剣魔神の記

ギルマン

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第4章

77.チムル村防衛戦

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 会議の場から仲間たちの下に戻ったテティスが、その結果を伝えた。
「この村に籠って戦う事になりました。受けた依頼の一環なので私たちも参加します。
 妖魔討伐軍の本隊が明日中には到着するらしいので、それまで守り切る事が当面の目標になります。
 妖魔の数が最低でも1000を超え、村の防衛設備も浅い堀と土塁だけという状況では、苦しい戦いになるでしょう。
 ですが、ここで依頼を放棄するわけには行きません。いいですね?」

 まず、ジュディアが応えた。
「無論だ! 邪悪な妖魔の大群から民を守る。これこそ武人の本懐というもの。身命を賭して戦ってみせる!」
 その声には、随分熱がこもっている。
 テティスはその様子を冷めた目で見た。

(熱病にでも罹っているみたいね。自己陶酔という熱病に。
 まあ、今の場合は、全力で戦ってくれるなら何ら問題はない。暴走しないように注意する必要はあるでしょうけれど)
 テティスはそう判断した。

「命令に従います」
 ルイーザはいつものように従順な様子でそう告げる。
「わ、分かったわ」
 カテリーナもそう言って了承の意を示した。だが、その声は震えている。

(この子たちは信用できないわね)
 テティスはそのように考えた。
 ルイーザとカテリーナが、エイクに従って冒険者をしているのは、エイクの下から逃げれば凶悪な犯罪者として追われるようになってしまうからだ。要するに今よりも苦しい状況になるのが嫌だから従っているに過ぎない。
 であるからには、妖魔の大軍に囲まれるなどという状況で、命をかけてまで戦う理由はない。

(とりあえず、カテリーナが逃げないように注意しておきましょう。カテリーナは、妖魔が周囲に現れてしまえば、もう自力で逃げる事は不可能になる。だから、そうなるまでの間だけ見張っていればいい。
 ルイーザは、いざとなったら戦闘が始まった後のどさくさに紛れて逃げることも出来る。それを防ぐことは無理だから、見張るだけ無駄だわ)
 カテリーナとルイーザへの対応をそう決めたテティスは、改めてサリカに声をかけることにした。

 テティスはサリカに対しては罪悪感を持っていた。
 自分が声をかけてパーティに入ってもらった結果、このような危機的な事態に陥らせてしまったからだ。
「サリカさん、あなたには申し訳なく思っています。こんなことに巻き込んでしまって。
 ですが、仮にもパーティの一員である以上は、共に戦ってください」
「もちろん、承知しています。途中で自分だけ抜けるなどと微塵も考えてはおりません。
 それに、民を守る事こそ武人の本懐というのは、私も同感です。微力を尽くさせていただきます」
 サリカは真剣な面持ちでそう告げる。

 この言葉に嘘はない。
 サリカには、妖魔の大軍に囲まれてもそこから逃れる術がある。旅の途中でそのような場面で有効な魔道具を二つ入手していたからだ。
 だが、その魔道具を使うつもりは彼女にはない。
 今の彼女には、仲間や民を見捨てて自分だけ逃げるという発想はなかった。

(実直そうには見えるけれど、人となりが良く分からないから何とも判断できないわね。
 とりあえず、今はその言葉を信じておきましょう)
 テティスはそう考えておくことにした。そして「お願いします」と返した。

 そのように仲間たちを評価しているテティスだったが、自分自身は死ぬまで戦うつもりはなかった。本来の主であるフィントリッドから、そのような命令は受けていないからだ。
(主様に死ねと命じられるまで、勝手に死ぬことは出来ません)
 それがテティスの考えである。彼女はいざとなれば単独でも逃げるつもりだ。
 こうして、各々の考えを持ちながら、“黄昏の蛇”の面々は妖魔の大軍との戦いを迎える事となったのである。

 その日の昼過ぎに、マチルダが放った斥候が帰還した。それによると、妖魔の総数は2000以上なのは確実で、しかもこちらに向かって動き出したとのことだ。
 そして、夕刻。
 ついに、妖魔の軍勢が森から姿を現した。
 その数は事前の報告よりも更に増え、3000を数えていた。



 即座に伝令の騎兵が南へと走った。包囲される前に、本隊へ最新の情報を伝えるためだ。
 同時に、チムル村の南にある門の近くの広場に兵士が集められる。
 そして、即席で作った台の上に立ったヴァスコ・ベネスが彼らに語り掛けた。
 妖魔の大軍を目にして生じた、兵士や村人たちの動揺を少しでも抑えるためだ。

「兵たちよ、敵の数は予想よりも多い。それは認めよう。
 だが、それでも恐れる必要はない。
 既に本隊がこちらに向かっている。一両日の内には到着する。
 本隊さえやってくれば、妖魔の群れなど容易く葬れる。
 我々は、それまで持ちこたえれば良いのだ。

 そして、兵たちよ。
 万が一我らが敗れた時には、どのような事が起こるかを考えよ。
 この村に住む、善良な人々が殺されてしまう。
 この村だけではない。
 この村の先には、無防備な村々が幾つもある。
 我らが敗れれば、その村々も妖魔共の手に掛かってしまう。そして、暴虐と殺戮の限りが尽くされる。
 多くの民が殺されてしまうのだ。

 今はまだ無邪気な笑顔を見せている、いたいけな子供達が、汚らわしいコボルド共の手にかかり、弄ばれ、引き裂かれ、惨殺される。
 そんな事が、許されて良いのか? 否、断じて否だ! そのような事は、絶対に許されてはならない。
 それを止める事が出来るのは誰だ?」

