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転生遊戯
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エディンデル軍の宿舎は以前ミュウが押しかけた演習場の側にあった。すり鉢状の演習場、その周りに建っていた建物がそれだった。階級別に居住棟が変わる。
その中の三階建ての一棟にフィルの部屋がある。
「ここ?」
「あぁ、オブリスに滞在してもいいが、ここの方が安全だから」
「僕、危険なん?」
そうならないようにする、フィルはそう言うと部屋の説明をしてくれた。と言っても、風呂と御手洗とクローゼットしか部屋にない。あとは物書き机とそれに備え付けられた椅子。
「イーハンが誰か、侍女か侍従を付けようかと言っていた」
「いらんけど」
「そう言うと思ったから断っておいた」
その間ジェジェはせっせと荷物を運びこんでいた。お気に入りの寝衣や服、出立にあたり子どもたちから贈られた木の実で作ったリースは物書き机に立てかけられた。
「ほんなら、ミー坊。また夕飯の時にな」
「ジェジェはどこ行くん?」
「あっちの棟や。大尉が用意してくれとってな、ナッツもミンティも厩舎におんで」
そういうことで、とジェジェはあっさりと退室した。部下たちと余程仲良くなったようだ。
「ミュウ、疲れただろう?」
「まぁ、それなりに」
フィルはミュウをベッドの端に座らせ、自分は床に胡座をかいて座った。大きなフィルを見おろすことはなかなか無い。
フィルは言葉無く見上げ、ミュウも同じように見下ろした。交わる視線に甘さは無い、お互いに言葉を探している。イーハンに、と口火を切ったのはフィルだった。
「なにを伝えた?」
「…本来の結婚相手はイーハン。夢を見る僕を覗くことがイーハンに課せられた使命ってとこまでしか…」
「他にあるのか?」
「うん、でも…言えない」
フィルが撃たれてしまうなんて、とミュウは飲み込んだ。
そうか、とフィルは苦しげな表情で膝に揃えたミュウの手をとった。そっと優しく、壊れ物でも扱うように。
「ジェジェが…」
「ジェジェ?」
「それと、御父上も御母上も…」
ん?とミュウは思いがけない言葉にきょとんと首を傾げる。なんで急にそんなことを。
「…朝、起きてきた時のミュウの顔色が良くないと言っていた。明るく振舞っているが、辛い夢を見ているのではないか、とも言っていた。もしもそうなら…」
「そうなら?」
「…戦うと言っていた。ミュウがこんな風になると思わなかった、考えが浅はかだったと後悔しておられた」
あぁだから出立の時に力を見せつけたのか、と納得した。
確かに夢を見た朝はいつだって寝起きが優れない。それでもたっぷりベッドで横になって動悸も痺れも治まってから人前に出ていたのに、見る人が見ればわかるということか。
「別に辛くはないで、しんどくはあるけど…これは僕にしかできひんことやから頑張ろうって思てる。僕が思うんはな?思うんは…」
真摯な眼差しに応えなければ、そう思うのに言葉が詰まる。上手く言える自信がない。色んなことが頭をかけ巡る。
「思うのは?」
「僕はこの先に起こることがわかると思う。それが、その通りになるんが良いことなんやと思う。このお話では」
「お話?」
「うん、でもな?最初はこれまでもこれからも僕は僕で、それは変わらへんし変えんでもええって思ててん。僕はずっと湖におって甘やかしてくれるお父ちゃんとお母ちゃんと、ジェジェとナッツと他にも優しい人ばっかりで、それが僕の全てやってん。せやけどここに来るまでに色んな人に会ったやろ?みんな生きてんねやなって、そう思たらなんか怖くなってん」
「怖い?」
「うん、僕は僕のままでおってええんかなって。ただ夢見たことをイーハンに伝える、それが一番なんかなって」
「それは、ミュウはどうなるんだ?」
「わからん。僕は僕の結末だけわからへんねん」
とっちらかった話をフィルは静かに聞いてくれた。けれど、交わした視線を先に外したのはミュウだった。フィルはとても優しくて、物知りで、道中はできる限り労わってくれた。ミュウに色んな世界を見せてくれた。そのフィルが撃たれるのは嫌だ。できるならその未来を変えてあげたい、でもそうすることをこの国は良しとしないだろうと思うのだ。
フィルが凶弾に倒れることで癒しの力が生まれる、それはきっとこの国にとって有益なことに違いない。重病人や大怪我を負った人々を癒す力。それはただ夢を見るだけの自分より、よっぽど素晴らしい。
物語の姫様はどうしたんだろう、姫様も強引とも思える王命で慣れ親しんだ湖を離れたはず…そこまで考えてふと思った。結婚式での姫様の笑み、困惑のイーハン。
姫様は突きつけたんじゃないだろうか、この国に有益な癒しの力と唯一無二の親友、その二つを天秤にかけることを。
お前も失え、大事なものを。選べ、力の使い道を。
