2 / 2
第一章
Story 2
しおりを挟む
しかし、ボディーガードというのは、こんなにも依頼主と一緒にいるものだとは思わなかった。
会議中も、昼食中も、移動も――すべて加藤さんは一緒に行動していた。職務上のことなのだろうが、私はこの人のフルネームしか知らない。
“加藤俊也”、それだけだ。
一度、社長が何気なく「出身はどこなんだ?」と尋ねたことがあった。
「日本のどこかです」と、加藤さんは淡々と答えた。
さすがの社長も閉口し、それ以来、彼のことを何も聞かなくなった。
そんな彼に、私は少し興味を持ってしまった。
これほどの会社のボディーガードなのだから、身元もしっかりしているはずだし、社長が知らないだけで、人事部は把握しているに違いない。私だって、調べようと思えば調べられるはずだ。
そんなことを思いながら、つい彼を観察するように見てしまう。
自分と同じように語らない彼に、親近感でも覚えたのだろうか。
それに、彼が来てから、なんとなく違和感を覚えることが増えた。
それは、私が秘書の仕事と同時に、彼に興味を持ってしまったせいかもしれない。
彼の動きを追っていると、今まで知ろうとしなかったことが、少しずつ目に入ってくるようになった。
先週のことだった。
社長が来客との打ち合わせの直前になって、バタバタと何か書類を探していた。
「このファイル、後でPDFにしておいて」
そう言い残し、いくつかの書類を自分のデスクの上に置いたまま、急ぎ足で部屋を出て行った。
その中の一つに、見慣れない表紙のファイルがあった。
英語でも中国語でもない、どこかスラブ系の言語のような文字。
中には技術図面のようなものが挟まれていて、一見しただけで、いつもの商談資料とは明らかに違うとわかった。
念のためファイル名だけ確認した――「PROJECT:VALKYRIE」。
そのときは、ただの外資系企業との共同開発案件か何かだろうと、深くは考えなかった。
けれど、後から思えば、あれは私が見てはいけないものだった。
社長が戻ってきたのは、十分後くらいだった。
私がそのファイルに触れているのを見て、一瞬だけ、目の色が変わった気がした。
「これは君には関係ない。こっちで処理するから」
そう言いながら、社長はファイルを封筒に入れてしまった。
本来なら、あんなものが私の手の届くところにあること自体、おかしい。
けれど――たまたま、あのとき社長が急いでいた。
そう、自分に言い聞かせた。
違和感だけが、胸の奥にずっと残っている。
そして、そのタイミングでやってきたこの人……加藤さん。
社長秘書になって、給与も上がり、待遇もとてもよくなった。
この半年で、大学の奨学金の返済も順調に進んでいる。
だから、この仕事を辞めたくない。
なるべく深く考えずに、言われたことだけをしてきた。
でも……根が真面目な自分を、呪いたくなる。
何かがおかしいと感じてしまったら、気になって仕方がない。
けれど、私ごときが何かを知ることなど、できるわけもない。
……でも。
そう思いつつ、同期である人事部の白石あかりにメッセージを送る。
「今日のランチ、一緒にどう?」
そう送ると、あかりからすぐにOKの返信がきた。
時計に目を向けると、お昼まではあと三十分ほど。社長は今、来客中で、加藤さんも部屋にはいない。
小さく息を吐くと、時間まで仕事を片付け、私は秘書室を後にした。
会議中も、昼食中も、移動も――すべて加藤さんは一緒に行動していた。職務上のことなのだろうが、私はこの人のフルネームしか知らない。
“加藤俊也”、それだけだ。
一度、社長が何気なく「出身はどこなんだ?」と尋ねたことがあった。
「日本のどこかです」と、加藤さんは淡々と答えた。
さすがの社長も閉口し、それ以来、彼のことを何も聞かなくなった。
そんな彼に、私は少し興味を持ってしまった。
これほどの会社のボディーガードなのだから、身元もしっかりしているはずだし、社長が知らないだけで、人事部は把握しているに違いない。私だって、調べようと思えば調べられるはずだ。
そんなことを思いながら、つい彼を観察するように見てしまう。
自分と同じように語らない彼に、親近感でも覚えたのだろうか。
それに、彼が来てから、なんとなく違和感を覚えることが増えた。
それは、私が秘書の仕事と同時に、彼に興味を持ってしまったせいかもしれない。
彼の動きを追っていると、今まで知ろうとしなかったことが、少しずつ目に入ってくるようになった。
先週のことだった。
社長が来客との打ち合わせの直前になって、バタバタと何か書類を探していた。
「このファイル、後でPDFにしておいて」
そう言い残し、いくつかの書類を自分のデスクの上に置いたまま、急ぎ足で部屋を出て行った。
その中の一つに、見慣れない表紙のファイルがあった。
英語でも中国語でもない、どこかスラブ系の言語のような文字。
