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夢見の末路
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温もりのある柔らかい手にミュウが目を覚ますとジーマが両手で包むようにその手を握ってくれていた。久々に見た夢、頭がぐわんぐわんと鳴る。
「…大丈夫でございますか?」
うんともなんとも言えない。あ、と小さく口を開けるだけのミュウに、ジーマは微笑んだ。そして、手を離してから小さく開いたミュウの口に丸薬を一つ含ませた。
「飲み込んではいけません。口の中で舐め転がしてくださいね」
ん、とミュウはその丸薬を口の中に留めた。苦いのにほんのりと甘くよくわからない味が舌の上でじわじわと溶けていく。それが溶けてしまったあと、暫くしてミュウの頭痛はすっかり治まっていた。
「大丈夫でございますか?」
同じ問いかけに今度ははっきりとミュウは「大丈夫」と答えた。前世でいうトローチのようなものはケイレブが作ったという。ゆっくりと痛みが鎮まっていく薬らしい。
「ケイレブ様がいらっしゃいますので、その時にまた診ていただきましょう」
労るような声音のジーマ、撫でさする手はことさら優しくミュウは小さく頷いた。
それからいくらもしない内にケイレブがやってきた。大きな鞄には何が入っているのか、ベッドの端に置くとギシリと鳴った。
「具合はどうかな?」
べぇーと舌を出したミュウは答えられないが、ケイレブは気にしていない。耳を引っ張られ、下瞼を下げられ、ぐりぐりと耳の下を押され、ぺりぺりと頬に貼り付いたぷるぷるを剥がした。うん、とケイレブをひとつ頷いてから白色のクリームを頬の傷に塗った。もうぷるぷるは貼らないらしい。
「夢を見たあとはいつも動けなくなるのかね?」
「うん…」
「そうか…」
ふむ、とケイレブは鼻で息を吐いて顎を持ってなにか考え始めた。
「ジーマが手が痺れているようだと言っていたが、そうなのか?」
「手と足が痺れて動けんくて、頭も痛い……たまに鼻血もでる」
「鼻血?」
うむむ、と今度は頭を抱えてしまったケイレブ。それを横目にジーマが温かい茶をミュウに持たせた。手のひらから温もりが伝わってホッとする。
「そんな時はただじっと治まるのを待つのか?」
「うん…でもフィルが傍にいたら、気分がいいと…思う」
そうか、それでは、いや、うむ、立ち上がったケイレブは狭い石の部屋をうろうろと歩き回りながらブツブツと言い始めた。その様子をマグカップを抱えながらミュウは不思議な面持ちで眺めていた。ジーマも壁際に控えて大人しくしている。
(なあにこれ)
(いつものことで)
パクパクと声を出さずにミュウはジーマに話しかける。
(いつまで?)
(さぁ?)
首を傾げたジーマは、ふふっと笑ってミュウもそれに釣られて笑ってしまう。こっそり笑いあって、ミュウは茶に口をつけた。
「君の言うフィルとはリールデイル大尉で合っているか?」
「……?」
「愛しあっているのか?」
ブーーッ、とミュウは含んだ茶を全て吹き出した。あ、あ、愛、愛し?いや、そんなフィルのことは好きだと思うけれども、そんな、愛、愛とか…え!?しかも愛しあってるだなんて!
あわあわと胸元を濡らし、それを拭く間もなく顔を赤くしたりそれを覆ったりとミュウのその様子を見てケイレブは、やはりそうかと言った。
「あの大尉があなたの枷なのだな」
「…フィルが枷?」
「こちらの世界に繋ぎ止めるものだ。夢見というのは夢を見る度に心身が弱っていくと伝わっている。夢見の最期は夢と現実の区別がつかずに眠ったまま息を引き取るという」
確かに夢はいつもどこかの現実に飛んでいる。それをずっと繰り返せばその境界線がわからなくなってしまうのかもしれない。体の不調が無い分、夢の中の方が居心地がいいと感じてしまうかもしれない。その場合、もう目覚めたくはないと思ってしまったら?そこに留まる決意をしてしまったら?
