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できることだけ

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日曜日の午後、周平と大和はそれぞれ出かけてしまい侑は一人お留守番だ。
ぐてりと縁側に寝そべって周平が作った庭を眺める。
傘をさした蛙の横にいつの間にか葉牡丹が置かれていた。
鉢に入った葉牡丹は三つ、周平が毎日世話をしている。

「いーちにーいさんまのしっぽごりらのむすこーなっぱー・・・らっぱ?」

いち、にと指を折って侑は数える、はちがらっぱ?

「葉っぱだよ」
「葉っぱじゃないよ、かえるだよ」
「なんでそうなるん?」

くくくと笑う声に目を向けると和明が塀を乗り越えるところだった。
一人?と聞かれて、うんと寝そべったまま見上げると覗き込む和明と目が合った。

「菜っ葉の次は葉っぱ」
「なんで?菜っ葉も葉っぱも一緒じゃん」
「そういうもんなの」
「受験終わった?」
「んなわけない」

ぷはっと笑う和明にだらりとした体を起こしてもらう。
そのまま縁側に二人で並んで座った。
侑はぶらぶらと足を揺らして、もにょもにょと上がりそうになる口元を引き締める。

「こないだ押しかけてきたじゃん?」
「うん」
「あの日、塾でテストがあったんだけど、てか毎回小テストみたいなのはあるんだけど」
「うん」
「いつも満点だけどあの日も満点だった」
「お、自慢か?」

ひひひと揶揄うように笑った侑に、和明はただ言いたくてとだけ言う。
その声音は落ち着いていて、見つめ返してくる目も真剣だった。

「なんで?」
「んー、嬉しかったから?」
「今日は塾ないの?」
「日曜は午前だけにした」
「じゃあ、ホットケーキでも焼いてやろっか?」

そう言って笑う顔は殊更に可愛くて可愛くて、和明の喉が鳴った。

リビングにはこたつがつくってあり、こたつカバーは小花柄のパッチワークで温かみのあるオレンジ色だった。
やまちが作った、そう言いながら侑はホットプレートをこたつの上に設置する。

「たまご割って」
「牛乳入れて」
「もったりするまで混ぜて」

和明に指示しながら侑はココアを練った。

「牛乳で混ぜるだけじゃ駄目なの?」
「ばっかだなぁ、このひと手間が美味しいの。見よ、この照りを!」

小鍋の中には艶々のココアがあってそこに少しずつ牛乳を注いでいく。
煎って、水で伸ばして練って、面倒くさそうなそれを侑は嬉々としてやっていた。

「周平さん達は?」
「ペー助はどっかの寺の盆栽市行ってて、やまちはドライブだって」

ぷつぷつと小さな気泡が出来上がるのを見計らってぽんとひっくり返す。
秋の黄色い月のようなホットケーキ。
バターとメープルシロップが、ホットケーキの上で溶けて染み込み口に入れると軽くて甘い。
侑が丁寧に淹れたココアは香りも良く美味しい。

「盆栽市?」
「うん、なんかわかんないけど武さんに買ってもらうんだって」
「ドライブは卯花さん?」
「うん、紅葉を見に行くって」

二枚目のホットケーキの生地を落としながら侑はこともなげに言う。
自分はなにもしてあげられないな、と和明は落ち込んだ。
ひと手間かけたココアも、指示されないと作れないホットケーキの生地も。

「侑さん、ごめん」
「え、あんこ嫌い?」
「え?」
「二枚目はあんこバターにする?ってさっき聞いたけど聞いてなかった?」
「・・・聞いてなかった」

なんだよ、と口を尖らせてぽんとひっくり返したそれはやっぱり綺麗なきつね色をしていた。
問答無用であんことバターがのったホットケーキが皿に乗る。

「どこにも連れて行ってあげられなくてごめんって言ったんだ」
「いや、俺は盆栽にも紅葉にも興味無いけど」
「そうじゃなくて、デートしたいって」
「したじゃん、こないだ」
「あれは、違うっていうか」

馬鹿じゃね?と侑はあんこバターのホットケーキにグサリとフォークを突き刺した。
そのままがぶりと食らいついてもぐもぐと食べる。
食べ終わったら和明の皿のホットケーキまで奪って食べた。

「前の時も思ったけどさ、なんでどうしようもないことでそうなんの。俺さ一言でも盆栽市行きたいって言った?確かに、初デートがカラオケボックスで一時間かそこらってのはアレだったけどさ。今となっちゃあれはあれで良かったと思ってる」

ゆらゆらと揺らしたフォークを突きつけながら侑の表情は険しい。
険しい中にほんの少し寂しさが滲んでいるように見えた。

「なんかしてやりたいって思ってんなら三枚目のホットケーキはお前が焼け」
「・・・まだ食べるの?」
「今度はアイス乗っけて食べるんだよ」

ふんっと立ち上がりアイスを取りに行くであろう後ろ姿を見ながら、生地を落とした。
侑が落とした時は綺麗な丸だったのに、和明のそれは楕円形になった。
ぷつぷつとできる気泡を合図にひっくり返したのに端が焦げていた。

「下っ手くそだなぁ」
「うるさい、次は上手く焼くから」

悔しくて言い返すと、そうだなと侑があの柔らかい笑みを見せた。
今はできることだけすればいい、そう言われているみたいだった。





※あっくんが数え歌を歌っているのは会えない日を普通に数えるより、歌った方が楽しいからです。
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