13 / 58
転生遊戯
4
しおりを挟む
フィルの愛馬は真っ黒で艶々でピカピカで他の馬より一回り大きかった。それくらいでないとフィルを乗せることが難しいらしい。名はスウェインという。
ラックスベルに馬は数える程しかいない。ロバとイヌゥで事足りるからだ。さて、スウェインは、そして他の馬はどこに繋ごうか、というとスウェインはブルルと鼻を鳴らしてナッツに近づいた。というわけでスウェインはナッツの小屋の隣に繋がれている。ブルルブルルと鼻水を撒き散らしながらナッツを構う。なのでナッツの毛がぺしょりと濡れた。
「ナッツを気に入ってるみたい」
「そうだな」
フィルは柔らかく目を細めてミュウを見下ろす。開口一番「君に会えて嬉しい」と言った。それがなんだかこそばゆくミュウはなにも言えずに頷くだけに留めた。
物語の通りならば裏表のない人なのだ、友を大事に思い正義感のある主人公、どこで話が変わってしまったんだろう。
「明日、ここを発つがその前に君の育ったこの地を案内してもらっていいだろうか」
「いいけど、疲れとん…あっと、おつかれではないですか?」
「君の話しやすい方でいい。私は気にしない」
そんなことがあって二人は今、森へきのこ採りへ来ていた。領民が軽く整備しただけの小路を並んで歩く。
「ピザとはどんなものだ?」
「王都にないん?」
「無いな」
ピザはミュウが前世の記憶で「食べたいなぁ」と言ったものを母が作ってくれたもの。ミュウの拙い説明でよく作れたものだと思う。田舎にないだけで都にはあると思っていたが違ったらしい。
「丸い生地に好きな具材のせてチーズものせて窯で焼くねん」
「のせるのはなんでもいいのか?」
「うん、でも僕はベーコンとメジュ茸のやつが好き。メジュ茸採れたらピザ作る?」
「あぁ、とても美味そうだ」
手紙でずっとやり取りしていたからか会話に苦労することはなかった。物語のフィルはとても強くて怖そうだが、現実のフィルはそんなことちっともなくて声音は低いが優しい。大きな体で長い足では歩幅も違うだろうに合わせて歩いてくれた。
メジュ茸は日陰のじめっとしたところ、倒木の影なんかに生えている。コツがわかればすぐにそれとわかるので、教えてやればフィルは大きな体を丸めて嬉々として採っていた。
「楽しいものだな」
「そりゃよかった」
メジュ茸を中心にスープに入れると美味しい出汁が出るデイ茸、バター炒めが美味しいユウ茸なども採って籠はいっぱいになった。
帰りは行きと違って浜へと行く道を歩いた。フィルは海を見たことがあるという。「しょっぱい風だった」と顔を顰めて言うのに笑ってしまった。
湖の浜は海辺の浜より大きくはない。サクサクと砂の音を鳴らして歩み、こっそり振り返るとフィルの足跡がくっきりと残っていてなんだかわからないけどすごいと思った。
「風が気持ちいいな」
「うん」
浜からはこんもりと中央にある島が見える。桃色は散ってしまって今は緑色だ。そこには小さな神殿があって、水の精霊を祀っている。
「私は初めて君を見た時、空の精霊かと思った。太陽を背に蒼穹の中で君の髪がキラキラと輝いていた」
この世界には各所に精霊がいる。水の精霊、空の精霊、火の精霊、大地の精霊、精霊はどこにでもいて誰もが自分に近しい精霊を崇める。鍛冶屋は火の精霊を、農家は大地の精霊を、仕立て屋は針の精霊を崇める。神と呼ばれるものは創造神のみで、精霊を疎かにすると創造神の怒りをかうという。
ミュウがその精霊だと思った、真剣な声音に茶化すこともできない。
「本当に綺麗で、それで…」
言い淀んだフィルはコホンとひとつ咳払いをした。
「私は、隠し事や嘘が苦手なんだ」
「ん?」
唐突なフィルの言葉にミュウは隣りを仰いだ。僅かに眉を寄せたフィルの視線は島の向こう、沈む夕陽を見ていた。
「君は夢を通して世界を見ることができるのか?」
「…そう、なんかな」
「そうか。星見のいうことは本当だったか」
「星見?」
「知らないか?」
そこでフィルは夕陽から視線をミュウに移した。胡桃色の綺麗な瞳だと思った。星見は空の星の巡りを観察し、吉兆を予言する人だという。今の星見は大層な婆で″尖塔の魔女″と呼ばれているらしい。
「辺境に世界を見渡す子が生まれる、君が生まれる少し前に星見はそう予言した。ただ、王家は信じなかった」
「まぁ、嘘みたいな話やもんな」
「あぁ、星見の言うことは絶対ではない」
