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第4章
61.不快な話題
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夜、エイクはフィントリッドに夕食に招かれた。
その時刻は随分遅くだったが、エイクはそのことを特に不満には思っていない。
夕食が遅くなる事を告げに来たエルフの侍女に、それなら剣の鍛錬が出来る場所に案内して欲しいと告げ、その希望は叶えられたからだ。
お陰で日課の鍛錬を怠らずに済んだし、訓練場と呼べるような施設があることなど、フィントリッドの城の様子も多少知ることが出来た。
その後、最低限の身支度を整えて向かった部屋には、ハーフエルフの女が1人給仕役としているだけだった。
夕食はフィントリッドは厨房で自慢の腕を振るう趣向であり、他の幹部たちは都合が悪いのだという。
たった1人で食事をとらせるなど、仮にも客人に対して無礼と言わざるを得ない。
だが、エイクはむしろその方が良いと思っていた。
あの者達と再び食卓を囲みたいとは思えなかった。
それに、1人で静かに食べている方が、食事を堪能することが出来た。
或いはその為に意図的そうしたのかも知れない。料理に随分重きを置いているフィントリッドなら、そのような事をしてもおかしくはない。
そのフィントリッドが自ら腕を振るった料理は、実際どれもこれも絶品と言えるものばかりだった。
やがて全てのメニューが終わると、エイクは別室に案内された。
その部屋には、2台のソファーがハの字型に配置され、その間に丸テーブルがあった。テーブルの上には酒とグラス2つが用意されている。
そして、フィントリッドが待っていた。
「素晴らしい食事だった。俺の語彙では、旨かったとしか言えないのが心苦しい」
立ち上がってエイクを迎えるフィントリッドに、エイクはそんな事を述べた。
「いや、何よりの賛辞だ。
まあ、今用意できるのはこのくらいだ。
本当に最高の料理を提供するためには時間も食材も足りない。
相当の準備をした上で、七日七夜かければ、真に最高の饗応をすることが出来るのだが」
「そうなのか?」
「ああ、かつて、金に糸目はついけないから、とにかく最高の饗宴を用意してくれと言われた事があってな。その時に考えたのだ。
あの饗応ばかりは、流石の私も簡単に提供できるとは言えない。
まあ、とりあえず、掛けてくれ」
その言葉を受け、エイクはソファーに腰を下ろした。
フィントリッドも反対側のソファーに腰掛ける。
「余興も用意した。少し、気楽に話でもしよう」
フィントリッドがそう言うと、男1人女3人のエルフ達が部屋に入って来た。そして、男が竪琴を、女の1人は横笛を緩やかに奏で、他の2人が穏やかな歌を歌い始める。
音楽を聞き、酒を酌み交わしながら、雑談でもしようということらしい。
実際フィントリッドは、取るに足らないようなことをエイクに問いかけたりしてきた。
昼間に話したとおり、聞くだけなら気兼ねなく聞く、ということを実践しているようだ。
エイクもまた、フィントリッドに問いかける事にした。
エイクは、口では何でも気兼ねなく聞いてくれと言っていても、フィントリッドが機嫌を損ねれば結局は碌な事にはならないだろうと考えて、文字通りの意味で何でも聞くつもりはなかった。
だが、それでもせっかくの機会と考え、差し障りがなさそうな事を問いかけたのである。
「あなたは、ずっとこの城に住んでいるのか?」
「ずっと住んでいるとはいえないな。
私が生まれたのはこの近くだったし、千年以上ここを本拠地にはしているが、他の場所に住んでいたこともある。
ここにいるだけでは退屈になる事もあるからな。我々のような存在にとって退屈は大敵だ。ここを守るのも大切だが、離れていた事もある。
料理の修業で大陸中を回ったり、それなりの期間東方に居を移していたりもしたな。
それから、前にも言った通り、現在王都アイラナと呼ばれている場所で生活していた事もあるぞ」
「アストゥーリア王国建国前の話のことだな。初代国王たちと邂逅したという」
「その通りだ。
当時私はあの場所に居を移し、しばらく腰を落ち着けていた。
そして、ミュルミドン達を使って周りの土地を開墾し、多くの作物を作ったりしていた。当時は農作物の栽培から始めて最高の食材を作るという事に凝っていたのだ。
だが、それにもそろそろ飽きて来た頃に、マキシムス達がやって来た」
「初代国王マキシムス1世か。彼はどんな男だったんだ?」
エイクは、また一般に知られていない隠された歴史を知る事が出来るのではないか、という期待を持ってそう聞いた。
フィントリッドは若干顔をしかめつつ答える。
「一言で言えば、不快な男だ。
最初の頃は、私も奴とのやり取りを楽しんでいた。ちょうどいい暇つぶしだと思ったのだ。
だが、結局は碌な事にならなかった。奴が狡猾だったというよりも、私が奴の事を見誤っていたのだ。
私は今までに幾つもの失敗を犯してしまっているが、あれもその一つと言うべきだろう。
奴の事は余り語りたくない。
悪いがこの話は、答えられない問いかけという事にしておいてくれ」
「そうか。分かった」
エイクはそう答えたが、少しだけ未練を残していた。
(初代国王というよりも、その娘の事が知りたかったが……)
と、思っていたからだ。
フィントリッドは、初代国王マキシムスの娘に興味をひかれ、その娘の懇願に応えて土地を引き渡した。と、エイクに語ったことがある。
それが事実なら、その行いこそがアストゥーリア王国建国の本当の端緒だ。
つまり、その娘こそが真の建国者と言うべき、ということになる。
ところが、懇願して土地を譲ってもらったという歴史を残したくなかった父王マキシムスによって、その娘の存在は歴史から抹消されたそうだ。
事実、今やその名を知る者はほとんどいない。
彼女がどのような者だったのか、エイクは関心があった。
(アイラという名だと言っていたな。王都アイラナという名称は彼女に由来すると。
忘れ去られた王女アイラ、真実の建国者。と、言ったところか?
興味はあるが、仕方がないな。無理をして聞き出すようなことではない)
エイクはそう考え、それ以上この話題に固執するのをやめた。
フィントリッドもまたエイクに問いかける。
「ところで、そなたに兄弟はいないのか?」
「恐らくいないはずだ。
親父は、若い頃に何人も女を侍らせていたそうだが、子供は望みをかなえる為の足枷になると思って、孕む事がないようにしていたんだそうだ」
エイクはそう告げた。
ちなみに、妊娠を防ぐ方法は魔法や薬物など複数存在している。
「まあ、行きずりの関係になった相手にまでは、そんな事はしていないだろうから、ひょっとすると親父も知らない子供がどこかにいるかも知れないが……。
だが、もしも仮にそんな者がいたとしても、俺の兄姉として名乗り出る事はないはずだ。
そんな気があるなら、親父が炎獅子隊隊長になって羽振りが良かった頃に名乗り出てきたはずだからな。
そんな事がなかったということは、そういう者はやはりいなかったか、いたとしても自覚がないか、最低でももう名乗り出るつもりはないということだ。
それから、母も俺が初産だった。
だから、今後俺の兄弟が現れる可能性はもうないはずだ」
「そうか。
私も兄弟はいない。だが、寂しがるような事でもないな。
肉親が、常に仲良くあるわけでもない。肉親こそが最悪の敵ということもある。
信頼できる仲間がいれば十分だ」
フォントリッドはそのように語った。だが、エイクは違う考えを持っていた。
(信頼できる仲間を必要と考えるのは間違いだ。
己自身が完全なる強者になれば、仲間など必要ない。
信頼できる仲間という存在は、自分が完全なる強者になりきる前に、やむを得ず必要となる存在。いわば必要悪だ)
それは、“伝道師”の教えに基づく考えだった。
(伝道師さんとフィントリッドの考えが相容れないというのは、こういうところなのかも知れないな。
中にはこの程度の考えの違いでも、絶対に認めないという者もいるそうだが、伝道師さんは討滅したいとまでは思っていないと言っていた。
伝道師さんは、比較的穏健派なのかもしれない)
エイクはそんな事を考えていた。
フィントリッドは更に次の質問をする。
「そういえば、前にも言っていたが、その父君の望みというのは何だったのだ?」
「ああ、それは、国を興して王になりたかったんだそうだ」
「ほう、それは大した願望だな」
「親父は全く本気で、傭兵団を組織してラベルナ王国まで移動して、そこで何年も活動した。
いずれは、南のドゥムラント半島の魔族領域に攻め込んで、そこに自分の領土を作るつもりだったそうだ。
だが、部下達について行けないといわれて離反されて、親父の夢は潰えた。母以外の女に逃げられたのもその時だ」
「なるほど、もしその試みが成功していれば、あの地にそなたの父君が王の国が出来たのかも知れないのか。
それも面白かったかもしれないな」
