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第1章
第2話:檻の中の揺籃
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次に意識の混濁から浮上したとき、僕は暴力的な「揺れ」の真っ只中にいた。
ガタガタと、緩衝材のない硬い鉄の車輪が不揃いな石畳を弾く。その無慈悲な振動が、痩せこけた背骨を直接突き上げ、脳を揺らす。吐き気をこらえ、縫い付けられたように重たい瞼をようやく押し上げると、視界を無数に切り裂く太い鉄格子が目に飛び込んできた。
僕は、獣を運ぶための荷台に据えられた、無機質な檻の中に閉じ込められていた。
「……っ、げほっ……」
肺の奥が焼け付くように熱い。乾ききった喉から声を出そうとしても、肺から漏れるのは熱を持った枯れた吐息だけだ。
自分の手を見る。泥に汚れながらも、白く、細く、病的なまでの美しさを湛えた指先。それは、現代の日本で、不慮の事故により唐突に生涯を閉じたはずの僕の手では断じてなかった。
『レリル』。
死の間際に聞いた、あの尊大な神が口にしていた名。物語の秩序を乱した報いとして、あらゆる災厄を押し付けられた、苛烈で傲慢な悪役の肉体。
馬車の外からは、物理的な衝撃よりも鋭い罵声の礫が飛んできた。
「見ろよ、あの化け物の成れ果てを!」
「あれだけ魔力を鼻にかけて威張り散らして、最後はあの様だ。ざまあみろ!」
沿道を埋め尽くす群衆の顔は、憎悪と愉悦に歪んでいた。僕に向かって投げつけられるのは罵言だけではない。腐った果実、泥の塊、そして尖った石。檻の鉄柱に当たってカランと虚しい音が響くたびに、僕の心は剥き出しの神経を逆なでされるように縮こまった。
僕はレリルじゃない。彼がこの世界で何を積み上げ、何を壊したのかも知らない。
だというのに、この身体に意識を繋がれたその瞬間から、僕は世界中の憎悪を一身に引き受け、償わなければならない。その理不尽さに、涙を流す余裕さえ与えられなかった。
馬車の前方、隊列の先頭には、一頭の馬に跨る屈強な男の背中があった。
陽光を冷たく反射する銀の鎧を纏った騎士団長。その屈強な肩越しに伝わってくるのは、隠しきれないほどの嫌悪感と、肌を刺すような鋭い殺気だ。
今の僕には、身体の奥に流れていたはずの「魔力」の脈動が微塵も感じられない。王都を出立する前、国中の魔導師によって枯渇するまで根こそぎ抜き取られたのだという。
さらに、首元には肌を焼くように冷たい鉄の首輪がはめられていた。それが僕という存在を縛り付ける、目に見える絶望の鎖だった。
「……神様。レリルの寿命がどれくらいかなんて、一番大事なことを聞き忘れてたな」
ひび割れた唇から、乾いた苦笑とともに呟きが漏れる。
もし、この呪われた身体の寿命が明日尽きるとしたら。僕はあとたった一日だけこの地獄を味わって、また虚無へと帰れるのだろうか。 けれど、そんな都合のいい幸運は僕には訪れないだろう。神は僕を、苦しませるためにここへ放り込んだのだから。
硬い檻の底に這いつくばり、馬車の揺れを全身の骨で受け止めながら、僕はただ、終わりなき旅路の終着を待った。
眠ることは許されなかった。一瞬でもまどろみに逃げようとすれば、瞼の裏に投げつけられた石の衝撃と、人々の凍てつくような蔑みの視線が焼き付いて離れない。
十時間。
もはや全身の痛覚が麻痺し、意識が遠のき始めた頃。馬車は重苦しい停止音を立ててようやく動きを止めた。
「降りろ。……抵抗すれば、その首輪がどう機能するかは理解しているな?」
騎士団長の、感情を削ぎ落とした低く冷酷な声が響く。
檻の扉が乱暴な手つきで開かれた。