ゾクリとミュウの背中をなにかが這い上がった気がした。
「大尉に会わせてあげよう。彼の国が夢見を利用して命を縮めるのならば、と思っていたが…」
「帰っていいん?」
「いや、その前に頼みがある」
「頼み?」
「古代樹の双葉を持ち帰ってほしい」
できるだろう?鱗を拾ったんだから、とケイレブは言った。
できる、のか?確かに鱗は持ち帰ったけれども、なんでそんなことができたのかわからないのだ。
「あと、アワサクラ草の最初の一輪がどこで咲くか、水底にて光る水草はどこにあるのか。それらも見てきてほしい」
ぽかんとするミュウにケイレブはなおも言い募った。どれも即答できるものじゃない。それより何より、ちょっと図々しくない?とミュウは思うのだった。
「…大丈夫でございますか?」
うんともなんとも言えない。あ、と小さく口を開けるだけのミュウに、ジーマは微笑んだ。そして、手を離してから小さく開いたミュウの口に丸薬を一つ含ませた。
「飲み込んではいけません。口の中で舐め転がしてくださいね」
ん、とミュウはその丸薬を口の中に留めた。苦いのにほんのりと甘くよくわからない味が舌の上でじわじわと溶けていく。それが溶けてしまったあと、暫くしてミュウの頭痛はすっかり治まっていた。
「大丈夫でございますか?」
同じ問いかけに今度ははっきりとミュウは「大丈夫」と答えた。前世でいうトローチのようなものはケイレブが作ったという。ゆっくりと痛みが鎮まっていく薬らしい。
「ケイレブ様がいらっしゃいますので、その時にまた診ていただきましょう」
労るような声音のジーマ、撫でさする手はことさら優しくミュウは小さく頷いた。
それからいくらもしない内にケイレブがやってきた。大きな鞄には何が入っているのか、ベッドの端に置くとギシリと鳴った。
「具合はどうかな?」
べぇーと舌を出したミュウは答えられないが、ケイレブは気にしていない。耳を引っ張られ、下瞼を下げられ、ぐりぐりと耳の下を押され、ぺりぺりと頬に貼り付いたぷるぷるを剥がした。うん、とケイレブをひとつ頷いてから白色のクリームを頬の傷に塗った。もうぷるぷるは貼らないらしい。
「夢を見たあとはいつも動けなくなるのかね?」
「うん…」
「そうか…」
ふむ、とケイレブは鼻で息を吐いて顎を持ってなにか考え始めた。
「ジーマが手が痺れているようだと言っていたが、そうなのか?」
「手と足が痺れて動けんくて、頭も痛い……たまに鼻血もでる」
「鼻血?」
うむむ、と今度は頭を抱えてしまったケイレブ。それを横目にジーマが温かい茶をミュウに持たせた。手のひらから温もりが伝わってホッとする。
「そんな時はただじっと治まるのを待つのか?」
「うん…でもフィルが傍にいたら、気分がいいと…思う」
そうか、それでは、いや、うむ、立ち上がったケイレブは狭い石の部屋をうろうろと歩き回りながらブツブツと言い始めた。その様子をマグカップを抱えながらミュウは不思議な面持ちで眺めていた。ジーマも壁際に控えて大人しくしている。
(なあにこれ)
(いつものことで)
パクパクと声を出さずにミュウはジーマに話しかける。
(いつまで?)
(さぁ?)
首を傾げたジーマは、ふふっと笑ってミュウもそれに釣られて笑ってしまう。こっそり笑いあって、ミュウは茶に口をつけた。
「君の言うフィルとはリールデイル大尉で合っているか?」
「……?」
「愛しあっているのか?」
ブーーッ、とミュウは含んだ茶を全て吹き出した。あ、あ、愛、愛し?いや、そんなフィルのことは好きだと思うけれども、そんな、愛、愛とか…え!?しかも愛しあってるだなんて!
あわあわと胸元を濡らし、それを拭く間もなく顔を赤くしたりそれを覆ったりとミュウのその様子を見てケイレブは、やはりそうかと言った。
「あの大尉があなたの枷なのだな」
「…フィルが枷?」
「こちらの世界に繋ぎ止めるものだ。夢見というのは夢を見る度に心身が弱っていくと伝わっている。夢見の最期は夢と現実の区別がつかずに眠ったまま息を引き取るという」
確かに夢はいつもどこかの現実に飛んでいる。それをずっと繰り返せばその境界線がわからなくなってしまうのかもしれない。体の不調が無い分、夢の中の方が居心地がいいと感じてしまうかもしれない。その場合、もう目覚めたくはないと思ってしまったら?そこに留まる決意をしてしまったら?
ゾクリとミュウの背中をなにかが這い上がった気がした。
「大尉に会わせてあげよう。彼の国が夢見を利用して命を縮めるのならば、と思っていたが…」
「帰っていいん?」
「いや、その前に頼みがある」
「頼み?」
「古代樹の双葉を持ち帰ってほしい」
できるだろう?鱗を拾ったんだから、とケイレブは言った。
できる、のか?確かに鱗は持ち帰ったけれども、なんでそんなことができたのかわからないのだ。
「あと、アワサクラ草の最初の一輪がどこで咲くか、水底にて光る水草はどこにあるのか。それらも見てきてほしい」
ぽかんとするミュウにケイレブはなおも言い募った。どれも即答できるものじゃない。それより何より、ちょっと図々しくない?とミュウは思うのだった。
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