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第4章
47.深まる疑惑②
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エイクの言葉を受け、セレナが語り始めた。
「この情報は、フォルカスを裁いた審問会で証言した、フォルカスの元側近を尋問して得られたものなの。
そいつは、証言をした見返りとして死罪は免れたけれど、結局ハイファ神殿の闇信仰審問部に拘留されていた。だから、例のハイファ神殿の伝手を使って尋問する事が出来たのよ。
それで、当時フォルカスの近くに出入りしていた者を詳しく聞き取ったのだけれど、その中に“呑み干すもの”の一員と名乗っていたのに、シャルシャーラが知らない者がいたの」
「はい、間違いありません」
シャルシャーラがそう告げて説明を引き継いだ。
「私は、ここ数年は基本的にゴルブロの近くにいましたが、“呑み干すもの”についても、その動向程度は確認していて、そのメンバーも把握していました。
ごく短期間雇っていただけならともかく、何年もの間、何からの魔法を使う者が、それも、そのような高度な魔法を使う者が“呑み干すもの”に所属していたなら、その存在を見落とすような事はありえません。
改めてレイダーと連携した後も、“呑み干すもの”のメンバーだった者については確認しています。
その私が知らない男が、“呑み干すもの”の一員だったはずはありません」
「だが、“呑み干すもの”の一員のふりをして、何年もばれないでいる。なんて事は、相当難しかったはずだ。何でそんなことが出来たんだ?」
エイクは慎重にそんな疑問を口にした。
フォルカスは、“呑み干すもの”の首領であるグロチウスと、かなり頻繁に連絡を取り合っており、直接話す事も多かったらしい。
そんな状況で、部外者が“呑み干すもの”の一員のふりをし続けるのは、かなり難しい芸当だ。そんな事が出来る者がいたのか、エイクには疑問だった。
セレナがエイクに答える。
「その男をフォルカスに引き合わせていた者が、フォルカスが信頼する側近で、相当上手く立ち回っていたという事ね。そして、その側近というのが、サンデゴだった」
「……サンデゴという男が、フォルカスを裏切っていたのは、確実ということか」
身分を偽った者を、その偽りがばれないように立ち回りつつ主人に引き合わせる。それは間違いなく背信行為だ。
フォルカスに対してそのような背信行為を行っていたサンデゴを、フォルカスと敵対していたフェルナンが現在重用している。
この事も、サンデゴとフェルナンが以前からつながっていたのだろうということを、強く示唆している。
「そうね。私としては、もうフェルナンは黒と断定していいと思うわ。
身分を偽ってフォルカスに魔法をかけていた男、その男をフォルカスに引き合わせていたサンデゴ、そしてサンデゴとつながっていたフェルナン。彼らがフォルカスをアークデーモンと融合させたのよ。
という事は、つまり彼らが、ガイゼイクさんを害した者である可能性も……」
セレナはそこで言葉を途切れさせ、続きを口にするのを避けた。
表面上は静かに話を聞いているように見えるエイクが、その実、激しい感情の高まりをこらえている事を察したからだ。
しばらく間をおいてから、セレナは慎重に言葉を続ける。
「……いずれにしても、状況証拠しかないから、第三者を納得させるのは難しいわ。
それにフェルナンの立ち位置がはっきりとは分からないから、こちらとしても、どう動けばいいのか判断出来ないわ。
フェルナンは、今はルファス公爵派として振る舞っているけれど、本当のところは分からない。
当主になる前はルファス公爵派とはほとんど関わっていなくて、派閥の一員として活動した実績はないし、ルファス公爵本人との関りも全くなかったのだから。
密かに反ルファス派と気脈を通じていて、今は密偵役としてルファス派に入り込んでいる可能性すらありえる。
もっと言えば、フェルナンの背後に何者かがいる可能性も…」
「それよりも、フォルカスに術をかけていたという男の事は、もっと詳しく分からないのか?」
エイクは殊更に抑えた声でそう告げ、その、父を殺した主犯かもしれない男の情報を求めた。
「ごめんなさい。詳しい事はつかめていないわ。
20歳代中頃くらいに見える若い男で、痩せ型で、赤茶色の髪を長く伸ばしていて、バールと名乗っていたそうだけれど、それ以上の事は分からない。
サンデゴを捕らえて尋問すれば、きっと核心に迫れるでしょうけれど……」
