剣魔神の記

ギルマン

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第1章

26.訪れたもの

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 エイクに宛がわれた空き家はいたって単純な作りをしていた。
 平屋作りで部屋は三部屋。入り口から入ったところが一番大きな部屋で、その部屋の入り口から見て右側が炊事場となっており、炊事場の入り口から離れた一角には裏口があった。
 炊事場以外の場所の中ほどに一人で使うには大きなテーブルが置かれている。
 正面の壁には扉が二つあり、それぞれ個室につながっている。
 左側の壁にも扉があり、その先は便所だ。

 ちなみに、風呂は公衆浴場を利用し、洗濯も共同の洗濯場を使っている。
 この世界では神々の教えによって衛生観念が発達しており、その様な施設は多くの街に存在していた。

 エイクがこの家ですることは、鍛錬の他は、火を通すだけの簡素な食事を作り、食べて寝ることくらいだった。
 そんな生活の中、明かりの確保と火種については、父の屋敷から持ち出せた魔道具が使えて、手間がかからないのはありがたかった。
 もっとも、明かりを灯す魔道具の動力源である魔石を、十分に確保するだけ金がないエイクは、夜は余り明かりを点けず、夜間戦闘訓練と称して暗闇で武器を振るっていたのだが。

 その家に近づくと、中に人がいることが感知された。明かりが漏れている事にも気づいた。またリーリアが訪れて来ているようだった。
 父が死にエイクがほとんどの財産を失うと、使用人は全ていなくなったが、リーリアだけは頻繁にこの家を訪れ何かと世話を焼いてくれている。

 彼女が来てくれた時だけはまともな食事を取ることが出来、その存在はありがたかった。しかし、エイクはある理由から彼女に決別を告げねばならないと考えていた。
 暗い気持ちになりつつ、入り口の扉を叩くと、「はーい」と快活な声が聞こえた。やはりリーリアだった。

 彼女は炊事場で料理を作っていた。
 そのいでたちは、シャツに皮製のズボン、脛までのブーツというものだったが、体にピッタリとあったその服装は、彼女の脚線の美しさや、程よく成長した胸、腰のくびれといった、女性らしく発達した魅力的な体形を際出させていた。
 また、夜とはいえ暑い季節に火を扱っていた為か、その胸元は大きく開かれていた。

 エイクはそんなリーリアにしばし見入ってしまったが、決意を新たに、単刀直入に切り出した。
「リーリア、前にも言ったけど、もうこの家には来ないで欲しい」
「なに?また私の心配?一人歩きが出来ないほど軟じゃないって前にも言ったよね」
 リーリアは料理の手を止めずに応えた。
 その応えは、以前廃墟に等しいこの地区を一人で歩かせるのは心配だ、という理由にかこつけて、もう来ないように言ったことを踏まえてのものだ。
 その時はいろいろと言い合いになったが、結局エイクが来るなと言い切れなかった為にうやむやになってしまい、状況は変わらなかった。しかし、やはり今のままにしておくことは出来ない。

「そんなに心配してくれるなら一緒に住もうとも言ったよね。はぐらかされちゃったけど」
「そうじゃないんだ。俺が、もう来て欲しくないと思っているんだ」
 何時になく強いその言葉に、リーリアは動きを止めエイクの方に向き直って聞き返す。
「どういうこと?」

「リーリアには感謝している、それは本当だ。だけど、リーリアに頼っていると俺は強くなれない。そう思うんだ。もし俺のことを考えてくれるなら距離を置いて欲しい。俺の為に」
「……俺の為、ね。俺の、俺の、エイクはいつも自分のことばっかりだね。
 私の気持ちは何も考えてくれない。私のことなんか見てくれない。
 仕事を手伝いたいって言っても、俺の為を思うならついて来るなって……」
 そう言ってリーリアはエイクに近づき言葉を続けた。

「ねえ、年頃の女が、なんとも思っていない男の家に一人で来たりすると思った?
 私が誰ともパーティを組んでないのは、いつでもあなたと組めるようにするため。
 本当は分かってくれているんでしょう?
 一緒に住もうって言ったのも冗談じゃないよ……」
 言葉を切り、訴えかけるようにエイクを見つめる。
 そして静かに告げた。
「ずっと、子供の頃から、ずっとあなたが好きだった……。
 だから、あなたの為になりたい、あなたを少しでも助けたい、ずっとそう想ってやってきたのに……」
 そう言うとリーリアは何かを堪えるように俯いた。

「リーリア、俺は……」
 エイクが突然の告白にどうしてよいか分からずにいると、リーリアはエイクの右手を掴んで、自分の胸元に押し付けた。
「私が、私がこんなにもあなたのことを想っているのに……、それなのに、私のせいで強くなれない、だなんて……」
「うッ」
 その瞬間エイクの胸に鋭い痛みが走り、彼は思わず声をあげた。
 そして、リーリアがゆっくり顔を上げながら告げた。
「どうして気が付いたの?」
 そう言って首をかしげるその顔には、いつもと変わらぬ笑みが浮かんでいた。

