私は触れた人の過去が視える

若葉結実(わかば ゆいみ)

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11話

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 気持ちは落ち着いていたはずなのに、体は正直ね。
 デート当日、私は朝の6時と学校に行くよりも早く目が覚めてしまう。

 待ち合わせは10時に商店街にある小ぢんまりとした映画館。
 まだ時間がある――。
 とりあえずベッドから起きて、少しずつ準備を始めようか。
 
 ※※※

 出かける準備はほとんど終わった。
 あとは着替えとメイク。
 服装に合わせてメイクをしたいから、先に着替えるか。

 ――私は小さい頃から使っている古い木の学習机の上に用意しておいたレース付きの黒いワンピースと、ワンサイズ上のゆとりあるデニムのジャケットに着替える。

 春らしい色をイメージしたり、いつもと違う自分をイメージしたりと、いろいろ悩んだけれど、結局しっくりきたのが自分らしいこの服装だった。

 さて、次はメイクだな。
 白い回転椅子に座り、折り畳みの黒い鏡を手に取った。
 鏡を開き、机に立てると、スマホを手に取る。

 メイクだけでも変えてみよっと。
 人気、メイクと調べて、自分に合いそうで、出来そうなものを探し始める――。
 これならいけそうね。
 
 決めたページをそのままにして、スマホを机に置くと、化粧道具が入った白いポーチを手に取った。

 意外に時間が掛ったわね。
 早く起きて正解だったかも?
 ――そうだ! ヘアアレンジにヘアピンを付けてみよう。

 ポーチから赤いシンプルのヘアピンを取り出すと、前髪につけてみる。
 ――うん! 何かいつもと違う感じがするぞ。

 ちょっとしたことなのに、自然と気持ちが上がっていくのが分かる位、ドキドキしていた。

 ここまで来たら、香水も付けてみようかな?
 確かシャンプーのような香りがするのを買っていたはず――。
 机の引出しを開け、中を確認する。
 あった、あった。

 香水が入った箱から取り出し、小瓶の蓋を開けると、左手首にチョンと付けて、右手首を上に乗せ擦り合わせる。
 続いて、うなじから耳の後ろの方にいくように擦り合わせた。
 この匂い、苦手じゃないと良いけど……。
 
 ※※※

 全ての準備を済ませると玄関に行き、白いスニーカーを履く。
 いまの気分を壊したくないので「いってきまーす」
 と、声だけ掛けて、直ぐに出てドアを閉めた。

 ――商店街に向かって数分歩いていると、信号待ちをしている優介を見かける。
 優介はまだ私に気付いていないようで、ボォーッと正面を見据えていた。

 ふーん……シンプルで良いじゃん!
 優介は黒のスキニ―パンツに、白のVネックのTシャツ、そして、紺色のカーディガンを着ていた。

 信号が赤から青に変わり、優介がこちらに向かって歩いてくる。
 私はそのまま優介に向かって歩き続けた。
 優介が私に気付いたようで、ニコッと笑顔を浮かべると、大きく手を振りだす。

「おー、美穂」

 ちょっと大声で名前呼びながら、手を振らないでよ!
 恥ずかしいな……もう。
 私達は向き合うように立ち止まる。

「ちょっと優介、恥ずかしいじゃない」
「何が?」
「大声で名前を呼びながら、手を振ってきたこと」
「あぁ……悪い、悪い」
「もう……」

 最初の一言は褒めるつもりだった。
 でも結局はこうなってしまう。
 まぁ……私達らしいちゃ、らしいけど。

「美穂も早く家を出ていたんだな。まだ早いけど、映画館に行くだろ?」
「うん!」
「じゃ、行こうか」

 私達は肩を並べてコンクリートの歩道を歩きだす。
 狭い歩道なので、手と手が触れそうになってしまう。。
 私は慌てて手を引っ込めて、後ろで手を組んだ。
 今日ぐらいは過去を視たくないもんね。

「美穂」
「ん?」
「今日はヘアピンをつけているんだな」
「うん、たまには良いでしょ!」
「うん――似合ってる」
 
 優介は正面を向いたまま、そう言った。
 私は歩きながら、覗きこむように優介の顔を見る。
 優介はチラッとこちらに視線を向けたが、照れ臭そうに直ぐに視線を逸らした。
 
「ふふふ」
「何だよ」
「別に!」

 日頃、からかわれている方だから、たまにはこういうのも悪くない。
 私は正面に顔を戻すと「優介のカーディガンも似合ってるよ」

「そう? デートでこんなシンプルで良いのか? って思ってたけど、そう言って貰えると嬉しいな」
「シンプルの方が良いよ」

 本当はもっと褒めてあげたいと思っていた。
 だけどいざこうして話していると、なかなか言葉が浮かんでこない。
 こういうものなのかしら? 

「美穂、もしかして今日、香水つけてる?」
「うん、分かった?」
「うん、微かに匂いがした」

「匂い、大丈夫? 気持ち悪くならない?」
「大丈夫、良い匂いだよ」
「良かった! こういうの好みがあるからさ」

 優介の方がよく気付く。
 もしかしたら優介の方がずっと、私の事を見てくれているのかもしれない。
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