物語のイーハンはフィルが倒れる方を選んだ。
なにかを成すにはなにかを失わなければいけない、そういうことなんだろうか。
その中の三階建ての一棟にフィルの部屋がある。
「ここ?」
「あぁ、オブリスに滞在してもいいが、ここの方が安全だから」
「僕、危険なん?」
そうならないようにする、フィルはそう言うと部屋の説明をしてくれた。と言っても、風呂と御手洗とクローゼットしか部屋にない。あとは物書き机とそれに備え付けられた椅子。
「イーハンが誰か、侍女か侍従を付けようかと言っていた」
「いらんけど」
「そう言うと思ったから断っておいた」
その間ジェジェはせっせと荷物を運びこんでいた。お気に入りの寝衣や服、出立にあたり子どもたちから贈られた木の実で作ったリースは物書き机に立てかけられた。
「ほんなら、ミー坊。また夕飯の時にな」
「ジェジェはどこ行くん?」
「あっちの棟や。大尉が用意してくれとってな、ナッツもミンティも厩舎におんで」
そういうことで、とジェジェはあっさりと退室した。部下たちと余程仲良くなったようだ。
「ミュウ、疲れただろう?」
「まぁ、それなりに」
フィルはミュウをベッドの端に座らせ、自分は床に胡座をかいて座った。大きなフィルを見おろすことはなかなか無い。
フィルは言葉無く見上げ、ミュウも同じように見下ろした。交わる視線に甘さは無い、お互いに言葉を探している。イーハンに、と口火を切ったのはフィルだった。
「なにを伝えた?」
「…本来の結婚相手はイーハン。夢を見る僕を覗くことがイーハンに課せられた使命ってとこまでしか…」
「他にあるのか?」
「うん、でも…言えない」
フィルが撃たれてしまうなんて、とミュウは飲み込んだ。
そうか、とフィルは苦しげな表情で膝に揃えたミュウの手をとった。そっと優しく、壊れ物でも扱うように。
「ジェジェが…」
「ジェジェ?」
「それと、御父上も御母上も…」
ん?とミュウは思いがけない言葉にきょとんと首を傾げる。なんで急にそんなことを。
「…朝、起きてきた時のミュウの顔色が良くないと言っていた。明るく振舞っているが、辛い夢を見ているのではないか、とも言っていた。もしもそうなら…」
「そうなら?」
「…戦うと言っていた。ミュウがこんな風になると思わなかった、考えが浅はかだったと後悔しておられた」
あぁだから出立の時に力を見せつけたのか、と納得した。
確かに夢を見た朝はいつだって寝起きが優れない。それでもたっぷりベッドで横になって動悸も痺れも治まってから人前に出ていたのに、見る人が見ればわかるということか。
「別に辛くはないで、しんどくはあるけど…これは僕にしかできひんことやから頑張ろうって思てる。僕が思うんはな?思うんは…」
真摯な眼差しに応えなければ、そう思うのに言葉が詰まる。上手く言える自信がない。色んなことが頭をかけ巡る。
「思うのは?」
「僕はこの先に起こることがわかると思う。それが、その通りになるんが良いことなんやと思う。このお話では」
「お話?」
「うん、でもな?最初はこれまでもこれからも僕は僕で、それは変わらへんし変えんでもええって思ててん。僕はずっと湖におって甘やかしてくれるお父ちゃんとお母ちゃんと、ジェジェとナッツと他にも優しい人ばっかりで、それが僕の全てやってん。せやけどここに来るまでに色んな人に会ったやろ?みんな生きてんねやなって、そう思たらなんか怖くなってん」
「怖い?」
「うん、僕は僕のままでおってええんかなって。ただ夢見たことをイーハンに伝える、それが一番なんかなって」
「それは、ミュウはどうなるんだ?」
「わからん。僕は僕の結末だけわからへんねん」
とっちらかった話をフィルは静かに聞いてくれた。けれど、交わした視線を先に外したのはミュウだった。フィルはとても優しくて、物知りで、道中はできる限り労わってくれた。ミュウに色んな世界を見せてくれた。そのフィルが撃たれるのは嫌だ。できるならその未来を変えてあげたい、でもそうすることをこの国は良しとしないだろうと思うのだ。
フィルが凶弾に倒れることで癒しの力が生まれる、それはきっとこの国にとって有益なことに違いない。重病人や大怪我を負った人々を癒す力。それはただ夢を見るだけの自分より、よっぽど素晴らしい。
物語の姫様はどうしたんだろう、姫様も強引とも思える王命で慣れ親しんだ湖を離れたはず…そこまで考えてふと思った。結婚式での姫様の笑み、困惑のイーハン。
姫様は突きつけたんじゃないだろうか、この国に有益な癒しの力と唯一無二の親友、その二つを天秤にかけることを。
お前も失え、大事なものを。選べ、力の使い道を。
物語のイーハンはフィルが倒れる方を選んだ。
なにかを成すにはなにかを失わなければいけない、そういうことなんだろうか。
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