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本当の始まり
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数日後の昼間。
舞は私服姿で、理恵の研究室を訪れていた。
舞は和也が亡くなってから、ずっと連絡もせずに過ごしてきた事が気まずいのか、理恵と向かい合わせで座っているのに、俯いていた。
「その……あの時は、ありがとうございました。それなのに数日間、何も報告せずに、ごめんなさい」
舞はそう言って、頭を下げる。
理恵は悲しそうな笑顔を浮かべ、舞の肩に手をソッと乗せた。
「顔を上げて。気にしなくて、いいのよ」
舞が顔を上げると、理恵はスッと肩から手を離す。
舞は、また理恵から視線を逸らし、俯いた。
そこから数分の長い沈黙が続く。
それでも理恵は、母親のような優しい眼差しで、舞を見つめていた。
舞がようやく顔を上げ、理恵と視線を合わす。
「あの……」
「なに?」
「あ……」
舞の目から涙が零れ、頬を伝っていく。
理恵は白衣からハンカチを取り出すと、優しく拭った。
「ごめんなさい……気持ちの整理を付けてから来た筈なのに、また涙が込み上げて来ちゃって……直ぐに落ち着かせるから、待っていてください」
舞がそう言うと、理恵はニコッと微笑む。
「大丈夫よ。おいで」
理恵は子供を呼ぶかのように、両手を広げた。
舞は素直に理恵に近づき、身を委ねる。
理恵は舞の体を優しく包み込み、ギュッと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫」
理恵はトン……トン……トン……と、優しく舞の背中を叩く。
「ここには、私とあなたしか居ない。無理して、感情を抑える必要はないの。泣いたって良い……喚いたって良い……存分に吐き出しちゃいなさい」
「理恵さん……」
舞は理恵の優しい言葉で、我慢していた感情が爆発したようで、いままで起きた事を口にしながら、泣き叫ぶ。
「そうそう……その調子よ」
理恵はトン……トン……トン……と、舞が落ち着くまで、優しく背中を叩き続けていた。
数分して落ち着いた舞は、自分が座っていた椅子に戻って、鼻をすすっていた。
理恵は、湯気の立ったマグカップを持ってくると、舞に差し出す。
「はい、ホットココア。熱いから、気を付けて」
舞は手を伸ばし、理恵からマグカップを受け取った。
「ありがとうございます」
「少しは落ち着いた」
「はい、大分」
「それは良かった」
理恵は椅子に座ると、ホットココアを一口飲む。
「あつっ……私、猫舌なのよね」
理恵がそう言って苦笑いをすると、舞は微笑んだ。
舞もマグカップに口をつけ、一口ココアを飲む。
「本当だ。熱いね」
「ごめんね」
「私は飲めないぐらいじゃないから、大丈夫だよ」
「本当? 良かった」
理恵がフーフーとホットココアを冷ましていると、舞の顔が曇り始める。
「ねぇ、理恵さん」
「ん?」
理恵は舞の顔を見て、真剣に聞こうと思ったのか、マグカップを作業台の上に置く。
「これからの事だけど、私……しばらく薬を作るの止めようと思うの」
理恵はそれを聞いても驚いた表情も見せず、舞の目をしっかり見ている。
「和也を失って、正直続ける意味が分からなくなっちゃって……」
「そう……分かったわ」
「ごめんなさい」
舞は寂しそうな理恵の顔を見て、申し訳なさそうに謝った。
「謝らなくても大丈夫よ。正直、少し寂しいけど、あなたが選んだ道だもの。ちゃんと受け入れるわ」
理恵は舞の悲しみを拭い去ろうとするかのように、精一杯の温かい笑顔を見せた。
「ありがとう……」
「どう致しまして」
「――ねぇ、理恵さん」
「どうしたの?」
「たまに遊びに来ていいかな?」
理恵は舞の手を取り、両手で包み込む。
「もちろん。是非、遊びに来てね」
「うん!」
※※※
