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第4章
62.異様な反応
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父ガイゼイクは、王になるという過去の自分の夢について語った際、あの時はこうするべきだった、とか、今にして思えばあれが失敗だった、とか、そういったことを何度か口にしていた。
夢はきっぱりと諦めた、未練を持つのは情けない行為だ、と言いつつも、やはり心残りもあったのだろう。
今のエイクにはそのように思えた。
(父さんは、再度夢に挑戦したいとも思ってもいたんだろうな。
そして、前の失敗の経験を活かせば、2度目は成功したかも知れない。とも、思っていたんだろう。
しかし、父さんが挫折したのは、既に40近い歳だったというから、その歳でもう一度挑戦することは断念したんだろう。
もしも、父さんがもっと若かったら、きっともう一度挑んだはずだ。或いは……)
エイクは、そんな事を考えつつ、ふと思いついたことを、何の気なしにそのまま言葉にした。
「もしも、親父が記憶を保ったまま時が遡って、失敗を踏まえてやり直せたなら、次は成功していたかもしれないな」
だが、そう口にした次の瞬間、突然エイクの全身がビクリと振るえ、強張った。
(ウッ!)
思わず呻き声が出そうになるのを、どうにか抑える。
エイクが状況を理解する前に、フィントリッドから、それまでと打って変わった声が発せられた。
酷く低い声で、恐ろしく重苦しく、陰にこもった口調だった。
「確かに、そうかも知れぬな。
だが、時が遡る、などということは、絶対に、起こらない、がな。絶対に、だ」
そして、その口調以上に、フィントリッドは何らかの激情を押し殺しているようですらある。
エイクはそこでようやく、自身が硬直しているのは、フィントリッドが発する恐ろしく剣呑な気配を感じたからだと理解した。
頭で理解する前に体が反応していたのである。
エイクは、ゆっくりとフィントリッドの方に顔を向ける。フィントリッドはエイクを見てはいなかった。だが、その瞳は底なしの奈落のごとき漆黒を湛え、それでいて強い決意を感じさせる鋭い眼光を放っている。明白な敵意、そして激烈な憎悪を宿した、恐ろしい瞳だった。
エイクは今の自分の発言が、フィントリッドにとって相当不快なものだったことを悟った。
(フィントリッドは、魔術師狩りとか称する連中に、両親を殺されたんだったな。
多分その時に、時が遡れば、とかいった、不可能な望みを痛いほど懐いてしまって、絶望したりしたんだろう)
エイクは、フィントリッドが示した強すぎる反応の理由をそのように察した。
彼が知る限りの知識の中からは、そのくらいしか答えは見出せなかった。
フィントリッドは言葉を続けず沈黙している。
エイクは、フィントリッドから異様なほど強い反応を引き出してしまった自分の発言について、少し真剣に考えてみた。
(もしも本当に時が遡って、父さんが別の人生を歩んだなら、当然俺は生まれていない事になる。
俺の人生そのものが全てなかった事になってしまうわけだ)
それは当然の帰結だ。
時が遡るなどという事がもしも本当に起これば、その遡った間に生まれた者は、全て最初からいなかった事になる。
そして、歴史が変わってしまえば、その者達は二度と生まれることはない。
存在そのものが完全に消え去るのだ。
そう考えると、エイクはうすら寒い恐怖を感じた。
自分の存在が全て消えてなくなる。それは自分が死ぬ事よりも遥かに恐ろしい想像だった。
例え志半ばで死ぬ事になっても、少なくともそれまでの人生はなかったことにはならない。
だが、生まれていなかった事になってしまえば、人生そのものが最初からなかった事になってしまう。
自分という存在が、今までの行いごと、全て完全に抹消されてしまうのだ。それは正しく耐え難い恐怖だ。
