剣魔神の記

ギルマン

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第3章

69.孤児院襲撃の結果

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 バルバラは凶悪な男達の欲望に晒され、怯えてしまう己を叱咤して、その身に着ける衣服を脱ごうと努めた。
 彼女も盗賊共が約束を守る保証など何もないことはよく分かっている。
 だがそれでも、自分を好きにさせれば子供達は助けるという言葉に、一縷の望みを抱いてしまっていた。
 また、最悪でも、多くの盗賊が自分に群がるなら、子供達が助かる可能性は増える。
 彼女はそんな覚悟すら決めていた。

 そしてバルバラの手がスカートにも伸びる。
 バルドス達の欲望はいよいよ高まった。

 だが、その時、バルドスは背後に気配を感じた。
 それは彼の実力というよりも、ほとんど幸運の結果だった。

 とっさに振り向いたバルドスは、開けっ放しにしていた扉の直ぐ向こう、10mも離れていない場所に、白髪の老人の姿を認めた。
 それは、“イフリートの宴亭”に詰めているはずのアルターだった。
 彼は右手に片刃の曲刀タルワールを、左手には小ぶりのラウンドシールドを持って武装している。

(なぜ、こいつがここに!?)
 驚愕しつつそう考えたバルドスだったが、直ぐに意識を戦闘に切り替えた。
(こいつは接近戦で戦えば強敵だが、足を悪くしてまともに動けねえ、距離をとって投げナイフで攻撃すれば楽に倒せる)
 そして、そんなアルターに関する情報を即座に思い出すと、バルドスはほとんど反射的に身を退き投げナイフを取り出そうとした。

 その瞬間にアルターが動いた。
 足を引きずる様子など一切ない。むしろ歳に似合わぬ俊敏な動きだ。
 そして、速やかにバルドスの隣に控えていた魔術師エルデンに駆け寄り、タルワールを一閃する。

「がぁぁ」
 エルデンがそんな苦悶の声をあげた。その首から血が噴き出す。
 エルデンは首を押さえながら蹲った。
 直ぐに死ぬことはなさそうだが、もはや戦える状況ではない。

 ほぼ同時にバルバラが強い口調で「前の敵を攻撃なさい!」と告げる。
 ブロンズゴーレムが、自らの前方に立つ3人の盗賊を拘束しようとするかのように左右の腕を振るう。
 左腕に攻撃された盗賊はこれを避けたが、右腕に攻撃された者は避けきれなかった。

 ケルピーも目の前にいた盗賊に即座に攻めかかり、嘶きを上げる。すると空中に水で出来た刃が現れ、盗賊に向かってぶつかり、その身を切り裂いた。氷水の精霊魔法“水刃斬”だ。

 オルリグ少年も果敢にも前に進んだ。
 彼の剣の腕は並みの衛兵にも勝るほどだが、腕利きぞろいのゴルブロ一味に比べれば遥かに格下である。
 だが彼は、それを承知の上で、それでも守りを重視しつつもロングソードを振るって、自分の前にいる盗賊がバルバラを襲うのを必死に防いだ。

 そしてバルバラは魔法の呪文の詠唱を始める。

(騙された!足が悪いとかいうのは偽情報か!)
 バルドスはアルターについてそう思いつつも、バルバラの方へ向かおうとした。
 不測の事態が起ころうとも、とにかくバルバラが魔法を使うのを妨害するのを最優先にすべきだったと気付いたからだ。

 だが、バルドスのその判断は遅すぎた。
 エルデンの首を切り裂いた後もアルターは動きを止めず、素早くバルドスともう1人の配下の前に回り込む。
 アルターはタルワールを持つ右手を真っ直ぐ横に伸ばし、バルドスたち2人の行く手を阻んだ。
 そして口上を述べる。
「ゴルブロ一党が副頭目バルドスと見受けた。この、ファインド家使用人頭アルターがお相手いたす」

「畜生めッ!」
 バルドスはアルターの口上に答える余裕などなくそう叫んだ、もはやバルバラの魔法を止める術がないことを悟ったからだ。

 ゴーレムの前に立つ3人の部下達はゴーレムの長大な両腕により左右から攻撃され、容易には突破できない。
 彼らはいずれもゴーレムを攻撃し、揃ってその攻撃を当てていたが、ゴーレムには傷一つついていない。

 ケルピーと相対した者も、ケルピーを振り払おうと必死に武器を振るったが避けられてしまっている。

 もう1人の部下は、オルリグと呼ばれた少年に確実に攻撃を当てたが、一撃で倒す事は出来なかった。
 オルリグは傷を負っても全く怯まず、バルバラの前に立って彼女を守り続けている。

 しかし、バルドスはまだ勝機はあると思っていた。
(こんな乱戦になれば範囲魔法は使えねえ。援護魔法は厄介だが、一発で勝負が決まる事はねえ。
 その間にあの一番弱い餓鬼を殺して女を押さえればこっちが有利だ。
 俺はとりあえず、この爺を殺す!)
 そう思い定めたバルドスは、部下と共にアルターに切りかかった。

 アルターはバルドスの部下の攻撃は確実に避けたものの、バルドス自身の攻撃はさすがに鋭く、避けきれずに左脇に傷を負った。
 この瞬間までは、情勢は均衡していた。

 だが、その直後、バルバラが呪文の最後の部分を唱え終える。
「自ら炎を発し、焼き消えよ!」
 するとバルドスたち全員の体から瞬間的に青白い炎が上がり、その身を焼く。“自然発火”の魔法だ。
「うをぉ!!」
 バルドスが思わず驚きの声を上げる。
 それは、戦況を一気に傾ける一撃だった。

 “自然発火”は術者と対象の間に射線が通っていなくてもかけることが出来きる、乱戦状態で使い勝手がいい魔法である。
 本来は対個人用の魔法だが、バルバラはマナを余分に消費して、8人全員に一気にその魔法をかけたのだ。
 相当のマナの量があってこそ可能な行為だ。
 そしてまた、その魔力の強さも並ではなかった。

「うわぁぁ」
 バルドスの部下達からも苦悶の声が上がる。
 彼らが受けた被害は想定以上だった。

 彼らはこの襲撃にあたって、魔法抵抗を高める護符と、魔法によるダメージの一部を肩代わりする宝珠を携帯していた。
 しかし、それを使ってもなお、抵抗に成功したのはバルドス本人とオルリグ少年の前に立つ部下のみ。しかも抵抗に成功しても無視できないダメージを負っていた。
 それ以外の者達は、倒れた者こそいないが全て甚大な被害を受けてしまっている。

 すかさずアルターが、バルドスの部下を切り倒す。
 バルドスはその瞬間に隙を見出し、アルターの左脇に短剣を突き刺した。
 短剣はアルターの体を深く抉り、相当のダメージを与える。
 しかし、アルターがその一撃で倒れることはなかった。

 ケルピーは再び“水刃斬”の魔法を使う。
 ゴーレムも左右の拳を振るって、今回はその両方の攻撃をそれぞれ一人ずつに当てた。
 ケルピーの魔法を受けた者とゴーレムの右拳を受けた者は、いずれもそれで倒れた。
 ゴーレムの左拳を受けた者はまだ立っていたが、深刻なダメージを負っている。

 ゴーレムの前に立つ2人の盗賊はゴーレムに攻撃を当てたが、やはりゴーレムにダメージを与えることは出来ない。

 オルリグと相対した盗賊は、オルリグの攻撃を避けたものの、自らの攻撃を当てることに失敗した。
 必死で敵の攻撃を見定めていたオルリグが、見事にその攻撃を見切ったのだ。

 今やバルドスとその部下で立っているのは4人のみ。
 そして情勢は、更に彼らにとって不利になっていく。

 アルターが無視できない重傷を負ったことに気付いたバルバラは、アルターとオルリグに“加速”の魔法をかけて支援した。

 目の前の敵を倒したケルピーは、ゴーレムの前に立つ盗賊の方に向かった。
 ケルピーとゴーレムに攻撃された2人の盗賊は相次いで倒れる。

 バルバラは“防御”の魔法をアルターとオルリグに使い、さらに支援を重ねる。

 その間盗賊の1人と一騎打ちを演じていたオルリグは、気迫の篭った見事な動きで敵の攻撃を全て避けきり、逆に一撃攻撃を当てていた。
 “加速”の魔法の支援を受けていたとはいえ、明らかな格上相手に大健闘といえる見事な結果だ。

 そのオルリグと戦っていた盗賊も、横からケルピーの魔法を受けて倒れた。

 そうして残るはバルドスだけになった。



 バルドスは部下達が次々と倒されていく間、アルターと激闘を繰り広げていた。
 両者の実力は伯仲していた。
 しかし、“加速”の援護を受けたことでアルター有利になっており、それ以後バルドスの攻撃は一度も当たっていない。
 逆にアルターの攻撃は2回バルドスを傷つけていた。

 その上、バルドス以外の敵を全滅させたところで、ケルピーの顕現を解いたバルバラが光の精霊魔法を用いてアルターとオルリグの負傷を癒し始めた。
 ゴーレムは傷一つなく健在で、子供達を守るように立っている。
 オルリグも油断なくバルバラを守っていた。
 もはや勝負は決まったも同然だ。

「降伏する」
 バルドスはそう声を上げた。
 アルターが平静な声で答える。
「降伏ですか。これが戦なら、降伏を受け入れるのが戦の法というものですな。
 ですが、残念ながらこれは戦ではなく、生死を問わず手配されている犯罪者の摘発に過ぎない。
 そして、我主であるエイク様は、もはやあなた方が生きている事を望んでいません。
 つまり命を助ける理由は何もない。
 この上は潔く最後まで戦ってはいかがですかな?」

「……ッ!!」
 バルドスは歯を食いしばって一瞬沈黙した。だが、直ぐに強固な決意と殺意を込めた目でアルターをにらみ付け「死にやがれ!」と叫んで切りかかった。
 自分が死ぬしかない事を覚悟し、死ぬ前に一矢だけでも報いんとする正に決死の攻撃だ。

 しかしアルターは、その死を決意した者の気迫の攻撃にも何ら動ずることなく冷静に対応した。
 そうしていかなる番狂わせも起こらず、魔法の支援を受けたアルターが順当に全ての攻撃を避け、確実に攻撃をあてて、その後3回の攻撃でバルドスを倒した。

 アルターのタルワールの一撃を首に受けて、ついに崩れ伏せるバルドスを見ても、アルターは何の感慨も持っていないようだ。
 彼にとっては十数年ぶりになる強敵との実戦だったはずだが、まるで心を動かしてはいない。
 アルターは既に別のことを考え始めていた。

 こうして、ゴルブロ一味の副頭目であるバルドスによる、“大樹の学舎”への襲撃は一人の犠牲も出すことなく終わったのだった。
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