 ヴァスコはそこで一旦言葉を切った。
 彼の厳しい表情からは、命を賭けて戦い抜かんとする裂帛の意思が感じられた。
 彼は、その意思を兵士達に伝えようとするかのように、ゆっくりと兵士達を見回した。
 そしてまた、言葉を続ける。

「もちろん、私達だ。我々だけがその悲劇を防ぐ事が出来る。
 我ら兵は、そのような悲劇を防ぐ為にこそ、存在している。
 つまり、今まさに、この妖魔共を食い止める事こそが我らの本来の責務、我らの存在意義そのものだ。

 良いか兵たちよ。
 生まれ落ちてより今日のこの日まで、我らが行って来た全ての鍛錬は、今この時に、このような時にこそ力を振るう為のものだ。
 1回の素振り、1本の走り込み。その全てが、今邪悪な妖魔を倒すためのものだった。
 今こそ、その成果を示す時だ!
 兵たちよ、奮い立て! 声を挙げよ! 裂帛の雄叫びを以って、その力と意思を示せぇ!!」

「おお!」
 ヴァスコの声を受け、兵たちから声があがる。
 最初に声をあげたのは、予め仕込まれていた者達だ。
「おおお!」
 だがその後に、他の兵たちも声をあげた。
 ヴァスコの演説には一定の効果はあった。
 その近くには、必死で作業を続けている村人達もいたが、彼らも一時手を止め、気炎を上げる兵士たちを見た。
 兵士の姿を頼もしく思ったのか、村人たちは一応の平静を保っている。

「よし! その意気だ! 兵たちよ、持ち場へつけ」
 ヴァスコの言葉を受け、兵士たちは分隊に分かれて、それぞれの持ち場とされた土塁の上などに分かれた。
 その士気は上々のように見受けられる。
 土塁の上には、村内の一部の建物をばらして得た木材を使って柵が補強されている。
 空堀の外の幾つかの場所には逆茂木も設置されていた。
 現状で可能な限りにおいては、最良の状況で敵を迎え撃つことが出来そうだ。

 しかし、ここで早くもマチルダの見立てに狂いが生じた。
 妖魔達はチムル村を包囲し、そしてそのまま、夜になるのを待たずに攻撃を仕掛けて来たのである。
 妖魔は自分たちに有利な夜になってから攻めかかって来る、そんな一般的な常識は破られた。
 もっとも、守備部隊の者達も夜まで攻撃はないなどと油断してはいなかった。
 たちまちチムル村の全周囲で激しい戦いが始まった。



 情勢は守備部隊が優勢だった。
 妖魔は大軍だが、その多くはゴブリンやコボルトだ。そこにボガードが加わって軍の大半を構成している。
 それらの下級の妖魔は、飛び道具というものをまるで使わない。その為、守備部隊からの弓矢や石礫による攻撃を一方的に受けながら突っ込んでくる。
 そして、空堀や補強された土塁を越えようとして不利な状況で近接戦闘に挑む。
 その上、アストゥーリア王国の一般の兵士は、ゴブリンやコボルドよりも強い。

 フォルカス・ローリンゲンの放漫な管理により、組織としてかなり弛んでいた衛兵隊だが、長年の苦しい戦の中で培われた武を尊ぶ気風は失われておらず、個々の兵士の戦いの技量までは衰えていなかった。
 1対1の戦いでゴブリンに引けを取る兵士など一人もいない。ゴブリンよりも弱いコボルドなどものともしないし、一般的なボガードとも互角以上に渡り合える。
 兵士たちの中には、複数のボガードやオークを相手にしても優勢に戦えるほどの、中々手練れすらいる。

 並みの兵士では対抗できない妖魔も時折現われるが、そのような時には、後方に控える炎獅子隊員や冒険者が速やかに応援に駆けつけて対応した。
 ゴブリンシャーマンや一部のオークなど魔法を使う個体も稀に現れたが、これに対しても炎獅子隊や冒険者の応戦で退けている。

 また、負傷した兵士は速やかに後方に下がり、村人達によって手当を受ける。
 特に重症の者は、テティスと“輝く稜線”に属する女性の神聖術師が回復魔法で治療を行った。
 彼女らには、炎獅子隊が買い占めていた魔石が相当数支給されており、簡単にマナ切れは起きない。
 この結果、守備部隊にはほとんど死者は出ない状況で戦況は推移した。



 やがて、守備部隊優勢の内に日が沈んだ。
 だが、夜目が効く者が多い妖魔達は、当然攻撃の手を緩めない。
 守備部隊の方も夜闇に対応すべく手を打つ。
 土塁の各所に照明用魔道具の鮮明な明かりが灯った。補助的に篝火も焚かれる。
 その魔道具は、チムル村がかねてから所蔵していた物だ。

 かつて、娘の身売りを覚悟せざるを得ないほどに思いつめたベニート村長だったが、そのような時ですらも、照明用魔道具やその動力源となる魔石を売ろうとはしていなかった。
 それらが、妖魔の脅威から村を守るために必須のものであり、娘の身にすら代えられないと承知していたからだ。
 ベニート村長には辺境の村を守る長として、そのような自覚があった。

 そこに加えて、妖魔討伐軍別動隊も少なくない照明用魔道具を持ち込んでいる。
 チムル村の周辺は煌々と光に照らされ、闇は守備部隊の戦いをほとんど阻害しないほどに退けられた。
 この結果、夜になっても守備隊の優位は変わっていないように見えた。

 だが、戦いの様子を慎重に見極めていた参謀のマチルダには、自軍が確実に不利になっている事が分かっていた。
 想定以上に兵の疲労が激しくなっていたのである。
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