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第2章
23.厄介な虜囚④
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エイクが足早に去って行った方を見ていたセレナに、ロアンが声をかけた。
「とりあえず、これ、渡しておきますね」
そう言って霊薬をセレナの方に押しやる。
「渡すのは話がついてからなのでは?」
「ついていますよ。エイク様とあなたが大筋で合意した以上、私がそれを覆す事はできません。つまり、とりあえずの話しは決着済みです」
「足を治した私が、言葉を翻して、あなたを攻撃する可能性は考えないのかしら」
「それは無意味な仮定です。どの段階だろうと、あなたが治れば私に勝ち目はありません。
それに、あなたはそんな無意味な事をする方ではないでしょう?私これでも女性を見る目はあるつもりなんです。
それから、エイク様はああ見えて恐ろしい方です。冗談でも裏切りを示唆するような事は言わない方が良いですよ」
「心しておくわ」
「それと、あなたには申し訳なく思っています……。
その、お助けする事ができなくて……」
「あの状況で私を助けようとするなんて、極度の愚か者か狂人の行いよ、気にすることではないわ」
「それにその霊薬、実は私が上納品としてエイク様に渡したものです。つまり、私はやろうと思えば、直ぐにあなたを治せたのに、そうはしなかった……」
「ふふッ」
セレナは微かに笑ってから、自分の考えをロアンに伝えた。
「余り私のことを見くびらないで。この霊薬の価値は分かるわ。
私は、これを見ず知らずの女の為に使うべきだった、などと主張するほど、世間知らずではないわ。そんな事を考えてくれたというだけでも嬉しいくらいよ」
「そう言っていただけると……」
「で、細かい事に関する相談をしましょう。まず、彼が使ってよいと言っていたお金は幾らくらいなの?」
「ざっと、月に7万G弱です」
セレナは少しの間だけ言葉を失った。それは、一個人が情報料として払うにしては、大金過ぎる。
「……たいしたものね。
ガイゼイクの息子は、父の死後随分苦労していると聞いていたのだけれど、彼はお金の価値を理解出来ていないのかしら」
「情報の価値を良く理解しているのだと思いますよ。私としては、エイク様がお金の使い方を良くご理解してくれているようで、安心したくらいです。
セレナさんとしても、トティアというギルド長よりは仕えがいがあるのでは?」
「……どうしてそう思うのかしら?」
「グロチウスの周りにいた盗賊たちがよく言っていたんです。
トティアは馬鹿だ。カルロスがいい時期に倒れてくれて助かった。と」
「そう……」
「といっても、さすがに無条件でその金額を使ってもらうわけには行かないでしょうから、具体的な条件を詰めましょう。
それと、定期連絡と非常時の緊急連絡の方法、情報の優先度と重要性の判別ですが……」
一通りの打ち合わせも済み、ロアンもセレナの部屋を後にした。
エイクの裁可を受けるまで、セレナはこの館に留まることにした。
ロアンはせめて部屋を変えようと提案したが、セレナは不要と断り、この部屋に残ったのだった。
一人になったセレナは、治癒した足の腱をさすりながら、今後の事について考えを巡らせた。
(とりあえずは、あの若者に誠実に仕えるべきでしょうね。
彼が恩人なのは紛れもない事実なのだし)
もしも、エイクがグロチウスらを倒さなかったならば、遠からずセレナは、文字通り嬲り殺しにされた事だろう。
結果的にエイクは命の恩人だ。
足を治してくれたのが大きな恩なのも間違いない。
そして、セレナはそれ以外の恩も感じていた。
エイクが自信と誇りを持って、力強く自らの父の名を口にした時、セレナも自分が何者だったのかを思い出した。
大恩ある偉大な養父カルロスの娘である自分が、こんなところで朽ち果ててゆくなど許されない。そう思う事ができた。
それは彼女が精神的に回復する確かなきっかけだった。
その点でもエイクは恩人だ。
(もっとも、私は彼から、自分の感情も制御できない無能な女と思われているでしょうけれど。
まあ、実際制御していなかったのだから当然よね)
セレナはそう考えて自嘲した。
セレナは自らの名を名乗ってエイクとの会話を始めた時、自分の感情を制御してエイクに特定の印象を与えるような演技する事を、意図的に放棄した。
その理由は、まず現在の心身の状況では十分な演技を行う事はできないと考えたこと。
そして、エイクの詳しい人となりを知らず、今後自分との関係がどうなるかも分からない状況だったからだ。
セレナはしばらく前から、自分を取り巻く状況が変わったこと、もっといえば、状況がかなり改善されたらしい事を察してはいた。
残虐な方法で自分を犯し、長く生かしておく気がないのは明らかだったグロチウスたちが来なくなり、偶に顔をみせるロアンの様子が目に見えて明るくなって、回復薬まで提供してくれていたからだ。
しかし、状況が改善したらしいとは思っても、具体的にどうなったのかは全く不明だった。
そして、エイク・ファインドという名の若者が、そのことと関わっているのか。そもそも、どういう人物なのかも分からなかった。
そんな状態では、エイクにどんな印象を与えれば今後の展開が有利になるのかはっきりしない。
目的もはっきりしないまま、万全ではない状況で何らかの演技をしても、下手な演技を無駄に見せるだけになってしまい、何一つ良い事はない。
そのくらいなら、自分の生の感情をそのまま表に出した方がましだ。
一般的に人は、明らかな嘘つきよりも、自分の感情を嘘偽りなく表に出してしまう者を信用する。
多少なりとも相手に自分を信用させた方が有利なのは間違いない。
それに嘘が下手と思わせておいた方が、都合が良い場合もある。
何でもかんでも本当の感情を隠せばよいというわけではない。
状況によってはさらけ出すことで有利に事を進めるという手法もあるのだ。
結果、エイクの自分に対する評価は下がっただろうが、それはそれでかまわない。
セレナはそう考えていた。
必要ならそこから評価を上げていけばよいのだし、状況によっては低く評価されている方が好都合ということもあるのだから……。
(とりあえず、当面どう行動するか、それを決める為にも情報がいるわ。情報は全ての生命線なのだから)
―――情報は全ての生命線
エイクがそう口にした事も、彼女に良い印象を与えていた。それは亡き養父カルロスの口癖でもあった。
黙考し、自分の思いをまとめた後、セレナはより具体的な方針を考え始めた。
(それで、どこからあたるかだけれど……)
まずはエイクやロアンを介した情報だけではなく、現状を自分自身で確認したい。
そして、当然優先するのはレイダーの調査だろう。
雇い主であるエイクが名指しで上げていたのだから。
その上で、彼女には一つ確認したい事があった。
それは闇教団“呑み干すもの”に関することだった。
テオドリックらに敗れて、まず彼らに犯され、この屋敷に連れ込まれてからは、グロチウスたちからも酷い陵辱を受けた彼女だったが、諜報員として高い能力を有していた彼女は、耐え難い暴行を受けながらも、行為の最中に、あるいはその後に、男達が発した言葉を一つ残らず聞き取り、その全て記憶していた。
つい数時間前まで、それはただ彼女に、恐怖と憎悪と屈辱を想起させるだけの記憶だったが、今は情報として整理され、彼女に一つの推測を与えていた。
それは、闇教団“呑み干すもの”に対して、大きな影響を与えていた女が存在しているのではないか、という推測だった。
そしてこの推測が正しいなら、その女は今まで一度も表に表れず、誰からも認識されてはいない事になる。それは正に黒幕と呼べる存在だ。
つまり、この推測に拠るならば、“呑み干すもの”の黒幕がまだ残っている事になる。
彼女はこの事を確認したかった。
エイクから“呑み干すもの”に関する調査も任務に含めるという言質はとった。
やはり、このことも調べてみたい。
彼女はそう思い定めた。
そして、足の状況も問題ないと判断した彼女は、久しぶりに自らの足で立ち上がった。
彼女は今の自分の体を改めて確認した。
さすがに体力の衰えは隠しようもない。しかし霊薬のお陰で、五体はなんら問題なく動く。
仕事をするには何の支障もない。
自分はまだ動ける、まだ戦えるのだ。
彼女はそう思い、実際に口に出して言葉にした。
「私はまだ戦えるわ」
彼女はそうして自らを鼓舞した。
翌日、エイクの確認が取れたとの連絡があり、セレナは動き始めた。
「とりあえず、これ、渡しておきますね」
そう言って霊薬をセレナの方に押しやる。
「渡すのは話がついてからなのでは?」
「ついていますよ。エイク様とあなたが大筋で合意した以上、私がそれを覆す事はできません。つまり、とりあえずの話しは決着済みです」
「足を治した私が、言葉を翻して、あなたを攻撃する可能性は考えないのかしら」
「それは無意味な仮定です。どの段階だろうと、あなたが治れば私に勝ち目はありません。
それに、あなたはそんな無意味な事をする方ではないでしょう?私これでも女性を見る目はあるつもりなんです。
それから、エイク様はああ見えて恐ろしい方です。冗談でも裏切りを示唆するような事は言わない方が良いですよ」
「心しておくわ」
「それと、あなたには申し訳なく思っています……。
その、お助けする事ができなくて……」
「あの状況で私を助けようとするなんて、極度の愚か者か狂人の行いよ、気にすることではないわ」
「それにその霊薬、実は私が上納品としてエイク様に渡したものです。つまり、私はやろうと思えば、直ぐにあなたを治せたのに、そうはしなかった……」
「ふふッ」
セレナは微かに笑ってから、自分の考えをロアンに伝えた。
「余り私のことを見くびらないで。この霊薬の価値は分かるわ。
私は、これを見ず知らずの女の為に使うべきだった、などと主張するほど、世間知らずではないわ。そんな事を考えてくれたというだけでも嬉しいくらいよ」
「そう言っていただけると……」
「で、細かい事に関する相談をしましょう。まず、彼が使ってよいと言っていたお金は幾らくらいなの?」
「ざっと、月に7万G弱です」
セレナは少しの間だけ言葉を失った。それは、一個人が情報料として払うにしては、大金過ぎる。
「……たいしたものね。
ガイゼイクの息子は、父の死後随分苦労していると聞いていたのだけれど、彼はお金の価値を理解出来ていないのかしら」
「情報の価値を良く理解しているのだと思いますよ。私としては、エイク様がお金の使い方を良くご理解してくれているようで、安心したくらいです。
セレナさんとしても、トティアというギルド長よりは仕えがいがあるのでは?」
「……どうしてそう思うのかしら?」
「グロチウスの周りにいた盗賊たちがよく言っていたんです。
トティアは馬鹿だ。カルロスがいい時期に倒れてくれて助かった。と」
「そう……」
「といっても、さすがに無条件でその金額を使ってもらうわけには行かないでしょうから、具体的な条件を詰めましょう。
それと、定期連絡と非常時の緊急連絡の方法、情報の優先度と重要性の判別ですが……」
一通りの打ち合わせも済み、ロアンもセレナの部屋を後にした。
エイクの裁可を受けるまで、セレナはこの館に留まることにした。
ロアンはせめて部屋を変えようと提案したが、セレナは不要と断り、この部屋に残ったのだった。
一人になったセレナは、治癒した足の腱をさすりながら、今後の事について考えを巡らせた。
(とりあえずは、あの若者に誠実に仕えるべきでしょうね。
彼が恩人なのは紛れもない事実なのだし)
もしも、エイクがグロチウスらを倒さなかったならば、遠からずセレナは、文字通り嬲り殺しにされた事だろう。
結果的にエイクは命の恩人だ。
足を治してくれたのが大きな恩なのも間違いない。
そして、セレナはそれ以外の恩も感じていた。
エイクが自信と誇りを持って、力強く自らの父の名を口にした時、セレナも自分が何者だったのかを思い出した。
大恩ある偉大な養父カルロスの娘である自分が、こんなところで朽ち果ててゆくなど許されない。そう思う事ができた。
それは彼女が精神的に回復する確かなきっかけだった。
その点でもエイクは恩人だ。
(もっとも、私は彼から、自分の感情も制御できない無能な女と思われているでしょうけれど。
まあ、実際制御していなかったのだから当然よね)
セレナはそう考えて自嘲した。
セレナは自らの名を名乗ってエイクとの会話を始めた時、自分の感情を制御してエイクに特定の印象を与えるような演技する事を、意図的に放棄した。