「ぐぁッ」
 エイクが叫ぶ。
 急激に痛みが全身に広がり、オドが吸い取られるのがはっきりと分かった。
 エイクは右手を振りほどこうとしたが、全く力が入らない。
「リーリア、やっぱりお前が!」
「やっぱり?本当に気が付いていたんだ。すごいね、ぼろを出したつもりはなかったんだけど?」

 エイクがリーリアの来訪後にオドの流出が激しくなるのに気がついたのは最近のこと、オドを制御しその流出を一時的に止めることに成功するようになってからだった。
 リーリアがエイクの家を訪れると、その場で直ぐにではないが、翌日か翌々日に必ずオドの流出が激しくなる。
 幼馴染を疑いたくはなかったが、意図せずともリーリアの何かが自分に悪影響を与えているのかも知れない。そう思って距離をとろうと考えたのだが、現実は最悪だった。

「まあ、でもちょうど良かったかも。ご主人様から、本当のご主人様からね、あなたからのオドの流入が悪くなって来たから、もうそろそろ全部吸い取って殺しちゃえ、って言われていたの。だから、悪いけどこれでさよならね」
 エイクは必死にオドを制御し流出を押しとどめようとした。
「もう、本当、面倒ね」
 そう言ってリーリアが何かを念じると、オドを吸い取る力が急激に増した。
「ぐっ、ぐぁ、あぁぁ」たまらず叫びを上げる。

 と、苦しむエイクの目に、リーリアの胸元に、赤く螺旋を描く文様が浮かびあがるのが見えた。
(あ、あれが、オドを吸い取る術式?)
 ほとんど本能的にそう考えると、何とか状況を打開する手はないかとその文様を食い入るように見入る。
 すると、自分がオドの流出を押し留めようとオドを制御すると、文様も力を入れるかのように赤みが増し淡く光るように見えた。
 そして、その度に文様に綻びのような部分が生じているように感じられた。
 まるで、文様もまた、エイクの抵抗を打ち破るために無理をしているかのようだった。

 しかし単純なオドの引っ張り合いでは到底勝てそうにはない。
(それなら、いっそ!)
 一か八か、やるしかない。このまま耐え続けても限界は時間の問題だと感じたエイクは、その螺旋の綻び部分に意識を集中させた。
 そして、それまで懸命に押しとどめようとしていたオドを、逆にそこにぶつける様に勢いをつけて押し出した。
 パリンッ、その瞬間、何かが割れる音が響いたような気がした―――。

「え?」
 何が起こったかわからずそんな声を上げたリーリアだったが、次の瞬間には自分の体を駆け巡る膨大な力の激流を受け、声をつまらせ、身をよじった。
「…ッ、うッ…、あッ…」
 凄まじい量のオドが、彼女の体を通じて、より正確にははじけた文様を逆流してエイクの体に流れ込んで来ていた。

「くッ……」
 エイクの口からも呻き声が漏れる。
 彼の意識もまた、その激流に翻弄されていた。しかしそれは歓喜と一種の快感を伴うものだった。
 長く失われていたものが、あるべき場所へ戻ろうとしている。
 それはあたかも乾き果てた大地に慈雨がしみ込むようだった。エイクの体全体が喜びの叫びを上げていた。
「うぉ、おぉぉ」
 痛みすら伴うその感覚に、エイクの呻きはいつしか叫び声になっていた。
 ―――その奔流は数分に渡って続き、エイクはついに己のオドを取り戻した。

「はぁー、はぁー」
 やがて、そのオドの奔流が収まり、エイクは何度か大きく息をして心身の興奮を落ち着かそうと試みた。
 彼は取り戻した自分の力が、体内に溢れかえっているのを感じていた。
 しばらくして、エイクは自分の今の体勢に気付いた。
 エイクはいつの間にか、その手をリーリアの胸に押し当てたまま、彼女を押し倒していた。

「はぁ、はぁ、はぁ」
 リーリアの荒い息使いが聞こえた。彼女もまた、オドの奔流からようやく解放され、苦しげに激しい呼吸を繰り返していた。
 その額や胸元にはしっとりと汗も浮かんでいる。

 オドを取り戻したことに伴う激しい動揺が収まり、気が落ち着くにしたがって、溢れるようなオドに押されるように、エイクの中にごく自然に別の興奮が沸き起こった。
 彼の視線はリーリアのはだけた胸元から首筋、豊かな胸やくびれた腰、細い手足へと動いた。その表情には隠しようもない獣の欲望が浮かんでいた。

 その視線が、宙を彷徨っていたリーリアの視線とぶつかる。
「ひッ」
 リーリアの口から悲鳴が漏れる。
 彼女はエイクの様子から、その意図することに気づいた。
「い、嫌、許して、やめて」
 彼女は許しを請い、恐怖に震え、逃れようと必死に身をよじった。
 しかし、その動きはエイクの獣欲と嗜虐心を刺激しただけだった。
 彼は衝動のままに、猛然とリーリアに襲いかかった。
「嫌ぁー」
 彼女は悲鳴をあげ助けを求めたが、その声に応える者は誰もいなかった。
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