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特別なひと
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和明はこの時まで、侑のことをただの無防備で無警戒なオメガだと思っていた。
だから早々に手に入れてしまわなければと。
またマッスルバーなんかに行かれてはたまらないと思った。
けれど、それは違うのでは?といく疑問が頭をもたげた。
ずびずびと鼻を啜りながら、袖の長いカーディガンで鼻を擦る侑の鼻の頭が真っ赤になっていた。
「高校生の性欲、知ってるでしょ?」
「知らないけど・・・中卒だし」
「あーいや、そうだったとしてもさ。友達とか・・・」
「その頃はずっとじいちゃんと畑してたから友達いない」
あ、そうとしか和明は言えなかった。
無防備で無警戒な意味がほんの少しだけわかった気がした。
ぴゅうと吹く風は冷たく、侑はぷしゅっとくしゃみをしてまたずるっと鼻水を啜った。
「風邪?」
「ん、縁側開けたまま昼寝してた」
どうしようかと迷ったのは一瞬で、行こうとまた和明は侑の手を引いて歩きだした。
今度はまっすぐ駅まで行って電車に乗った。
「デート?デート?」
「似たようなもん」
そうかそうかとムフフと緩む口元を袖口で隠している。
連れてこられたのはカラオケボックスで、えぇ~ーっと侑は不機嫌さを隠そうともしなかった。
初デートがカラオケボックスってありなのか?いや、ない。
デートはもっとこう、なんだ、いや、デートってなんだ?
「あっ、和明!映画だ、映画。やまちが・・・」
「んな時間はない。この後は塾に行くから」
「じゃあ、なんなんだよ!」
あのね、と和明が口を開くと侑はメニュー表を真剣に見ていた。
このぶどうパフェ食べていい?と言うのには呆れてしまった。
「話をしに来たから後で」
「食べながらは?」
「後で!」
「・・・はい」
なんだよイライラしちゃってさ、と侑はぶつくさと文句を言いながらも和明に向き直った。
「僕はこの先、良い暮らしがしたい」
「うん」
「その為には大学に入ってそれなりの企業に勤めたいんだ。アルファといってもうちは名家でもなんでもない。父さんも普通に勤め人だしね」
「へぇ」
「この先も侑さんと一緒にいたいから、今頑張ってるんだよ」
「ふぅん。もう食べてもいい?」
タブレットの注文ボタンをタップして侑はふぅと息を吐いた。
運ばれてきたぶどうパフェは写真のそれよりもしょぼくれていた。
食う?と侑は最初の一口をスプーンで和明の口に運んだ。
「どう?」
「・・・甘い」
そっか、とほわわと笑って侑もぶどうを口に入れた。
和明の言うことはきっと嬉しいことなんだろうと思う。
だけど、そこに侑の気持ちはなかった。
全部、和明が決めて実行していることだ。
浮かれていたのは自分だけだったんだなぁ、と思うとやり切れない。
そういうのは二人で決めたかったなぁ、とソフトクリームを掬う。
「寂しい?」
「んー、そうだな」
寂しいな、スプーンを咥えたまま天井を見ながら侑は答えた。
ききすぎた暖房のせいでパフェのソフトクリームがどろどろと溶けていき、それをぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
「最初に言ってくれりゃ良かったのに」
「・・・うん」
「まぁ、最初に言ってくれてもこうやって押しかけてたと思うけど」
「え?」
にしし、と笑って侑はぎゅうと和明に抱きついて頭を撫でた。
よしよし、と撫でてすんすんと和明の匂いを嗅いだ。
「侑さん、そういうことされると・・・」
「お前、みかんみたいな匂いするな」
「侑さんは、その服は誰の?違う匂いがする」
「わかるのか、すげぇな」
わかるよ、と和明も侑の首筋に鼻を寄せた。
襟足から見え隠れする黒子、耳の裏から甘く濃い匂いがする。
張り詰めていた気持ちが和らぐような優しい匂い。
ずくずくと下半身が疼く、アルファの本能が目の前のオメガを手に入れろと信号を出している。
和明、と呼ばれて顔をあげると額にチュッとキスをされた。
「へ?」
「うん、それがいい」
「なにが」
「今日はずっとなんか硬い顔してた。習ったんだ、アルファには甘えましょうって」
ずずずっと鼻を啜ってしまらない顔でへらりと笑う顔に気が抜けた。
甘えてるのではなく甘やかされている気がする。
「キスしたい」
「いいぞ、いっぱい練習したからな」
「は、誰と」
「人形」
ぷッと吹き出してケラケラという笑い声に、思いがけず和明も釣られて笑う。
「楽しいな?」
「うん」
「初デートだな」
「うん?」
「塾、サボる?」
「サボらない」
「けち」
コツンと合わせた額はじっとりと汗ばんでいて、ちょんと触れた鼻先は妙に冷たくて、合わせた唇は柔らかく、しっとりと甘かった。
「和明、はじめて?」
「そうだよ・・・なんだよ、その目は」
「モテるのに?」
「誰かの特別になりたいって思ったのは侑さんだけだよ」
「俺も、特別?」
「そうだよ」
侑の鼻からまた鼻水が流れでた、啜っても啜ってもそれは止まらずに目尻を親指が拭う。
「受験が終わったらご褒美ちょうだいね」
「おう、何でも奢ってやるぞ」
「やっぱり馬鹿だね」
なんでだよ!とドンドンと胸を叩く侑にもう一度キスをして、襟足の黒子に吸いついて痕を残した。
だから早々に手に入れてしまわなければと。
またマッスルバーなんかに行かれてはたまらないと思った。
けれど、それは違うのでは?といく疑問が頭をもたげた。
ずびずびと鼻を啜りながら、袖の長いカーディガンで鼻を擦る侑の鼻の頭が真っ赤になっていた。
「高校生の性欲、知ってるでしょ?」
「知らないけど・・・中卒だし」
「あーいや、そうだったとしてもさ。友達とか・・・」
「その頃はずっとじいちゃんと畑してたから友達いない」
あ、そうとしか和明は言えなかった。
無防備で無警戒な意味がほんの少しだけわかった気がした。
ぴゅうと吹く風は冷たく、侑はぷしゅっとくしゃみをしてまたずるっと鼻水を啜った。
「風邪?」
「ん、縁側開けたまま昼寝してた」
どうしようかと迷ったのは一瞬で、行こうとまた和明は侑の手を引いて歩きだした。
今度はまっすぐ駅まで行って電車に乗った。
「デート?デート?」
「似たようなもん」
そうかそうかとムフフと緩む口元を袖口で隠している。
連れてこられたのはカラオケボックスで、えぇ~ーっと侑は不機嫌さを隠そうともしなかった。
初デートがカラオケボックスってありなのか?いや、ない。
デートはもっとこう、なんだ、いや、デートってなんだ?
