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ミュウの世界
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ナッツの毛はふわふわでくるくるで、けれど昨日は土埃にまみれたせいで汚かった。なので、ミュウは朝からワシワシとナッツを洗う。大きな盥に水を張ってナッツはそこにちょこんと座って浮かんでは弾けて消える泡を見ていた。
ミンティも同じく白毛が茶色になるほど汚れていたのでひと足先に洗って今はスゥがタオルで水気を拭いている。
気持ちよさそうに目を細めるナッツ、時折わふぅとため息のようなものを漏らすのでおかしくてミュウも笑顔になった。
その笑顔も束の間、ナッツもミンティもグルグルと喉を鳴らし始め牙をむきはじめた。
「どうした?ナッツ」
「ミンティ?痛かった?」
スゥも首を傾げながらミンティの鼻筋を撫でる。それでも二頭の機嫌は治らず、一体なんなんだ?とスゥを顔を見合わせたその時だった。
「やぁ、ほんとにイヌゥなんだねぇ」
その声と同時にナッツとミンティが吠えたてた。イヌゥ小屋からはいつの間にかモンドも吠えながら走ってくる。
「あ、あんた…」
「どうも」
「昨日は、ごめんなさい!!」
ミュウはなにか言われる前に腰を直角に折って、思い切り頭を下げた。こういうのは謝った者勝ちなんだ、ここにはスゥもいるしジェジェは痛みは引いたがまだ万全じゃない。メイソンもサーシャも秀でた能力があるわけじゃない。ミュウは頭を下げ続けた、昨日木の上で出会ったナイフの男に。
スゥが名前を呼びながら裾を引っ張ってくる、やめなさい怖い男だぞこいつは。
「ミュウ!頭あげて!」
「スゥ、黙ってろ。一捻りにされんぞ」
「いいから!」
スゥの焦った声に渋々顔を上げるとまさかのナイフの男が一捻りにされていた。頭をがっしり掴まれて足が浮いてる。なんで?と見上げたミュウが見たのは大男だった。
「部下が失礼。麗しの水の姫…君?」
赤茶の髪、胡桃色の瞳は大いに困惑している。物語の王子もベールをあげて困惑するシーンがあった。あぁこれか、とミュウは思わずポンと手を打った。
「男です」
へらりと笑うミュウ、見下ろす大尉の目が柔く細められてナイフの男がヒャハハと笑った。
ナイフの男はヒューゴ、階級は無し、けれど大尉の腹心の部下だという。俺はさぁ耳がいいんだ、とヒューゴは言った。だから昨日、ミュウ達に気づいた。聞きなれない声が大尉の話をしていたので拘束するつもりだった、と。
「怖い思いをさせてしまったね」
「僕の方が悪いので」
二人は今、オブリス家を離れ街を歩いていた。メイソンが「若い二人で!若い二人で!」と連呼し、追い出した形だ。大尉をもてなすなんてことうちにはできないぞ、と表情が物語っていた。
「あの銀髪を見てまさかと思ったが…」
「まさかでした」
「てっきり領地にいるものだと思っていた」
「一昨日こっちにきました。ナッツに乗って」
あははと笑うミュウを大尉は見下ろした。エディンデル国の辺境、大きな湖と豊かな森に護られた隠された姫。実際は空を飛んでいたし、姫でもなかった。笑うとこれでもかと目尻が下がって右の頬に笑窪ができる。
「ヒューゴは大丈夫でしょうか」
「少し揉んでもらえばいいんだ」
グルグルと喉を鳴らした三頭、大尉から解放されたヒューゴにまず飛びかかったのはナッツだった。串刺しにでもしようというのか頭から突進してきたナッツを、ヒューゴはその角を受け止めてコロンと転がした。あれは相撲だな、と思い出してミュウはふふふと笑う。
「なにか食べようか?」
「いいですね」
大尉は最初からそのつもりだったのか歩きついた先は道の両端にびっしりと露店が並ぶ通りだった。果物も野菜も、肉も魚も菓子もなんでもあるように見える。雑多な匂いの中に一際甘い匂いが漂ってきてミュウは吸い寄せられるようにそこへ向かった。
小さなフライパンで焼かれた小さなパンケーキのようなもの、それにジャムを挟んだ菓子は前世で食べたどら焼きに似ていた。
それを持って通りを抜けて坂道を登ると小さな家がせせこましく建ち並ぶ場所へ出た。見下ろすと王都の街並みが、遠くを見ると山々が見えた。
「急にこんな事になって驚いただろう?」
「ん?」
「王命のことだ」
眉の下がった困り顔に、やっぱり大尉も困っていたんだなとミュウは頷いた。
「それは大尉もでしょう?」
「…フィルだ」
「え?」
「フィルと呼んでくれ」
あぁこの人は歩み寄ってくれている。きっと優しい人に違いない。そんな人を野蛮人の引きこもりの田舎者と添わせてしまうなんて心が痛い。
「では、僕のことはミュウと」
「わかった。ミュウ、また誘ってもいいかい?」
「明日、領地に帰ります」