いや、生まれる前から全部でなくとも、自分のこれまでの人生の一部でも、なかった事になるのは耐え難い。
少なくとも、自分なりに全力で生きて来たつもりであるエイクにとっては、そうだった。
例えば数年の時が遡るなら、その間の自分の行いも、その結果も、なかった事になってしまう。
仮に記憶を失わなかったとしても、その記憶は内実を伴わない空虚なものとなり果てる。
その時に抱いた感情、喜びも楽しみも怒りや悲しみも、全て実際には起こっていない事に対する虚構の感情という事になってしまう。
そんな事は絶対に許容出来ない。
例えその中に失敗が含まれていても同様である。
失敗も含めて自分の人生だ。それがなかった事になるなどという事は、あってはならない。絶対にあって欲しくはない。
そう考えれば、時が遡るなどという発想は、恐ろしい或いは悍ましいものであるように思える。
そのような事は、絶対に起こってはならない。エイクはそう思った。
そしてその思いは、エイクに別の事を想起させた。
それは、父も自分と同じように考えるだろう。と、いうものだった。
(父さんも、自分の人生の一部がなかった事になるなどという事を望むはずがない。
父さんは確かに過去に失敗があったと自覚していたし、自分の夢に心残りもあったと思う。
だから、その失敗の経験を活かして、次こそは成功させたいという気持ちも、きっとあったのだろう。
結局は断念して国に仕える道を選んだ訳だが、どちらにしても、それは未来を見ての事だ。
過去に戻るなどという事を望むはずがない。父さんは、全力で自分の人生を生きて来たんだから、それが一部でもなくなる事を許容しないはずだ。
父さんは失敗をしたから過去からやり直したい。などという、薄っぺらい気持ちで生きてはいなかったはずだ。
……きっと、それは、自分の死に臨んですら同様だっただろう)
エイクは、戦いに臨むからには死を覚悟する必要があると、真剣に語っていた父を思い出していた。
あの父が、例え無念の最期を遂げようと、過去に戻ってやり直したいと考えるとは到底思えない。
仮に死んだ時にそのような選択肢が示されたとしても、それを選ぶことはなかったはずだ。
(時が遡って、過去からやり直すなどという想像は、父さんの人生を愚弄するものだった。
父さんがそんな事を望むはずがない。
不用意に口にしてしまったが、誤りだった。
時が遡るなどという事は、絶対に起こらないことである以上に、絶対に起こってはならない事だ)
エイクはそう考えた。
そして自分のその考えを、フィントリッドに伝えてみる事にした。
いつまでも沈黙が続くのは気まずかったし、かといってフィントリッドの様子を見る限り、いきなり話題を転換するのも躊躇われたからだ。
「そうだな。時が遡るなどという事は、確かに絶対に起こらない事だが、それ以上に、絶対に起こってはならない事でもあった。
我ながら変な想像をしてしまった」
その言葉を聞いたフィントリッドが、エイクの方に目を向ける。敵意や憎悪は消えていた。しかし、酷く真剣な眼差しだった。
そして、少しの間を置いてから口を開いた。
「……そうだ、そのとおりだ。そなたは聡明だな」
口調は平静なものになっている。
エイクは、少し安堵しつつ答えた。
「いや、少し考えたらそう思った。それだけだ」
「そうか。まあ、確かに、今のは変な想像だったと言わざるを得ないだろう」
「ああ、忘れてくれ」
そこでエイクは改めて話題を変える事にした。
フィントリッドの様子は落ち着いているようだが、別の話をすることで気分を変えた方が良いと思ったからである。
「ところで、俺は芸術には疎いんだが、いい歌だな」
エイクは先ほどから音楽を奏でているエルフ達の方に顔を向けてそう告げた。
それは、穏やかな曲に乗せて、自然の美しさを賛美したり、友情や恋といった麗しい感情を歌い上げたりする内容だった。
実際エイクは芸術の事はよく分からないが、いい音楽だと思っていたのは事実だ。
