」
「堕ち神の姿を見ただろう。幸い、私の呪いは消えたが、今後、私が絶対に堕ち神にならぬなど言い切れぬ」
はっとして白麗の方を見ると、白麗は寂しげに香世を見つめていた。
「真白殿は、香世のおかげで黄泉の国に行くことができたが、私が堕ち神となれば、香世も巻き込むことになるのだ……。人として死ぬよりも、辛い思いをすることになるかもしれぬ」
「……白麗様は私がお側にいては、ご迷惑ですか?」
白麗の屋敷に戻れば、契約の終了を切り出そうと思っていたはずなのに、どうしてかそんな言葉が零れていた。
白麗は香世を見て首を振る。
「迷惑だなど。ただ、今ならば、まだ人の世に戻ることもできる。もし、今の話を聞いて、それでも私の側にいてくれるというのなら、香世に、私の妻に、本来の意味としての妻に、なって欲しいのだ――」
真摯に香世を見つめる白麗に、香世は自分の気持ちを口にする。
「……白麗様のことを、お慕いしています。私は、ずっと、白麗様の妻でいたいです」
そして、香世は躊躇なく白麗の胸元に飛び込んでいた。
驚きながらも受け止めた白麗の腕が、ぎゅっと香世を抱き締める。
「後から嫌がっても、もう離すことはできんぞ?」
「手放さないでください」
囁かれる声に、首を振る。
「契約もいらなくなり、白麗様のお屋敷に戻ったなら、私は出て行かなければいけないのだと思っていました。神であられる白麗様に、私では釣り合わない。本当は、もっと相応しい方がおられるのかもと。ですが、嫌です。選ばせてもらえるのなら、私は、ずっと白麗様の側にいたいです」
白麗が噛みつくように香世の唇を奪う。
「夫婦になるからには、私とこれ以上のこともするのだが」
頬を染め、こくりと頷いた香世に、白麗は金色の瞳を輝かせ微笑んだ。
「そうか。同じ気持ちであったか」
壮絶な色気を湛えた白麗を見ていられず目を伏せると、白麗が機嫌よく笑う声が耳朶を打つ。
「冬の間に祝言の準備を整えよう」
「あっ、それで」
白麗は紫水の屋敷を出るときに冬の間にやることがあると言っていたのか。
「折角、一生に一度の祝いなのだ。式は色とりどりの花が咲く、春がいいと思っていた。香世がいいなら、そのように進めよう」
「私も、春が良いです」
「なら、帰ったら、少しずつ準備を始めねばな。でもその前に、秋の祭だ」
そう言うと白麗は白狼の姿に変わり、香世を乗せると白麗の屋敷に向かうのだった。
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