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第1章
第3話:隔絶の檻
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檻から乱暴に引きずり出された僕を待ち受けていたのは、天を突き刺すように不気味にそびえ立つ、灰色の古塔だった。
周囲には、僕を罵倒していた群衆の姿はもうない。ただ、湿り気を帯びた不吉な風が、枯れかけた草木をざわつかせ、弔いのような音を立てているだけだ。ここが、僕に与えられた終の棲家。あるいは、魂を繋ぎ止めたまま朽ちるのを待つだけの、巨大な墓標。
「……っ、はぁ……っ」
地面に降ろされた衝撃で、足がもつれ、僕は無様に膝をついた。
騎士団長は、倒れ込んだ僕に救いの手を差し伸べるどころか、路傍の石ころをどけるような冷徹な一瞥を向けた。
「歩け。それとも、中に入る手間すら惜しんで、ここで今すぐ魔石に加工されたいか?」
その声には、氷のような拒絶と、一切の慈悲を排した殺意がこもっていた。
僕は泥を噛むような屈辱を飲み込み、震える膝を叱咤して立ち上がった。レリルの体は、僕の記憶にある「成人男性の肉体」とは比較にならないほど脆く、そして頼りないほどに軽い。魔力を完全に抜き取られたことによる飢餓感なのか、それとも、この体そのものが持ち主の悪意に焼かれて枯れ果てているのか。
塔の巨大な鉄扉が、重苦しい唸りを上げて開かれる。中からは、何十年も澱んでいた冷たく湿った空気が、死者の吐息のように溢れ出してきた。背中を無造作に押され、僕は塔の暗闇の中へとよろめきながら踏み込んだ。
「おい、よく見ろ。これはお前自身の魔力から精製された魔石で張った結界だ」
騎士団長が、塔の門柱に深く埋め込まれた巨大な輝石を指差す。そこからは、心臓の鼓動を乱すような微細な振動――「魔力の壁」が展開されているのが肌に伝わってきた。
「レリル以外の人間なら、この扉はただの板切れも同然だ。だが、お前という存在だけは、中から二度と出られぬよう定義されている。破ろうにも、一ヶ月ごとにお前の魔力は根こそぎ徴収されることになっている。抗う余力など、万に一つも残されはしない。諦めて、せいぜいこの暗闇で、己の罪を数えて過ごすがいい」
彼はそれだけを吐き捨てると、言葉よりも重い音を立てて扉を閉ざした。
ガチャン――ッ。
腹の底まで響くような施錠の音。それが、僕と世界を分かつ、最後の一線となった。
やがて、馬車が走り去っていく車輪の音が、霧に溶けるように次第に遠ざかっていく。
完全な、そして絶対的な静寂が、塔の隅々まで支配した。
「……あ、れ……」
そのときだ。ふとした拍子に、僕は心臓を冷たい手で掴まれたような戦慄を覚えた。
……自分の、前世の名前が、思い出せない。
大切だったはずの家族の顔も、好きだったはずの食べ物の味も。自分が何を目指し、何を愛して生きていたのか。それらの記憶が、霧散していく雲のように形を失っていく。
事故の衝撃のせいか、それともこの「レリル」という不吉な肉体に意識を縛り付けられたことによる代償なのか。 レリルという悍ましい名前に、自分自身の本質がじわじわと上書きされていく。自分という存在が、この狭い塔の空間に溶けて消えてしまいそうな猛烈な孤独が、足元の暗闇から蛇のように這い寄ってきた。
僕はしばらく、光の差し込まない冷たい入り口で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
自分が誰であるかもわからないまま、ただ「悪役」として死ぬのを待つだけの時間が、今、始まったのだ。
周囲には、僕を罵倒していた群衆の姿はもうない。ただ、湿り気を帯びた不吉な風が、枯れかけた草木をざわつかせ、弔いのような音を立てているだけだ。ここが、僕に与えられた終の棲家。あるいは、魂を繋ぎ止めたまま朽ちるのを待つだけの、巨大な墓標。
「……っ、はぁ……っ」
地面に降ろされた衝撃で、足がもつれ、僕は無様に膝をついた。
騎士団長は、倒れ込んだ僕に救いの手を差し伸べるどころか、路傍の石ころをどけるような冷徹な一瞥を向けた。
「歩け。それとも、中に入る手間すら惜しんで、ここで今すぐ魔石に加工されたいか?」
その声には、氷のような拒絶と、一切の慈悲を排した殺意がこもっていた。
僕は泥を噛むような屈辱を飲み込み、震える膝を叱咤して立ち上がった。レリルの体は、僕の記憶にある「成人男性の肉体」とは比較にならないほど脆く、そして頼りないほどに軽い。魔力を完全に抜き取られたことによる飢餓感なのか、それとも、この体そのものが持ち主の悪意に焼かれて枯れ果てているのか。
塔の巨大な鉄扉が、重苦しい唸りを上げて開かれる。中からは、何十年も澱んでいた冷たく湿った空気が、死者の吐息のように溢れ出してきた。背中を無造作に押され、僕は塔の暗闇の中へとよろめきながら踏み込んだ。
「おい、よく見ろ。これはお前自身の魔力から精製された魔石で張った結界だ」
騎士団長が、塔の門柱に深く埋め込まれた巨大な輝石を指差す。そこからは、心臓の鼓動を乱すような微細な振動――「魔力の壁」が展開されているのが肌に伝わってきた。
「レリル以外の人間なら、この扉はただの板切れも同然だ。だが、お前という存在だけは、中から二度と出られぬよう定義されている。破ろうにも、一ヶ月ごとにお前の魔力は根こそぎ徴収されることになっている。抗う余力など、万に一つも残されはしない。諦めて、せいぜいこの暗闇で、己の罪を数えて過ごすがいい」
彼はそれだけを吐き捨てると、言葉よりも重い音を立てて扉を閉ざした。
ガチャン――ッ。
腹の底まで響くような施錠の音。それが、僕と世界を分かつ、最後の一線となった。
やがて、馬車が走り去っていく車輪の音が、霧に溶けるように次第に遠ざかっていく。
完全な、そして絶対的な静寂が、塔の隅々まで支配した。
「……あ、れ……」
そのときだ。ふとした拍子に、僕は心臓を冷たい手で掴まれたような戦慄を覚えた。
……自分の、前世の名前が、思い出せない。
大切だったはずの家族の顔も、好きだったはずの食べ物の味も。自分が何を目指し、何を愛して生きていたのか。それらの記憶が、霧散していく雲のように形を失っていく。
事故の衝撃のせいか、それともこの「レリル」という不吉な肉体に意識を縛り付けられたことによる代償なのか。 レリルという悍ましい名前に、自分自身の本質がじわじわと上書きされていく。自分という存在が、この狭い塔の空間に溶けて消えてしまいそうな猛烈な孤独が、足元の暗闇から蛇のように這い寄ってきた。
僕はしばらく、光の差し込まない冷たい入り口で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
自分が誰であるかもわからないまま、ただ「悪役」として死ぬのを待つだけの時間が、今、始まったのだ。
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