中には技術図面のようなものが挟まれていて、一見しただけで、いつもの商談資料とは明らかに違うとわかった。
念のためファイル名だけ確認した――「PROJECT:VALKYRIE」。
そのときは、ただの外資系企業との共同開発案件か何かだろうと、深くは考えなかった。
けれど、後から思えば、あれは私が見てはいけないものだった。
社長が戻ってきたのは、十分後くらいだった。
私がそのファイルに触れているのを見て、一瞬だけ、目の色が変わった気がした。
「これは君には関係ない。こっちで処理するから」
そう言いながら、社長はファイルを封筒に入れてしまった。
本来なら、あんなものが私の手の届くところにあること自体、おかしい。
けれど――たまたま、あのとき社長が急いでいた。
そう、自分に言い聞かせた。
違和感だけが、胸の奥にずっと残っている。
そして、そのタイミングでやってきたこの人……加藤さん。
社長秘書になって、給与も上がり、待遇もとてもよくなった。
この半年で、大学の奨学金の返済も順調に進んでいる。
だから、この仕事を辞めたくない。
なるべく深く考えずに、言われたことだけをしてきた。
でも……根が真面目な自分を、呪いたくなる。
何かがおかしいと感じてしまったら、気になって仕方がない。
けれど、私ごときが何かを知ることなど、できるわけもない。
……でも。
そう思いつつ、同期である人事部の白石あかりにメッセージを送る。
「今日のランチ、一緒にどう?」
そう送ると、あかりからすぐにOKの返信がきた。
時計に目を向けると、お昼まではあと三十分ほど。社長は今、来客中で、加藤さんも部屋にはいない。
小さく息を吐くと、時間まで仕事を片付け、私は秘書室を後にした。
20
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
俺様御曹司に飼われました
馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!?
「俺に飼われてみる?」
自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。
しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……
恋に臆病な私と恋を知らなかった御曹司の距離が、ゼロになるまで
夏目萌
恋愛
過去の恋愛が原因で、「女にだらしない男」を何よりも嫌う向坂 来海(29)。
一方、御曹司で誰にでも優しく、来る者拒まず──けれど、誰にも本気になったことのない羽柴 充輝(29)。
本来なら交わるはずのなかった二人は、ある出来事をきっかけに関わるようになる。
他の女性とは違い媚びることも期待することもない来海の態度に、充輝は次第に強く惹かれていく。
「誰にも本気にならない」はずだった彼の、一途すぎる想いに触れ、恋を信じることを避けてきた来海の心は少しずつ揺らぎ始めていき――。
不器用で焦れったくて、簡単には進まない二人の恋の行方は……。
他サイト様にも掲載中
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~
けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。
好きになってはいけない人とわかっていたのに…
夢のような時間がくれたこの大切な命。
保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。
なのに突然、あなたは私の前に現れた。
忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。
私の運命は…
ここからまた大きく動き出す。
九条グループ御曹司 副社長
九条 慶都(くじょう けいと) 31歳
×
化粧品メーカー itidouの長女 保育士
一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
花咲くように 微笑んで 【書籍化】
葉月 まい
恋愛
初恋の先輩、春樹の結婚式に
出席した菜乃花は
ひょんなことから颯真と知り合う
胸に抱えた挫折と失恋
仕事への葛藤
互いの悩みを打ち明け
心を通わせていくが
二人の関係は平行線のまま
ある日菜乃花は別のドクターと出かけることになり、そこで思わぬ事態となる…
✼•• ┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈••✼
鈴原 菜乃花(24歳)…図書館司書
宮瀬 颯真(28歳)…救急科専攻医
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる