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第1章
28.襲撃者①
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―――劫掠神ネメト。かつて炎獅子隊の指導員アルターは、この神の事をエイクにそう紹介した。
しかし、むしろ幻惑神という呼び方の方が有名だろう。
あるいはより直接的に淫靡神と呼ばれることもあった。その教義や行いの中には、性的な魅了や性的搾取の推奨なども含まれていたからだ。
アルターがまだ子どもだったエイクに詳しい説明を避けたのは、そのような事を伝え難く思ったからだろう。
しかし、他人の物を掠め取る事を推奨するという教義も確かにあった。他者のオドを掠め取る魔道具が、この神に関係しているというのは納得できる。
リーリアから情報を聞き出したエイクは、椅子に座りしばし黙考にふけった。
11年以上に渡って自分を騙し続けていた女の言葉を、そのまま信じることは出来ない。しかし、とりあえず聞いた話しの中に矛盾点はなく、嘘だと決め付ける根拠もなかった。
そして、仮に真実だとしたならば状況は容易ならざるものである。
(いっそ、この国を出るか)
エイクはそうも考えた。
フォルカスが自分の力を盗み続けていたとするならば、絶対に許すことは出来ない。
強烈な復讐心がエイクの中に煮えたぎっていた。
それから父を貶め自分を見下していたこの国の連中を見返したいという思いも。
しかし、その為に真正面から戦いを挑むのは分が悪いように思えた。何しろ相手は国有数の大貴族で、軍の要職にも就いている。
エイクは何度か剣を振るい、自分が取り戻した力をある程度は把握していた。今の自分の戦士としての実力は、恐らくかつてのガイゼイクに迫るものであり、武器と武器との戦いでは早々遅れはとらないと思えた。
しかし、だからといって、一介の戦士が1人で、有力貴族や国の要人と渡り合うのは無謀というものだろう。
(勝ち目のない戦いをするのは愚かだ……)
エイクはそう思った。
そして、何も正面から戦いを挑まないでも、見返すことや復讐はできる。
もし自分が他国で、特にこの国と敵対する国でのし上がれば、それだけで自分を虐げたこの国の連中を見返すことになるし、強烈な復讐を行うことも十分に狙える。
何しろこの国は往時に比べて甚だしく衰退しているのだから。
父の仇の魔物が潜むと思われるヤルミオンの森は、北方の都市国家連合の領域からも入ることが出来るので、仇を探索するという点でもこの国に拘る必要はない。
それにこの国では自分の力を存分に振るえない、という思いもあった。
エイクは父との約束を忘れてはいなかった。
「自分の強さを求め続ける、しかし同時に世の中の役に立つ存在にもなる」その思いは変わっていない。それも生きる指針の一つだ。
力を取り戻した今、その力を存分に振るって、よりいっそう世の役に立てる存在になれるなら、それに越したことはない。
しかし、この国で有力貴族と敵対したままではそれも覚束ない。
そんなことを考えつつもエイクが気にしているのは、この国から出るならばそれは結局「逃げ」に他ならないという事実と、未だ忘れがたい印象を残している“治療師”いや、“伝道師”のことだった。
かつて、想いあっていれば再会できるかも知れないと言い残して国を出た彼女だが、現実的に考えれば、彼女がエイクの元に連絡をくれるというのが一番ありそうな再会の方法である。
何しろエイクは彼女が何処にいるか知らないが、彼女はエイクがこの国の王都にいることを知っているのだから。
しかし、エイクがこの国を出れば、彼女もエイクが何処にいるか分からなくなってしまう。それでは再会の確率は下がるだろう。
(いや、違う。俺が大陸中に名が知れ渡るほどの人物になればいいんだ)
エイクはそう思いなおした。
大陸中に自分の名が知れ渡れば、自分が何処にいるか誰でも分かるようになる。
むしろ“伝道師”が会いたくて仕方がなくなるくらいの大人物になればいい。
(それくらいの気概がなくてどうする。俺は英雄ガイゼイクと剣姫エレーナの子、エイク・ファインドだ。
そして奪われていたオドを取り戻し、力を得た。たとえ一時逃亡者の汚名を受けても絶対に最後には勝つ。それでいい)
と、そんな事を考えていた時、エイクは家に近づく複数のオドを感知した。
どうやら相手は、彼にゆっくり考えてから行動する間を与えるつもりはない様だった。
そのオドの主たちは、途中から忍び寄るようにエイクの家へ近づくと、周りの様子を念入りに探った上で、最終的にエイクの家の正面などでたむろし、中の様子を伺っているようだった。
意識を集中すると、彼らが発する音も微かに聞くことが出来た。
それを襲撃の準備と判断したエイクは、バスタードソードを手に立ち上がると、椅子が邪魔にならないように壁の方に蹴り飛ばした。
部屋の隅で縮こまっていたリーリアはその行為の意味が分からず、小さく悲鳴をあげ身を震えさせた。
彼女を無視して正面の入り口の方を向いたエイクは、気軽な感じで「不意打ちをするつもりならもう無理だよ」と声を掛けた。
そのとたんに扉が蹴破られ、黒ずくめの装束に身を包んでシミターを手にした3人の男が飛び込んできた。
男たちはそのままエイクに襲いかかろうとしたが、既に襲撃を予想していたエイクのバスタードソードが先にその中の一人を捉えた。
その男は左肩から胸まで切り裂かれ、物も言わずに倒れた。
残った二人はかまわず切りつけてきたが、エイクは危なげなくかわす。
その間に、更に二人の黒ずくめが正面から飛び込み、ほぼ同時に裏口からも一人が突入して来た。
裏口から入って来た一人は、迷わずリーリアの元に向かった。
殺気がこもったシミターが振りかぶられ、その男の目的がリーリアの救出ではなく殺害なのは明らかだった。
後ろ手に縛られ床に座ったままのリーリアに避ける術はない。彼女は死を覚悟せざるを得なかった。
と、次の瞬間男の胸からバスタードソードの切っ先が飛び出した。
男の背後に回ったエイクが刺し貫いたのだった。
「ぐふォ」
男はそんな声を漏らし、バスタードソードが抜かれるとそのまま倒れこんだ。
(背後から心臓を狙ったの?)
リーリアにはそう思えた。
さすがに心臓を一突きとはいかなかったようで、男はかろうじて生きてはいた。しかし、最早まともに動けないのも明らかだ。
残る四人の男たちは、いっせいにエイクを攻撃する。
ほとんど同時に、あるいは互いに連携して繰り出される4回の攻撃を避けるのは、一つ一つ順番に行われる攻撃を4回連続で避けるのよりも遥かに難しい。
しかし、エイクはその攻撃を全て避けきった。そして、攻撃に転じる。
残る者たちのうち一番腕が立つ者をリーダーと見定め、その体の中心へ突きを放つ。リーダー格の男はかろうじて直撃は避けたが左脇に深い傷を負った。
その時エイクが僅かによろけた。リーリアには何かに足を滑らせたように見えた。
すかさず男たちの刃がエイクを襲う、背中に一撃、更にわき腹にも一撃が加えられた。
エイクが身に着けるのは防御力に乏しいクロースアーマー、平たく言えば厚手の服に過ぎない。彼が受けた傷は浅くないものに見えた。
もしエイクが昨日までのように乏しいオドとそれに基づく僅かな生命力しか持たなかったならば、その二撃で倒れていただろう。しかし、今のエイクはその傷をものともせずに体勢を直し、続く二回の攻撃を確実に避けた。そしてリーダー格の男を右からの横薙ぎに切り裂く。その攻撃でリーダー格の男は倒れた。
その後の戦闘は一方的なものになった。
最初の二人を一撃で倒したのは幸運ゆえだったのか、その後一撃で倒された者はいなかった。
しかし、三撃目まで必要とする者もいなかった。残った3人の男たちは全員二撃で戦闘不能に追い込まれた。
そしてその間、男たちの攻撃はエイクをかすりもしない。
六人の男たちが全て倒れた後、大きく呼吸をして息を整えたエイクは、再び正面の入り口に向かって声を掛けた。
「それで、残りのお三方は、今日は見ただけで帰るのかな?」
エイクは、戦いの最中においても、正面の入り口からこちらを伺う者達がいることを見逃していなかった。
しかし、むしろ幻惑神という呼び方の方が有名だろう。
あるいはより直接的に淫靡神と呼ばれることもあった。その教義や行いの中には、性的な魅了や性的搾取の推奨なども含まれていたからだ。
アルターがまだ子どもだったエイクに詳しい説明を避けたのは、そのような事を伝え難く思ったからだろう。
しかし、他人の物を掠め取る事を推奨するという教義も確かにあった。他者のオドを掠め取る魔道具が、この神に関係しているというのは納得できる。
リーリアから情報を聞き出したエイクは、椅子に座りしばし黙考にふけった。
11年以上に渡って自分を騙し続けていた女の言葉を、そのまま信じることは出来ない。しかし、とりあえず聞いた話しの中に矛盾点はなく、嘘だと決め付ける根拠もなかった。
そして、仮に真実だとしたならば状況は容易ならざるものである。
(いっそ、この国を出るか)
エイクはそうも考えた。
フォルカスが自分の力を盗み続けていたとするならば、絶対に許すことは出来ない。
強烈な復讐心がエイクの中に煮えたぎっていた。
それから父を貶め自分を見下していたこの国の連中を見返したいという思いも。
しかし、その為に真正面から戦いを挑むのは分が悪いように思えた。何しろ相手は国有数の大貴族で、軍の要職にも就いている。
エイクは何度か剣を振るい、自分が取り戻した力をある程度は把握していた。今の自分の戦士としての実力は、恐らくかつてのガイゼイクに迫るものであり、武器と武器との戦いでは早々遅れはとらないと思えた。
しかし、だからといって、一介の戦士が1人で、有力貴族や国の要人と渡り合うのは無謀というものだろう。
(勝ち目のない戦いをするのは愚かだ……)
エイクはそう思った。
そして、何も正面から戦いを挑まないでも、見返すことや復讐はできる。
もし自分が他国で、特にこの国と敵対する国でのし上がれば、それだけで自分を虐げたこの国の連中を見返すことになるし、強烈な復讐を行うことも十分に狙える。
何しろこの国は往時に比べて甚だしく衰退しているのだから。
父の仇の魔物が潜むと思われるヤルミオンの森は、北方の都市国家連合の領域からも入ることが出来るので、仇を探索するという点でもこの国に拘る必要はない。
それにこの国では自分の力を存分に振るえない、という思いもあった。
エイクは父との約束を忘れてはいなかった。
「自分の強さを求め続ける、しかし同時に世の中の役に立つ存在にもなる」その思いは変わっていない。それも生きる指針の一つだ。
力を取り戻した今、その力を存分に振るって、よりいっそう世の役に立てる存在になれるなら、それに越したことはない。
しかし、この国で有力貴族と敵対したままではそれも覚束ない。
そんなことを考えつつもエイクが気にしているのは、この国から出るならばそれは結局「逃げ」に他ならないという事実と、未だ忘れがたい印象を残している“治療師”いや、“伝道師”のことだった。
かつて、想いあっていれば再会できるかも知れないと言い残して国を出た彼女だが、現実的に考えれば、彼女がエイクの元に連絡をくれるというのが一番ありそうな再会の方法である。
何しろエイクは彼女が何処にいるか知らないが、彼女はエイクがこの国の王都にいることを知っているのだから。
しかし、エイクがこの国を出れば、彼女もエイクが何処にいるか分からなくなってしまう。それでは再会の確率は下がるだろう。
(いや、違う。俺が大陸中に名が知れ渡るほどの人物になればいいんだ)
エイクはそう思いなおした。
大陸中に自分の名が知れ渡れば、自分が何処にいるか誰でも分かるようになる。
むしろ“伝道師”が会いたくて仕方がなくなるくらいの大人物になればいい。
(それくらいの気概がなくてどうする。俺は英雄ガイゼイクと剣姫エレーナの子、エイク・ファインドだ。
そして奪われていたオドを取り戻し、力を得た。たとえ一時逃亡者の汚名を受けても絶対に最後には勝つ。それでいい)
と、そんな事を考えていた時、エイクは家に近づく複数のオドを感知した。
どうやら相手は、彼にゆっくり考えてから行動する間を与えるつもりはない様だった。
そのオドの主たちは、途中から忍び寄るようにエイクの家へ近づくと、周りの様子を念入りに探った上で、最終的にエイクの家の正面などでたむろし、中の様子を伺っているようだった。
意識を集中すると、彼らが発する音も微かに聞くことが出来た。
それを襲撃の準備と判断したエイクは、バスタードソードを手に立ち上がると、椅子が邪魔にならないように壁の方に蹴り飛ばした。
部屋の隅で縮こまっていたリーリアはその行為の意味が分からず、小さく悲鳴をあげ身を震えさせた。
彼女を無視して正面の入り口の方を向いたエイクは、気軽な感じで「不意打ちをするつもりならもう無理だよ」と声を掛けた。
そのとたんに扉が蹴破られ、黒ずくめの装束に身を包んでシミターを手にした3人の男が飛び込んできた。
男たちはそのままエイクに襲いかかろうとしたが、既に襲撃を予想していたエイクのバスタードソードが先にその中の一人を捉えた。
その男は左肩から胸まで切り裂かれ、物も言わずに倒れた。
残った二人はかまわず切りつけてきたが、エイクは危なげなくかわす。
その間に、更に二人の黒ずくめが正面から飛び込み、ほぼ同時に裏口からも一人が突入して来た。
裏口から入って来た一人は、迷わずリーリアの元に向かった。
殺気がこもったシミターが振りかぶられ、その男の目的がリーリアの救出ではなく殺害なのは明らかだった。
後ろ手に縛られ床に座ったままのリーリアに避ける術はない。彼女は死を覚悟せざるを得なかった。
と、次の瞬間男の胸からバスタードソードの切っ先が飛び出した。
男の背後に回ったエイクが刺し貫いたのだった。
「ぐふォ」
男はそんな声を漏らし、バスタードソードが抜かれるとそのまま倒れこんだ。
(背後から心臓を狙ったの?)
リーリアにはそう思えた。
さすがに心臓を一突きとはいかなかったようで、男はかろうじて生きてはいた。しかし、最早まともに動けないのも明らかだ。
残る四人の男たちは、いっせいにエイクを攻撃する。
ほとんど同時に、あるいは互いに連携して繰り出される4回の攻撃を避けるのは、一つ一つ順番に行われる攻撃を4回連続で避けるのよりも遥かに難しい。
しかし、エイクはその攻撃を全て避けきった。そして、攻撃に転じる。
残る者たちのうち一番腕が立つ者をリーダーと見定め、その体の中心へ突きを放つ。リーダー格の男はかろうじて直撃は避けたが左脇に深い傷を負った。
その時エイクが僅かによろけた。リーリアには何かに足を滑らせたように見えた。
すかさず男たちの刃がエイクを襲う、背中に一撃、更にわき腹にも一撃が加えられた。
エイクが身に着けるのは防御力に乏しいクロースアーマー、平たく言えば厚手の服に過ぎない。彼が受けた傷は浅くないものに見えた。
もしエイクが昨日までのように乏しいオドとそれに基づく僅かな生命力しか持たなかったならば、その二撃で倒れていただろう。しかし、今のエイクはその傷をものともせずに体勢を直し、続く二回の攻撃を確実に避けた。そしてリーダー格の男を右からの横薙ぎに切り裂く。その攻撃でリーダー格の男は倒れた。
その後の戦闘は一方的なものになった。
最初の二人を一撃で倒したのは幸運ゆえだったのか、その後一撃で倒された者はいなかった。
しかし、三撃目まで必要とする者もいなかった。残った3人の男たちは全員二撃で戦闘不能に追い込まれた。
そしてその間、男たちの攻撃はエイクをかすりもしない。
六人の男たちが全て倒れた後、大きく呼吸をして息を整えたエイクは、再び正面の入り口に向かって声を掛けた。
「それで、残りのお三方は、今日は見ただけで帰るのかな?」
エイクは、戦いの最中においても、正面の入り口からこちらを伺う者達がいることを見逃していなかった。
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