けれど、と続けたが結局フィルは苦いものを食べた時のように口を噤んだ。
「戦に利用できると存在を思い出した?」
そうだ、フィルは変わらず苦いものを口にしたように答えた。優しく誠実な人、ミュウはその胡桃色を見つめた。イーハンが心を許したのもわかる。
「フィルはほんま正直なんやな」
「君の結婚相手は本当は私ではなかった」
「うん」
「…知ってるのか」
驚きに満ちた眼差しにミュウはもう一度頷いた。
「それはそうか…。うん、君は稀有な力の持ち主だもんな」
自分自身に納得させるようにフィルも頷き、参ったなと笑った。
「私は″夢見などいなかった″そう王家に報告するつもりだった」
「えっ!?」
「それはわからなかったか?」
「だって、人の心まではわからんものやもん」
「…そう、だな」
悲しげに伏せられた目がミュウを視界から閉め出した。イーハンのことを思い出しているのだろうと思いミュウも目を伏せる。
どれくらいの時間が流れただろう。浜に落ちた影が長く伸びていく。ぴちゃんと魚が跳ねて湖からの湿った風がほんの少し温度を下げた時、フィルは決意に満ちた声で言った。
「…勝手なことを言っているのはわかっている。だが、どうか私のヴェルタになってほしい」
ヴェルタってなに?
ラックスベルに馬は数える程しかいない。ロバとイヌゥで事足りるからだ。さて、スウェインは、そして他の馬はどこに繋ごうか、というとスウェインはブルルと鼻を鳴らしてナッツに近づいた。というわけでスウェインはナッツの小屋の隣に繋がれている。ブルルブルルと鼻水を撒き散らしながらナッツを構う。なのでナッツの毛がぺしょりと濡れた。
「ナッツを気に入ってるみたい」
「そうだな」
フィルは柔らかく目を細めてミュウを見下ろす。開口一番「君に会えて嬉しい」と言った。それがなんだかこそばゆくミュウはなにも言えずに頷くだけに留めた。
物語の通りならば裏表のない人なのだ、友を大事に思い正義感のある主人公、どこで話が変わってしまったんだろう。
「明日、ここを発つがその前に君の育ったこの地を案内してもらっていいだろうか」
「いいけど、疲れとん…あっと、おつかれではないですか?」
「君の話しやすい方でいい。私は気にしない」
そんなことがあって二人は今、森へきのこ採りへ来ていた。領民が軽く整備しただけの小路を並んで歩く。
「ピザとはどんなものだ?」
「王都にないん?」
「無いな」
ピザはミュウが前世の記憶で「食べたいなぁ」と言ったものを母が作ってくれたもの。ミュウの拙い説明でよく作れたものだと思う。田舎にないだけで都にはあると思っていたが違ったらしい。
「丸い生地に好きな具材のせてチーズものせて窯で焼くねん」
「のせるのはなんでもいいのか?」
「うん、でも僕はベーコンとメジュ茸のやつが好き。メジュ茸採れたらピザ作る?」
「あぁ、とても美味そうだ」
手紙でずっとやり取りしていたからか会話に苦労することはなかった。物語のフィルはとても強くて怖そうだが、現実のフィルはそんなことちっともなくて声音は低いが優しい。大きな体で長い足では歩幅も違うだろうに合わせて歩いてくれた。
メジュ茸は日陰のじめっとしたところ、倒木の影なんかに生えている。コツがわかればすぐにそれとわかるので、教えてやればフィルは大きな体を丸めて嬉々として採っていた。
「楽しいものだな」
「そりゃよかった」
メジュ茸を中心にスープに入れると美味しい出汁が出るデイ茸、バター炒めが美味しいユウ茸なども採って籠はいっぱいになった。
帰りは行きと違って浜へと行く道を歩いた。フィルは海を見たことがあるという。「しょっぱい風だった」と顔を顰めて言うのに笑ってしまった。
湖の浜は海辺の浜より大きくはない。サクサクと砂の音を鳴らして歩み、こっそり振り返るとフィルの足跡がくっきりと残っていてなんだかわからないけどすごいと思った。
「風が気持ちいいな」
「うん」
浜からはこんもりと中央にある島が見える。桃色は散ってしまって今は緑色だ。そこには小さな神殿があって、水の精霊を祀っている。
「私は初めて君を見た時、空の精霊かと思った。太陽を背に蒼穹の中で君の髪がキラキラと輝いていた」
この世界には各所に精霊がいる。水の精霊、空の精霊、火の精霊、大地の精霊、精霊はどこにでもいて誰もが自分に近しい精霊を崇める。鍛冶屋は火の精霊を、農家は大地の精霊を、仕立て屋は針の精霊を崇める。神と呼ばれるものは創造神のみで、精霊を疎かにすると創造神の怒りをかうという。
