私は触れた人の過去が視える

若葉結実(わかば ゆいみ)

文字の大きさ
12 / 24

12話

しおりを挟む
 映画館に入ると、「何だかんだで、丁度良いぐらいの時間になったな」
 と、優介が白黒のプラスチックで出来たゴツイ腕時計を見ながら言った。

「そうね」
「俺、チケット買ってくる」
「分かった。その間、私はジュース買ってくるね。何が良い?」
「コーラかな」

「分かった。ポップコーンも食べる?」
「そうだね。せっかくだから食べようか」
「分かった。塩味で良い?」

「うん」
「それじゃ、買ってくるね」

 私はチケット売り場の隣にある売店へと向かう――。
 えっと……優介はコーラで、私はオレンジジュースにしようかな。
 しまった! サイズを聞き忘れた。
 ――まぁ、Mで良いか。

 ポップコーンは二つ買う?
 いや、どうせお昼も食べるだろうし、Mを一個で良いか。

「すみません」
 と、私は言ってカウンターに近づく。
 注文をするとお金を払い、ポップコーンとジュースの乗ったトレイを受け取った。

「ありがとうございました」

 店員に見送られ、優介を探す――居た。
 私は近づきながら「優介」
 と、声をかけた。

「3番スクリーンだって。もう入るだろ?」
「うん!」

 入場口に向かい、係員さんにチケットを切って貰う。
 中に入ると、辺りを見渡した。

 柔らかそうな赤い座席に数人、チラホラ座っているが、まだ後ろも前も空いている。
 へぇ……小さい映画館だけど、座席の間隔は広いし良い感じね。

「どこに座る?」
「前だと疲れそうだし、真ん中か後ろにしようよ」
「じゃあ、あそこにしようか?」
 と、優介が指差したのは真ん中の壁側にあるカップル席だった。
 え? い、いきなりカップル席!?
 
「えっと……どうしようかな」

 恥ずかしいけど、かといって他の男が隣に座るのは何となく嫌だし……。

「それとも真ん中の端にする?」
「ちょ、ちょっと考えさせてね」

 端か……端は端で人が通ると気になるのよね。
 ――えぇい! 覚悟を決めろ私!

「じゃあ……最初の方にする?」
「カップル席ね。分かった」

 わざと言わなかったのに、ハッキリ言うな~!
 意識してしまうから、本当に困る。
 ――私達は小さな階段を下り、優介が指差した席に向かう。
 優介が座席に横に立ち「奥が良い? 通路側が良い?」

「集中して観たいから、奥が良いかな」
「分かった。トレイを持ってるから、先に座って」
「気が利くね~。ありがと!」
 と、私は言って優介にトレイを渡した。
 座席に座ると優介の方に向かって腕を伸ばし「はい、私の方に差し込むから貸して」

「分かった」
 と、優介は私にトレイを渡すと、席に座る。
 私はドリンクホルダーにトレイを差し込み、ポップコーンが中央に来るようにクルッと回した。

「ポップコーン1個しか買ってないから、一緒に食べよ」
「ありがとう」
「私の方にあるからって変なところを触らないでね!」
「ばっ、そんなことしないよ」
 と、優介は言って、ドリンクを手にする。
 
「あ、そういえばドリンクのサイズ、Mで良かった?」
「あぁ、大丈夫だよ。お金は後で良い?」
 と、優介は言うと、コーラを一口飲んだ。

「うん。私の分も後で良い?」
「いいよ。じゃあ、その都度だと面倒だから、お互い最後にまとめて払おうか?」
「そうね」

 優介はジュースをドリンクホルダーに戻すと、腕時計を見る。

「そろそろ始まるよ」
「楽しみね」
「あぁ」

 私は映画に集中するため、スクリーンの方に顔を向けた。
 劇場内の照明が少し暗くなり、注意事項が流れてくる。
 続いて更に劇場内が暗くなり、公開を予定している作品の宣伝が流れると、いよいよ本編が始まった。

 優介が選んでくれた映画は恋愛もので、病を抱えた女子高生が同じ学校に通う男子高校生に恋をして、生きたいと願う事で病気を克服する在り来たりだけど、泣けると噂されている映画だ。
 さて、泣かずにいられるかな?

 ※※※

 数時間が経ち。
 いよいよクライマックスの女子高生が男子高校生に想いを告げるシーンだ。
 こういうシーンになると、私ならどうする?
 優介ならどう答えるかな? と、ついつい気持ちを重ねてしまう。
 ヤバい、泣かないなんて無理……。
 
 私は白いショルダーバッグから水色のハンカチを取り出す。
 すると隣から鼻をすする音が聞こえてくる。
 優介も泣いているのかな?

 私はポケットティッシュを取り出すと、正面を見たまま「はい」
 と、小声で言って優介の前に差し出した。

「ありがとう」
 と、優介が小声の返事が聞こえ――私の指と優介の指が触れる。
 え!?
 慌てて、横を向くと優介は私に涙を見せるのが嫌だったのか、正面を向いたまま受け取っていた。
 
「あ、ごめん」
「うぅん、大丈夫」

 周りに配慮し、小声で受け答えすると正面を向く。
 その頃には告白シーンは終わっていた。

 ――どうしよう。全然、頭に入って来ない。
 私は目を瞑り、ハンカチで目頭をギュっと押える。
 優介……転校ってなに?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい 

設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀ 結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。 結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。 それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて しなかった。 呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。 それなのに、私と別れたくないなんて信じられない 世迷言を言ってくる夫。 だめだめ、信用できないからね~。 さようなら。 *******.✿..✿.******* ◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才   会社員 ◇ 日比野ひまり 32才 ◇ 石田唯    29才          滉星の同僚 ◇新堂冬也    25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社) 2025.4.11 完結 25649字 

処理中です...