「そうだな……」
エイクはそう呟きつつ、その事を語った時の父の様子を思い出していた。
その時刻は随分遅くだったが、エイクはそのことを特に不満には思っていない。
夕食が遅くなる事を告げに来たエルフの侍女に、それなら剣の鍛錬が出来る場所に案内して欲しいと告げ、その希望は叶えられたからだ。
お陰で日課の鍛錬を怠らずに済んだし、訓練場と呼べるような施設があることなど、フィントリッドの城の様子も多少知ることが出来た。
その後、最低限の身支度を整えて向かった部屋には、ハーフエルフの女が1人給仕役としているだけだった。
夕食はフィントリッドは厨房で自慢の腕を振るう趣向であり、他の幹部たちは都合が悪いのだという。
たった1人で食事をとらせるなど、仮にも客人に対して無礼と言わざるを得ない。
だが、エイクはむしろその方が良いと思っていた。
あの者達と再び食卓を囲みたいとは思えなかった。
それに、1人で静かに食べている方が、食事を堪能することが出来た。
或いはその為に意図的そうしたのかも知れない。料理に随分重きを置いているフィントリッドなら、そのような事をしてもおかしくはない。
そのフィントリッドが自ら腕を振るった料理は、実際どれもこれも絶品と言えるものばかりだった。
やがて全てのメニューが終わると、エイクは別室に案内された。
その部屋には、2台のソファーがハの字型に配置され、その間に丸テーブルがあった。テーブルの上には酒とグラス2つが用意されている。
そして、フィントリッドが待っていた。
「素晴らしい食事だった。俺の語彙では、旨かったとしか言えないのが心苦しい」
立ち上がってエイクを迎えるフィントリッドに、エイクはそんな事を述べた。
「いや、何よりの賛辞だ。
まあ、今用意できるのはこのくらいだ。
本当に最高の料理を提供するためには時間も食材も足りない。
相当の準備をした上で、七日七夜かければ、真に最高の饗応をすることが出来るのだが」
「そうなのか?」
「ああ、かつて、金に糸目はついけないから、とにかく最高の饗宴を用意してくれと言われた事があってな。その時に考えたのだ。
あの饗応ばかりは、流石の私も簡単に提供できるとは言えない。
まあ、とりあえず、掛けてくれ」
その言葉を受け、エイクはソファーに腰を下ろした。
フィントリッドも反対側のソファーに腰掛ける。
「余興も用意した。少し、気楽に話でもしよう」
フィントリッドがそう言うと、男1人女3人のエルフ達が部屋に入って来た。そして、男が竪琴を、女の1人は横笛を緩やかに奏で、他の2人が穏やかな歌を歌い始める。
音楽を聞き、酒を酌み交わしながら、雑談でもしようということらしい。
実際フィントリッドは、取るに足らないようなことをエイクに問いかけたりしてきた。
昼間に話したとおり、聞くだけなら気兼ねなく聞く、ということを実践しているようだ。
エイクもまた、フィントリッドに問いかける事にした。
エイクは、口では何でも気兼ねなく聞いてくれと言っていても、フィントリッドが機嫌を損ねれば結局は碌な事にはならないだろうと考えて、文字通りの意味で何でも聞くつもりはなかった。
だが、それでもせっかくの機会と考え、差し障りがなさそうな事を問いかけたのである。
「あなたは、ずっとこの城に住んでいるのか?」
「ずっと住んでいるとはいえないな。
私が生まれたのはこの近くだったし、千年以上ここを本拠地にはしているが、他の場所に住んでいたこともある。
ここにいるだけでは退屈になる事もあるからな。我々のような存在にとって退屈は大敵だ。ここを守るのも大切だが、離れていた事もある。
料理の修業で大陸中を回ったり、それなりの期間東方に居を移していたりもしたな。
それから、前にも言った通り、現在王都アイラナと呼ばれている場所で生活していた事もあるぞ」
「アストゥーリア王国建国前の話のことだな。初代国王たちと邂逅したという」
「その通りだ。
当時私はあの場所に居を移し、しばらく腰を落ち着けていた。
そして、ミュルミドン達を使って周りの土地を開墾し、多くの作物を作ったりしていた。当時は農作物の栽培から始めて最高の食材を作るという事に凝っていたのだ。
だが、それにもそろそろ飽きて来た頃に、マキシムス達がやって来た」
「初代国王マキシムス1世か。彼はどんな男だったんだ?」
エイクは、また一般に知られていない隠された歴史を知る事が出来るのではないか、という期待を持ってそう聞いた。
フィントリッドは若干顔をしかめつつ答える。