あっさりとそう言いのけてミュウはどら焼きの最後の欠片を口に放り込んだ。
※長かった説明回が終わりました。ここまで読んでくださってありがとうございます。
※また予約ミスってました!申し訳ありません。
ミンティも同じく白毛が茶色になるほど汚れていたのでひと足先に洗って今はスゥがタオルで水気を拭いている。
気持ちよさそうに目を細めるナッツ、時折わふぅとため息のようなものを漏らすのでおかしくてミュウも笑顔になった。
その笑顔も束の間、ナッツもミンティもグルグルと喉を鳴らし始め牙をむきはじめた。
「どうした?ナッツ」
「ミンティ?痛かった?」
スゥも首を傾げながらミンティの鼻筋を撫でる。それでも二頭の機嫌は治らず、一体なんなんだ?とスゥを顔を見合わせたその時だった。
「やぁ、ほんとにイヌゥなんだねぇ」
その声と同時にナッツとミンティが吠えたてた。イヌゥ小屋からはいつの間にかモンドも吠えながら走ってくる。
「あ、あんた…」
「どうも」
「昨日は、ごめんなさい!!」
ミュウはなにか言われる前に腰を直角に折って、思い切り頭を下げた。こういうのは謝った者勝ちなんだ、ここにはスゥもいるしジェジェは痛みは引いたがまだ万全じゃない。メイソンもサーシャも秀でた能力があるわけじゃない。ミュウは頭を下げ続けた、昨日木の上で出会ったナイフの男に。
スゥが名前を呼びながら裾を引っ張ってくる、やめなさい怖い男だぞこいつは。
「ミュウ!頭あげて!」
「スゥ、黙ってろ。一捻りにされんぞ」
「いいから!」
スゥの焦った声に渋々顔を上げるとまさかのナイフの男が一捻りにされていた。頭をがっしり掴まれて足が浮いてる。なんで?と見上げたミュウが見たのは大男だった。
「部下が失礼。麗しの水の姫…君?」
赤茶の髪、胡桃色の瞳は大いに困惑している。物語の王子もベールをあげて困惑するシーンがあった。あぁこれか、とミュウは思わずポンと手を打った。
「男です」
へらりと笑うミュウ、見下ろす大尉の目が柔く細められてナイフの男がヒャハハと笑った。
ナイフの男はヒューゴ、階級は無し、けれど大尉の腹心の部下だという。俺はさぁ耳がいいんだ、とヒューゴは言った。だから昨日、ミュウ達に気づいた。聞きなれない声が大尉の話をしていたので拘束するつもりだった、と。
「怖い思いをさせてしまったね」
「僕の方が悪いので」
二人は今、オブリス家を離れ街を歩いていた。メイソンが「若い二人で!若い二人で!」と連呼し、追い出した形だ。大尉をもてなすなんてことうちにはできないぞ、と表情が物語っていた。
「あの銀髪を見てまさかと思ったが…」
「まさかでした」
「てっきり領地にいるものだと思っていた」
「一昨日こっちにきました。ナッツに乗って」
あははと笑うミュウを大尉は見下ろした。エディンデル国の辺境、大きな湖と豊かな森に護られた隠された姫。実際は空を飛んでいたし、姫でもなかった。笑うとこれでもかと目尻が下がって右の頬に笑窪ができる。
「ヒューゴは大丈夫でしょうか」
「少し揉んでもらえばいいんだ」
グルグルと喉を鳴らした三頭、大尉から解放されたヒューゴにまず飛びかかったのはナッツだった。串刺しにでもしようというのか頭から突進してきたナッツを、ヒューゴはその角を受け止めてコロンと転がした。あれは相撲だな、と思い出してミュウはふふふと笑う。
「なにか食べようか?」
「いいですね」
大尉は最初からそのつもりだったのか歩きついた先は道の両端にびっしりと露店が並ぶ通りだった。果物も野菜も、肉も魚も菓子もなんでもあるように見える。雑多な匂いの中に一際甘い匂いが漂ってきてミュウは吸い寄せられるようにそこへ向かった。
小さなフライパンで焼かれた小さなパンケーキのようなもの、それにジャムを挟んだ菓子は前世で食べたどら焼きに似ていた。
それを持って通りを抜けて坂道を登ると小さな家がせせこましく建ち並ぶ場所へ出た。見下ろすと王都の街並みが、遠くを見ると山々が見えた。
「急にこんな事になって驚いただろう?」
「ん?」
「王命のことだ」
眉の下がった困り顔に、やっぱり大尉も困っていたんだなとミュウは頷いた。
「それは大尉もでしょう?」
「…フィルだ」
「え?」
「フィルと呼んでくれ」
あぁこの人は歩み寄ってくれている。きっと優しい人に違いない。そんな人を野蛮人の引きこもりの田舎者と添わせてしまうなんて心が痛い。
「では、僕のことはミュウと」
「わかった。ミュウ、また誘ってもいいかい?」
「明日、領地に帰ります」
あっさりとそう言いのけてミュウはどら焼きの最後の欠片を口に放り込んだ。
※長かった説明回が終わりました。ここまで読んでくださってありがとうございます。
※また予約ミスってました!申し訳ありません。
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