剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
247 / 373
第4章

65.目的の女オーガ②

しおりを挟む
 名乗りを上げたエイクだったが、相対する女オーガが、余裕があるかの様な笑みを見せている事が気に食わなかった。
(こいつが、相手の強さをまるで見極められない無能とは思えない。俺の強さもある程度察しているはずだ。それなのに笑っていられるのはなぜだ?
 はったりを見せているだけか、強敵と戦う事を好む戦闘狂か、それとも、確実に俺に勝てると思うほどの何かを持っているのか。
 とりあえず、何らかの魔法は使うとは思っておいたほうがいいな)
 エイクはそう考えた。 

 オーガという種族は、暗黒神アーリファから魔法への高い親和性という加護を得ている。そしてその加護は、アーリファを見限った者達からも失われてはいない。現在を生きる全てのオーガがその恩恵に浴しているのである。

 具体的な恩恵として、オーガは古語魔法を使う場合に発動体を必要としない。
 また、敵の攻撃を避けながら魔法を発動させる事も普通に出来る。他の種族なら相応の訓練をしなければ身に着かないその技術を、生まれながらに会得しているのである。
 その上、更に熟練の者は、攻撃をしつつ魔法を使う事すら出来る。

 かつてエイクは“伝道師”から、古代魔法帝国時代に存在した“魔法戦士”という者達は、武器で攻撃をしながら魔法も使うという“ずるい”事が出来た。と、教えられた事があった。
 オーガという種族の中には、そのずるい事を行える者が、現在でも普通に存在しているのだ。

 例えば、戦闘中に自らに回復魔法をかける場合、普通は魔法の準備から発動までに相応の時間がかかり、その間に反撃は行えない。
 そのため、その間に次の攻撃を当てられてしまって、反撃する間もなく次々と回復魔法かけ続けなければならなくなる、というジリ貧の展開になりやすい。
 だが、熟練のオーガは魔法で傷を癒しつつほぼ同時に反撃する事も出来るのである。
 それほどの魔法との親和性を持つ以上、オーガが何らかの魔法を身につけている可能性は非常に高いといえる。

 エイクは言葉を続けた。
「それで、そちらの名は教えてもらえないのか?」
「我が名はアズィーダ。オーガの修練者だ」
 女オーガがそう答える。

「そうか、それで、もう一つ確認したい。この洞窟に住み着いている者という事で間違いないな?」
「そのとおりだが、それがどうかしたか?」
「それが困るという者がいる。俺はその者からの話があってやって来た。
 平たく言うと、立ち退きを要求しに来たという事だ。従ってもらえないか」

「ふっ」
 アズィーダと名乗った女オーガはエイクの提案を鼻で笑い、返答を口にした。
「随分理不尽な要求だな。
 だが、要求の内容などには意味はない。本当は貴様の素性を知る必要もない。
 二者以上の者がいて、その意見が対立したならば、その後にあるべきことは闘争のみ。いずれかがいずれかを破壊するまで続く闘争だ」

 その言葉が気にかかったエイクは、女オーガに問いかけた。
「こちらの要求に理があるとは思っていないが、随分極端なことを言うな。
 少しは話し合うという選択肢を考慮してはどうだ? そうしなければ、本当に戦うほどの理由があるのか分からないだろう」
「意見が対立したというだけで十分だ。闘争をするのに、それ以上の理由など必要ない」
「それはまるで、破壊神ムズルゲルの教義だぞ」

 エイクの問いかけに、アズィーダがきっぱりと答える。
「そうとも。ムズルゲル様の言葉こそが世の真理を表している。私は、修練者であると共に、ムズルゲル様の信徒だ」
「なッ!」
 エイクは思わずそんな声を上げ、続く言葉を失った。それは俄かには信じられない発言だった。
 女の身でムズルゲルを信仰するなどありえないことだ。

「ひょっとして、性転換の霊薬でも使っているのか?」
 エイクは本気でそんな質問をした。女がムズルゲルを信仰するよりは、その方がまだしも可能性が高いと思ったのである。
「馬鹿なことをぬかすな。私は生まれた時から女だ」
 だが、アズィーダは不機嫌そうな様子でそう答えた。
 どうやら、エイクの前にいるのは、本当に世にも珍しい女のムズルゲル信者であるらしい。



 破壊神ムズルゲルは、無条件無制限の際限なき戦いを繰り返せ。という、余りにも破滅的な教義を掲げる神である。それだけでも、普通の光の担い手達にとっては理解しがたい異常な考えなのだが、更に女性に対して酷い思想を持つ神でもあった。
 それは、端的に言えば「女は子を産む道具である」という思想である。
 ムズルゲルは、女は強き男の子を生み育てれば良いと説く。

 戦闘に重きを置く神だけに、女が戦う事を否定してはいない。
 だが、女が戦いに臨み、もしも敗れたなら、そしてその相手が男だったならば、その女は、自分を打ち負かした強き男の子を生み育てる事が義務だとしている。そのために、全てを捧げてその男に仕え尽くすべきだというのである。
 もしも男から拒まれたとしても、抱いてくれ、子を産ませてくれ、と懇願しなければならない。などという事すら教義とされている。
 