「それは……、拙速だな……」
エイクもそう認めざるを得なかった。サンデゴに手を出せば、ただではすまなくなる可能性が高いからだ。
フェルナンにとってサンデゴという男が、フォルカスを追い落とす為に一時的に利用しただけの者だったならば、さっさと始末してしまうべきである。
サンデゴはフェルナンにとっても致命傷となりえる、重大な秘密を握っていることになるのだから。
しかし、フェルナンはサンデゴを今も重く用いている。
このことは、フェルナンにとってサンデゴは真に仲間といえる存在である可能性を示唆している。
あるいは、サンデゴが何らか方法で、使い捨てにされない立場を確保しているかだ。
いずれにしても、サンデゴはそれなりに重要な存在ということになる。
そんな男を直接的に攻撃すれば、ただで済むはずがない。その時点で全面戦争になってしまう。
現時点ではそのような事は避けなければならない。勝てる見込みが全く立たないからだ。
もちろん、こちらの正体を悟られることなくサンデゴを攫う事が出来ればいいが、敵が既にエイクを攻撃して来ている、即ちエイクの事を敵対者として認識している状況ではそれも難しいだろう。
少なくとも極めて危うい行為になってしまうのは間違いない。
「ええ、私も現状でそこまで踏み込むのは危険だと思うわ。
ただ、別の方向から、もう1人、怪しい人物が出てきたわ。ナースィルという名の、賢者の学院に属する賢者の1人よ。
新しい盗賊ギルドに属するようになった盗賊の中に、そんな情報を持っている者がいたの。
その盗賊は、“呑み干すもの”の配下だった頃に、フェルナンの周辺を探っていた。
当時からフェルナンはフォルカスと敵対していたから、敵の状況を探っていたというわけね。
で、その結果、フェルナンと親交が深いナースィルという賢者が、実際には古語魔法を使う事が出来るのに、それを隠しているのではないか、という疑惑を掴んでいたの」
「それは……」
エイクはそう呟いて、言葉を途切れさせた。
古語魔法を使えることを隠すということは、そこまで珍しい事とはいえない。古語魔法を使う者が政治権力に近づくことは重大な禁忌とされているからだ。
だから、政治権力に近づきたいと考えたならば、古語魔法を使えることを隠すということもありえる。
だが、この場合、フェルナン・ローリンゲンに近い者が、古語魔法を使えることを隠しているかも知れないという事は、重大な意味を持っている。
「……その、ナースィルという奴は、フォルカスに術をかけていた、バールとかいう奴と、姿形が似ていたりするのか?」
エイクはそう問うた。古語魔法を使えることを隠して、フェルナンの周りにいる。という話から、その者こそがフォルカスに術をかけた者なのかもしれないと思い至ったからだ。
セレナが慎重に答えを口にした。
「いいえ、似ても似つかないわ。ナースィルは60歳過ぎの痩せた白髪の男よ。
でも、姿形を偽る方法もあるから、見た目だけで別人とは言い切れない。
そして、ナースィルは、今でもかなり頻繁にフィールドワークに出ていた。数人の弟子と共に、王都を長期間はなれる事も珍しくなかったそうよ」
フィールドワークで王都の外に出ている、ということは、同行した者が口裏を合わせれば、本当はどこで何をしていたか不明という事になる。
例えば、姿を変え、名を偽って、フォルカスにアークデーモン融合の術を仕掛けたり、山賊にヘルハウンド融合の術をかけたりする事も、出来なくはないということだ。
要するに“虎使い”の容疑者となりうる。
「……」
エイクはしばし沈黙し、この重大な情報の意味をかみ締めた。その身体は、僅かに震えている。
長年追い求めた仇の、具体的な情報をついに掴んだのかも知れない。そう思うと、文字通り身を震わせるほどの激情がエイクを襲った。
セレナが、そんなエイクの様子を慮りつつ言葉を続ける。
「今のところ、そのナースィルが古語魔法が使えるというのは、確定ではないわ。だから、外れかもしれない。
とりあえず、本当に古語魔法を使える事を隠しているのかどうかを調べるつもりよ。
それから、ここ数年のナースィルの動向を詳しく調べて、“虎使い”だったとして矛盾が生じないかも、確認しているわ」
(そうだ、そいつが“虎使い”と決まったわけじゃあない。冷静にならなければ駄目だ。
それに、そいつが“虎使い”だったとしても、まだこちらから仕掛けるべきじゃあない。仕掛けても、勝てないんだからな。
フェルナンの方についても、確かに、本人の本当の立ち位置が分からないから、こちらもどう動けばいいか判断出来ない。フェルナンの本当の敵が誰か分からない訳だからな。