僕は生まれたばかりの子鹿のように震える脚で、一度も見たことのない、けれど僕の墓場になるはずの異世界の土を踏んだ。
ガタガタと、緩衝材のない硬い鉄の車輪が不揃いな石畳を弾く。その無慈悲な振動が、痩せこけた背骨を直接突き上げ、脳を揺らす。吐き気をこらえ、縫い付けられたように重たい瞼をようやく押し上げると、視界を無数に切り裂く太い鉄格子が目に飛び込んできた。
僕は、獣を運ぶための荷台に据えられた、無機質な檻の中に閉じ込められていた。
「……っ、げほっ……」
肺の奥が焼け付くように熱い。乾ききった喉から声を出そうとしても、肺から漏れるのは熱を持った枯れた吐息だけだ。
自分の手を見る。泥に汚れながらも、白く、細く、病的なまでの美しさを湛えた指先。それは、現代の日本で、不慮の事故により唐突に生涯を閉じたはずの僕の手では断じてなかった。
『レリル』。
死の間際に聞いた、あの尊大な神が口にしていた名。物語の秩序を乱した報いとして、あらゆる災厄を押し付けられた、苛烈で傲慢な悪役の肉体。
馬車の外からは、物理的な衝撃よりも鋭い罵声の礫が飛んできた。
「見ろよ、あの化け物の成れ果てを!」
「あれだけ魔力を鼻にかけて威張り散らして、最後はあの様だ。ざまあみろ!」
沿道を埋め尽くす群衆の顔は、憎悪と愉悦に歪んでいた。僕に向かって投げつけられるのは罵言だけではない。腐った果実、泥の塊、そして尖った石。檻の鉄柱に当たってカランと虚しい音が響くたびに、僕の心は剥き出しの神経を逆なでされるように縮こまった。
僕はレリルじゃない。彼がこの世界で何を積み上げ、何を壊したのかも知らない。
だというのに、この身体に意識を繋がれたその瞬間から、僕は世界中の憎悪を一身に引き受け、償わなければならない。その理不尽さに、涙を流す余裕さえ与えられなかった。
馬車の前方、隊列の先頭には、一頭の馬に跨る屈強な男の背中があった。
陽光を冷たく反射する銀の鎧を纏った騎士団長。その屈強な肩越しに伝わってくるのは、隠しきれないほどの嫌悪感と、肌を刺すような鋭い殺気だ。
今の僕には、身体の奥に流れていたはずの「魔力」の脈動が微塵も感じられない。王都を出立する前、国中の魔導師によって枯渇するまで根こそぎ抜き取られたのだという。
さらに、首元には肌を焼くように冷たい鉄の首輪がはめられていた。それが僕という存在を縛り付ける、目に見える絶望の鎖だった。
「……神様。レリルの寿命がどれくらいかなんて、一番大事なことを聞き忘れてたな」
ひび割れた唇から、乾いた苦笑とともに呟きが漏れる。
もし、この呪われた身体の寿命が明日尽きるとしたら。僕はあとたった一日だけこの地獄を味わって、また虚無へと帰れるのだろうか。 けれど、そんな都合のいい幸運は僕には訪れないだろう。神は僕を、苦しませるためにここへ放り込んだのだから。
硬い檻の底に這いつくばり、馬車の揺れを全身の骨で受け止めながら、僕はただ、終わりなき旅路の終着を待った。
眠ることは許されなかった。一瞬でもまどろみに逃げようとすれば、瞼の裏に投げつけられた石の衝撃と、人々の凍てつくような蔑みの視線が焼き付いて離れない。
十時間。
もはや全身の痛覚が麻痺し、意識が遠のき始めた頃。馬車は重苦しい停止音を立ててようやく動きを止めた。
「降りろ。……抵抗すれば、その首輪がどう機能するかは理解しているな?」
騎士団長の、感情を削ぎ落とした低く冷酷な声が響く。
檻の扉が乱暴な手つきで開かれた。
僕は生まれたばかりの子鹿のように震える脚で、一度も見たことのない、けれど僕の墓場になるはずの異世界の土を踏んだ。
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