剣魔神の記

ギルマン

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第1章

27.収奪者

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 リーリアが意識を取り戻したのは、翌日の日も高くなった頃だった。
 シーツで覆われてはいたが、彼女は全裸で手は背中で縛られ、その体には昨夜の激しい行為の傷跡がありありと残されている。
 彼女は昨夜の恐怖を思い出し叫びそうになったが、かろうじて堪えた。
 陵辱の限りを尽くした相手が直ぐ近くにいることに気づき、大きなお声を上げると彼を怒らせることになるかも知れないと思ったからだ。

 エイクはテーブルを壁に立てかけ、椅子も脇に置いて広くした空間で、クロースアーマーを着てバスタードソードを振るっていた。
 リーリアは主人の命でこの家を物色したこともあったが、バスタードソードを見たことはなかった。よほど巧妙に隠されていたのだろう。それは最後に残されたガイゼイクの形見の品だった。

 リーリアは恐れつつもエイクから目を離すことが出来なかった。
 その動きは尋常ではなかった。
 上段からの振り下ろし、下段からの振り上げ、横薙ぎ、突き、それらの動きをしていることは分かる。しかしそれが分かるのは剣のある場所が変わるからで、剣の動きそのものを目で捕らえることは出来なかった。

 上段に構えられた剣が次の瞬間には下段にある。だから剣が振り下ろされたのだということは分かる。しかし、その間の動きが全く目にとまらない。
 それはかつて見たガイゼイクの本気の剣技と、同じかそれ以上のもののように思えた。
 やがてエイクは一つ一つの動きを確認することに満足したのか、一呼吸おくと、連続で剣を振るった。

 それはリーリアには不可視の刃の嵐のように感じられた。彼女の目には技と技の合間に剣が残像のように見えるだけで、何が起こっているのかまるで理解できなかった。
 自身もある程度剣を使うからこそ、その圧倒的な実力差を感じずにはいられなかった。
 もし、この剣と相対したならば、自分程度では何も出来ずに瞬時に殺されてしまう。
 彼女は自分が敵にしてしまった者の、余りの強さに打ち震えた。

 ひとしきり剣を振るって、自分が得た、いや取り戻した力の強さを実感したエイクは、リーリアの方に向き直った。
 彼女が目覚めたことにはとっくに気がついていたようだ。
「俺は謝らないよ」
 そしてそう言った。
「お前は俺を殺そうとして返り討ちにあった。どんな報復を受けても文句は言えないはずだ。殺されなかっただけありがたいと思うべきだ」
「はい」
 リーリアはそう答えるしかなかった。
「それで、教えてもらうぞ、俺のオドを盗っていたのはお前だったんだな」
「はい、そうです」
 逆らうという気持ちは、最早彼女の中に全くなかった。
「まず、『本当のご主人様』ってのは誰だ、そいつは俺に何をした、お前に何をさせていた?」
「私にこのことを命じたのは、フォルカス・ローリンゲン侯爵様です。侯爵様の命令であなたの力を盗み取り、代わりに侯爵様がその力を得ていました」
「なるほどね」
 エイクに驚きはなかった。むしろすんなりと納得できた。

 死ぬほどの鍛錬を積んでも強くなれない自分、遊んでばかりいるのになぜか強いフォルカス。
 奴が自分のオドを盗んでいたというなら納得できる図式だ。もちろん、他人のオドを盗むなどということが可能ならの話しだが。

「どうしてそんなことが出来た」
「特殊な魔道具の力です」
「知っていることを全部話せ」
「はい、10年以上前に私が世話になっていた孤児院に侯爵様の関係者という男達が来ました。それが始まりでした。その男は孤児たちの何かを調べて私が選ばれたんです。
 魔道具を発動させるための素質がある。といっていました。
 私の居た孤児院の他にも沢山探していたようです。
 それで、何かの儀式をされて、どういう手を使ったのは分かりませんが、ガイゼイク様のお屋敷に引き取られることになったんです。ガイゼイク様に対して術を発動しろといわれていました。

 術の発動は子供でも出来る簡単なものでした。相手の体に触れて魔道具の形と呪文の言葉を思い描くだけで良かったんです。呪文を口にする必要もありませんでした。頭の中で思うだけです。
 普通に呪いを発動させただけなら、オドの収奪が始まるまでには丸1日くらいかかるので、普通にしていれば疑われることもないと言われました。
 でも、ガイゼイク様には通用しませんでした。ガイゼイク様ほどの英雄には魔道具の力も通用しなかったんです。
 侯爵様の使いの者は、何度も繰り返せばいずれ効く筈だと言っていましたが、ガイゼイク様に触れる機会なんてほとんどありませんでしたし」

 ガイゼイクのことを英雄と持ち上げたのはエイクに媚びようとしている意図が感じられた。だが、内容は満更嘘とも思えない。
 他者のオドを奪う魔道具。そんなものが実在するなら、最も強大なオドを持つ最強の戦士を標的にするのは自然な発想だ。そして、ガイゼイクは間違いなく当時王国最強の戦士だった。
 しかし、最強の戦士だからこそ、たやすく魔道具の力に屈することもなかった。そう考えれば不自然ではない。

「それで、代わりに俺を狙ったわけだ」
 リーリアは小さくうなずいて肯定の意を示した。
「ちッ」
(それでやたらと俺に触ってきたわけか)
 エイクは大きく舌打ちをしつつそう思った。
 スキンシップが激しいのは、自分に好意を持っているからかも知れない。そう思って浮かれていた自分が余りにも滑稽だった。

 他にもいろいろと聞いたが、フォルカスにその魔道具をもたらした謎の集団がいるらしいことくらいしか分からなかった。
「その術を発動するために思い描く呪文っていうのはどんな言葉なんだ?」
「ラーネメトカーラム」
 リーリアは特に躊躇う事もなくそう口にした。
 リーリアはその言葉に忌避感を持っていないようだった。
「……なるほど」
 エイクはそう呟きつつ、リーリアに疑いの目を向けつつ思った。 
(気がついていないのか、その振りをしているだけか、それとも……信者か)
 その言葉は、闇の神々の一柱ネメトを称えるものだった。
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