フェルナンの背後に何者かがいる可能性があるというのも、その通りだ。
どちらにしろ、もっと情報がいる。
焦っては駄目だ……)
そう考えて、エイクはしばし心を落ち着けようと努めた。
本心を言えば、エイクは、“虎使い”の容疑者として名が挙がったナースィルという者の事を、自分自身で直接調べたいと思っていた。
更に言えば、フェルナンなりサンデゴなりを、自ら襲撃して捕らえ、父を殺したのかと問い詰めたかった。
だが、現状でそのような事をするのは愚作であることも理解していた。それはあまりにも無謀な行いだ。
オド感知の能力と、気配を消す錬生術を使えば、身を潜めて忍びよる事は出来るだろう。
しかし、エイクは本格的な諜報活動をした事はないし、屋内で罠を発見する技術にも疎い。冷静に考えるなら、効果的な諜報活動が出来るはずがない。
フェルナンやサンデゴを直接襲うのは更に危険だ。
彼らが実際に虎使いやその一味だった場合、今そんな事をしても、勝てない敵に突っかかって、無駄に死ぬことになるだけである。
また、もしも虎使いと関係なかった場合には、誤解に基づき有力貴族を襲った事になり、やはり身の破滅を招く。
要するに、現状で得ている情報だけに基づいて、エイクが自ら何らかの行動をとっても、良い結果に結びつくとはとても思えない。
(焦って俺が自分で動いても、碌な事にはならない。
せっかく俺の至らなさを補ってくれる者がいるんだから、今はまだ、彼らに情報収集を任せるべきだ。
俺は、俺が出来る事をやるしかない……)
エイクはそのように考え、どうにか気持ちを落ち着けてから、口を開いた。
「そうだな、慎重に調査を進めてくれ。
それで、“虎使い”の関係で、新しい動きはないのか?」
「ええ、特には見受けられないわ。王都での諜報部隊の動きは相変わらず活発だし、“虎使い”は引き続き動き難い状況と考えていいいはずよ」
「そうか……。
それから、フェルナン達には、こちらが調査している事は、まだ気取られていないな?」
「絶対とは言えないけれど、まず大丈夫だと思うわ。今はまだ、かなり間接的に調べているところだから」
「出来ればそのまま気取られずに、時間を稼ぎたい。
前に、敵の敵を味方につけて戦うのが基本方針だと言ったが、本心を言えば、俺は俺自身の力で、俺の手で決着をつけたいと思っている。
ただ、その為には、多分年単位で時間を稼いで、俺がもっとずっと強くなる必要がある」
エイクの言葉を聞いて、アルターが意見を述べた。
「それは、随分と危険な綱渡りになりますな」
「分かっている。“虎使い”の方から俺の事を攻撃して来てもいるんだ、そんな悠長な時間を得るのは難しいだろう。
だから、“虎使い”の正体が明らかになって、敵の敵もはっきりしたなら、予定通り速やかに連携するつもりだ。
その上で、直ぐに戦う必要があるようなら、直ぐに戦おう。例え、俺自身の手で直接討てない状況でもだ。自分の手で討つ事に拘って、機を逸するつもりはない。
だが、自分の望みをかなえるために最善をつくしたいとも思っている」
「畏まりました。エイク様のお望みを叶えるために働く事が我々の務め。エイク様のお考えも念頭に、最善を尽くします」
「頼む。
俺は、冒険者稼業が楽しくなって、親父の仇討ちを二の次にしているような芝居をしようと思っている。
どの道、しばらくは王都を空けることが多くなるはずだから、仇討ちよりも冒険を優先して、王都を留守にしがちだというようにしておきたい。
“虎使い”の目的が何なのかもはっきりしないが、俺を殺す事が主目的ではないはずだ。
俺が、仇を狙うのを疎かにしていると思えば、他を優先する可能性はあると思う。出来れば、そうやって時を稼いだり、隙を狙ったりしたい。
俺が王都を空けているうちに、何らかの動きがないか、注意深く探っておいて欲しい。
だが、深入りは禁物だ。くれぐれも焦らないようにしてくれ」
エイクはそう告げた。焦らないように、との言葉は、ほとんど自分自身へ言い聞かせているようなものだった。
「承りました」
アルターがそう答え、他の者達も口々に了承の意を伝えた。
「他にはないか?」
エイクが皆に向かってそう確認すると、セレナが発言した。
「1つだけ。今更大した話しではないけれど、グロチウスの処刑が月末に決まったそうよ。
一応、私は見に行くつもりよ。
奴には随分酷い目にあわされたし、恨みが残っているから、本当は自分の手で殺したかったのだけれど、さすがに無理だから、せめて死に様だけは見ておく事にするわ」