その理由は、まず現在の心身の状況では十分な演技を行う事はできないと考えたこと。
そして、エイクの詳しい人となりを知らず、今後自分との関係がどうなるかも分からない状況だったからだ。
セレナはしばらく前から、自分を取り巻く状況が変わったこと、もっといえば、状況がかなり改善されたらしい事を察してはいた。
残虐な方法で自分を犯し、長く生かしておく気がないのは明らかだったグロチウスたちが来なくなり、偶に顔をみせるロアンの様子が目に見えて明るくなって、回復薬まで提供してくれていたからだ。
しかし、状況が改善したらしいとは思っても、具体的にどうなったのかは全く不明だった。
そして、エイク・ファインドという名の若者が、そのことと関わっているのか。そもそも、どういう人物なのかも分からなかった。
そんな状態では、エイクにどんな印象を与えれば今後の展開が有利になるのかはっきりしない。
目的もはっきりしないまま、万全ではない状況で何らかの演技をしても、下手な演技を無駄に見せるだけになってしまい、何一つ良い事はない。
そのくらいなら、自分の生の感情をそのまま表に出した方がましだ。
一般的に人は、明らかな嘘つきよりも、自分の感情を嘘偽りなく表に出してしまう者を信用する。
多少なりとも相手に自分を信用させた方が有利なのは間違いない。
それに嘘が下手と思わせておいた方が、都合が良い場合もある。
何でもかんでも本当の感情を隠せばよいというわけではない。
状況によってはさらけ出すことで有利に事を進めるという手法もあるのだ。
結果、エイクの自分に対する評価は下がっただろうが、それはそれでかまわない。
セレナはそう考えていた。
必要ならそこから評価を上げていけばよいのだし、状況によっては低く評価されている方が好都合ということもあるのだから……。
(とりあえず、当面どう行動するか、それを決める為にも情報がいるわ。情報は全ての生命線なのだから)
―――情報は全ての生命線
エイクがそう口にした事も、彼女に良い印象を与えていた。それは亡き養父カルロスの口癖でもあった。
黙考し、自分の思いをまとめた後、セレナはより具体的な方針を考え始めた。
(それで、どこからあたるかだけれど……)
まずはエイクやロアンを介した情報だけではなく、現状を自分自身で確認したい。
そして、当然優先するのはレイダーの調査だろう。
雇い主であるエイクが名指しで上げていたのだから。
その上で、彼女には一つ確認したい事があった。
それは闇教団“呑み干すもの”に関することだった。
テオドリックらに敗れて、まず彼らに犯され、この屋敷に連れ込まれてからは、グロチウスたちからも酷い陵辱を受けた彼女だったが、諜報員として高い能力を有していた彼女は、耐え難い暴行を受けながらも、行為の最中に、あるいはその後に、男達が発した言葉を一つ残らず聞き取り、その全て記憶していた。
つい数時間前まで、それはただ彼女に、恐怖と憎悪と屈辱を想起させるだけの記憶だったが、今は情報として整理され、彼女に一つの推測を与えていた。
それは、闇教団“呑み干すもの”に対して、大きな影響を与えていた女が存在しているのではないか、という推測だった。
そしてこの推測が正しいなら、その女は今まで一度も表に表れず、誰からも認識されてはいない事になる。それは正に黒幕と呼べる存在だ。
つまり、この推測に拠るならば、“呑み干すもの”の黒幕がまだ残っている事になる。
彼女はこの事を確認したかった。
エイクから“呑み干すもの”に関する調査も任務に含めるという言質はとった。
やはり、このことも調べてみたい。
彼女はそう思い定めた。
そして、足の状況も問題ないと判断した彼女は、久しぶりに自らの足で立ち上がった。
彼女は今の自分の体を改めて確認した。
さすがに体力の衰えは隠しようもない。しかし霊薬のお陰で、五体はなんら問題なく動く。
仕事をするには何の支障もない。
自分はまだ動ける、まだ戦えるのだ。
彼女はそう思い、実際に口に出して言葉にした。
「私はまだ戦えるわ」
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