剣魔神の記

ギルマン

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第4章

78.チムル村出撃戦

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 妖魔達は、小部隊毎に連携して動き、入れ替わり立ち替わり、途切れる事がないように攻撃を繰り返していた。チムル村の全周囲においてだ。
 更に、妖魔達は最初から全軍で攻撃してはいなかった。約半数の者が、チムル村の西、村とヤルミオンの森の間に待機していたのである。
 その待機している妖魔達から、時折小部隊が動いて、消耗が激しい小部隊と交代する。そして、消耗していた小部隊は、代わりに西に動いて一時的に攻撃から手を引き、疲れを癒す。そんな事を繰り返していた。

 明らかに何者かの指示による動きだ。
 つまり、村を攻撃する妖魔達全体の状況を把握して、必要に応じて指示を出す指揮官がいるのである。
 この妖魔達は、ただ強い個体の周りに多くの妖魔が集まったというだけではなく、明らかに指揮の下に動いている。文字通りの“軍”なのだった。

 妖魔軍が意図的に絶え間ない攻撃を繰り返した結果、守備部隊の者達は確実に疲労を深めていた。
 もちろん、マチルダも出来る限り兵士を交代させ、少しでも休めるように気を使っている。
 古参の兵達の中には、敵の動きに僅かな隙きを見出して一息入れたり、新参の兵を助けたりしている者もいた。
 それらの結果、今のところ兵士たちは概ね問題なく戦えている。
 だが、それでも、時折しっかりと休憩を入れている妖魔軍との疲労の差は広がり続けていた。

 それに加えて問題なのは、妖魔軍が強力な予備戦力を残している事だ。
 マチルダは、日が暮れる前に、待機している妖魔達の更に西、ヤルミオンの森のすぐ近くに、100体ほどの妖魔の集団が屯している事を確認していた。
 その中には遠目にも大きな体躯が目立つトロールが何体もおり、他もオークやボガードがほとんどで、コボルドやゴブリンのような雑魚はいない。
 明らかに他と一線を画す集団だった。

 その上、その集団からは、時折待機中の妖魔達の方へ動く者がいた。恐らく、待機中の妖魔達に指示を伝える伝令だろう。
 要するに、その集団の中に、この妖魔の大軍を指揮する者がいるのだ。いわばそれは、指揮部隊とでも言うべき集団だった。
 また、妖魔は強い者にしか従わない。妖魔を指揮している者が、この妖魔軍全体の中でも最強の猛者なのも間違いない。
 つまり、その集団は、指揮部隊であると同時に、最強の者が直卒する最強部隊でもあるのだ。

 そして今に至るもその部隊が動いた様子はない。妖魔軍は最強の集団を完全に温存しているのである。
 守備部隊の疲労が十分に蓄積したところで、その妖魔軍最強部隊が攻撃して来たらひとたまりもないだろう。
 マチルダはそう判断せざるを得なかった。

(妖魔はただ力攻めをするしかないと思い込んでいました。
 夜を待たずに攻めてきたのも、少しでも早くこちらを疲れさせようという意図があってのことでしょう。
 不覚を認めるざるを得ません)
 マチルダはそう自省した。

(ただ、村の中の様子は、見られてはいませんね。“魔力の瞳”のような魔法を使う者はいないのでしょう)
 マチルダはそんな判断も下していた。
 妖魔たちの攻撃は、指揮に従ったそれなりに周到なものだった。しかし、村内の兵の配置等を承知して、その隙をつくような動きはなかったからだ。

(と言っても、このままでは、明日の夕刻どころか多分昼まですら持たない。次の手を打つしかありません)
 マチルダはそう考えをまとめ、ヴァスコへの進言を行った。



 妖魔の襲撃が全く衰えることなく続くなか、東から朝日が昇った。チムル村守備部隊は一夜を戦い抜いたのである。
 だが、妖魔の攻勢はまるで変わらない。マチルダが危惧した兵士の疲労も隠せなくなって来ている。

 この攻防戦で一つの焦点となっているのは、チムル村の南側に一箇所だけある出入口だ。
 その出入口には、かなり頑丈な門が設置されている。妖魔との戦いを念頭に置かざるを得ない辺境の村にとっては当然の設備だ。
 だが、その門の前には空堀が掘られていない。

