若返り薬を使ってあなたを手に入れたい

若葉結実(わかば ゆいみ)

文字の大きさ
47 / 47

本当の始まり

しおりを挟む
 数日後の昼間。
 舞は私服姿で、理恵の研究室を訪れていた。
 
 舞は和也が亡くなってから、ずっと連絡もせずに過ごしてきた事が気まずいのか、理恵と向かい合わせで座っているのに、俯いていた。

「その……あの時は、ありがとうございました。それなのに数日間、何も報告せずに、ごめんなさい」

 舞はそう言って、頭を下げる。
 理恵は悲しそうな笑顔を浮かべ、舞の肩に手をソッと乗せた。

「顔を上げて。気にしなくて、いいのよ」

 舞が顔を上げると、理恵はスッと肩から手を離す。
 舞は、また理恵から視線を逸らし、俯いた。
 そこから数分の長い沈黙が続く。
 それでも理恵は、母親のような優しい眼差しで、舞を見つめていた。
 舞がようやく顔を上げ、理恵と視線を合わす。

「あの……」
「なに?」
「あ……」

 舞の目から涙が零れ、頬を伝っていく。
 理恵は白衣からハンカチを取り出すと、優しく拭った。

「ごめんなさい……気持ちの整理を付けてから来た筈なのに、また涙が込み上げて来ちゃって……直ぐに落ち着かせるから、待っていてください」

 舞がそう言うと、理恵はニコッと微笑む。

「大丈夫よ。おいで」

 理恵は子供を呼ぶかのように、両手を広げた。
 舞は素直に理恵に近づき、身を委ねる。
 理恵は舞の体を優しく包み込み、ギュッと抱きしめた。

「大丈夫、大丈夫」

 理恵はトン……トン……トン……と、優しく舞の背中を叩く。

「ここには、私とあなたしか居ない。無理して、感情を抑える必要はないの。泣いたって良い……喚いたって良い……存分に吐き出しちゃいなさい」
「理恵さん……」

 舞は理恵の優しい言葉で、我慢していた感情が爆発したようで、いままで起きた事を口にしながら、泣き叫ぶ。
 
「そうそう……その調子よ」

 理恵はトン……トン……トン……と、舞が落ち着くまで、優しく背中を叩き続けていた。

 数分して落ち着いた舞は、自分が座っていた椅子に戻って、鼻をすすっていた。

 理恵は、湯気の立ったマグカップを持ってくると、舞に差し出す。

「はい、ホットココア。熱いから、気を付けて」

 舞は手を伸ばし、理恵からマグカップを受け取った。

「ありがとうございます」
「少しは落ち着いた」
「はい、大分」
「それは良かった」

 理恵は椅子に座ると、ホットココアを一口飲む。

「あつっ……私、猫舌なのよね」

 理恵がそう言って苦笑いをすると、舞は微笑んだ。
 舞もマグカップに口をつけ、一口ココアを飲む。

「本当だ。熱いね」
「ごめんね」
「私は飲めないぐらいじゃないから、大丈夫だよ」
「本当? 良かった」

 理恵がフーフーとホットココアを冷ましていると、舞の顔が曇り始める。

「ねぇ、理恵さん」
「ん?」
 
 理恵は舞の顔を見て、真剣に聞こうと思ったのか、マグカップを作業台の上に置く。

「これからの事だけど、私……しばらく薬を作るの止めようと思うの」

 理恵はそれを聞いても驚いた表情も見せず、舞の目をしっかり見ている。

「和也を失って、正直続ける意味が分からなくなっちゃって……」
「そう……分かったわ」
「ごめんなさい」

 舞は寂しそうな理恵の顔を見て、申し訳なさそうに謝った。

「謝らなくても大丈夫よ。正直、少し寂しいけど、あなたが選んだ道だもの。ちゃんと受け入れるわ」
 
 理恵は舞の悲しみを拭い去ろうとするかのように、精一杯の温かい笑顔を見せた。

「ありがとう……」
「どう致しまして」
「――ねぇ、理恵さん」
「どうしたの?」
「たまに遊びに来ていいかな?」

 理恵は舞の手を取り、両手で包み込む。

「もちろん。是非、遊びに来てね」
「うん!」

 ※※※

 それから3年程の月日が流れる。
 舞は理恵が心の支えになっていた事もあり、荒れることなく無事に中学を卒業していた。
 
 和也が通っていた高校にも合格しており、今日は休日であるのに、ブレザーの制服姿で、和也のお墓参りに来ていた。

 髪の毛はポニーテールにしており、和也に貰ったシュシュを身に着けている。

 舞の周りには誰もおらず、手に持っていた木製の桶から、柄杓《ひしゃく》で水を掬うと、墓石に掛けていった。

「和也。和也が喜ぶと思って、わざわざ制服姿で来たんだよ。感謝してね」

 舞は笑顔でそう言って、桶に柄杓を入れると、砂利の上に置いた。
 
「ふふ、大丈夫だよ。ちゃんと薬を使わずに、16歳になるまで待ったよ」

 哀愁漂う表情を浮かべながら、しゃがむと、持ってきた花を花立てに一本一本、丁寧に入れていく。

「――でもこうやって振り返ると、やっぱり後悔は止まらないんだ。あの時、もっと早くあなたの事に気付いて、薬を使う事が出来れば、色々な可能性があったのに……って」

 花を入れ終わると、墓石にソッと手で触れる。

「後悔しても、あなたは戻ってこないのにね……」

 墓石から手を離すと、スッと立ち上がる。
 目を閉じると、両手を合わせた。
 ――数秒して目を開けると、両手を下ろした。

「私自身に薬を使う事は、もう無いかもしれない。だけど私は、残りの若返り薬も完成させたい。あなたが生きていれば、良い顔しないかもしれないけど、私みたいに年齢で悩んでいる人が、年齢を気にすることなく、自由に恋愛が出来ればいいなぁって思うの。そうすれば私みたいに後悔する人が減るでしょ?」

 舞は決意を口にすると、少し膝を曲げ、桶を持ち上げる。

「またね」

 こうして舞は、理恵の元に戻り、一緒に若返り薬も完成させることとなる。

 両方の薬を完成させた舞は、独立をし、理恵に素材を分けてもらいながら、和也の墓で告げた想いを胸に薬作りを続けた。

 この物語の本当の始まりは、若返り薬を使って、あなたを手に入れたかった。
 そんな舞の想いから、始まっていたのかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

処理中です...