「あっ、和明!映画だ、映画。やまちが・・・」
「んな時間はない。この後は塾に行くから」
「じゃあ、なんなんだよ!」
あのね、と和明が口を開くと侑はメニュー表を真剣に見ていた。
このぶどうパフェ食べていい?と言うのには呆れてしまった。
「話をしに来たから後で」
「食べながらは?」
「後で!」
「・・・はい」
なんだよイライラしちゃってさ、と侑はぶつくさと文句を言いながらも和明に向き直った。
「僕はこの先、良い暮らしがしたい」
「うん」
「その為には大学に入ってそれなりの企業に勤めたいんだ。アルファといってもうちは名家でもなんでもない。父さんも普通に勤め人だしね」
「へぇ」
「この先も侑さんと一緒にいたいから、今頑張ってるんだよ」
「ふぅん。もう食べてもいい?」
タブレットの注文ボタンをタップして侑はふぅと息を吐いた。
運ばれてきたぶどうパフェは写真のそれよりもしょぼくれていた。
食う?と侑は最初の一口をスプーンで和明の口に運んだ。
「どう?」
「・・・甘い」
そっか、とほわわと笑って侑もぶどうを口に入れた。
和明の言うことはきっと嬉しいことなんだろうと思う。
だけど、そこに侑の気持ちはなかった。
全部、和明が決めて実行していることだ。
浮かれていたのは自分だけだったんだなぁ、と思うとやり切れない。
そういうのは二人で決めたかったなぁ、とソフトクリームを掬う。
「寂しい?」
「んー、そうだな」
寂しいな、スプーンを咥えたまま天井を見ながら侑は答えた。
ききすぎた暖房のせいでパフェのソフトクリームがどろどろと溶けていき、それをぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
「最初に言ってくれりゃ良かったのに」
「・・・うん」
「まぁ、最初に言ってくれてもこうやって押しかけてたと思うけど」
「え?」
にしし、と笑って侑はぎゅうと和明に抱きついて頭を撫でた。
よしよし、と撫でてすんすんと和明の匂いを嗅いだ。
「侑さん、そういうことされると・・・」
「お前、みかんみたいな匂いするな」
「侑さんは、その服は誰の?違う匂いがする」
「わかるのか、すげぇな」
わかるよ、と和明も侑の首筋に鼻を寄せた。
襟足から見え隠れする黒子、耳の裏から甘く濃い匂いがする。
張り詰めていた気持ちが和らぐような優しい匂い。
ずくずくと下半身が疼く、アルファの本能が目の前のオメガを手に入れろと信号を出している。
和明、と呼ばれて顔をあげると額にチュッとキスをされた。
「へ?」
「うん、それがいい」
「なにが」
「今日はずっとなんか硬い顔してた。習ったんだ、アルファには甘えましょうって」
ずずずっと鼻を啜ってしまらない顔でへらりと笑う顔に気が抜けた。
甘えてるのではなく甘やかされている気がする。
「キスしたい」
「いいぞ、いっぱい練習したからな」
「は、誰と」
「人形」
ぷッと吹き出してケラケラという笑い声に、思いがけず和明も釣られて笑う。
「楽しいな?」
「うん」
「初デートだな」
「うん?」
「塾、サボる?」
「サボらない」
「けち」
コツンと合わせた額はじっとりと汗ばんでいて、ちょんと触れた鼻先は妙に冷たくて、合わせた唇は柔らかく、しっとりと甘かった。
「和明、はじめて?」
「そうだよ・・・なんだよ、その目は」
「モテるのに?」
「誰かの特別になりたいって思ったのは侑さんだけだよ」
「俺も、特別?」
「そうだよ」
侑の鼻からまた鼻水が流れでた、啜っても啜ってもそれは止まらずに目尻を親指が拭う。
「受験が終わったらご褒美ちょうだいね」
「おう、何でも奢ってやるぞ」
「やっぱり馬鹿だね」
なんでだよ!とドンドンと胸を叩く侑にもう一度キスをして、襟足の黒子に吸いついて痕を残した。
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