【没】君を救うためなら、悪魔にだってなれる

篠雨

文字の大きさ
7 / 13
第1章:黄金の契約、深紅の契約

第7話:影からの誘惑

しおりを挟む
リアムは息を呑み、ゆっくりと鏡の方向へ顔を向けた。
そこに映っていたはずの自分の姿は消え、代わりに鏡の中から一人の男が歩み出ようとしていた。
漆黒の外套を引きずり、灰色の長い髪を揺らすその男――悪魔ヴォルガスは、重力を無視するかのように優雅な足取りで、現実の世界へと這い出してきた。彼はまるですべての罪を赦す慈悲深い司祭のような、穏やかで美しい微笑みを湛えてリアムの前に跪いた。
「おや、可哀想に。そんなに泣かないで、愛らしい子。君のその綺麗な瞳が、悲しみで濁ってしまうのは忍びない」
「……あ、なたは……?」
リアムは恐怖で喉を鳴らしたが、ヴォルガスの放つ異様な威圧感に縛り付けられ、後退りすることすらできない。ヴォルガスは細く長い指を伸ばし、リアムの頬を伝う涙をそっと掬い取った。その指先は、凍りついた氷細工のように冷たく、触れられた場所から心まで凍てついていくような錯覚を覚える。
「僕はね、君のように純粋で、美味しそうな絶望を抱えた魂が大好きなんだ。神様は天界でのお仕事がお忙しくて、君のような小さな存在の悲鳴までは届かないようだけど……僕なら、君の願いを今すぐにでも叶えてあげられるよ」
ヴォルガスはベッドで横たわるカイルを一瞥し、慈しむように目を細めた。
「ああ、酷い呪いだ。人間が作ったにしてはなかなかの傑作だが、僕にとっては子供の悪戯も同然だよ。明日には彼を元気にし、再び君の名を呼ぶようにしてあげよう。……そう、僕と『契約』さえしてくれればね」
「契約……? 本当に、カイル様を助けてくれるの……?」
リアムは、ヴォルガスの冷たい腕を必死に掴んだ。
神が助けてくれないなら、悪魔に魂を売ったって構わない。カイルがいない世界で正しく生きるよりも、カイルがいる世界で地獄に落ちる方が、よっぽど救いがあると思えた。
ヴォルガスは満足げに喉を鳴らし、リアムの耳元に死神のような冷たい吐息を吹きかけた。
「ああ、もちろんだよ。彼を死の淵から引きずり戻してあげよう。だがね、リアム。運命を書き換えるには相応の『代償』が必要なんだ。本来なら、君の一生を丸ごと貰い受けるところだけれど……」
ヴォルガスはリアムの濡れた睫毛を愛おしそうに撫で、甘い毒を含んだ声で囁き続ける。
「あまりに可哀想な生贄だ。特別に、負けてあげよう。たった『一年』だ。その一年間だけ、君の時間を僕に貸してくれないか? その間、君は何も考えず、何も苦しまなくていい。ただ僕に身を委ねるだけでいいんだ」
「一年……? たった一年で、カイル様が助かるの……?」
「そうだ。たったの一年。それで彼は永遠に生き長らえる。……悪い話じゃないだろう?」
ヴォルガスの瞳の奥で、底なしの暗闇が渦を巻いている。リアムはその闇に吸い込まれるような感覚を覚えながらも、カイルの掠れた呼吸を背中に感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

処理中です...