茶師のポーション~日常編

神無ノア

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妊婦のお茶と子供の珈琲

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「初めまして。イタリア国籍の国際探求者、ウーゴと言います!」
 わざとらしく雪野家の奥方とその使用人に自己紹介をしていた。
「いや、ここのお茶は美味しい! espressoエスプレッソが好きな私でも気に入るくらいにね」
 嘘ばっかり、ぼそりと弟子が呟きそうになるのを、朔とクリフで止めていた。

「でも、妊婦さんにはお勧めできない。何せ、espressoと同じでcaffeinaカフェインが多いからね」
 陽気にいうそれは、まさしくイタリア男だ。普段ではありえないウーゴの奇行、、に春麗とマイニが唖然としていた。
「マスター、Caffè Decaffeinatoカフェデカフェナートは置いてる?」
「あいにくですが、そちらは取り扱いが無いですね」
 カフェインを抜いた珈琲は要望者がいないので取り寄せすらしていない。一応、高麗人参由来のものは取り寄せたりしているが、それは薬草に近いからでもある。
「やっぱりかぁ。マスターは一本筋が通っているからね!」

 やはり、これはフリか。マスターは悟った。
「こっちは置いているだろう! |Caffè d’Orzoカフェドルヅォなら」
 その言葉にマスターはくすりと笑った。
そちらなら、、、、、取り扱いがございます」
「じゃあ、私がこちらのご婦人に奢るとしよう。ただし、あれは最初からストレートでは飲まないんだ」
「……そう、なのですか?」
 イタリア男と知って、奥方が喜んでいた。

 エスプレッソと同じように抽出し、ウーゴのお勧め、、、と言われるがままミルクと砂糖を入れて出す。
 それだけで喜んで飲んでいる。

「……Caffè d’Orzoって確か大麦で作られるものじゃなかったっけ」
 こちらもわざとクリフが口に出す。その瞬間、奥方は怒りだした。

「私が飲みたいのはコーヒーなの! 麦茶じゃないわ!」
「あんたがたは奥様の希望を無視するというのか!?」
 奥方を止めるどころか、使用人までもがこちらを非難してくる。
「おや、知らないのかい? イタリアではCaffè d’Orzoは『夜の珈琲』とか『子供の珈琲』と呼ばれて親しまれているのに」
 ニヤニヤとウーゴが種明かしをしていく。
「それから、日本の麦茶とイタリアの麦茶は違う。元からこうやってミルクと砂糖を入れて飲むのを前提にしている。その違いすら分からないというのに、何が『イタリアで楽しんでいる』だ。Orzoならイタリアのbarで大抵置いてある。メニューも見ていないのに、どうしてそういうことを言うんだい?
 それにマスターは『お茶専門店』と言ったし、私も『ここのお茶は美味しい』と言ったはずだ」
 そこまで言って、ウーゴはオルヅォを再度注文した。今度はストレートで、と。
「かしこまりました」

 お茶の淹れ方は一通り身体に叩き込んでいる。先ほどよりも長めに抽出し、ウーゴに渡す。

 ウーゴは濃いめが好きなのだ。

「飲んでみていい?」
 弟子が横から口を挟んできた。黙ってウーゴがオルヅォを渡している。
「にっが!!」
「私はこのままが大好きなんだが」
「マジで!? なんだろ、日本の麦茶と同じだと思って飲むと地獄見るね」
「裕里は自業自得。さっきまで激甘トルコチャイ飲んでたんだから」
 呆れたように春麗が言うが、そうじゃないと弟子は反論していた。
「いや、まじで」
 そのままウーゴとクリフ以外が回し飲みを始めた。
「うん苦い」
「……昔坊ちゃまが『麦茶に牛乳いれたらカフェオレみたいになった』と仰ったのが分かる気がいたしますね」
 朔だけは他の器に取り分け、わざと牛乳の有無で味の違いを楽しんでいた。

 何をやらせている、朔。マスターたちは心の中で突っ込みを入れた。
「確かに飲みなれない人にはミルクは必須ね」
「そ。だからそういう飲ませ方をしただけ。私も夜寝る時はこちらだね」
 そう言ってオルヅォの入ったカップを指す。その辺りは真偽が入り混じっているので、嘘も方便と思うことにした、パーティメンバーだった。

「ば……馬鹿にしないで頂戴! 帰るわ。それからこの店は訴えるから!」
 勝手にどうぞ、その言葉をマスターは飲み込んだ。

 足早に出ていく二人を見送り、やれやれと肩をすくめたのは朔だ。
「こういう暴言関係、録音されていないと思う気持ちが分からない」
「相変わらず、といったところでしょうかね」
 妻の子供で、あの二番目だけがああいう性格だった。どうやっても変わらないらしい。
「子供のcafé美味しいのに。マスター、もうちょっと濃いめでいいかな」
「かしこまりました」

「吽形! 塩保管していない? ……ないの? 阿形は?」
「……弟子、何をやっているのですか」
 人に懐いている狛犬に何をしているのか。
「お清めの塩! 馬鹿馬鹿しい!!」
 どうやら塩を撒くつもりだったらしい。あいにくだが、そんなことに使う塩を持ち合わせてはいない。
「弟子、塩がもったいないです。低級魔物避けの護符で十分です」
「……いや、裕里君よりも言ってることが酷いから」

 朔の呟きを無視して、マスターは意気揚々と玄関先に魔物避けの護符を貼りに行くのだった。
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