それに、わざわざ客の前で披露しているのだから、フィントリッドはこのエルフ達が奏でている曲と歌を優れたものと思っているのだろう。それを褒めれば気分を良くするはずだ。
エイクはそんな事を考えていた。
「まあな」
フィントリッドは平静な口調のままそう答える。
そして、言葉を続けた。
「この音楽は、この者達が住んでいた、滅ぼされてしまった村に伝わっていたものだ。
彼らは、人間に故郷を滅ぼされ、ある国の貴族の下で奴隷にされていた。
それを私が助けた。だが、最早帰る場所はなかったので、この城に住まわせる事にしたのだ」
気分のよい話とはとても思えない内容だった。
エルフの村が人間に滅ぼされるという事は稀に起こる事である。
もちろん、重大な犯罪行為だ。大陸におけるほとんど国で、光の担い手を一方的に襲う事は犯罪とされているのだから。
それは国家に属さないエルフなどが相手でも同様である。
だが、見目麗しい者ばかりのエルフが奴隷として狙われ、村が襲われる事は時折起こってしまっている。
状況次第では人間が人間の集落を襲う事もあるという事実を考えれば、これは驚くには当たらない。
フィントリッドは更に言葉を続けた。
「この城に住んでいるエルフやハーフエルフは、大体そんな身の上の者達だ。
私は、虐げられているエルフやハーフエルフを偶々見かけた時には、助けることもあるのだ。
といっても、別にこの世から虐げられるエルフやハーフエルフを根絶しようとしているわけではない。私はそんな事が出来るほどには強くないし、そもそも、そこまでの高邁な思いはないからな。
だが、それでも、偶々目に付いた者で、しかも、さほどの面倒もなく助けられる場合に限っては助けてしまっている。
逆に言えば、面倒な場合は見捨てている。私はそんな半端な事をしているのだ。
まあ、偽善と言うべきか、自己満足と言うべきか、或いは道楽というのが一番正しい表現かも知れないな」
「……そうか」
エイクは、簡潔に返した。
フィントリッドの口調は平静なままだったが、やはり何か強い感情を隠しているようにも見受けられる。
エイクはこの話題も失敗だったと思った。
(そういえばテティスが、フィントリッドはエルフやハーフエルフが虐げられている事を見聞きすると、理性を失う事があると言っていたな。
当人は「面倒なら見捨てる」などと、ある意味理性的な判断をしているつもりなんだろうが、傍から見れば理性をなくして行動をしているように見えるということだ。
こいつが理性を失ったら、本当に何が起こるか分からない。十分に気をつけなければならない。
とりあえず、セレナには、配下の盗賊共がエルフやハーフエルフに手を出す事が絶対にないように、徹底させる必要があるな)
エイクは、そのような事も考えたのだった。
その後、もう少し差障りがない雑談が続いてからその場はお開きとなり、エイクは自分に宛がわれた部屋に戻った。
そして、今夜はもう素直に眠る事にした。エイクは精神的にかなり疲れていた。
それに、明日は朝から、フィントリッドから告げられた女オーガがいる場所に向かう予定だ。
今日の内にしっかりと休息をとっておくに越した事はない。
夢はきっぱりと諦めた、未練を持つのは情けない行為だ、と言いつつも、やはり心残りもあったのだろう。
今のエイクにはそのように思えた。
(父さんは、再度夢に挑戦したいとも思ってもいたんだろうな。
そして、前の失敗の経験を活かせば、2度目は成功したかも知れない。とも、思っていたんだろう。
しかし、父さんが挫折したのは、既に40近い歳だったというから、その歳でもう一度挑戦することは断念したんだろう。
もしも、父さんがもっと若かったら、きっともう一度挑んだはずだ。或いは……)
エイクは、そんな事を考えつつ、ふと思いついたことを、何の気なしにそのまま言葉にした。
「もしも、親父が記憶を保ったまま時が遡って、失敗を踏まえてやり直せたなら、次は成功していたかもしれないな」
だが、そう口にした次の瞬間、突然エイクの全身がビクリと振るえ、強張った。
(ウッ!)
