剣魔神の記

ギルマン

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第4章

46.深まる疑惑①

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 “イフリートの宴亭”から帰ったエイクは、修理した鎧の状態を確かめる為に、予定の時間まで剣を振るった。
 そして、その後アルターを伴ってロアンの屋敷へと赴いた。
 ちなみに、馬車を仕立てている。
 アルターは今も人前では足を引きずる演技をしているのだが、今や屋敷まで構えている成功した冒険者といってよいエイクが、足の悪い使用人をいつも歩かせているのも不自然だと思えたので、エイクはアルターを伴う時には基本的には馬車を使うことにしたのだった。



 エイクたちがロアンの屋敷に着いた時、ロアンとセレナ、シャルシャーラは既にエイクを待っていた。
 エイクとアルターが席に着くと、セレナが早速語り始める。
「まず、ガイゼイクさんを愚弄した者への制裁は一通り済ませたわ。
 具体的にどんな目にあわせたか、まとめてあるから確認してもらえるかしら」

 セレナはそう言って、エイクに何枚かの紙を渡した。
 そこには、エイクの怒りを買った元使用人達に、どんな暴行を与えたのかが書かれている。
 エイクの復讐心を満足させるのが目的である為、かなりきつい暴行を加えた事が、事細かにしたためられていた。
「まあ、この程度で良いだろう」
 エイクは厳しい表情を作ったが、結局そう言ってその紙をセレナに返した。

 セレナは秘かに安堵した。これ以上はやりすぎだと思っていたからである。
(やられた連中は、実行犯や指図した私のことを恨んでいるでしょうが、むしろ感謝して欲しいわね。命を助ける為に、この位にしてあげたのだから)
 セレナはそう思っていたが、特にその事に言及はせず、話しを次に進める。
「それで、とても重要だと思われる情報を入手したのだけれど、それを伝える前に、細かい事から説明させてもらって良いかしら」
 エイクが頷くのを確認して、セレナは改めて話し始めた。

「盗賊ギルドを支配する件は上手く行ったわ。レイダーの組織のほとんどを乗っ取る事が出来たから、現時点で王都では“黒翼鳥”に次ぐ規模になっている。
 “黒翼鳥”とは敵対する気はない事を伝えて、向こうからも了承の意向を得ているわ。
 当然ドロシーも、この組織の上にボスがいることを察してはいるでしょうけれど、特に確認しようとしていない。こっちの意向を尊重しているんでしょうね。

 将来的には、“黒翼鳥”と王都の裏社会を二分して支配するようにすれば、安定するんじゃあないかしら。
 まあ、正直碌な盗賊は残っていないから、人材の育成が課題だけれど。
 “猟犬”から抜けた者達の中で、将来性のありそうな者に声をかけているから、そのうち質も向上すると思うわ。

 今ギルド長をさせているのは、“黄金車輪”の幹部だった男で、意気地はないし、有利な方に寝返るような者だけれど、言われた事はそつなくこなすくらいの能はあるから、当面問題はないはずよ。裏切りにさえ注意していればね。
 それで、ギルドの名前だけれど“黄金車輪”の名前を変える感じで“暗黒車輪”でどうかしら」
「良いんじゃあないか。俺は名前には特に拘らないから、セレナの好きにやってくれ」

「ありがとう。
 それから、医薬品の製造と密売だけれど、上手く行くかも知れないわ。
 レイダーは小村をいくつか支配して、麻薬や毒薬の原料を栽培させて、それを加工して売っていたのだけれど、その村々や加工に携わった技術者連中に、ほとんど見返りを与えていなかったの。

 村は完全に搾取されていただけだったし、技術者連中も最低限の食べ物くらいしか与えられずに酷使されていた。だから、薬を売ったお金を多少は渡せると伝えただけで、随分喜んでいたわ。
 前任者が屑過ぎると、少し改善しただけで喜ばれるから扱いが楽ね。
 収益が増えれば分け前も増やすと言ったら、技術者連中は随分張り切っていたから、この事業も回せるようになるかもしれないわ」

「そうか、組織の負担にならないなら続けてくれ。
 その技術者連中が流出せず、悪名が少しでも緩和されればそれでいいから、深入りする必要もない」

「分かったわ。
 後は、相談されていた、下水道跡を調査できないか、という件だけれど、下水道跡を管理している者達のモラルは大分低いから、ちょっと賄賂を渡せば簡単に降りられそうよ。
 でも、それをすると、私達が下水道跡に興味を持っている事をそいつらに知られてしまう。そのくらいなら、直接下水道に穴を開けて入り込んでしまった方がいいと思うわ」