 これは、ムズルゲルが望んでいるのが、世界全ての破滅ではないからこその思想だと言われている。
 ムズルゲルは、戦いまくり、死にまくり、破壊をまき散らす、無制限の闘争を行う事で強き者が育ち、生き残り、そして世界が発展すると説いている。
 つまり、一応その目的は世界の発展であり、戦いや破壊はその手段なのである。よって、戦いの果てに生者が絶滅する事はムズルゲルの本意ではない。

 そして、戦いまくり死にまくっても絶滅しない為には、次々と子が生まれてこなければならない。
 その、次々と子を産む役目を担っているのが女だ。特に強い男の子を沢山生むべきだ。というわけである。
 そのような教義を掲げる神を女性が信仰するなど、エイクにはとても正気の沙汰とは思えなかった。

(だがまあ、本当にそうなら俺にとっては好都合だ)
 しかし、エイクはそう思い直した。そして、またアズィーダに向かって声をかけた。
「ムズルゲルの教えに従うなら、闘争の結果俺が勝ったら、お前は俺の言う事を何でも聞くという事になるな」
「ああ、貴様が私に勝てたなら、な」
 アズィーダは軽くそう返す。
 それは、エイクがこの女オーガから引き出したいと思っていた言葉だった。

 エイクはフィントリッドから相手は美しい女オーガだと聞いた時から、戦うなら向こうから一方的に攻撃して来て戦いが始まるか、そうでないなら、負けたら抱かれても良いというような言質をとった上で戦いたいと思っていた。
 そうすれば、勝ったあかつきには心置きなく相手を犯せる。などと考えていたからである。

 エイクは自分の事を、何人もの女を犯している好色な悪人だと理解していた。
 だが、所詮は悪人だとしても、自分なりのルールを持ちそれを守って行動しようとも思っていた。
 例えばエイクは、相手の方から攻撃してきた女を返り討ちにして、そして犯すのは行っても良い事だと考えている。
 だが、こちらの方から一方的に攻撃を仕掛けて、そして倒した女を犯すのは、さすがに許されないと考えていた。
 同じ悪事だとしても、前者と後者では質的に大きな違いがあると思っていたのである。
 だから、前者は行っても後者は行わないということを、自分なりのルールとしていた。 

 傍からどう思われるかはともかくとして、エイクは自分で定めたそのルールを守るつもりだった。
 つまり、相手に対して欲望を懐き、あわ行くば抱きたいと思ったからこそ、こちらから一方的に攻撃するつもりはなかった。
 湖で奇襲をかけなかったのには、そんな理由もあったのである。

 そして、向こうから一方的に攻撃してこなかった場合には、言葉を交わし、可能なら上手く誘導して「負けたら抱かれてもいい」というような発言をさせた上で戦いたいと思っていた。
 エイクの中では、そのような発言があったなら、その通りに行動してもルール違反にはならない事になっていたからだ。

 エイクにも我ながら面倒くさい事をしているという自覚はあった。だが、一般の法に従わない悪人だからこそ、自らを律する事が必要だとエイクは考えていた。
 そうでなければ、どこまでも堕ちて行ってしまう。それこそ理由もなく戦いたがるムズルゲル信者と同じように。
 エイクは、自分は悪人だと思っていたが、少なくともムズルゲル信者とは違うとも思っていた。

 だから、そんな言葉を引き出すことが出来ずに戦う事になったなら、例え勝っても不埒な事はしないつもりだった。
 そして、言葉を交わした結果戦いにならずに済んでしまったならば、本来の目的である戦う事自体を諦めるつもりもあった。
 だが、相手が女のムズルゲル信者などという特異な存在だった為に、エイクの不埒な企みはあっけなく成功したのである。

(だが、こんな事で浮かれるなよ)
 エイクは心中で自分自身に対してそう声をかけた。
(欲望は、強くなる動機にもなるから否定する必要はない。だが、欲望に駆られて集中を欠いて戦に負けるような事はあってはならない。
 そもそも勝てると決まっているわけじゃあないし、負けた場合ムズルゲル信者には命乞いなど通用しない。気を引き締めろ)

 そんな事を考えているエイクに向かって、アズィーダが声をかけた。
「それじゃあ、闘争を始めるか」
「俺は構わないが、そっちは武器を用意しなくていいのか?」
 エイクはそう答える。

「無用だ」
 そういうと、アズィーダは右手に持っていた水鳥を投げ捨て、そして、拳を作った右手を自らの体の前に構えた。同時に右足を半歩前に出し、左手も拳を作って腰の近くに置く。

 エイクもクレイモアを抜き正眼に構えた。
(やはり、格闘家という奴か)
 エイクはそう考え、更に慎重に相手に注意を向けた。
 武器や防具を全く携帯していない事から、既にその事は察せられていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...