恨みが残っている事や、本当は自分の手で殺したい事など、本音と思える内容を素直に口にしているのは、ある程度割り切る事が出来ているからこそであるようにも思える。
だが、余りにも平坦過ぎるその口調が、セレナが未だに無理をしている事を証明してしまっていた。
そんなセレナに、ロアンが気遣わしげな視線を送っている。
エイクもまた、グロチウスが処刑されるという情報に無関心ではいられなかった。
グロチウスは、双頭の虎と戦っていた父ガイゼイクに意識を乱す魔法をかけ、その死のきっかけを作った男だったからだ。
その行為が、実際には決定的な意味を持ってはいなかっただろうと思っている今も、グロチウスへの憎しみを消す事は出来ない。
(この手で殺してやりたいのは俺も同じだ……。
だが、確かに今さらそれは無理だ。
……自分で殺せるならともかく、死ぬのを見るだけの為に予定を変えるべきじゃあないな……)
そう考えたエイクは「月末だと俺は見にはいけない。代わりに確認しておいてくれ」とセレナに告げた。
「ええ、分かったわ」
セレナはそう返した。
「この情報は、フォルカスを裁いた審問会で証言した、フォルカスの元側近を尋問して得られたものなの。
そいつは、証言をした見返りとして死罪は免れたけれど、結局ハイファ神殿の闇信仰審問部に拘留されていた。だから、例のハイファ神殿の伝手を使って尋問する事が出来たのよ。
それで、当時フォルカスの近くに出入りしていた者を詳しく聞き取ったのだけれど、その中に“呑み干すもの”の一員と名乗っていたのに、シャルシャーラが知らない者がいたの」
「はい、間違いありません」
シャルシャーラがそう告げて説明を引き継いだ。
「私は、ここ数年は基本的にゴルブロの近くにいましたが、“呑み干すもの”についても、その動向程度は確認していて、そのメンバーも把握していました。
ごく短期間雇っていただけならともかく、何年もの間、何からの魔法を使う者が、それも、そのような高度な魔法を使う者が“呑み干すもの”に所属していたなら、その存在を見落とすような事はありえません。
改めてレイダーと連携した後も、“呑み干すもの”のメンバーだった者については確認しています。
その私が知らない男が、“呑み干すもの”の一員だったはずはありません」
「だが、“呑み干すもの”の一員のふりをして、何年もばれないでいる。なんて事は、相当難しかったはずだ。何でそんなことが出来たんだ?」
エイクは慎重にそんな疑問を口にした。
フォルカスは、“呑み干すもの”の首領であるグロチウスと、かなり頻繁に連絡を取り合っており、直接話す事も多かったらしい。
そんな状況で、部外者が“呑み干すもの”の一員のふりをし続けるのは、かなり難しい芸当だ。そんな事が出来る者がいたのか、エイクには疑問だった。
セレナがエイクに答える。
「その男をフォルカスに引き合わせていた者が、フォルカスが信頼する側近で、相当上手く立ち回っていたという事ね。そして、その側近というのが、サンデゴだった」
「……サンデゴという男が、フォルカスを裏切っていたのは、確実ということか」
身分を偽った者を、その偽りがばれないように立ち回りつつ主人に引き合わせる。それは間違いなく背信行為だ。
フォルカスに対してそのような背信行為を行っていたサンデゴを、フォルカスと敵対していたフェルナンが現在重用している。
この事も、サンデゴとフェルナンが以前からつながっていたのだろうということを、強く示唆している。
「そうね。私としては、もうフェルナンは黒と断定していいと思うわ。
身分を偽ってフォルカスに魔法をかけていた男、その男をフォルカスに引き合わせていたサンデゴ、そしてサンデゴとつながっていたフェルナン。彼らがフォルカスをアークデーモンと融合させたのよ。
という事は、つまり彼らが、ガイゼイクさんを害した者である可能性も……」
セレナはそこで言葉を途切れさせ、続きを口にするのを避けた。
表面上は静かに話を聞いているように見えるエイクが、その実、激しい感情の高まりをこらえている事を察したからだ。
しばらく間をおいてから、セレナは慎重に言葉を続ける。
「……いずれにしても、状況証拠しかないから、第三者を納得させるのは難しいわ。
それにフェルナンの立ち位置がはっきりとは分からないから、こちらとしても、どう動けばいいのか判断出来ないわ。
フェルナンは、今はルファス公爵派として振る舞っているけれど、本当のところは分からない。
当主になる前はルファス公爵派とはほとんど関わっていなくて、派閥の一員として活動した実績はないし、ルファス公爵本人との関りも全くなかったのだから。
密かに反ルファス派と気脈を通じていて、今は密偵役としてルファス派に入り込んでいる可能性すらありえる。
もっと言えば、フェルナンの背後に何者かがいる可能性も…」
「それよりも、フォルカスに術をかけていたという男の事は、もっと詳しく分からないのか?」
エイクは殊更に抑えた声でそう告げ、その、父を殺した主犯かもしれない男の情報を求めた。
「ごめんなさい。詳しい事はつかめていないわ。
20歳代中頃くらいに見える若い男で、痩せ型で、赤茶色の髪を長く伸ばしていて、バールと名乗っていたそうだけれど、それ以上の事は分からない。
サンデゴを捕らえて尋問すれば、きっと核心に迫れるでしょうけれど……」
「それは……、拙速だな……」
エイクもそう認めざるを得なかった。サンデゴに手を出せば、ただではすまなくなる可能性が高いからだ。
フェルナンにとってサンデゴという男が、フォルカスを追い落とす為に一時的に利用しただけの者だったならば、さっさと始末してしまうべきである。
サンデゴはフェルナンにとっても致命傷となりえる、重大な秘密を握っていることになるのだから。
しかし、フェルナンはサンデゴを今も重く用いている。
このことは、フェルナンにとってサンデゴは真に仲間といえる存在である可能性を示唆している。
あるいは、サンデゴが何らか方法で、使い捨てにされない立場を確保しているかだ。
いずれにしても、サンデゴはそれなりに重要な存在ということになる。
そんな男を直接的に攻撃すれば、ただで済むはずがない。その時点で全面戦争になってしまう。
現時点ではそのような事は避けなければならない。勝てる見込みが全く立たないからだ。
もちろん、こちらの正体を悟られることなくサンデゴを攫う事が出来ればいいが、敵が既にエイクを攻撃して来ている、即ちエイクの事を敵対者として認識している状況ではそれも難しいだろう。
少なくとも極めて危うい行為になってしまうのは間違いない。
「ええ、私も現状でそこまで踏み込むのは危険だと思うわ。
ただ、別の方向から、もう1人、怪しい人物が出てきたわ。ナースィルという名の、賢者の学院に属する賢者の1人よ。
新しい盗賊ギルドに属するようになった盗賊の中に、そんな情報を持っている者がいたの。
その盗賊は、“呑み干すもの”の配下だった頃に、フェルナンの周辺を探っていた。
当時からフェルナンはフォルカスと敵対していたから、敵の状況を探っていたというわけね。
で、その結果、フェルナンと親交が深いナースィルという賢者が、実際には古語魔法を使う事が出来るのに、それを隠しているのではないか、という疑惑を掴んでいたの」
「それは……」
エイクはそう呟いて、言葉を途切れさせた。
古語魔法を使えることを隠すということは、そこまで珍しい事とはいえない。古語魔法を使う者が政治権力に近づくことは重大な禁忌とされているからだ。
だから、政治権力に近づきたいと考えたならば、古語魔法を使えることを隠すということもありえる。
だが、この場合、フェルナン・ローリンゲンに近い者が、古語魔法を使えることを隠しているかも知れないという事は、重大な意味を持っている。
「……その、ナースィルという奴は、フォルカスに術をかけていた、バールとかいう奴と、姿形が似ていたりするのか?」
エイクはそう問うた。古語魔法を使えることを隠して、フェルナンの周りにいる。という話から、その者こそがフォルカスに術をかけた者なのかもしれないと思い至ったからだ。
セレナが慎重に答えを口にした。
「いいえ、似ても似つかないわ。ナースィルは60歳過ぎの痩せた白髪の男よ。
でも、姿形を偽る方法もあるから、見た目だけで別人とは言い切れない。
そして、ナースィルは、今でもかなり頻繁にフィールドワークに出ていた。数人の弟子と共に、王都を長期間はなれる事も珍しくなかったそうよ」
フィールドワークで王都の外に出ている、ということは、同行した者が口裏を合わせれば、本当はどこで何をしていたか不明という事になる。
例えば、姿を変え、名を偽って、フォルカスにアークデーモン融合の術を仕掛けたり、山賊にヘルハウンド融合の術をかけたりする事も、出来なくはないということだ。
要するに“虎使い”の容疑者となりうる。
「……」
エイクはしばし沈黙し、この重大な情報の意味をかみ締めた。その身体は、僅かに震えている。
長年追い求めた仇の、具体的な情報をついに掴んだのかも知れない。そう思うと、文字通り身を震わせるほどの激情がエイクを襲った。
セレナが、そんなエイクの様子を慮りつつ言葉を続ける。
「今のところ、そのナースィルが古語魔法が使えるというのは、確定ではないわ。だから、外れかもしれない。
とりあえず、本当に古語魔法を使える事を隠しているのかどうかを調べるつもりよ。
それから、ここ数年のナースィルの動向を詳しく調べて、“虎使い”だったとして矛盾が生じないかも、確認しているわ」
(そうだ、そいつが“虎使い”と決まったわけじゃあない。冷静にならなければ駄目だ。
それに、そいつが“虎使い”だったとしても、まだこちらから仕掛けるべきじゃあない。仕掛けても、勝てないんだからな。
フェルナンの方についても、確かに、本人の本当の立ち位置が分からないから、こちらもどう動けばいいか判断出来ない。フェルナンの本当の敵が誰か分からない訳だからな。
フェルナンの背後に何者かがいる可能性があるというのも、その通りだ。
どちらにしろ、もっと情報がいる。
焦っては駄目だ……)
そう考えて、エイクはしばし心を落ち着けようと努めた。
本心を言えば、エイクは、“虎使い”の容疑者として名が挙がったナースィルという者の事を、自分自身で直接調べたいと思っていた。
更に言えば、フェルナンなりサンデゴなりを、自ら襲撃して捕らえ、父を殺したのかと問い詰めたかった。
だが、現状でそのような事をするのは愚作であることも理解していた。それはあまりにも無謀な行いだ。
オド感知の能力と、気配を消す錬生術を使えば、身を潜めて忍びよる事は出来るだろう。
しかし、エイクは本格的な諜報活動をした事はないし、屋内で罠を発見する技術にも疎い。冷静に考えるなら、効果的な諜報活動が出来るはずがない。
フェルナンやサンデゴを直接襲うのは更に危険だ。
彼らが実際に虎使いやその一味だった場合、今そんな事をしても、勝てない敵に突っかかって、無駄に死ぬことになるだけである。
また、もしも虎使いと関係なかった場合には、誤解に基づき有力貴族を襲った事になり、やはり身の破滅を招く。
要するに、現状で得ている情報だけに基づいて、エイクが自ら何らかの行動をとっても、良い結果に結びつくとはとても思えない。
(焦って俺が自分で動いても、碌な事にはならない。
せっかく俺の至らなさを補ってくれる者がいるんだから、今はまだ、彼らに情報収集を任せるべきだ。
俺は、俺が出来る事をやるしかない……)
エイクはそのように考え、どうにか気持ちを落ち着けてから、口を開いた。
「そうだな、慎重に調査を進めてくれ。
それで、“虎使い”の関係で、新しい動きはないのか?」
「ええ、特には見受けられないわ。王都での諜報部隊の動きは相変わらず活発だし、“虎使い”は引き続き動き難い状況と考えていいいはずよ」
「そうか……。
それから、フェルナン達には、こちらが調査している事は、まだ気取られていないな?」
「絶対とは言えないけれど、まず大丈夫だと思うわ。今はまだ、かなり間接的に調べているところだから」
「出来ればそのまま気取られずに、時間を稼ぎたい。
前に、敵の敵を味方につけて戦うのが基本方針だと言ったが、本心を言えば、俺は俺自身の力で、俺の手で決着をつけたいと思っている。
ただ、その為には、多分年単位で時間を稼いで、俺がもっとずっと強くなる必要がある」
エイクの言葉を聞いて、アルターが意見を述べた。
「それは、随分と危険な綱渡りになりますな」
「分かっている。“虎使い”の方から俺の事を攻撃して来てもいるんだ、そんな悠長な時間を得るのは難しいだろう。
だから、“虎使い”の正体が明らかになって、敵の敵もはっきりしたなら、予定通り速やかに連携するつもりだ。
その上で、直ぐに戦う必要があるようなら、直ぐに戦おう。例え、俺自身の手で直接討てない状況でもだ。自分の手で討つ事に拘って、機を逸するつもりはない。
だが、自分の望みをかなえるために最善をつくしたいとも思っている」
「畏まりました。エイク様のお望みを叶えるために働く事が我々の務め。エイク様のお考えも念頭に、最善を尽くします」
「頼む。
俺は、冒険者稼業が楽しくなって、親父の仇討ちを二の次にしているような芝居をしようと思っている。
どの道、しばらくは王都を空けることが多くなるはずだから、仇討ちよりも冒険を優先して、王都を留守にしがちだというようにしておきたい。
“虎使い”の目的が何なのかもはっきりしないが、俺を殺す事が主目的ではないはずだ。
俺が、仇を狙うのを疎かにしていると思えば、他を優先する可能性はあると思う。出来れば、そうやって時を稼いだり、隙を狙ったりしたい。