 下水道跡にいたカーストソイルの事が気になっていたエイクは、下水道跡を調査する方法はないかセレナに相談していた。
 だが、そのセレナの言葉に、腑に落ちないものを感じて疑問を口にした。
「その方が目立つんじゃあないか?
 それに、その穴を開ける作業をした者に、俺達が下水道跡に興味を持っている事を知られる事になる。同じことだと思うが?」

「下水道跡はまともに管理されていないから、廃墟区域で露出している下水道の上面に穴を開けて、開閉式の扉をつけて、少し偽装をすればばれないと思うわ。
 それに、そういう作業を手早くやってくれて、秘密を守ってくれる者も手配できているの。
 レイダーが隠れ家にしていた屋敷に、落とし穴を掘った技師よ。
 凶悪な犯罪者とつながっていた事実を隠しておいてあげるといったら、快く協力者になってくれたわ。かなり腕がいい者だから、今後も役に立ってくれると思うわ」
「そういう手はずが整っているなら、それで進めてくれ」
 エイクはそう答えて了承した。 



「細かい話はこんなところね。
 それじゃあ、本題に入っていいかしら」
 セレナは声の調子を落としてそう告げた。
「頼む」
 エイクも気を引き締めて答える。

「やっぱり、フェルナン・ローリンゲンは相当怪しいわ」
 セレナが改めてそう切り出し、その理由を説明した。
「サンデゴという男が、今もローリンゲン侯爵家で重く用いられているのは、確かにかなり不自然よ。
 フェルナンが侯爵家を継いだ後に、侯爵家から解雇された者達もいたの。
 それで、まず、その者達を調べてみたのよ。その方が、いきなり侯爵家に探りを入れるよりも安全で簡単だから。
 結果、フェルナンは普通に自分が気に入らない者を解雇していた事が確認できたわ。
 つまりフェルナンは、気に入らないならサンデゴも解雇できた。なのに、あえてしていない、ということね。
 彼らが以前からつながっていた可能性は、かなり高いわね」

 それは、トゥーゲル神の元司祭であるドミトリが語った、フォルカスに重く用いられていた側近であるサンデゴが、新当主となったフェルナンから解雇されていないのは、事前にフェルナンとつながりがあったからではないか、という疑惑を補強する情報だといえる。

 そして、セレナは、いっそう慎重な口調になって説明を続ける。
「それから、何年も前から“呑み干すもの”の一員を装って、フォルカスに接触していた男がいたことが分かったわ。
 しかも、そいつは、フォルカスに対して、活力を与えたり、精神を落ち着かせたり、逆に高揚させたりする魔法をかけることも、良くあった」
「ッ!」

 エイクは思わず息を飲んだ。彼の瞳は一瞬驚いたように大きく見開かれ、それから鋭く細められる。
 セレナが語ったことは、非常に重要な情報だった。
 なぜなら、それはエイクが探し求める父の仇に、直接関係する情報だからだ。



 フォルカス・ローリンゲンは、本人すら気付かないうちにデーモンと融合する魔法をかけられていた。
 その術は極めて高度なもので、世に2人といないほどの桁外れに優れた術者でなければ扱えない。
 また、エイクの父ガイゼイクを殺した双頭の虎を扱った者も、やはり桁外れに優秀な術者であると推測される。諸々の状況から、両者は同一の存在だろうとエイクは判断していた。

 即ち、フォルカスにデーモン融合の術をかけた者こそが、父の仇である“虎使い”当人であると考えていたのである。
 “虎使い”が個人ではなく組織だったとしても、その中でほぼ最上位の術者だということになる。やはり、その首魁である可能性は高い。

 そして、身分を偽った上で、フォルカスに魔法をかけるなどということをしていた者がいるなら、その者がデーモン融合の魔術を使った者がである可能性は高い。フォルカスに魔法をかけていた正体不明の人物という事になるからだ。
 また、何年も前からそのような事をしていたという事が、いっそう嫌疑を濃くする。
 相手に気づかれずに、そのような術をかけるためには、何年もの期間をかけて慎重に少しずつ術を施していく必要があったはずだからだ。
 
 要するに、セレナが口にしたその人物は、十分に“虎使い”の容疑者と言えるのである。それも、極めて有力な容疑者と言ってよいだろう。
 有力貴族だったフォルカスに、何年間もの期間に渡って魔法をかけていた、正体不明の人物。そんな者が何人もいるはずがないのだから。
 つまり、エイクの下に、父の仇の、少なくともその容疑者に関する具体的な情報が、ついにもたらされようとしているのだ。

「……詳しく、教えてくれ」
 エイクは沸き立つような感情を、どうにか押さえて、低い口調でそう告げた。
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