剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
42 / 373
第1章

42.法廷・闘争⑤

しおりを挟む
 バフォメットはバフォメットで、己の攻撃が一向に当たらないことに業を煮やしたようだった。
 そして、一旦武器を振るうのを止め、エイクに向かって大きく口を開き毒息を吐きかける。
 これに対してエイクは己の生命力を意識して抵抗する事に成功した。
 これでダメージは大幅に軽減できる。そして魔法のダメージを軽減する錬生術はこの魔力を帯びた毒にも有効だった。
 加えてエイクは体内のマナを活性化させそのダメージを更に軽減した。
 これはエイクが数日前に新たに獲得した技術だった。

 本来ならば、魔法使いとしての高い技量と、マナに関する深い知識の両方を習得した高位の魔法使いだけが習得できる、マナの働きで魔力を帯びたダメージを軽減する技術。
 それをエイクも習得したのだ。
 彼がバフォメットの周辺に立ち込める毒の霧をものともせずに戦っていられたのも、この技術のおかげだった。

 彼がこの技術を習得できたということは、錬生術は魔法の一種であるという説は、或いは正しいのかも知れなかった。
 いずれにしても、騎士1人を1回で虫の息にしてしまうほどの毒をその身に浴びながら、エイクが受けたダメージは極めて軽微だ。
 バフォメットが今までエイクに対して毒の息を使わなかったのは、エイクの様子から毒が余り有効ではないと察していたからこそだと思われた。
 しかし、一向に武器の攻撃が当たらない状況に苛立って毒の息を試したのだろう。

 この不用意な行為は決定的な隙を生んだ。
 今、バフォメットの頭部は無防備にエイクの方に突き出されている。

 絶好の機会を前にして、エイクはついに迷いを捨てた。
(俺は、俺の為に、俺が強くなる為に戦う。他の事など知るか!)
 大声を上げたり大仰な構えを取ったりしたわけではなかったが、彼の動きと瞳に宿る力は一変していた。

 エイクは瞬時に有効と思われる全ての錬生術を使用し、素早くフランベルジュを振りかぶる。
「はッ!」
 そして裂帛の気合とともに、深く踏み込み、渾身の力を込めて振り下ろした。

 その攻撃はバフォメットの左目周辺を、深く鋭く切り裂き頭蓋骨にまで達した。
 大量の血があたりに撒き散らされる。
「グアッ」
 今までと比較にならない大きなダメージにバフォメットから苦痛の叫びが上がる。

 しかし、バフォメットは反撃を忘れてはいなかった。
 グレイブが横薙ぎに振るわれる。
 エイクは大きく後ろに下がって回避を試みた。だが、完全に避けることは出来ず、胸元に深い傷を受けてしまう。

「くッ」
 エイクの口からも苦痛の声が漏れる。
 エイクは苦痛に顔を歪めながらも、自分とバフォメットが受けたそれぞれのダメージを冷静に見て取っていた。
 そして、やはりただの削りあいでは分が悪いと判断し、更にもう一つの錬生術を発動させる。するとエイクの受けた傷が治り始めた。

 己の身を治癒する錬生術の奥義。
 かつて“伝道師”にその存在を教えられ、当時から戦いに極めて有効だと考えていたその術をも、エイクは自らのオドを取り戻した時に習得していた。
 “夜明けの翼”と最初に戦った時に受けた大きなダメージを、次の戦いの前までに治せたのはこの術を用いたからだった。

 傷の回復具合を確認したエイクは猛然とバフォメットに向かって突っ込んだ。
 錬生術の効果時間は短い。エイクは最初に発動させた錬生術を既に何度か掛けなおしており、今一気に多くの錬生術を発動したこともあわせて、だいぶマナを消費していた。
 このままではいずれマナは枯渇し、錬生術が使えなくなる。
 そうなればエイクに勝ち目はない。
 バフォメットは錬生術による強化なしに勝てる相手ではなかった。
 つい先ほどまでとは逆に、時間をかけることはエイクの不利になっていた。
 一気に倒す。それが出来なければエイクの負けだ。

 エイクはバフォメットの動きを見極め、振るわれるグレイブを潜り抜けて肉薄し、ほとんど真上に向かってフランベルジュを薙いだ。
 この攻撃はバフォメットの下あごに命中し、これを切り裂く。
 バフォメットは後退しつつ、更にグレイブを振るう。
 エイクはフランベルジュでこれを受けようとしたが、その勢いを殺しきれず右肩に攻撃を受ける。

 エイクは引き続き錬生術で傷を癒しつつ、尚も後退しようとするバフォメットに向かって跳躍し、その脳天へと渾身の力を込めた一撃を放つ。
 バフォメットはグレイブの柄の部分でこれを受けたが、落下の勢いまで加えたその攻撃の威力を支えきれず、エイクのフランベルジュはバフォメットの脳天を割った。

 これが致命傷となった。
「ガァァァ!!」
 バフォメットは叫びを上げ、脳漿を撒き散らしながら仰向けに倒れた。

 その身から膨大な量のオドが発散していく。
 エイクは短時間ながらも激しい攻防を終え、大きな呼吸を何度か繰り返した。
 しかし手にしたフランベルジュは未だ油断なく構えられている。
 エイクはそうしながら発散していくオドを確認していた。

 そのオドは、バフォメットのものとフォルカスのものが交じり合っているようにエイクには感じられた。そしてその中に微かに自分のオドもあるような気がした。
 エイクは思わず右手を伸ばす。すると、自分のものと思われるオドだけが、体に吸い込まれたのが分かった。
(これで、全て取り戻した、ということかな)
 エイクがそんな事を考えていると、バフォメットの頭部がまたしても変化し始めた。
 エイクは再度構えを直して、その変化を凝視する。
 やがて、その頭部はフォルカスのものに戻った。だが、その命は完全に失われていた。

 因縁深いフォルカスの死に顔を凝視し続けるエイクに、戦いが終わったと見てとって近くに来ていたユリアヌスが声をかけた。
「怪我を治させていただきます」
 まずそう声をかけて治癒魔法を唱える。

 エイクは自分の力が他人に知られる可能性を少しでも下げようと考え、バフォメットが倒れた段階で錬生術で傷を癒すのを止めていた。
 もちろん目ざとい者には既に見抜かれているだろうが……。

 バフォメットが死んだ事で神聖魔法の使用が可能になったらしく、エイクの傷は速やかに癒された。
 そしてユリアヌスは改めてエイクに語りかけた。
「お見事です、エイク殿。よもやアークデーモンを単身で撃破するとは、古今にも稀な武勇といえるでしょう」
「いえ、まだまだです。勝てたのは、バフォメットが神聖魔法を使えなかったからこそです」

 バフォメットは、一般的に最上位クラスの悪神ダグダロアの神聖魔法を扱うといわれている。
 強靭な肉体を持ち、圧倒的な力を振るい、猛毒を用い、そして最上位の神聖魔法すら操る。それがバフォメットの真の恐ろしさだった。
 神聖魔法が使えないならばその脅威は半減する。
 いかなる方法によったのか神聖魔法が使えない状況を作り出したのは、バフォメット自身にとっても自らの力を大きく制約する行為だった。
 実際、例えば戦いの途中で“完全回復”の魔法を使われていたならば、エイクの勝ち目は相当薄れていたはずだ。

「エイク殿。魔法が使えたならば、私どもがあなたを魔法で援護いたしました。
 むしろその方が勝利は確実になっていたでしょう。この場には何人もの神聖魔法の使い手がいたのですから」
 ユリアヌスはそう述べ、やや嗜めるような口調で続けた。

「エイク殿。何でも1人だけで行おうとは思わないでください。
 私達が持っている最も大きな力は、助け合い協力する、という事なのです」
 それは、ハイファの聖職者としては模範的な言葉だっただろう。しかしエイクには全く響かなかった。
 エイクは「心しておきます」とだけ答えた。

 ユリアヌスは軽く頷いて話しを続ける。
「しかし、これは容易ならざることです。
 ローリンゲン侯爵がネメト教団と通じていたのは明白。
 だが、ネメトは闇の神とはいえ、異世界からの侵入者であるデーモンの存在を許してはいません。
 先ほどからのローリンゲン侯爵の様子を見ても、これが自ら望んだ事とは思えない。
 つまり、このアークデーモンを扱ったのは別の者です。
 デーモンを扱うとなると、闇の神々の中でも冒涜神ゼーイムか、あるいは……」
「悪神ダグダロアのみ」
 言いよどむユリアヌスに代わり、エイクがそう告げた。
「そうです。あるいは失われた術を使う邪悪なる古語魔法使い、という事も考えられます。
 いずれにしても、これで一件落着とは到底言えませんな」
 ユリアヌスは一旦言葉を区切った。

 そして、しばらくしてから、表情をやや緩めて言葉を続けた。
「とはいえ、一つの区切りとは言えるでしょう。
 エイク殿、ご自身の力を取り戻せたこと、改めてお喜び申し上げます。
 長年のご労苦、報われましたな」
「はい、ありがとうございます」
 エイクも微かに笑顔を見せそう答えた。

 傍聴人らの誘導を終えた神官戦士たちが駆け寄りユリアヌスの護衛の任を再開する。
 遅ればせながら炎獅子隊の隊員も駆けつけて来ていた。
 事態は収拾されようとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。

シトラス=ライス
ファンタジー
 万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。  十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。 そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。  おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。  夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。 彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、 「獲物、来ましたね……?」  下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】  アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。  *前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。 また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

処理中です...