夢見のミュウ

谷絵 ちぐり

文字の大きさ
12 / 58
転生遊戯

3

しおりを挟む
 湖には海のような砂浜があって、そこは二階にあるミュウの部屋から一望できる。海のように寄せては返す波、この領地に海を見た者はいない。話に聞いたことはあるけど、本で読んだことはあるけど、と誰も実物を見たことがない。

「ミュウちゃん、夢で見たんやね」

 母はそう言って幼いミュウの頭を撫でた。両親はミュウが夢見ることを良く思っていない。理由は「わからないから世界はおもしろいんよ」そう言う。「でも、便利じゃない?」ミュウが言えば「じゃあ、みんなその便利を欲しがっちゃう。ミュウちゃんはお母ちゃんとお父ちゃんのミュウちゃんでおってほしいな」と母はおどけるように笑い、そしてぎゅうとミュウを抱きしめた。

 ぼんやりと窓辺にもたれ湖を見ながらミュウは母との会話を思い出す。何年も前のことなのに鮮明に思い出される記憶。ミュウがここで生きてきた記憶、不意に思い出す前世の記憶とは違う。それはもう手放した記憶だからなのか、それを手繰り寄せようとする行為は間違っているのか。

「…夢見るんしんどいなぁ」

 誰にも聞かれることのない独り言は風がさらって湖へ持っていった。ミュウの夢への挑戦はまだ続いている。物語は半分ほど読めた。はぁと吐いたため息とともにミュウの手からカサリと紙面が落ちた。

『親愛なるミュウへ

 変わりありませんか?
 こちらは変わりありません。
 昨日は君の夢を見ました。
 大きく口を開けてクリームサンドを頬張っていました。
 君は夢を見ますか?
 どんな夢を見ますか?
 教えてくれたら嬉しいです。』

 業務報告のような手紙、それにいつからか″夢″の文言が増えた。探りを入れられている、これは気のせいじゃなく確信をもって言える。ミュウが持つといわれている能力は限られた者しか知らない、なのにどうして。



『私は反対です』
『言うと思ったよ』
『では、その案は無かったことに…』
『できない。国を護るために』

 リールデイル大尉は唇を噛みしめ、拳を目の前の机に叩きつけました。

『私が身を賭して戦います』
『君ならそう言うと思った』

 はははとイーハンは笑います。

『僕はね、この能力が役に立つなんて思ってなかったんだ。結婚はおろか友人さえできないと思っていた』
『私がいるじゃないか』
『そうだ。君はいつでもどんな時でも変わらなかった。いつだって正直でまっすぐで、それがどれほど嬉しいことか。だから、戦地に赴く君を死なせたくはない』
『私は、強い』
『いいじゃないか、その強さの裏打ちを僕にさせてくれたって』


 イーハンとはこの国の第二王子だ。物語の中で姫はこのイーハンと結婚する。その結婚に反対なのがフィル、二人は学友だった。
 イーハンの能力は人読みひとよみと書かれていた。字のごとく、触れた相手の心の内を読むのだ。その能力が目覚めた時、イーハンは絶望した。どんなに表面を取り繕った人でも、ひとたび触れるだけでその心の内がわかる。両親も兄弟もイーハンに触れることはない、誰だって心の内を読まれたくはない。
 けれど王族という立場から誰にも会わないなんてことはできない。その中で変わらぬ態度だったのがフィルだ。能力を知ったとしても、「話さなくてもわかるのは便利だな」と言った。身分の垣根を超えて二人は友情を育んだ。だからこそ、フィルは友がその能力を厭うているのを知っている。
 だから反対するのだ、夢を見る姫の夢を読む、そのための結婚を。
 結婚式で困惑の表情を浮かべたイーハン、あれは女だと思っていたのが男だったからだと思っていたが、本当は姫の心の内を読んだからではないだろうか。
 姫の心の内は描かれない、正しく脇役だということだろう。今のミュウは男だが、物語では性別も名前も明かされていない。


「ミュウー!!あーそーぼー!」

 湖から庭に視線を移すと子どもたちがブンブンと両手を振っていた。飛び跳ねている子もいてミュウは現実に引き戻された。

「いーいーよー!!」

 よっと一声かけてミュウは二階の自室から飛び降りた。
 浜で旗取りしようよ、いいよ、今日こそミュウちゃんに勝つ!アハハ、キャハハと子どもたちの声が心地よい。

「ミュウちゃん、はもうせんの?」
「ボク、お菓子がいい」
「アタシも」
「ねぇねぇミュウちゃん、なんか考えてよぉ」
「んー、そうやなぁ。シュークリームあるやろ?あれを長細くしてクリーム入れてチョコがけするとか?」

 なにそれおいしそう!!ミュウの手を引いて走り出す子どもたち。楽しいなぁ、離れたくないなぁ、物語の姫はなにを思って微笑んだ?僕は一体なにを思う?その時がきたら笑みを浮かべることができる?


 十日後、住み慣れた愛すべき故郷をミュウは後にする。
 仰々しい一行の先頭、輝く黒馬に乗るのはフィランダー・リールデイル大尉、この物語の主人公だ。





しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

優秀な婚約者が去った後の世界

月樹《つき》
BL
公爵令嬢パトリシアは婚約者である王太子ラファエル様に会った瞬間、前世の記憶を思い出した。そして、ここが前世の自分が読んでいた小説『光溢れる国であなたと…』の世界で、自分は光の聖女と王太子ラファエルの恋を邪魔する悪役令嬢パトリシアだと…。 パトリシアは前世の知識もフル活用し、幼い頃からいつでも逃げ出せるよう腕を磨き、そして準備が整ったところでこちらから婚約破棄を告げ、母国を捨てた…。 このお話は捨てられた後の王太子ラファエルのお話です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

愛などもう求めない

一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...