それから3年程の月日が流れる。
舞は理恵が心の支えになっていた事もあり、荒れることなく無事に中学を卒業していた。
和也が通っていた高校にも合格しており、今日は休日であるのに、ブレザーの制服姿で、和也のお墓参りに来ていた。
髪の毛はポニーテールにしており、和也に貰ったシュシュを身に着けている。
舞の周りには誰もおらず、手に持っていた木製の桶から、柄杓《ひしゃく》で水を掬うと、墓石に掛けていった。
「和也。和也が喜ぶと思って、わざわざ制服姿で来たんだよ。感謝してね」
舞は笑顔でそう言って、桶に柄杓を入れると、砂利の上に置いた。
「ふふ、大丈夫だよ。ちゃんと薬を使わずに、16歳になるまで待ったよ」
哀愁漂う表情を浮かべながら、しゃがむと、持ってきた花を花立てに一本一本、丁寧に入れていく。
「――でもこうやって振り返ると、やっぱり後悔は止まらないんだ。あの時、もっと早くあなたの事に気付いて、薬を使う事が出来れば、色々な可能性があったのに……って」
花を入れ終わると、墓石にソッと手で触れる。
「後悔しても、あなたは戻ってこないのにね……」
墓石から手を離すと、スッと立ち上がる。
目を閉じると、両手を合わせた。
――数秒して目を開けると、両手を下ろした。
「私自身に薬を使う事は、もう無いかもしれない。だけど私は、残りの若返り薬も完成させたい。あなたが生きていれば、良い顔しないかもしれないけど、私みたいに年齢で悩んでいる人が、年齢を気にすることなく、自由に恋愛が出来ればいいなぁって思うの。そうすれば私みたいに後悔する人が減るでしょ?」
舞は決意を口にすると、少し膝を曲げ、桶を持ち上げる。
「またね」
こうして舞は、理恵の元に戻り、一緒に若返り薬も完成させることとなる。
両方の薬を完成させた舞は、独立をし、理恵に素材を分けてもらいながら、和也の墓で告げた想いを胸に薬作りを続けた。
この物語の本当の始まりは、若返り薬を使って、あなたを手に入れたかった。
そんな舞の想いから、始まっていたのかもしれない。
舞は私服姿で、理恵の研究室を訪れていた。
舞は和也が亡くなってから、ずっと連絡もせずに過ごしてきた事が気まずいのか、理恵と向かい合わせで座っているのに、俯いていた。
「その……あの時は、ありがとうございました。それなのに数日間、何も報告せずに、ごめんなさい」
舞はそう言って、頭を下げる。
理恵は悲しそうな笑顔を浮かべ、舞の肩に手をソッと乗せた。
「顔を上げて。気にしなくて、いいのよ」
舞が顔を上げると、理恵はスッと肩から手を離す。
舞は、また理恵から視線を逸らし、俯いた。
そこから数分の長い沈黙が続く。
それでも理恵は、母親のような優しい眼差しで、舞を見つめていた。
舞がようやく顔を上げ、理恵と視線を合わす。
「あの……」
「なに?」
「あ……」
舞の目から涙が零れ、頬を伝っていく。
理恵は白衣からハンカチを取り出すと、優しく拭った。
「ごめんなさい……気持ちの整理を付けてから来た筈なのに、また涙が込み上げて来ちゃって……直ぐに落ち着かせるから、待っていてください」
舞がそう言うと、理恵はニコッと微笑む。
「大丈夫よ。おいで」
理恵は子供を呼ぶかのように、両手を広げた。
舞は素直に理恵に近づき、身を委ねる。
理恵は舞の体を優しく包み込み、ギュッと抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫」
理恵はトン……トン……トン……と、優しく舞の背中を叩く。
「ここには、私とあなたしか居ない。無理して、感情を抑える必要はないの。泣いたって良い……喚いたって良い……存分に吐き出しちゃいなさい」
「理恵さん……」
舞は理恵の優しい言葉で、我慢していた感情が爆発したようで、いままで起きた事を口にしながら、泣き叫ぶ。
「そうそう……その調子よ」
理恵はトン……トン……トン……と、舞が落ち着くまで、優しく背中を叩き続けていた。