 かつてチムル村の開村時には、門の前にも空堀を掘って、そこに跳ね橋を渡す構想があった。しかし、当時はそこまで手が回らなかった。その為、余裕が出来た時に改めて堀と跳ね橋を作る事にしたのだが、その後もそんな事を行う余裕は生じなかったのである。
 このため、門の前は左右の空堀の間で通路のようになっており、真っ直ぐに門まで進む事が出来る。

 この不利を補う為に、守備部隊の者達は、通路部分を囲う様に逆茂木を設置し、通路部分へ容易に侵入出来ないようにした。更に通路部分に三重に柵を築いた。
 そして、門の直ぐ内側に立てられた物見櫓には優れた射手が配置され、門の両脇の土塁にも手練の兵士が置かれた。

 妖魔側も、チムル村を落とすためには門をこじ開けるのが一番早いと承知しており、他の場所に比べて強力な妖魔が数多くこの場所に集められた。
 結果この場所での戦いは激しいものとなり、守備隊は門を守りきったものの、逆茂木と柵は全て取り払われてしまった。
 妖魔達は門に接近して体当たりを繰り返し、兵士達は土塁の上から槍を用いてその妖魔を必死に攻撃する。

 また、妖魔たちは太い丸太を門の前の通路に運び込もうとしていた。攻城槌として使うつもりなのだろう。
 守備隊もそうはさせじと応戦する。
 物見櫓と周辺の土塁に熟練の弓兵が集められ、丸太を持つ妖魔に猛射を加えて門の前の通路に近づくのを防いだ。
 
 そんな必死の攻防によって、どうにか守られていた門の扉が、夜明けと同時に内側に向かって開かれた。
 付近に居たボガードがすかさず侵入しようとする。だがその試みは成功しなかった。
 村内から騎兵が飛び出し、そのボガードを弾き飛ばしたからだ。
 その騎兵は、守備部隊の総指揮官であるヴァスコ・べネスだった。

 ヴァスコの後に20騎の騎兵が続く。
 たった20騎だ。だが、ただの20騎ではない。
 その全員が、アストゥーリア王国軍最精鋭部隊たる炎獅子隊に属する重騎兵だった。
 しかも、別働隊に配属されてこの場にいる炎獅子隊員は、全員が経験豊富な古参ばかり。即ち、長年アストゥーリア王国を支え続けてきた者達なのだ。

 アストゥーリア王国は、直近の十数年間、国力は劣勢でありながら、レシア王国とクミル・ヴィント二重王国の二カ国との戦で、互角以上に戦うという健闘を見せていた。
 その最大の功労者は総司令官のエーミール・ルファス公爵だったし、英雄と呼ばれた猛者であるガイゼイク・ファインドの存在も大きかった。
 しかし、いかに名将や猛者を得たとしても、兵が弱卒ばかりでは勝てるものではない。
 長年の苦しい戦の中で培われた実力主義の結果、軍に強兵が育っていた事も無視できない要素だ。

 中でも最精鋭とされた炎獅子隊は、常に最も厳しい戦場に送り込まれ、一定の成果を挙げ続けていた。
 エーミールやガイゼイクのように個々の名声・勇名が轟く事はなかったが、炎獅子隊員達こそが、要石となってアストゥーリア王国復調の土台を支えていた者達だった。

 5年間に渡る休戦と、4年間に及んだフォルカス・ローリンゲンによる放漫な管理によって、炎獅子隊員の鋭鋒は鈍っていた。
 だが、数千の妖魔に囲まれるという窮地と、自分達が敗れれば無辜の民が惨殺されるという自覚は、炎獅子隊員達に往年の鋭さを取り戻させていた。