思わず呻き声が出そうになるのを、どうにか抑える。
エイクが状況を理解する前に、フィントリッドから、それまでと打って変わった声が発せられた。
酷く低い声で、恐ろしく重苦しく、陰にこもった口調だった。
「確かに、そうかも知れぬな。
だが、時が遡る、などということは、絶対に、起こらない、がな。絶対に、だ」
そして、その口調以上に、フィントリッドは何らかの激情を押し殺しているようですらある。
エイクはそこでようやく、自身が硬直しているのは、フィントリッドが発する恐ろしく剣呑な気配を感じたからだと理解した。
頭で理解する前に体が反応していたのである。
エイクは、ゆっくりとフィントリッドの方に顔を向ける。フィントリッドはエイクを見てはいなかった。だが、その瞳は底なしの奈落のごとき漆黒を湛え、それでいて強い決意を感じさせる鋭い眼光を放っている。明白な敵意、そして激烈な憎悪を宿した、恐ろしい瞳だった。
エイクは今の自分の発言が、フィントリッドにとって相当不快なものだったことを悟った。
(フィントリッドは、魔術師狩りとか称する連中に、両親を殺されたんだったな。
多分その時に、時が遡れば、とかいった、不可能な望みを痛いほど懐いてしまって、絶望したりしたんだろう)
エイクは、フィントリッドが示した強すぎる反応の理由をそのように察した。
彼が知る限りの知識の中からは、そのくらいしか答えは見出せなかった。
フィントリッドは言葉を続けず沈黙している。
エイクは、フィントリッドから異様なほど強い反応を引き出してしまった自分の発言について、少し真剣に考えてみた。
(もしも本当に時が遡って、父さんが別の人生を歩んだなら、当然俺は生まれていない事になる。
俺の人生そのものが全てなかった事になってしまうわけだ)
それは当然の帰結だ。
時が遡るなどという事がもしも本当に起これば、その遡った間に生まれた者は、全て最初からいなかった事になる。
そして、歴史が変わってしまえば、その者達は二度と生まれることはない。
存在そのものが完全に消え去るのだ。
そう考えると、エイクはうすら寒い恐怖を感じた。
自分の存在が全て消えてなくなる。それは自分が死ぬ事よりも遥かに恐ろしい想像だった。
例え志半ばで死ぬ事になっても、少なくともそれまでの人生はなかったことにはならない。
だが、生まれていなかった事になってしまえば、人生そのものが最初からなかった事になってしまう。
自分という存在が、今までの行いごと、全て完全に抹消されてしまうのだ。それは正しく耐え難い恐怖だ。
いや、生まれる前から全部でなくとも、自分のこれまでの人生の一部でも、なかった事になるのは耐え難い。
少なくとも、自分なりに全力で生きて来たつもりであるエイクにとっては、そうだった。
例えば数年の時が遡るなら、その間の自分の行いも、その結果も、なかった事になってしまう。
仮に記憶を失わなかったとしても、その記憶は内実を伴わない空虚なものとなり果てる。
その時に抱いた感情、喜びも楽しみも怒りや悲しみも、全て実際には起こっていない事に対する虚構の感情という事になってしまう。
そんな事は絶対に許容出来ない。
例えその中に失敗が含まれていても同様である。
失敗も含めて自分の人生だ。それがなかった事になるなどという事は、あってはならない。絶対にあって欲しくはない。
そう考えれば、時が遡るなどという発想は、恐ろしい或いは悍ましいものであるように思える。
そのような事は、絶対に起こってはならない。エイクはそう思った。
そしてその思いは、エイクに別の事を想起させた。
それは、父も自分と同じように考えるだろう。と、いうものだった。
(父さんも、自分の人生の一部がなかった事になるなどという事を望むはずがない。
父さんは確かに過去に失敗があったと自覚していたし、自分の夢に心残りもあったと思う。
だから、その失敗の経験を活かして、次こそは成功させたいという気持ちも、きっとあったのだろう。
結局は断念して国に仕える道を選んだ訳だが、どちらにしても、それは未来を見ての事だ。
過去に戻るなどという事を望むはずがない。父さんは、全力で自分の人生を生きて来たんだから、それが一部でもなくなる事を許容しないはずだ。
父さんは失敗をしたから過去からやり直したい。などという、薄っぺらい気持ちで生きてはいなかったはずだ。
……きっと、それは、自分の死に臨んですら同様だっただろう)
エイクは、戦いに臨むからには死を覚悟する必要があると、真剣に語っていた父を思い出していた。
あの父が、例え無念の最期を遂げようと、過去に戻ってやり直したいと考えるとは到底思えない。
仮に死んだ時にそのような選択肢が示されたとしても、それを選ぶことはなかったはずだ。
(時が遡って、過去からやり直すなどという想像は、父さんの人生を愚弄するものだった。
父さんがそんな事を望むはずがない。