ミュウがその精霊だと思った、真剣な声音に茶化すこともできない。
「本当に綺麗で、それで…」
言い淀んだフィルはコホンとひとつ咳払いをした。
「私は、隠し事や嘘が苦手なんだ」
「ん?」
唐突なフィルの言葉にミュウは隣りを仰いだ。僅かに眉を寄せたフィルの視線は島の向こう、沈む夕陽を見ていた。
「君は夢を通して世界を見ることができるのか?」
「…そう、なんかな」
「そうか。星見のいうことは本当だったか」
「星見?」
「知らないか?」
そこでフィルは夕陽から視線をミュウに移した。胡桃色の綺麗な瞳だと思った。星見は空の星の巡りを観察し、吉兆を予言する人だという。今の星見は大層な婆で″尖塔の魔女″と呼ばれているらしい。
「辺境に世界を見渡す子が生まれる、君が生まれる少し前に星見はそう予言した。ただ、王家は信じなかった」
「まぁ、嘘みたいな話やもんな」
「あぁ、星見の言うことは絶対ではない」
けれど、と続けたが結局フィルは苦いものを食べた時のように口を噤んだ。
「戦に利用できると存在を思い出した?」
そうだ、フィルは変わらず苦いものを口にしたように答えた。優しく誠実な人、ミュウはその胡桃色を見つめた。イーハンが心を許したのもわかる。
「フィルはほんま正直なんやな」
「君の結婚相手は本当は私ではなかった」
「うん」
「…知ってるのか」
驚きに満ちた眼差しにミュウはもう一度頷いた。
「それはそうか…。うん、君は稀有な力の持ち主だもんな」
自分自身に納得させるようにフィルも頷き、参ったなと笑った。
「私は″夢見などいなかった″そう王家に報告するつもりだった」
「えっ!?」
「それはわからなかったか?」
「だって、人の心まではわからんものやもん」
「…そう、だな」
悲しげに伏せられた目がミュウを視界から閉め出した。イーハンのことを思い出しているのだろうと思いミュウも目を伏せる。
どれくらいの時間が流れただろう。浜に落ちた影が長く伸びていく。ぴちゃんと魚が跳ねて湖からの湿った風がほんの少し温度を下げた時、フィルは決意に満ちた声で言った。
「…勝手なことを言っているのはわかっている。だが、どうか私のヴェルタになってほしい」
ヴェルタってなに?
53
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
優秀な婚約者が去った後の世界
月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。
パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。
このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【bl】砕かれた誇り
perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
---
いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
不遇聖女様(男)は、国を捨てて闇落ちする覚悟を決めました!
ミクリ21
BL
聖女様(男)は、理不尽な不遇を受けていました。
その不遇は、聖女になった7歳から始まり、現在の15歳まで続きました。
しかし、聖女ラウロはとうとう国を捨てるようです。
何故なら、この世界の成人年齢は15歳だから。
聖女ラウロは、これからは闇落ちをして自由に生きるのだ!!(闇落ちは自称)
殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?
krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」
突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。
なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!?
全力すれ違いラブコメファンタジーBL!
支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる