虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第6章

第169話:限界の防衛線

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 馬車がストルムベルク領の入り口に差し掛かった瞬間、鼻を突く獣の臭いと、空気を震わせる不協和音が肌を刺した。

「……あそこです!」

 アイルが指し示した先では、領地を守る外壁の一部が崩れ、そこから黒い霧のような魔物の群れがなだれ込もうとしていた。必死に槍を構える領兵たちの防衛線は今にも決壊しそうで、その背後には逃げ遅れた老人や子供たちが震えながら固まっている。

「くっ、間に合え……!」

 ヨハンが馬車が止まるのも待たず、剣を抜き放って飛び出した。ルクシオもまた、青ざめた顔で杖を握りしめ、魔力を練り始める。だが、魔物の数はあまりに多く、絶望的な状況であることに変わりはなかった。ルクシオがかつて放った「絶望」の残滓が、皮肉にも今、彼らを飲み込もうとしていた。

『……ふん。見ていられんな』

 俺の肩で、鴉が低く、冷ややかな声を出す。黄金の瞳は、崩れゆく防衛線を冷酷に見据えていた。

『おい、代われ。このままだと、お前の大好きな領地とやらが、塵一つ残らず消えてなくなるぞ』

 鴉の言葉に、俺は迷うことなく頷いた。俺の手に魔法を操る術はない。この目の前の絶望を、希望へと塗り替えられるのは、この身体の本来の持ち主だけだ。

「……頼みます。ストルムベルクを助けてください」

『二十四時間だ。一秒たりとも無駄にはせん。……エキストラは黙ってみているがいい』

 その瞬間、鴉が激しい光の粒子となって俺の胸元に飛び込んだ。

 身体の内側から、沸騰するような魔力の奔流が突き上げる。これまで感じたことのない、暴力的なまでの力の感覚。首を締め付けていた魔力封じの首輪が、膨れ上がる魔圧に耐えかねて悲鳴を上げている。俺の意識は急速に奥底へと沈み、代わりに、冷徹で研ぎ澄まされた「別の意志」が主導権を握った。

 ゆっくりと、俺の……いや、レリルの瞼が持ち上がる。

「……やれやれ。たった数日目を離しただけで、このザマか」

 その口から漏れたのは、それまでの穏やかな響きとは似ても似つかない、傲岸不遜な男の声だった。

 バキリ、と硬質な音を立てて、魔力封じの首輪が粉々に砕け散る。

 周囲に溢れ出したのは、王都の魔導士たちですら見たことのない、深淵のような漆黒の魔力。瞳に宿るのは、すべてを支配し、跪かせる魔導士の輝き。

 本物のレリルが、その身体に還ってきた。
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