4 / 13
第1章:黄金の契約、深紅の契約
第4話:格差
しおりを挟む
あの日から八年。
十歳だったカイルは、見上げるほどに背の高い、逞しい青年へと成長していた。公爵家の次男として文武両道に励む彼は、王都の騎士団でも一目置かれる存在となり、その美貌と相まって社交界の羨望を一身に集めている。
一方、十八歳になったリアムは、相変わらず控えめで、華やかな場所を好まない青年に育っていた。けれど、その瞳だけはあの日と同じように、あるいはそれ以上に熱く、ただ一人カイルだけを映し出している。
「リアム、またそんなところで本を読んでいたのか」
公爵邸の図書室。開け放たれた窓から、訓練を終えたばかりのカイルがひょいと姿を現した。汗が光る額を拭いながら笑う彼に、リアムは弾かれたように立ち上がる。
「カイル様……! お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「ああ、ただの訓練だ。それより、今日も俺の帰りを待っていてくれたんだろう?」
カイルは悪戯っぽく微笑むと、リアムの細い腰を引き寄せ、その額に優しく口づけた。カイルの纏う熱と、微かな汗の匂い。リアムは顔を赤くしながらも、幸せそうに目を細める。
カイルに愛されている。守られている。その事実だけで、リアムの世界は光に満ちていた。
しかし、一歩公爵邸の外に出れば、現実は泥のように重くリアムにのしかかる。
「――わかっているな、リアム。お前の役割は、カイル様に気に入られ続けること。ただそれだけだ」
週末、一時帰宅したエヴァンス子爵邸で、父は毒蛇のような目でリアムを睨みつけた。
子爵家にとって、リアムは愛する息子ではない。公爵家という巨大な金脈に繋がるための「最高の餌」に過ぎなかった。
「最近、カイル様が伯爵領を任されるという話が出ている。お前も一緒に行くのだろう? 隙を見て、我が家への援助を増やすよう取り計らえ。兄たちの仕官先も、公爵閣下から口を利いてもらうよう頼み込むんだ」
「父様……そんなこと、私からは言えません。カイル様は今、領地のことでお忙しいのに……」
「黙れ! 役立たずが!」
乾いた音が響き、リアムの頬が赤く腫れ上がる。
父だけではない。二人の兄たちも、リアムを「男のくせに身体を売って家を支える道具」と蔑み、顔を合わせれば嫌味と金を無心する言葉を浴びせてきた。
「お前はカイル様に愛されているつもりだろうが、向こうはただの気まぐれだ。捨てられたら、この家にお前の居場所はないと思え」
実家から戻る馬車の中で、リアムは震える手で頬を隠した。
カイルの愛は純粋で、揺るぎないものだと信じている。けれど、自分が背負っているものの醜さが、いつか彼を汚してしまうのではないかという恐怖が、常にリアムの胸を締め付けていた。
(カイル様……もし、私があなたの重荷になったら、あなたはどうしますか……?)
不安を打ち消すように、リアムは胸元に隠したカイルからの贈り物のペンダントを強く握りしめた。
カイルが自分に注いでくれる愛情が深ければ深いほど、リアムの心には「彼を失望させてはならない」という強迫観念と、実家への罪悪感が毒のように回っていく。
そんなリアムのささやかな平穏が、まもなく音を立てて崩れ去ることを、この時の彼はまだ知る由もなかった。
十歳だったカイルは、見上げるほどに背の高い、逞しい青年へと成長していた。公爵家の次男として文武両道に励む彼は、王都の騎士団でも一目置かれる存在となり、その美貌と相まって社交界の羨望を一身に集めている。
一方、十八歳になったリアムは、相変わらず控えめで、華やかな場所を好まない青年に育っていた。けれど、その瞳だけはあの日と同じように、あるいはそれ以上に熱く、ただ一人カイルだけを映し出している。
「リアム、またそんなところで本を読んでいたのか」
公爵邸の図書室。開け放たれた窓から、訓練を終えたばかりのカイルがひょいと姿を現した。汗が光る額を拭いながら笑う彼に、リアムは弾かれたように立ち上がる。
「カイル様……! お疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「ああ、ただの訓練だ。それより、今日も俺の帰りを待っていてくれたんだろう?」
カイルは悪戯っぽく微笑むと、リアムの細い腰を引き寄せ、その額に優しく口づけた。カイルの纏う熱と、微かな汗の匂い。リアムは顔を赤くしながらも、幸せそうに目を細める。
カイルに愛されている。守られている。その事実だけで、リアムの世界は光に満ちていた。
しかし、一歩公爵邸の外に出れば、現実は泥のように重くリアムにのしかかる。
「――わかっているな、リアム。お前の役割は、カイル様に気に入られ続けること。ただそれだけだ」
週末、一時帰宅したエヴァンス子爵邸で、父は毒蛇のような目でリアムを睨みつけた。
子爵家にとって、リアムは愛する息子ではない。公爵家という巨大な金脈に繋がるための「最高の餌」に過ぎなかった。
「最近、カイル様が伯爵領を任されるという話が出ている。お前も一緒に行くのだろう? 隙を見て、我が家への援助を増やすよう取り計らえ。兄たちの仕官先も、公爵閣下から口を利いてもらうよう頼み込むんだ」