俺が王都を空けているうちに、何らかの動きがないか、注意深く探っておいて欲しい。
だが、深入りは禁物だ。くれぐれも焦らないようにしてくれ」
エイクはそう告げた。焦らないように、との言葉は、ほとんど自分自身へ言い聞かせているようなものだった。
「承りました」
アルターがそう答え、他の者達も口々に了承の意を伝えた。
「他にはないか?」
エイクが皆に向かってそう確認すると、セレナが発言した。
「1つだけ。今更大した話しではないけれど、グロチウスの処刑が月末に決まったそうよ。
一応、私は見に行くつもりよ。
奴には随分酷い目にあわされたし、恨みが残っているから、本当は自分の手で殺したかったのだけれど、さすがに無理だから、せめて死に様だけは見ておく事にするわ」
恨みが残っている事や、本当は自分の手で殺したい事など、本音と思える内容を素直に口にしているのは、ある程度割り切る事が出来ているからこそであるようにも思える。
だが、余りにも平坦過ぎるその口調が、セレナが未だに無理をしている事を証明してしまっていた。
そんなセレナに、ロアンが気遣わしげな視線を送っている。
エイクもまた、グロチウスが処刑されるという情報に無関心ではいられなかった。
グロチウスは、双頭の虎と戦っていた父ガイゼイクに意識を乱す魔法をかけ、その死のきっかけを作った男だったからだ。
その行為が、実際には決定的な意味を持ってはいなかっただろうと思っている今も、グロチウスへの憎しみを消す事は出来ない。
(この手で殺してやりたいのは俺も同じだ……。
だが、確かに今さらそれは無理だ。
……自分で殺せるならともかく、死ぬのを見るだけの為に予定を変えるべきじゃあないな……)
そう考えたエイクは「月末だと俺は見にはいけない。代わりに確認しておいてくれ」とセレナに告げた。
「ええ、分かったわ」
セレナはそう返した。
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そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
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万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
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鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
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異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
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現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~
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主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。
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※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。
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【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
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ダンジョンが出現し20年。
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【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
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