「どけぇ!!」
 先頭を走るヴァスコがそう叫び右手に持った槍を振りぬく、ボガード2体が弾き飛ばされた。
 更にヴァスコが乗る軍馬は妖魔の群れに怯みもせずに突っ込み、ゴブリンやコボルドを蹄にかける。
 20騎の炎獅子隊員もこれに続き、楔形の隊形をとって妖魔たちを弾き飛ばし、突き進んだ。
 炎獅子隊重騎兵の鋭鋒は妖魔軍を切り裂き、一騎の犠牲も出さずに妖魔の包囲を突き抜けた。
 その後に20騎の軽騎兵が続く。これもまた炎獅子隊の者達だ。

 妖魔の包囲を抜けた炎獅子隊は右へ旋回し、村の西側へ向かう。
 妖魔軍の指揮部隊を目指したのだ。

 だが、この行動は無謀すぎる。
 妖魔軍の指揮部隊の近くには休憩中の妖魔が屯している。その中の、少なくとも一部は速やかに動き出し、指揮部隊の方に向かう。指揮部隊を守ろうというのだろう。
 更に、直接炎獅子隊に襲いかかろうと動く者もいた。
 他の妖魔たちも次々と動き始める。

 いかに炎獅子隊が精鋭だろうとも、その数は指揮官のヴァスコまで含めても41騎。続々と向かってくる休憩中だった妖魔の数は1500近い。
 妖魔軍指揮部隊に突撃する事が出来たとしても、相手は鎧袖一触に倒せるほど弱くはない。
 倒す前に1500の妖魔に囲まれて全滅は必至だ。

 それを今更ながら悟ったのか、妖魔軍指揮部隊の間近まで迫ったところで、ヴァスコが「回頭!」と叫んで部隊を左へ旋回させようとする。
 だが、その結果速度が落ちた重騎兵たちへ、少数の妖魔たちが取り付こうとした。大きな狼に乗った15体のボガード。妖魔軍の中の数少ない騎兵戦力である。

「放てぇ!」
 その時、そんな声が響いた。凛々しい女性の声だ。それは後続の軽騎兵を率いていたマチルダのものだった。
 その掛け声に従って軽騎兵達が弓矢を放つ。
 矢はそれぞれ的確にボガードや狼を貫き、その動きを止めた。
 その間に重騎兵は向きを変え、チムル村の方へ動き出していた。
 軽騎兵たちもこれに続く。

 妖魔軍の指揮部隊の中に、その炎獅子隊の動きを鋭く睨みつける者がいた。
 他よりも一際大きな体躯を誇るトロールだ。名をボルガドといった。
 彼こそが、この妖魔軍を前線で指揮する者だった。
 村から出撃した敵部隊がこちらに向かっているとの報を受け、ボルガドはこれを迎え撃つべく、愛用の大斧を手にして指揮部隊の先頭に立ったのである。
 そして、絶好の戦機を見出した。

 ボルガドは己の間近まで迫った敵の出撃部隊が、チムル村守備部隊の主力だと悟っていた。
 中々の気迫を見せて先頭を走っていたその指揮官が、守備部隊全体の長である可能性にすら思い至っている。
(人間共は、焦って最強の者達で攻撃してきた。だか、その攻撃は失敗した。そのせいで隙が出来た。この隙を突けば、直ぐにでも落とせる。今が攻め時だ)
 ボルガドはそう判断したのだった。

「待機中の部隊を全て門へ向かわせろ! あの騎兵共を村の中に戻すな!」
 ボルガドが大声でそう指示を出す。
 待機中の部隊はただ休んでいるというだけではなく、いざという時の予備戦力という側面もあった。だからこそ、即座に指示を伝えられるように、指揮部隊の近くで待機させていたのである。
 その予備戦力を使うのは今だ。それがボルガドの決断だった。

 もしも、出撃してきた騎兵達が村に戻るのを阻止出来れば、チムル村守備部隊はその主力を失う事になる。その時点で実質的に勝負はついたも同然だ。
 もちろん、敵が騎兵でこちらの殆どが歩兵である以上、今から全力で動いても、先に門に取り付くのは難しいだろう。
 だが、その場合でも、少なくとも出撃した騎兵全てが村に収容される前に間に合えば、その後を追って村内に雪崩れ込める。そうなった場合でも、やはり勝てる。むしろ、その方が勝負がつくのは速いかもしれない。
 ボルガドはそんな事を狙っていた。
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