不用意に口にしてしまったが、誤りだった。
時が遡るなどという事は、絶対に起こらないことである以上に、絶対に起こってはならない事だ)
エイクはそう考えた。
そして自分のその考えを、フィントリッドに伝えてみる事にした。
いつまでも沈黙が続くのは気まずかったし、かといってフィントリッドの様子を見る限り、いきなり話題を転換するのも躊躇われたからだ。
「そうだな。時が遡るなどという事は、確かに絶対に起こらない事だが、それ以上に、絶対に起こってはならない事でもあった。
我ながら変な想像をしてしまった」
その言葉を聞いたフィントリッドが、エイクの方に目を向ける。敵意や憎悪は消えていた。しかし、酷く真剣な眼差しだった。
そして、少しの間を置いてから口を開いた。
「……そうだ、そのとおりだ。そなたは聡明だな」
口調は平静なものになっている。
エイクは、少し安堵しつつ答えた。
「いや、少し考えたらそう思った。それだけだ」
「そうか。まあ、確かに、今のは変な想像だったと言わざるを得ないだろう」
「ああ、忘れてくれ」
そこでエイクは改めて話題を変える事にした。
フィントリッドの様子は落ち着いているようだが、別の話をすることで気分を変えた方が良いと思ったからである。
「ところで、俺は芸術には疎いんだが、いい歌だな」
エイクは先ほどから音楽を奏でているエルフ達の方に顔を向けてそう告げた。
それは、穏やかな曲に乗せて、自然の美しさを賛美したり、友情や恋といった麗しい感情を歌い上げたりする内容だった。
実際エイクは芸術の事はよく分からないが、いい音楽だと思っていたのは事実だ。
それに、わざわざ客の前で披露しているのだから、フィントリッドはこのエルフ達が奏でている曲と歌を優れたものと思っているのだろう。それを褒めれば気分を良くするはずだ。
エイクはそんな事を考えていた。
「まあな」
フィントリッドは平静な口調のままそう答える。
そして、言葉を続けた。
「この音楽は、この者達が住んでいた、滅ぼされてしまった村に伝わっていたものだ。
彼らは、人間に故郷を滅ぼされ、ある国の貴族の下で奴隷にされていた。
それを私が助けた。だが、最早帰る場所はなかったので、この城に住まわせる事にしたのだ」
気分のよい話とはとても思えない内容だった。
エルフの村が人間に滅ぼされるという事は稀に起こる事である。
もちろん、重大な犯罪行為だ。大陸におけるほとんど国で、光の担い手を一方的に襲う事は犯罪とされているのだから。
それは国家に属さないエルフなどが相手でも同様である。
だが、見目麗しい者ばかりのエルフが奴隷として狙われ、村が襲われる事は時折起こってしまっている。
状況次第では人間が人間の集落を襲う事もあるという事実を考えれば、これは驚くには当たらない。
フィントリッドは更に言葉を続けた。
「この城に住んでいるエルフやハーフエルフは、大体そんな身の上の者達だ。
私は、虐げられているエルフやハーフエルフを偶々見かけた時には、助けることもあるのだ。
といっても、別にこの世から虐げられるエルフやハーフエルフを根絶しようとしているわけではない。私はそんな事が出来るほどには強くないし、そもそも、そこまでの高邁な思いはないからな。
だが、それでも、偶々目に付いた者で、しかも、さほどの面倒もなく助けられる場合に限っては助けてしまっている。
逆に言えば、面倒な場合は見捨てている。私はそんな半端な事をしているのだ。
まあ、偽善と言うべきか、自己満足と言うべきか、或いは道楽というのが一番正しい表現かも知れないな」
「……そうか」
エイクは、簡潔に返した。
フィントリッドの口調は平静なままだったが、やはり何か強い感情を隠しているようにも見受けられる。
エイクはこの話題も失敗だったと思った。
(そういえばテティスが、フィントリッドはエルフやハーフエルフが虐げられている事を見聞きすると、理性を失う事があると言っていたな。
当人は「面倒なら見捨てる」などと、ある意味理性的な判断をしているつもりなんだろうが、傍から見れば理性をなくして行動をしているように見えるということだ。
こいつが理性を失ったら、本当に何が起こるか分からない。十分に気をつけなければならない。
とりあえず、セレナには、配下の盗賊共がエルフやハーフエルフに手を出す事が絶対にないように、徹底させる必要があるな)
エイクは、そのような事も考えたのだった。
その後、もう少し差障りがない雑談が続いてからその場はお開きとなり、エイクは自分に宛がわれた部屋に戻った。
そして、今夜はもう素直に眠る事にした。エイクは精神的にかなり疲れていた。
それに、明日は朝から、フィントリッドから告げられた女オーガがいる場所に向かう予定だ。
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