懐いていた後輩はどうやら俺のことが好きらしい

光野凜

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第4章

合宿スタート!

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そして、迎えた夏合宿。

 バスのドアがプシューッと音を立てて開いた瞬間、むわっとした熱気と、山の濃い緑の匂いが押し寄せてきた。空はやけに青くて、眩しいくらいだ。

「なんだかなぁ。この合宿のために頑張ったのに、いざ来るとなー」

「わかる。自ら地獄に入り込んでる感じな」

 バスを降りながら陽稀が笑う。奇跡的に赤点を回避したらしい。

 1年の何人かは補講で不参加になったけど、3年生は全員そろった。

 2泊3日の合宿。とにかく練習尽くしの生活が、今から始まる。

 合宿初日――午前メニューは恒例の「山駆け登り」だ。

「はい集合ー! 走るぞー!」

 声を張ると、まだ寝ぼけ眼の一年がぞろぞろと並ぶ。

 疲れとか眠気とか、そんなもんに構ってる暇はない。

 キャプテンとして、まず自分が動かなきゃな。

「途中で歩いたやつ、全員あとで追加!」

「マジかよ、湊先輩鬼すぎ!」

 苦笑いしながらも全員が走り出す。

 朝の山道は急で、湿った土の匂いがする。

 心臓の音と、シューズが地面を蹴る音だけがやけに響いた。

「高良、ペース落ちてるぞ!」

「だ、大丈夫っです......!」

 汗だくの顔を上げて歯を食いしばる高良。

 その目だけは、絶対に折れない光をしてた。一瞬昔の高良が浮かんだ。

 ――ほんと、強くなったな。

 俺も負けてられないと息を吸って、叫ぶ。  
 
「ここで止まんな! 最後まで走りきれ!」

 そして全員で山頂に着いたとき、

 「はぁ、死ぬ......」「脚、もげる......」って声があちこちから上がった。

「よくやった!」 

 思わず笑って、全員の肩を叩く。疲れながらもみんなどこか嬉しそうだった。

 辺りを見渡すと少し離れたところに、水道があった。蛇口をひねると冷たい水が勢いよく出る。

 俺はためらわず、頭から浴びた。

「......っはー! 最高!」

 冷たさが一気に体に染みていく。

 思わず目を閉じたとき、隣で笑い声がした。

「先輩、これ最高っすね!」

 高良が、両手で水をすくって頭から被っていた。
 水が陽の光に反射して、キラキラと飛び散る。

 額にかかる前髪、濡れた肌。

 その全部が眩しくて、気づけば目が離せなくなってた。

「......何見てるんですか、湊先輩」

「べ、別に」

 慌てて視線を逸らした瞬間――ばしゃっと顔に冷水が飛んできた。

「うわっ!?」

「ぼーっとしてたんで目を覚まさせてあげようかと!」

「この野郎......!」

 水をすくってかけ返すと、高良が笑いながら逃げる。

 その後ろ姿を追いかけて水を駆け回る。

「おい! こっちにも飛んでるつーの!」

 気づけば、周りも全員水を掛け合って大騒ぎになっていた。

「お前ら、無駄に体力使うな!」なんて言いながら、俺も水をかけ返す。

 ――俺、いつからこんなふうに高良のこと、見てたんだろう。

 ふと、そんなことを考えて、心臓がまた強く打った。



 風呂から上がると、部屋の中はすでに戦場のあとだった。

「......こいつら、死んだように寝てんな」

 俺が笑いながら言うと、陽稀も苦笑した。

 畳の上にはタオルを被ったまま動かないやつ、白目をむいて仰向けのやつ、布団にたどり着けずそのまま床で沈んでるやつまで。

 今日の地獄みたいなメニューを思えば当然だ。

「俺も早く寝てぇ......」

 陽稀があくびを噛み殺しながら呟く。

 俺たちは死体の山みたいな部員たちを跨いで、自分たちの布団へたどり着いた。

「明日のメニューもハードだったな」

「この合宿で決まるからな」

 監督との打ち合わせで聞いた明日の予定が頭をよぎる。

 ――そう、この合宿が終われば、すぐに地区予選だ。

 監督はこの3日間で、レギュラーの目星をつけ、選抜するだろう。

「今年は1、2年も手強いからなぁ」

 陽稀が布団に潜り込みながら言った。

「いかにアピールできるかだな」

 俺は頷く。キャプテンだからって特別扱いはされない。チームに貢献できなければ、容赦なく外すのが、うちの監督だ。

 部屋の灯りがゆらゆらと暗くなる。

「もうこれで最後か......」

 陽稀の声が静かに落ちる。

 その言葉が胸に刺さった。

 ――最後の夏。最後のチャンス。

「......ああ。頑張ろうな」

 手を伸ばすと、陽稀も同じタイミングで拳を出した。

 こつん、と軽くぶつかる音がして、二人で小さく笑う。

 そのまま目を閉じると、疲労で体が沈んでいった。
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