夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

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転生遊戯

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 フィルの愛馬は真っ黒で艶々でピカピカで他の馬より一回り大きかった。それくらいでないとフィルを乗せることが難しいらしい。名はスウェインという。
 ラックスベルに馬は数える程しかいない。ロバとイヌゥで事足りるからだ。さて、スウェインは、そして他の馬はどこに繋ごうか、というとスウェインはブルルと鼻を鳴らしてナッツに近づいた。というわけでスウェインはナッツの小屋の隣に繋がれている。ブルルブルルと鼻水を撒き散らしながらナッツを構う。なのでナッツの毛がぺしょりと濡れた。

「ナッツを気に入ってるみたい」
「そうだな」

 フィルは柔らかく目を細めてミュウを見下ろす。開口一番「君に会えて嬉しい」と言った。それがなんだかこそばゆくミュウはなにも言えずに頷くだけに留めた。
 物語の通りならば裏表のない人なのだ、友を大事に思い正義感のある主人公、どこで話が変わってしまったんだろう。

「明日、ここを発つがその前に君の育ったこの地を案内してもらっていいだろうか」
「いいけど、疲れとん…あっと、おつかれではないですか?」
「君の話しやすい方でいい。私は気にしない」


 そんなことがあって二人は今、森へきのこ採りへ来ていた。領民が軽く整備しただけの小路を並んで歩く。

「ピザとはどんなものだ?」
「王都にないん?」
「無いな」

 ピザはミュウが前世の記憶で「食べたいなぁ」と言ったものを母が作ってくれたもの。ミュウの拙い説明でよく作れたものだと思う。田舎にないだけで都にはあると思っていたが違ったらしい。

「丸い生地に好きな具材のせてチーズものせて窯で焼くねん」
「のせるのはなんでもいいのか?」
「うん、でも僕はベーコンとメジュ茸のやつが好き。メジュ茸採れたらピザ作る?」
「あぁ、とても美味そうだ」

 手紙でずっとやり取りしていたからか会話に苦労することはなかった。物語のフィルはとても強くて怖そうだが、現実のフィルはそんなことちっともなくて声音は低いが優しい。大きな体で長い足では歩幅も違うだろうに合わせて歩いてくれた。
 メジュ茸は日陰のじめっとしたところ、倒木の影なんかに生えている。コツがわかればすぐにそれとわかるので、教えてやればフィルは大きな体を丸めて嬉々として採っていた。

「楽しいものだな」
「そりゃよかった」

 メジュ茸を中心にスープに入れると美味しい出汁が出るデイ茸、バター炒めが美味しいユウ茸なども採って籠はいっぱいになった。
 帰りは行きと違って浜へと行く道を歩いた。フィルは海を見たことがあるという。「しょっぱい風だった」と顔を顰めて言うのに笑ってしまった。

 湖の浜は海辺の浜より大きくはない。サクサクと砂の音を鳴らして歩み、こっそり振り返るとフィルの足跡がくっきりと残っていてなんだかわからないけどすごいと思った。

「風が気持ちいいな」
「うん」

 浜からはこんもりと中央にある島が見える。桃色は散ってしまって今は緑色だ。そこには小さな神殿があって、水の精霊を祀っている。

「私は初めて君を見た時、空の精霊かと思った。太陽を背に蒼穹の中で君の髪がキラキラと輝いていた」

 この世界には各所に精霊がいる。水の精霊、空の精霊、火の精霊、大地の精霊、精霊はどこにでもいて誰もが自分に近しい精霊を崇める。鍛冶屋は火の精霊を、農家は大地の精霊を、仕立て屋は針の精霊を崇める。神と呼ばれるものは創造神のみで、精霊を疎かにすると創造神の怒りをかうという。
 ミュウがその精霊だと思った、真剣な声音に茶化すこともできない。

「本当に綺麗で、それで…」

 言い淀んだフィルはコホンとひとつ咳払いをした。

「私は、隠し事や嘘が苦手なんだ」
「ん?」

 唐突なフィルの言葉にミュウは隣りを仰いだ。僅かに眉を寄せたフィルの視線は島の向こう、沈む夕陽を見ていた。

「君は夢を通して世界を見ることができるのか?」
「…そう、なんかな」
「そうか。星見ほしみのいうことは本当だったか」
「星見?」
「知らないか?」

 そこでフィルは夕陽から視線をミュウに移した。胡桃色の綺麗な瞳だと思った。星見は空の星の巡りを観察し、吉兆を予言する人だという。今の星見は大層な婆で″尖塔の魔女″と呼ばれているらしい。

「辺境に世界を見渡す子が生まれる、君が生まれる少し前に星見はそう予言した。ただ、王家は信じなかった」
「まぁ、嘘みたいな話やもんな」
「あぁ、星見の言うことは絶対ではない」

 けれど、と続けたが結局フィルは苦いものを食べた時のように口を噤んだ。

「戦に利用できると存在を思い出した?」

 そうだ、フィルは変わらず苦いものを口にしたように答えた。優しく誠実な人、ミュウはその胡桃色を見つめた。イーハンが心を許したのもわかる。

「フィルはほんま正直なんやな」
「君の結婚相手は本当は私ではなかった」
「うん」
「…知ってるのか」

 驚きに満ちた眼差しにミュウはもう一度頷いた。

「それはそうか…。うん、君は稀有な力の持ち主だもんな」

 自分自身に納得させるようにフィルも頷き、参ったなと笑った。

「私は″夢見などいなかった″そう王家に報告するつもりだった」
「えっ!?」
「それはわからなかったか?」
「だって、人の心まではわからんものやもん」
「…そう、だな」

 悲しげに伏せられた目がミュウを視界から閉め出した。イーハンのことを思い出しているのだろうと思いミュウも目を伏せる。
 どれくらいの時間が流れただろう。浜に落ちた影が長く伸びていく。ぴちゃんと魚が跳ねて湖からの湿った風がほんの少し温度を下げた時、フィルは決意に満ちた声で言った。

「…勝手なことを言っているのはわかっている。だが、どうか私のヴェルタになってほしい」

 ヴェルタってなに?





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