【没】君を救うためなら、悪魔にだってなれる

篠雨

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第1章:黄金の契約、深紅の契約

第4話:格差

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あの日から八年。
十歳だったカイルは、見上げるほどに背の高い、逞しい青年へと成長していた。公爵家の次男として文武両道に励む彼は、王都の騎士団でも一目置かれる存在となり、その美貌と相まって社交界の羨望を一身に集めている。
一方、十八歳になったリアムは、相変わらず控えめで、華やかな場所を好まない青年に育っていた。けれど、その瞳だけはあの日と同じように、あるいはそれ以上に熱く、ただ一人カイルだけを映し出している。
「リアム、またそんなところで本を読んでいたのか」
公爵邸の図書室。開け放たれた窓から、訓練を終えたばかりのカイルがひょいと姿を現した。汗が光る額を拭いながら笑う彼に、リアムは弾かれたように立ち上がる。
「カイル様……! お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「ああ、ただの訓練だ。それより、今日も俺の帰りを待っていてくれたんだろう?」
カイルは悪戯っぽく微笑むと、リアムの細い腰を引き寄せ、その額に優しく口づけた。カイルの纏う熱と、微かな汗の匂い。リアムは顔を赤くしながらも、幸せそうに目を細める。
カイルに愛されている。守られている。その事実だけで、リアムの世界は光に満ちていた。
しかし、一歩公爵邸の外に出れば、現実は泥のように重くリアムにのしかかる。
「――わかっているな、リアム。お前の役割は、カイル様に気に入られ続けること。ただそれだけだ」
週末、一時帰宅したエヴァンス子爵邸で、父は毒蛇のような目でリアムを睨みつけた。
子爵家にとって、リアムは愛する息子ではない。公爵家という巨大な金脈に繋がるための「最高の餌」に過ぎなかった。
「最近、カイル様が伯爵領を任されるという話が出ている。お前も一緒に行くのだろう? 隙を見て、我が家への援助を増やすよう取り計らえ。兄たちの仕官先も、公爵閣下から口を利いてもらうよう頼み込むんだ」
「父様……そんなこと、私からは言えません。カイル様は今、領地のことでお忙しいのに……」
「黙れ! 役立たずが!」
乾いた音が響き、リアムの頬が赤く腫れ上がる。
父だけではない。二人の兄たちも、リアムを「男のくせに身体を売って家を支える道具」と蔑み、顔を合わせれば嫌味と金を無心する言葉を浴びせてきた。
「お前はカイル様に愛されているつもりだろうが、向こうはただの気まぐれだ。捨てられたら、この家にお前の居場所はないと思え」
実家から戻る馬車の中で、リアムは震える手で頬を隠した。
カイルの愛は純粋で、揺るぎないものだと信じている。けれど、自分が背負っているものの醜さが、いつか彼を汚してしまうのではないかという恐怖が、常にリアムの胸を締め付けていた。
(カイル様……もし、私があなたの重荷になったら、あなたはどうしますか……?)
不安を打ち消すように、リアムは胸元に隠したカイルからの贈り物のペンダントを強く握りしめた。
カイルが自分に注いでくれる愛情が深ければ深いほど、リアムの心には「彼を失望させてはならない」という強迫観念と、実家への罪悪感が毒のように回っていく。
そんなリアムのささやかな平穏が、まもなく音を立てて崩れ去ることを、この時の彼はまだ知る由もなかった。
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