「一言で言えば、不快な男だ。
最初の頃は、私も奴とのやり取りを楽しんでいた。ちょうどいい暇つぶしだと思ったのだ。
だが、結局は碌な事にならなかった。奴が狡猾だったというよりも、私が奴の事を見誤っていたのだ。
私は今までに幾つもの失敗を犯してしまっているが、あれもその一つと言うべきだろう。
奴の事は余り語りたくない。
悪いがこの話は、答えられない問いかけという事にしておいてくれ」
「そうか。分かった」
エイクはそう答えたが、少しだけ未練を残していた。
(初代国王というよりも、その娘の事が知りたかったが……)
と、思っていたからだ。
フィントリッドは、初代国王マキシムスの娘に興味をひかれ、その娘の懇願に応えて土地を引き渡した。と、エイクに語ったことがある。
それが事実なら、その行いこそがアストゥーリア王国建国の本当の端緒だ。
つまり、その娘こそが真の建国者と言うべき、ということになる。
ところが、懇願して土地を譲ってもらったという歴史を残したくなかった父王マキシムスによって、その娘の存在は歴史から抹消されたそうだ。
事実、今やその名を知る者はほとんどいない。
彼女がどのような者だったのか、エイクは関心があった。
(アイラという名だと言っていたな。王都アイラナという名称は彼女に由来すると。
忘れ去られた王女アイラ、真実の建国者。と、言ったところか?
興味はあるが、仕方がないな。無理をして聞き出すようなことではない)
エイクはそう考え、それ以上この話題に固執するのをやめた。
フィントリッドもまたエイクに問いかける。
「ところで、そなたに兄弟はいないのか?」
「恐らくいないはずだ。
親父は、若い頃に何人も女を侍らせていたそうだが、子供は望みをかなえる為の足枷になると思って、孕む事がないようにしていたんだそうだ」
エイクはそう告げた。
ちなみに、妊娠を防ぐ方法は魔法や薬物など複数存在している。
「まあ、行きずりの関係になった相手にまでは、そんな事はしていないだろうから、ひょっとすると親父も知らない子供がどこかにいるかも知れないが……。
だが、もしも仮にそんな者がいたとしても、俺の兄姉として名乗り出る事はないはずだ。
そんな気があるなら、親父が炎獅子隊隊長になって羽振りが良かった頃に名乗り出てきたはずだからな。
そんな事がなかったということは、そういう者はやはりいなかったか、いたとしても自覚がないか、最低でももう名乗り出るつもりはないということだ。
それから、母も俺が初産だった。
だから、今後俺の兄弟が現れる可能性はもうないはずだ」
「そうか。
私も兄弟はいない。だが、寂しがるような事でもないな。
肉親が、常に仲良くあるわけでもない。肉親こそが最悪の敵ということもある。
信頼できる仲間がいれば十分だ」
フォントリッドはそのように語った。だが、エイクは違う考えを持っていた。
(信頼できる仲間を必要と考えるのは間違いだ。
己自身が完全なる強者になれば、仲間など必要ない。
信頼できる仲間という存在は、自分が完全なる強者になりきる前に、やむを得ず必要となる存在。いわば必要悪だ)
それは、“伝道師”の教えに基づく考えだった。
(伝道師さんとフィントリッドの考えが相容れないというのは、こういうところなのかも知れないな。
中にはこの程度の考えの違いでも、絶対に認めないという者もいるそうだが、伝道師さんは討滅したいとまでは思っていないと言っていた。
伝道師さんは、比較的穏健派なのかもしれない)
エイクはそんな事を考えていた。
フィントリッドは更に次の質問をする。
「そういえば、前にも言っていたが、その父君の望みというのは何だったのだ?」
「ああ、それは、国を興して王になりたかったんだそうだ」
「ほう、それは大した願望だな」
「親父は全く本気で、傭兵団を組織してラベルナ王国まで移動して、そこで何年も活動した。
いずれは、南のドゥムラント半島の魔族領域に攻め込んで、そこに自分の領土を作るつもりだったそうだ。
だが、部下達について行けないといわれて離反されて、親父の夢は潰えた。母以外の女に逃げられたのもその時だ」
「なるほど、もしその試みが成功していれば、あの地にそなたの父君が王の国が出来たのかも知れないのか。
それも面白かったかもしれないな」
「そうだな……」
エイクはそう呟きつつ、その事を語った時の父の様子を思い出していた。
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