虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第6章

第170話:蹂躙

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 視界が、それまでの「泥」のような鈍い色から、鮮明な魔力の奔流へと切り替わる。指先の感覚、血の巡り、そして心臓の鼓動。やはり、自分の身体はしっくりくる。

「……ハッ、反吐が出るほど弱り切ってやがる」

 俺は自分の両手を見つめ、低く笑った。中身の「腑抜け」が魔法を一切使わなかったせいで、魔力回路が錆びついている。だが、それも一瞬の話だ。俺の意識が通れば、血管を流れる魔力は狂犬のように吠え始め、あるべき場所へと収束していく。

 前方では、防衛線の槍が折れ、巨大な魔獣が咆哮を上げながら領民に襲いかかろうとしていた。

「レリル殿、危ない!」

 アイルが悲鳴のような声を上げるが、俺は一歩も動かない。ただ、右手を軽く前へかざした。

 詠唱など必要ない。俺にとって魔術とは、数式を解くような退屈な作業ではなく、呼吸と同じ、ただの「現象」だ。脳内で精緻な構成がコードのように瞬時に組み上がり、周囲の空間から大気中のマナが強制的に奪い取られていく。

「散れ」

 短く言い放った瞬間、俺の指先から漆黒の雷光が弾け飛んだ。それは光速を超えた暴力となって大気を引き裂き、魔獣の頭部を捉える。肉が焼ける音すら置き去りにして、一撃でその巨体を霧散させた。

 黒い雷は一発では終わらない。着弾した瞬間、網目状に広がりながら周囲の魔物たちを芋蔓式に貫いていく。爆風が大地を抉り、衝撃波が周囲の魔物をなぎ倒した。逃げ惑っていた領民たちが、驚愕のあまりその場にへたり込むのが見えた。

「……え?」

 アイルが絶句して立ち止まる。無理もない。さっきまで守られる側で、震えていたはずの「レリル」が、一瞬で戦場を支配したのだ。

 俺は一歩、また一歩と、崩壊した外壁に向かって歩き出す。歩を進めるたび、俺の周囲では重力が増したかのような圧力が生じ、近くの石ころがカタカタと浮き上がった。俺から漏れ出す魔力の余波だけで、低級の魔物たちは存在を維持できずに崩壊し始めている。

 周囲の魔物たちが、本能的な死の恐怖を感じたのか、俺を避けるように後退し始めた。かつて王都を震え上がらせ、誰もが目を逸らした最悪の魔導士のプレッシャー。知能の低い獣ですら、逆らえば魂ごと消されると理解したらしい。

「おい、ルクシオ。いつまで突っ立っている。お前が撒いた種だろう。片付けぐらい手伝え」

 呆然と立ち尽くしていたルクシオが、俺の声にビクリと肩を揺らした。その瞳には混乱と、そして隠しきれない歓喜が混じっている。俺のこの「声」、傲岸不遜な「魔力の味」、そして世界を睥睨するこの立ち振る舞いを、あいつが忘れるはずがない。

「レリル……本当に、レリルなのか……?」

「質問は二十四時間後に受け付けてやる。今は動け。勝手に暴れ回る不浄どもを、一匹残らず消し飛ばすぞ」

 俺は不敵に口角を上げた。右手を握り込むと、指の間から溢れ出す漆黒の火花がパチパチと音を立てる。魔力は飢えた獣のように、獲物を求めて荒れ狂っていた。

 神の権能によるタイムリミットまで、あと二十三時間と五十五分。 

 本物のレリルによる、圧倒的で一方的な「掃除」が始まった。
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