「父様……そんなこと、私からは言えません。カイル様は今、領地のことでお忙しいのに……」
「黙れ! 役立たずが!」
乾いた音が響き、リアムの頬が赤く腫れ上がる。
父だけではない。二人の兄たちも、リアムを「男のくせに身体を売って家を支える道具」と蔑み、顔を合わせれば嫌味と金を無心する言葉を浴びせてきた。
「お前はカイル様に愛されているつもりだろうが、向こうはただの気まぐれだ。捨てられたら、この家にお前の居場所はないと思え」
実家から戻る馬車の中で、リアムは震える手で頬を隠した。
カイルの愛は純粋で、揺るぎないものだと信じている。けれど、自分が背負っているものの醜さが、いつか彼を汚してしまうのではないかという恐怖が、常にリアムの胸を締め付けていた。
(カイル様……もし、私があなたの重荷になったら、あなたはどうしますか……?)
不安を打ち消すように、リアムは胸元に隠したカイルからの贈り物のペンダントを強く握りしめた。
カイルが自分に注いでくれる愛情が深ければ深いほど、リアムの心には「彼を失望させてはならない」という強迫観念と、実家への罪悪感が毒のように回っていく。
そんなリアムのささやかな平穏が、まもなく音を立てて崩れ去ることを、この時の彼はまだ知る由もなかった。
0
あなたにおすすめの小説
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
落としたのは化粧じゃなく、みんなの心でした
444
BL
『醜い顔…汚らしい』
幼い頃、実母が病気によって早くに亡くなった数年後に新しい義母からそう言われたシリルは、その言葉が耳に残って16歳となった今も引きずっていた。
だが、義母のその言葉は真っ赤な嘘でシリルはとても美しかった。ただ前妻の息子であるシリルに嫉妬した結果こぼした八つ当たりの言葉であったのをシリルは知らずに、義母のいう醜い顔を隠すために化粧をする。
その結果、彼は化粧によって本当に醜い顔になってしまった。そんな彼が虐げられながらも徐々に周囲を絆す話
暴力表現があるところには※をつけております
定時後、指先が覚えている
こさ
BL
職場で長く反目し合ってきた二人。
それでも定時後の時間だけは、少しずつ重なっていく。
触れるはずのなかった指先。
逸らさなかった視線。
何も始まっていないのに、
もう偶然とは呼べなくなった距離。
静かなオフィスでゆっくりと近づいていく、
等身大の社会人BL。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
交際0日婚の溺愛事情
江多之折(エタノール)
BL
死にたくはない。でも、生きたくもない。ふらふらと彷徨う根無し草は、世界の怖さを知っている。救いの手は、選ばれた者にだけ差し伸べられることも知っている。
だから緩やかに終わりを探して生きていた。
──たった数回の鬼ごっこを経験するまでは。
誠実すぎて怖い人は、4回目の顔合わせで僕の夫となる。
そんな怖がりな男と誠実な男の、結婚生活の始まり。
■現実だけど現実じゃない、そんな気持ちで読んでください。
■家庭に関してトラウマを抱えている方は読まない方が良いと思います。
幼馴染がいじめるのは俺だ!
むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに...
「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」
「はっ...ぁ??」
好きな奴って俺じゃないの___!?
ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子
ーーーーーー
主人公 いじめられっ子
小鳥遊洸人
タカナシ ヒロト
小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。
姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。
高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、
脳破壊。
千透星への恋心を自覚する。
幼馴染 いじめっ子
神宮寺 千透星
ジングウジ チトセ
小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。
美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている)
転校生の須藤千尋が初恋である
藤崎さんに告白したら藤崎くんに告白してた件
三宅スズ
BL
大学3年生の鈴原純(すずはらじゅん)は、同じ学部内ではアイドル的存在でかつ憧れの藤崎葵(ふじさきあおい)に、酒に酔った勢いに任せてLINEで告白をするが、同じ名字の藤崎遥人(ふじさきはると)に告白のメッセージを誤爆してしまう。
誤爆から始まるBL物語。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる