懐いていた後輩はどうやら俺のことが好きらしい

光野凜

文字の大きさ
4 / 10
第4章

合宿スタート!

しおりを挟む
そして、迎えた夏合宿。

 バスのドアがプシューッと音を立てて開いた瞬間、むわっとした熱気と、山の濃い緑の匂いが押し寄せてきた。空はやけに青くて、眩しいくらいだ。

「なんだかなぁ。この合宿のために頑張ったのに、いざ来るとなー」

「わかる。自ら地獄に入り込んでる感じな」

 バスを降りながら陽稀が笑う。奇跡的に赤点を回避したらしい。

 1年の何人かは補講で不参加になったけど、3年生は全員そろった。

 2泊3日の合宿。とにかく練習尽くしの生活が、今から始まる。

 合宿初日――午前メニューは恒例の「山駆け登り」だ。

「はい集合ー! 走るぞー!」

 声を張ると、まだ寝ぼけ眼の一年がぞろぞろと並ぶ。

 疲れとか眠気とか、そんなもんに構ってる暇はない。

 キャプテンとして、まず自分が動かなきゃな。

「途中で歩いたやつ、全員あとで追加!」

「マジかよ、湊先輩鬼すぎ!」

 苦笑いしながらも全員が走り出す。

 朝の山道は急で、湿った土の匂いがする。

 心臓の音と、シューズが地面を蹴る音だけがやけに響いた。

「高良、ペース落ちてるぞ!」

「だ、大丈夫っです......!」

 汗だくの顔を上げて歯を食いしばる高良。

 その目だけは、絶対に折れない光をしてた。一瞬昔の高良が浮かんだ。

 ――ほんと、強くなったな。

 俺も負けてられないと息を吸って、叫ぶ。  
 
「ここで止まんな! 最後まで走りきれ!」

 そして全員で山頂に着いたとき、

 「はぁ、死ぬ......」「脚、もげる......」って声があちこちから上がった。

「よくやった!」 

 思わず笑って、全員の肩を叩く。疲れながらもみんなどこか嬉しそうだった。

 辺りを見渡すと少し離れたところに、水道があった。蛇口をひねると冷たい水が勢いよく出る。

 俺はためらわず、頭から浴びた。

「......っはー! 最高!」

 冷たさが一気に体に染みていく。

 思わず目を閉じたとき、隣で笑い声がした。

「先輩、これ最高っすね!」

 高良が、両手で水をすくって頭から被っていた。
 水が陽の光に反射して、キラキラと飛び散る。

 額にかかる前髪、濡れた肌。

 その全部が眩しくて、気づけば目が離せなくなってた。

「......何見てるんですか、湊先輩」

「べ、別に」

 慌てて視線を逸らした瞬間――ばしゃっと顔に冷水が飛んできた。

「うわっ!?」

「ぼーっとしてたんで目を覚まさせてあげようかと!」

「この野郎......!」

 水をすくってかけ返すと、高良が笑いながら逃げる。

 その後ろ姿を追いかけて水を駆け回る。

「おい! こっちにも飛んでるつーの!」

 気づけば、周りも全員水を掛け合って大騒ぎになっていた。

「お前ら、無駄に体力使うな!」なんて言いながら、俺も水をかけ返す。

 ――俺、いつからこんなふうに高良のこと、見てたんだろう。

 ふと、そんなことを考えて、心臓がまた強く打った。



 風呂から上がると、部屋の中はすでに戦場のあとだった。

「......こいつら、死んだように寝てんな」

 俺が笑いながら言うと、陽稀も苦笑した。

 畳の上にはタオルを被ったまま動かないやつ、白目をむいて仰向けのやつ、布団にたどり着けずそのまま床で沈んでるやつまで。

 今日の地獄みたいなメニューを思えば当然だ。

「俺も早く寝てぇ......」

 陽稀があくびを噛み殺しながら呟く。

 俺たちは死体の山みたいな部員たちを跨いで、自分たちの布団へたどり着いた。

「明日のメニューもハードだったな」

「この合宿で決まるからな」

 監督との打ち合わせで聞いた明日の予定が頭をよぎる。

 ――そう、この合宿が終われば、すぐに地区予選だ。

 監督はこの3日間で、レギュラーの目星をつけ、選抜するだろう。

「今年は1、2年も手強いからなぁ」

 陽稀が布団に潜り込みながら言った。

「いかにアピールできるかだな」

 俺は頷く。キャプテンだからって特別扱いはされない。チームに貢献できなければ、容赦なく外すのが、うちの監督だ。

 部屋の灯りがゆらゆらと暗くなる。

「もうこれで最後か......」

 陽稀の声が静かに落ちる。

 その言葉が胸に刺さった。

 ――最後の夏。最後のチャンス。

「......ああ。頑張ろうな」

 手を伸ばすと、陽稀も同じタイミングで拳を出した。

 こつん、と軽くぶつかる音がして、二人で小さく笑う。

 そのまま目を閉じると、疲労で体が沈んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

契約満了につき

makase
BL
仮初めの恋人として契約を結んだ二人の、最後の夜。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

美澄の顔には抗えない。

米奏よぞら
BL
スパダリ美形攻め×流され面食い受け 高校時代に一目惚れした相手と勢いで付き合ったはいいものの、徐々に相手の熱が冷めていっていることに限界を感じた主人公のお話です。 ※なろう、カクヨムでも掲載中です。

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

処理中です...