数分して落ち着いた舞は、自分が座っていた椅子に戻って、鼻をすすっていた。
理恵は、湯気の立ったマグカップを持ってくると、舞に差し出す。
「はい、ホットココア。熱いから、気を付けて」
舞は手を伸ばし、理恵からマグカップを受け取った。
「ありがとうございます」
「少しは落ち着いた」
「はい、大分」
「それは良かった」
理恵は椅子に座ると、ホットココアを一口飲む。
「あつっ……私、猫舌なのよね」
理恵がそう言って苦笑いをすると、舞は微笑んだ。
舞もマグカップに口をつけ、一口ココアを飲む。
「本当だ。熱いね」
「ごめんね」
「私は飲めないぐらいじゃないから、大丈夫だよ」
「本当? 良かった」
理恵がフーフーとホットココアを冷ましていると、舞の顔が曇り始める。
「ねぇ、理恵さん」
「ん?」
理恵は舞の顔を見て、真剣に聞こうと思ったのか、マグカップを作業台の上に置く。
「これからの事だけど、私……しばらく薬を作るの止めようと思うの」
理恵はそれを聞いても驚いた表情も見せず、舞の目をしっかり見ている。
「和也を失って、正直続ける意味が分からなくなっちゃって……」
「そう……分かったわ」
「ごめんなさい」
舞は寂しそうな理恵の顔を見て、申し訳なさそうに謝った。
「謝らなくても大丈夫よ。正直、少し寂しいけど、あなたが選んだ道だもの。ちゃんと受け入れるわ」
理恵は舞の悲しみを拭い去ろうとするかのように、精一杯の温かい笑顔を見せた。
「ありがとう……」
「どう致しまして」
「――ねぇ、理恵さん」
「どうしたの?」
「たまに遊びに来ていいかな?」
理恵は舞の手を取り、両手で包み込む。
「もちろん。是非、遊びに来てね」
「うん!」
※※※
それから3年程の月日が流れる。
舞は理恵が心の支えになっていた事もあり、荒れることなく無事に中学を卒業していた。
和也が通っていた高校にも合格しており、今日は休日であるのに、ブレザーの制服姿で、和也のお墓参りに来ていた。
髪の毛はポニーテールにしており、和也に貰ったシュシュを身に着けている。
舞の周りには誰もおらず、手に持っていた木製の桶から、柄杓《ひしゃく》で水を掬うと、墓石に掛けていった。
「和也。和也が喜ぶと思って、わざわざ制服姿で来たんだよ。感謝してね」
舞は笑顔でそう言って、桶に柄杓を入れると、砂利の上に置いた。
「ふふ、大丈夫だよ。ちゃんと薬を使わずに、16歳になるまで待ったよ」
哀愁漂う表情を浮かべながら、しゃがむと、持ってきた花を花立てに一本一本、丁寧に入れていく。
「――でもこうやって振り返ると、やっぱり後悔は止まらないんだ。あの時、もっと早くあなたの事に気付いて、薬を使う事が出来れば、色々な可能性があったのに……って」
花を入れ終わると、墓石にソッと手で触れる。
「後悔しても、あなたは戻ってこないのにね……」
墓石から手を離すと、スッと立ち上がる。
目を閉じると、両手を合わせた。
――数秒して目を開けると、両手を下ろした。
「私自身に薬を使う事は、もう無いかもしれない。だけど私は、残りの若返り薬も完成させたい。あなたが生きていれば、良い顔しないかもしれないけど、私みたいに年齢で悩んでいる人が、年齢を気にすることなく、自由に恋愛が出来ればいいなぁって思うの。そうすれば私みたいに後悔する人が減るでしょ?」
舞は決意を口にすると、少し膝を曲げ、桶を持ち上げる。
「またね」
こうして舞は、理恵の元に戻り、一緒に若返り薬も完成させることとなる。
両方の薬を完成させた舞は、独立をし、理恵に素材を分けてもらいながら、和也の墓で告げた想いを胸に薬作りを続けた。
この物語の本当の始まりは、若返り薬を使って、あなたを手に入れたかった。
そんな舞の想いから、始まっていたのかもしれない。
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